7話 耳の使い方とたのしいショッピング
「ごめんくださーい、王さん、今日営業してる?」
扉を開き、店内へと入る。
子供の頃よく通っていた駄菓子屋のようなチープな内装、しかしそれがどこか懐かしく心地よい。
薄暗い店内は演出ではなく、恐らく素だ。今時珍しいハロゲンランプのオレンジ色の光がぼんやりとあたりを照らす。
「おや、おやおや、いらしゃいアルヨー、
アジヤマ君、久しぶりネー」
照明の暗い店内から間延びした声が伸びる。
「1週間しか経ってねえでしょ、
味山はその声の主へ親しげに声をかけた。
ラーメンマンのような弁髪、ちょび髭、眼球が入ってるのか怪しくなるほどの糸目。
10月というのに作務衣に身を包んだその姿はなんとなくインチキくさい。
「はははー、たしかニネ。忙しソウでなによりヨ。儲かったノカ?」
「儲かった分よりも死にかけてるよ、なかなか割りに会う仕事がなくてね」
「世の常アルネ、それでアジヤマ君、今日は何しにきたアルカー? まさか、とうとうあの金髪っ子に捨てられてウチの店継ぐ気にナタアルカ?!」
コテコテの中国人、探索者組合公営雑貨店、"王龍"の店主、王さんが興奮したように叫ぶ。
「ねーよ、何があっても店継ぐことはねーよ、つーか店に来たんだから買い物しに来たしかないでしょ」
味山は目を細めながら、王に向けて呟く。わざとらしく肩を落とす王から視線を外し、店の中を見渡した。
「なんか新しいモンは入荷した?」
「そうアルねー、これなんかどうか?」
「なんだ、そりゃ? 鰹節?」
王が手近な棚から何かを取り出す。店のレジが置いてある机にごとりとそれをまるごと放り出した。
「いや、これはネー、河童のミイラあるヨー。刻んで食べると水の中に息を止めておける時間が長くなるアル」
「じゃ、王さん。俺はこれで。商売頑張ってね」
味山は静かに、それはもう静かに笑って店の出口へと踵を返した。
「ウエイウエイウエイ!!? ちょ、なんでアルか?! なんで帰ろとシテルカ?」
腕を掴まれる、想像以上にこのおっさん、力が強い。
味山は心底面倒くさそうに振り返る。
「いや、こう、隠すつもりすらないインチキ商品に驚く体力がもったいないと思って……」
「ジョークよ、ジョーク!! チャイニーズジョークね! 頼むよ、アジヤマさん! こんなボロ店ね、お客いないアル!! アジヤマさんのような物好きぐらいしか買ってくれないからあなた逃したら私、餓死するネ!」
「自分で言うなよ…… はあ、わかった。王さん。適当に店の中見せてもらうから、気になるもんがあれば聞くよ」
「アイヤー、アジヤマさんフトパラね!! ビタイチまけるつもりはないけどなんか買ってイテネ!」
商売する気あんのか、このおっさん。
味山はため息をついた後店の戸棚を見回す。
古今東西のガラクタ、木彫りのクマ人間や、鰹節っぽいミイラ、それに錆びてよくわからないもの。
ジャンクが転がりまわっている。
「にしても集めに集めたもんだよな。どこから集めるんだよ、こんなもん」
「クーロンやらなんやらよ、蛇の道はヘビね。目利き出来れば良いものもあるかもヨー」
「祭りの出店みたいなノリで公営の店を経営すんなよ。探索者組合もいい加減なもんだよな」
王がピューピューと下手くそな口笛を吹きながら店のレジ横に置いてある椅子に座り込んだ。返事をする気はないらしい。
味山は諦めて目線を再び店内に戻す。
さて、気を取直して始めるか。アシュフィールドとの待ち合わせまでもう、あまり時間がない。
ゆっくりと店内の戸棚を物色する。
まず手を伸ばしたのは、錆びた棒状の塊。手書きの張り紙には¥5000-と殴り書きされてある。
見ただけじゃなんの品か分からない。あのインチキラーメンマンもどきに聞いてもはぐらかされるだけ。
良いモノはある。しかしそれは自分で見つけなければならない。
それがこの店のルールだ。
"どんな手段を使っても、耳に打ち勝て"
身に刻まれた言葉、味山は小さく息を吸い、吐いた。
使えるモンは全て使わせてもらうぜ。
味山は目を瞑り、耳を澄ました。
€TIPS 怪物種32号 影猫の毛玉。用途不明€
囁きが聞こえた。
それは味山が今手にとったがらくたの詳細。
まるでRPGゲームのアイテム説明文のような内容が聞こえる。
「違うな……」
ささやきに小さく舌打ちしながら、味山は次の商品に手を伸ばす。
透明な水晶玉、しかし半分に割れていて所々亀裂が入っている。
それを持ち上げ、また耳をすます。
€TIPS 所有している者へ一度だけ賦活の運命を授ける€
「……当たりか。もっと詳しく聞かせろ」
王に聞こえない程度の呟き。さらに耳をすます。
「……これはいいな。王さん、これはいくら?」
「え、そんなんでいいの? アッ、ゴホン。いやー、お目が高いアルねー、アジヤマさん。それはこの店の中でも曰く付きの商品ある。かの清朝最後の皇帝が臣下に授けたというーー」
