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81話 アレタ・キサキ・ユートン・イン・パーティそのⅢ

 



 でけえ。



 壇上に登り改めてその大男、"怪物狩り"ルイズのヴェーバーと相対した味山はシンプルな感想を抱く。




「体格差やべえ!!」



「でかいな、怪物狩り」




「冷蔵庫!!」




 歓声や、やじの中にも怪物狩りの体格に触れる言葉は多い。それほどまでに両者の体格は違っていた。




 味山も一般人と比べれば体格は良いほうだろう。上背はアレタよりも低い程度だが、肩幅のせいか実際の身長よりは高く見える。






「……こうしてみると、思ったよりも小さいな、味山只人」




「そう思うんなら、腕相撲なんて体格差がモロに出る勝負に乗ってんじゃねえよ」





「……そう言う割にはお前から恐れが見えない。お前は戦力の差が理解出来ない人間ではない。つまり、お前にはこの俺に勝てる算段があるというわけだ」





「おっと、思ったよりも高評価か?」




「……不気味だ。なぜお前のようなものがこれまで日陰に隠れていた? わからない、お前の隠している毒はなんだ?」




「毒なんかねーよ。ここまで無害な探索者はなかなかいねーと思うけどな」





「……無害な男に、星は興味は示さんだろう。彼女にお前は何を見せた?」




「言ってることが抽象的でよくわかんねー、アシュフィールドも変わってるからな。あいつの考えなんてわかんねーよ」




「……そうか。お前はあれほど近くにいて、彼女の考えていることが気にならないのか?」



「いちいち他人と接するときにんなこと考えるかよ、思春期か」





「……そうか。わかったよ。では始めようとするか」




「意外だな。負けたらチームやめろとか、そんな条件つけなくていいのか?」




 味山の問いにルイズは何も返さない。



 タルの表面をコンコンとたたき、そこに肘をついて構える。




 味山も無言で同じように、肘をついて。






「おいおいおいおい、待て待て待て。まぁだ、オッズ固まってねえんだよ。賭け金が集まってからでねえと意味ねえだろうがよー」




 はやる2人を諫めながらルーンがその場に割り込む、ルイズが怪訝な顔をしながら




「……ならば早くしろ。どうせ決まっている勝負だ、賭けになれば良いがな」




「やっぱ舐めてんな、俺のこと」




 ばちばちする男2人を、尻目にルーンが大きな身振り手振りで会場を見回す。通る声がフロアに広がった。



「さあーて、だいぶ集まったなあ!! 賭け金を募集するぜえ! 探索者どもは所有の端末から、ゲストのセレブは現金でも歓迎だ! あ、換金めんどくせえから全部ニホン円で頼むぜー!! ホラ、ロイド、アンタ集計しな、オッズの計算もな」




「う、うう。人使いが荒すぎる……」



 涙目の優男はそれでも従順に、端末を繰り出し集計を始める。




 賭け金の募集が始まる。



 わっと、人がホールに押し寄せる。






「か、"怪物狩り"に2万円!!」「俺も怪物狩りに3万円!!」「こっちは6万円!! もちろん怪物狩りに!!」「私もルイズ・ヴェーバーに!! 4万円!!」「10万円!! 怪物狩り!!」




 怪物狩り、ルイズ・ヴェーバーに。



 火のついたように勢いは広がる。高価な額が投げられるように賭けられる。




「ルイズ・ヴェーバー!! 100万円!!」





 おおおお!!



 観衆が湧く。島外からのゲスト、どこぞのセレブだろう、恰幅のいい初老の男性がお付きのものから取り出させたであろう札束をかかげた。




「ほっほ、現金はやっぱ持っておくものだのー!! こういう賭け好きなんだよ! おーい、姉ちゃん、信用で倍がけとかはダメか?!」




「あー?! ……おっと、アンタか…… ああ、アンタならいいぜ。最悪、委員長にツケさせてもらうよ」



 その人物がだれかすぐに気づいたであろうルーンがニヤリと笑った。





「オーケー、オーケー!! 美人で金に目ざとく融通が効く、素晴らしい女じゃのう!じゃー、2倍の200万円をルイズ・ヴェーバーに!!」




「あいよ! 100万円! ほらほら他の連中もさっさと賭けなよ! 探索者の見せ物で賭けが出来るなんてこの機会しかないよ!」





「俺ももっと賭ける!! 20万!! ルイズ・ヴェーバーに!!」



「あ、ずるい!! 私も50万! ルイズ・ヴェーバー!!」





 恰幅の良い男の賭け金を皮切りに、賭けの金額が跳ね上がる。




 10万、20万、30万、50万。



 湯水のように増えていく賭け金。




「おじさん。僕も賭けてもいいですか?」



 この場にそぐわない、小学生ほどのこどもまで。



 見るだけで高いとわかるこども用のジャケットに、その年故に許されるフォーマルな半ズボン。




 見るだけで毛並みの良いブロンドの少年が割腹の良い男性に朗らかに話す。




「おお、デュポンの坊。お父上に叱られるのはワシなんじゃが…… まあ、よかろ!! 小遣いで済ませろよ」




「わあ、ありがとう! おじさん! はい、僕も賭けます! ナミン、僕の小遣い出して!」




「はい、ぼっちゃま。ニホン円だと今は待ち合わせが800万円ほどしかありませんが……」




 どこからともなく現れたメイド服の女性が侍り、アタッシュケースを広げた。



「うーん、じゃあ400万円!! ねえ、おじさんと同じ人に!」



 朗らかな声が響く。資本主義の権化が幼さゆえの残酷な面を見せた。





「お、おい、あれ、デュポンって…… アメリカのデュポン家?」




「兵器産業の王…… 探索者組合のスポンサーじゃないか……!」




「おい、あのおっさん、なんか見たことある…… どっかの貴族じゃなかったか?」





 周囲がざわつく。



 所々混じっていた大物達までもこの乱痴気騒ぎに参加していたようだ。




「あ、ああ、オーケー! オーケー、金は正義だ。歳は関係ないよ。あー、なるほど、そこのお付きの女で思い出した…… 大スポンサー様がたじゃないのよ。はいよ、ぼっちゃま、400万円! ルイズ・ヴェーバーに!」





 一気に場が温まる、探索者達やゲストたちの財布の紐が更に緩む。




 ロイドの持つ集計端末に集まる金額が割とシャレにならないものになっていく。





 壇上から見えるあまりの金の動きに味山が内心、瞬きしながら焦り始めた。




 え、ええ、なんかすげえ金動いてんだけど。




「る、ルーンのアネゴ。景気良いことはいいんですけど、も、問題が……」



「あ、なんだよ。ロイド、金の計算に集中しな」




「や、その、それに集中した結果ですね、このままだと賭けにならないんですよ。みんなルイズのアニキに賭けてるんで…… オッズが張れないです」





「……はああああ?! お前、それどーすんのよ?! あの貴族のオッさんやデュポンのボンボンまで参加してんのよ?! 今更もう賭けはできませんなんて言える雰囲気じゃないわけだろうがよおお! へい、ヘイヘイヘイ! 会場にお集まりの皆さま! こちらの色男! アジヤマに賭けるギャンブラーはいらっしゃいませんこと?!  今ならオオアナ、大博打だよ!」




「「「……….….………」」」




 会場の反応はない。無言、そして





「かっ。だれが星屑なんかに金を投げるかよ、なあみんな! あんなんに金を投げるのは馬鹿だ! 無駄遣いはよそうぜ!」




 どこかでみたソフトモヒカンが大声をあげる。



 ある程度ざわついた観衆、その中から味山に賭けるものは現れない。




 会場の空気は完全に、ルイズ・ヴェーバー、怪物狩りの名の威光に支配されていた。






「……ふん、やはりな。困ったものだ、これでは賭けにならん。アレタ・アシュフィールドの補佐というだけでは信用は足らないみたいだ。どうする、味山只人」




 ルイズの仏頂面が初めて歪む。




 口元に浮かんだのは嘲りの色。






 自分と味山の間にある歴然の差に満足したような顔。




 その笑いを、味山は何度もみたことがある。



 持てる者が、持たざる者へと向ける黯い笑い。




 味山は知っている、それは人を殺す、死にも等しい忌むべきものだと。







「それ」




 静かに、味山がつぶやいた。



 身に満ちる激情を、それでも抑えながら。




「……なに?」




「それだ、その笑い。それを取り消せ。今すぐ俺にその笑いを見せたことを謝れ、取り消せ」



 淡々と、告げる。




「……なんのことだか」




「取り消さないなら、それはそれでいい。その笑い、昔は我慢出来た、仕方ねえって諦めてた。どれだけ舐められても、馬鹿にされてもそれは俺のことだ。俺だけが我慢すればいいんだって、そう思ってた」




「……おい、おまえなんの話をしている?」




「黙れ。聞け、これは最後通告だ。俺は、俺へのその笑いをもう許さない。この前はミスった。俺がヘラヘラ許してたせいで、同じニホン人の尊厳がクソみてえなアメリカ野郎に踏みにじられそうになった。もう2度と、繰り返さない」



 思い返すのはあの会見。



 目の前で、他人が他人に尊厳を奪われる胸くそ悪い光景。




 あれを二度と味山は許さない。




「取り消せ、その舐め腐った笑いをやめろ」





「……取り消す気はない、と言えば」




 また、ルイズの仏頂面が歪む。優越感を抑えきれない、それが唇に浮き出ていた。





「代償は払ってもらう、大統領だろうが、指定探索者だろうが関係なく。屈辱には屈辱を返してやる」





「……動くのは口ばかりか、どうする? お前がいくら吠えた所で賭けはこのままでは成立しない。俺としてはそれでも構わないがーー」





 饒舌になる怪物狩り、次の言葉を紡ごうと息継ぎの瞬間。








 味山の鼻に、香りが届く。





 さわやかな、桃に似た、香り。












「まあ、ふふふ。すごい人だかりですね。すっかり有名人で、気遅れしてしまいそうです」





「ユ……っ。雨霧殿、あまり離れないでください、ここには他国の…… あ、ああ、失礼」





「あ、雨霧さん?」





 雨霧だ。



 公文書館以来会っていなかった雨霧がいた。彼女が歩くと自然と人の波が割れる。



 ドレス姿の雨霧はそれはもうやばい色気だった。




 長い、漆黒の髪が青いドレスに映える。スタイルが良すぎて、つい目線が色んな場所に誘導される。




「ふふ、お久しぶりでございます。また面白いことをなさっているのですね。ふふ、おかわりないようで安心しました。……もし、そこの胴元のお方、まだ賭け金は募集されてまして?」





「お、これまた美人のお姉さまじゃねえの、ああ、問題ないぜ? いくらを誰にーー」




 ルーンが目を輝かせながら胴元として声をかける。




 ロイドが、手元の賭け金端末をルイズ・ヴェーバーに合わせようとしてーー













「1000万円を、味山様にお願いしますね」





「ああ、アジヤマに…… ん? なんだって?」





 ルーンが思わず、聞き返す。



 ロイドが、タップしかけた指を止めた。




「あら、声が小さかったでしょうか、ごめんなさい。こんな大勢の前で発言するのは恥ずかしくて…… 味山只人様の勝利に、1000万円を賭けます」



 会場が、一気にざわつく。




 額が違う。



 突然のガチ勢の出現に、会場全員がおののく。





「お、俺あの女知ってる…… たしかあのあめりやの女じゃねえか?」




「あめりやって、あの政府の要人御用達の? 気に入らない客なら国の指導者だろうが入れないとかいう店か?」




「あめりやの、雨霧だ…… 一緒にいるのが曹宇振ってことは、中華系っていうのはホントの噂だったんだ……」




「てか、聞き間違いじゃないよな? 今、あの女、ニホン人の方に1000万円って……」





「あ、え、ま、マジ?」




「あ、アネゴ、マジです…… もう、端末から振り込まれてます……」




 がくがくと、口を開けたり閉めたりしながらロイドが伝える。




「嘘だろ、……ん、んん? そこのツレはどっかで見たことあるなあ、あー、なるほど、中華の関係者、ってことか。それなら納得できらあな」




 ルーンがめざとく、雨霧の後ろに侍る青年を見つけてなるほどと頷いた。





「スカイ・ルーン、噂に違わぬ奔放ぶりだな。貴女の振る舞いは指定探索者の品位に関わるものだ」



 青年がルーンを見つめる、一重の鋭い、鷹のような瞳で半ば睨みつけるように。





「ははは、品位ときたかい、チャイニーズ。おたくのお国のやり方はさぞお上品なんだろうよ。ええ、ご指摘痛み入りやすよん」





「我が国を、愚弄するか。"ケルト十字"」




「愚弄かどうかはアンタが決めなよ、中華人民共和国指定探索者、"昇り龍"」





 一重の男の殺気、ルーンはニヤニヤしながらそれを躱す。




 更に吹き出る殺気、会場の空気が一気に張り詰めて








「曹先生」




 その殺気が、雨霧の一言で立ち消えた。




「……お恥ずかしい所を。失礼しました、雨霧殿……」




 手綱。



 まるでその指定探索者に、手綱でもかけていたかのように、雨霧の言葉1つで曹が黙る。






「ふふ、そう熱くなられないでくださいな。宴の場にそのような殺気は不粋です。皆さま大変失礼いたしました、どうぞ、続けてくださいまし」




 その所作に、周りの男たちは何故か赤面し、モジモジし始める。




 味山から見れば気持ち悪い光景この上なしだったが、雨霧に微笑まれれば仕方もないことかと納得した。





「あら、まあ…… ふふ、耳聡い知人からも今連絡がありました。もう2人分、200万円ずつを追加致します、宜しいですか? 胴元殿」




 ふと、雨霧が端末を覗いて、朗らかに笑いながらエゲツナイ金額を追加する。



 2人、まさか。





「あ、ああ…… もうなんでもいいや。毒気も抜かれたまった…… わ、ほんとに入ってやがる…」





「雨霧さん、でも、これ金額……」




「ふふ、朝顔と、夕顔も貴方様の勝利に賭けるとのことです。金額は私にとっては妥当です。味山様に賭けるのならこれくらいでないと……また魅せてくれるのでしょう? あの日と同じように」



 胸に手を当て、目をつむり、何か温かで柔らかいものを思う口ぶりで雨霧は静かに告げる。





 味山の答えは、決まっている。







「……ええ、何度だって」




 2人にしかわからない会話を交わす。雨霧は満足そうに、その言葉を噛み締めるかのごとく頷き、一歩下がる。




 会場がざわめく。







「悪いな、怪物狩り。美人の友人がいて羨ましいか?」




「……それでもまだ足りないはず。その美人の知り合いに、追加の賭け金でも頼んだらどうだ?」




 壇上で睨み合う。




 少しづつ、ルイズの表情が変わっていく。




 だが。それでもまだ足りない。



 賭けへの信用。凡人と選ばれし者、両者の差を埋めるにはまだ、足りない。









「あ、よかった、間に合った、のかな……?  あ、あの、すみません、まだ賭けって間に合いますか?」






 明るい、声。よく通り、それでいて鈴がなるようにどこか愛らしさすら感じる声だった。





 それは聞き覚えの、聞き馴染みのある声だ。




 味山はその声がたまにとてつもなく冷たく重いものになるのを知っている。




 でも、今はその声が何より頼もしかった。





「あ、ああ! オッケーだよ、お嬢さん、いま困っててよー、なあ、多分この大男に賭けたいんだろうけどよ、見たところアジア人だろ? こっちのニホン人の色男にも賭けてーー」




 ルーンの問いかけ、賭けが成立するようにダメであろうとわかりつつも味山に誘導しようとして





「あ、はい! 味山さんに1000万円お願いします!!」





 彼女にはそんな誘導は必要なかった。




 あの日から、彼女の道は1つだけ。最近の出来事でその道はさらに補強されている。





「……なんかもう驚かなくなってきたなあ…… あいよー…… ロイド?」




「入ってるっす…… 乱れてる、バベル島の風紀は乱れてますよ……」




「え、き、貴崎?」




 貴崎凛だ。



 いつもと違う大人びた姿に、味山の存在しなかった学生時代の青春の記憶が蘇るような。



 アップになった髪、いつもと違う短めのポニーテール、薄い桜色のドレス姿は、少女と大人の境界を妖しく演出する。




 あまり凝視してはいけないはずなのに、つい胸の膨らみに目が行く。



 その姿は可愛らしく、それでいて大人の魅力を感じさせるような。





「あ、え、えへへ。お久しぶりです、味山さん。なんか周りが騒いでて、その、来ちゃった…… 賭け金が足りないって聞いたんで…… えへへ」



 普段よりも数段高い声で、貴崎が味山に笑う。




 味山は小さく、お、うと返すしか出来なかった。



 つい先日、こんな可愛い女の子をボコボコにのした事がとんでもなくやばい事に思えてきた。



 今更ではあるが。








「お、おい、あの子、貴崎凛じゃないか?」




「リン・キサキだ、最速で上級探索者になった天才……」




「あの子もアジヤマタダヒトに賭けるのか? も、もしかしてあのアジヤマってやつ意外と強いのか?」





 会場の雰囲気が変わっていく。味山を蔑み、味山を侮っていた人々の声が徐々に。







「ごめんなさい、時臣はちょっと、そのあれなんで別のとこにいるんですけど…… えへへ、応援、してます」



「いや、お前、でも、金額…… やばくない?」




 1000万円。



 この好景気の時代でも、賭けでそれを出せる人間はどこかおかしい。



 味山は最近ぼやけてきた金銭感覚をたどり、貴崎に問う。




「だ、だって、知らない女の人が1000万円も入れてるんですもん。……ほんと、誰ですか、あの女」





 うわ、怖。




 コイツなんでこんなに可愛い時と怖い時の切り替えが早いの? すげえ精密なスイッチでもついてんの?






「そ、そうか。……でも。ありがとう、助かった。貴崎にゃ助けられてばっかだな」




「……いいえ。違いますよ。私です。あなたに助けられてるのは私のほうです。たとえあなたが知らなくても…… でも、私以外の余計な女まで助けてるんですね、ふふ、ふふふふふ」





 味山は急に低い声になった貴崎にこれ以上触れることをやめた。





「あら…… まあまあ、こむす…… いえ、可愛らしいお嬢さん。あまり無理をなさらない方がよいのでは? ふふ、色々と物入りでしょうに」




「いえいえ、おばさ…… 綺麗なお姉さん、お気になさらずに。まだ私若いのでこれからたくさん稼ぎますし、それに、味山さんが負けるわけないですから」




 空気が、淀む。



 雨霧の隣にいた一重の指定探索者が信じられないものを目にしたかのように、目を見開いていた。







「…….胴元殿、わたくしの賭け金に更に100万円を」



「……わたしも、100万円を、いえ、やっぱり200万延追加で」






 初対面であろう貴崎と雨霧、不思議と人の波が割れている場所に立つ彼女達が笑顔で何か怖い事を話している。





 なんか、やべえ。胃が痛くなってきた。なんも悪いことしてないはずなのに。





 ざわ、ざわざわ。



 周囲がまたざわつく。





「おい、聞いたか? なんかまるで張り合ってるみたいだぞ」




「どこがいいのかしら、あんなパッとしない男が。2人ともすごく綺麗なのに」




「まるでホストに入れ込むガチ勢みたいに金額で張り合っている……」






 味山と、美人2人の関係を訝しむ声が広がる。




 なんでこんな大衆の場で、吊し上げのような目に。





「す、すげえ、アネゴ、さっきまで賭けにもならなかったのに、後もう少しで、成立しますよ、この賭け…… 指定探索者と、只の探索者の賭けが、成立する……」





「お、おう、マジかよ。あの色男、マジでコマシだったんだな、こりゃ52番目も苦労するぜ……」





「ぶふお!!  なんか面白いことになってるすねー。はは、もうセンセ、そろそろ俺らもタダに賭けてあげましょうよ」




 呑気な笑い声、飲み屋で、そして命を賭けたダンジョンでよく聞く悪友の笑い声。





「まて、助手、まだアレタが拗ねている。自分がギリギリのギリギリで一気に大金を賭けたかったのに他の女に良いところを取られたことがよほどこたえたらしい」




 偏屈で、素直じゃない、しかしきっと友達想いの仲間の声が。





「……なによ。なんで増えてるの…… あたしが一気に賭け金あげて、バーンてしたかったのに、何よ……」



 そして、拗ねた女の声。味山にとっては、ただ1人の人間の声。





「あー…… まあ、アレタさんならすぐ立ち直るでしょ! ルーンさーん! 俺、5万円! タダに! おい、タダ! 勝てよ! 俺の今月の小遣い全賭けだ!」




「知らないぞ、助手。後で小遣いの増額は認めないからな。おい、欲深女。ワタシも参加する。500万円、アジヤマに、だ」




「へへ、なーんだよ、センセもタダに今月の稼ぎぶち込んでるじゃないすか」




「フン、正当な判断だよ。アジヤマならばこの金額に値するだろう。……せいぜい期待を裏切らないでいてくれることを祈るよ」




 アレフチームが、賭けに乗る。



 チームを組んで1つの季節を駆け抜けた。



 味山は確かにチームの一員だった。





「グレン、クラーク……」





 味山は地味に感動していた。悪態をつきながらも助けてくれる仲間のありがたさが沁みる。







「5000万円」




 唐突、挙手と同時に告げられた不機嫌そうな声。



 ああ、ホント、お前はアホだ。



 味山は、星の言葉に思わず笑う。それを不快そうに睨む怪物狩りの視線も今は無視する。




 悪いな、これは俺へ向けての声なんだよ。味山は横目で大男を笑った。




「は?」




「タダヒトに、5000万円よ。ルーン」




「……ああ、うん。もうなんも言うことねえや。あいよ。5000万円ね。52番目。アンタ絶対ニホンのホストとか行くなよ。ほんと……」




「なによ、ホストって。足りないのならまだまだ出してやるわよ、タダヒト!! 遠慮することないわ! ぶちかましてちょうだい!」




 顔を赤くしながらアレタが叫ぶ。



 人の波を割って、壇上に最も近い場所へ。




 そして睨み合っていた味山ガチ勢の2人の美人へ、それぞれ視線を向ける。






 そして、フッと口元を綻ばせた。




 余裕、それと自負。ニヤリと笑うその表情がどこまでも似合う。桜色の唇が、ニィと吊りあがった。





「あ!た!し! アレタ・アシュフィールドの補佐探索者としてね!」





 満面の笑顔、それは只ひとりの凡人へと向けられる。




「……ふふ」



 雨霧が、静かに笑う。でも、目だけ笑っていない。




「むかつく……」



 冷たい声、瞳孔の開いた目を貴崎が剥き出しにする。



 その表情を見て不満そうにしたのはたった2人だけ。




 会場のその笑顔をみた人間はみんな、その一瞬、アレタ・アシュフイールドに恋をした。







「あ、アネゴ。足りました。賭けのオッズ、成り立ちました…… なんか、一部のガチ勢のせいでニホン人さんの方がオッズが低くなってんですけど……」





「ブハッ、マージかよ! ヘイヘイヘイ、怪物狩り! 聞いたかよ! アンタ、オッズ負けてるらしいぜ!」




 ルーンの煽りを、ルイズは無視する。ただ、味山を見下ろし、睨みつけた。





「……俺は間違っていなかった。やはり、お前は毒だ。これ以上広がる前に切除する必要がある」



 もう、ルイズ・ヴェーバーに余裕はなかった。



 会場の空気は完全に、入れ替わった。



 雨が地を濡らすように。



 凛とした刃が何かを断つように。



 そして、星が夜空を照らすように。





 味山只人は、嗤った。指定探索者の顔をみて、嗤う、酔いが、回る。





「ひ、ひひ。いい顔になった、なあ……」




「なに?」




「顔だよ、顔。お前からあの笑いが消えた。どうした、笑えよ? 取り消さないんだろ? 笑えって。もう一度、俺を笑ってみろよ」



 ギラギラした目、ひどい顔だ。




 ルイズが、半歩に満たない…本人ですら知覚できないレベルで僅かに後ずさる。



「狂人が」




「礼儀知らずよりはマシだ」





 言葉はなかった。




 ルイズが、構える。その時になって、自分が後ずさったらことに気づいたらしい。舌打ちを隠さない。



 ジャケットを脱ぎ捨てると、シャツの上からもわかる筋骨隆々の身体が浮かび上がる。




 太い、人間どころか怪物すら絞め殺してしまえそうな腕をタルに構える。



 味山はその光景を眺めながら、ぼんやり考える。



 さて、"耳の大力"を使うのは殺してしまうかもしれないから論外として、どうするか。



 間違いなくあんなモン使えばオーバーキル、いくら気に食わないとはいえあちらは別にこちらを殺しに来ているわけでもない。




 なら、頼りになるのは鬼裂先生か? 




 味山が色々考えながら、タルに肘をつく。



 冗談のようにでかいルイズの手のひらに自分の手のひらを合わせる。




「よーし、合図を待てよ、アウトローども! 10カウントでゴング! 3本勝負で、先に2本勝った方の勝ちだよ、気合いいれてやんな! ほら、会場の皆様方! コールしてやりな!」



 テンションの上がっているルーンが会場を煽る。



 大きな声で数えられるカウントをbgmに味山とルイズが互いの手のひらを握り合う。





 あ、やべえ。やっぱ地力じゃ勝てねえ。



 男子特有の手を握り合った瞬間、腕相撲の勝敗がわかる能力を発揮した味山が正攻法での勝利の遠さを確信する。





 よし、少しあれだが鬼裂先生をーー



 味山が、自分の中にいる神秘の残り滓に語りかけようとして。





 10




「お前は夢を見ている。それは凡人の誰もがみる夢だ」



 8



「あ?」



 6


「その夢は甘い。見通しの拙さ、人生への熱意の欠如がその夢を作る。何が言いたいかわかるか?」




 4



「なんの話だ?」




 2



「現実は甘くない、星がお前のことをどれだけ想おうとも。現実は変わらない。それだけの事だ。悪いな、凡人探索者よ」





「「「「ゼロ!!」」」






 ゴング。




 味山はこの日、あれを持ってきてはいなかった。



 だから、反応がここまで遅れた。




 危険を知らす、便利なアイテム。"知らせ石"は今日部屋に置いてきていた。






 だから、目の前の大男の、指定探索者という規格外の存在の悪意と敵意を、過小評価していた。













 TIPS€ 警告 複数の遺物の発動を確認。




 TIPS€ 警告 遺物"シグルズ"、遺物"ワイルド・ハント・ファースト" 警告、逃げろ、警告警告警告警告警告、筋力値による抵抗、失敗、致命傷、右腕部、欠損ーー






「は?」





「さらばだ」





 腕の感覚が、消える。




いつも感想ありがとうございます!


時間かかっても必ず返すんでドシドシください、ほんと。



よろしければブクマして続きをご覧ください!

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