「いくら?」
「あっ、とー。そうアルねー。2万…… いや3万円アル! 3万円ポキリね!」
「買った。はい、ぴったり、3万円」
「え、マジでいいの? あんな亀裂の入ったガラーー いや、ゴホン、げふん! いやー、アジヤマさん買い物上手アルねー、もう私お尻の毛までむしり取られそうよー」
「王さんのケツ毛だけは絶対にいらねー」
王に商品を手渡しして、代金を払う。
紙幣に唾をつけながらほくそ笑むその姿に少し笑って味山は再び、棚を物色した。
違う、ガラクタ、ガラクタ、違う、ゴミ。
次々に有象無象のガラクタへ手を伸ばしてはそれを戻していく。
ささやきに従い、玉石混交のガラクタを探り続ける。
この店の商品の大半はどこかから流れ着いたろくでもないゴミだが、中にはたまに先ほど味山が購入したようなホンモノがまじっている。
味山はオカルトだろうがなんだろうが、自分の力になりそうなものは片端から集めなくてはならない。
ダンジョンに潜り、奪い、稼ぎ、手に入れる。生命かけのハック&スラッシュ。
それを繰り返すことこそが今の味山の生き方だ。
「ん、これは…… 落書き帳まで仕入れてんのかこの店」
ガラクタだらけの訳の分からないものが多い店でもそれはさらに珍しい。薄汚れてヨレヨレになったノートがガラクタに混じっていた。
味山はそれを手に取り、ぺらりとめくる。
「……マジで落書き帳じゃん。何語だよ、これ」
ノートを開くとそこにはミミズがのたくりまわったような文字がびっしりと敷き詰められている。
バベル島にのみ働く現代の奇跡、共通語現象は識字能力にまでは働かない。
日本語でもなければアルファベット、さらには中国語でもない。落書き帳を味山が戸棚に戻そうと
€TIPS
ささやきがふと。
どうせガラクタだろう。まさかそれとも誰が書いたかでも教えてくれるのか?
味山がそれに耳を傾けて。
€TIPS 所持ノート、詳細。中国人民解放軍総参謀部第二部暗号通信記録。記載内容、中華人民共和国管理下における超級遺物、"龍昇"の使役詳細について€
「…………」
厄い。これは間違いなく厄い。
味山は静かにノートをガラクタの棚に戻し、レジで爪垢をほじっている王に向けて静かに合掌する。
王さん、アンタある意味商売の才能あるよ。強く生きてくれ。
あんなものに触れたが最後、どんな面倒くさい事になるかわかったものじゃない。
忘れろ、忘れろ。俺。
味山は自分に言い聞かせる。
気を取り直して、次の商品を探そうとしてふと手を止めた。
……一応確認するだけだ。決してそのミイラというオカルトに惹かれたわけじゃない。
「王さん、ごめん。そこにあるニセモノの河童のミイラもう一回見ていい?」
「ニセモノ?! 断定するのは良くないヨ!! シュレディンガーのネコだって生きてるか死んでるかわかんないアルヨ! つまりこのニセモノのミイラだって…… あ、ヤベ」
語るに落ちた王を無視して、味山がレジ脇の机に置いてあるミイラを手に取る。
少ししっとりした奇妙な感覚が手のひらに伝わる、同時にささやきが届いた。
€TIPS 忘れられし怪物、お伽話のカケラ。伝承種の乾いた亡骸。それを身体に取り込みしものは息長の性質を得る。忘れるなかれ、世界は決して人間のものではない€
「……王さん、これ、いくらだっけ?」
味山はたらりと額から汗を流しつつ欲深で商売下手の店主へ愛想笑いを向けた。
「ビタイチ、まけないヨ?」
……
「毎度ありヨー、アリガト、アリガトねー!」
味山は揉み手を繰り返す店主に見送られながら店を出る。紙袋に奇妙な水晶のかけらと、少ししっとりした小さなミイラを入れたまま。
「また来るよ、王さん。次もまた面白いモン仕入れといてくれ」
「わかたヨー、アジヤマさん! またガラクタ仕入れとくから遊びに来てネー」
「ガラクタって言っちまったよ、この中国人」
緩い空気を感じつつ、味山は会釈してから暗い店内を出る。
端末を確認するともう11時半、少し急げば充分に待ち合わせには間に合う時間だ。
「にしてもへんな店だよな……」
味山はあの味のある店主や、おおらかな品揃えを思い浮かべ少し笑った。
探索者街を味山が進む。
「ん? あれ」
それはささやかな疑問。店主との会話の中感じた違和感を無意識が時間をかけて探しだした。
だがそれは特に不思議なことではないのだろう。
彼女はあまりにも有名だ。探索者に関わる仕事をしている王ならば知っていてもなんの不自然もない。
かの星がとある日本人探索者を補佐に選んだのは大ニュースだ。そう、知っていても何の不自然もなかった。
だが、それでも味山は足を止めて呟かざるを得ない。
「王さんにアシュフィールドと組んでるって言ったっけ?」
………
……
…
「彼は中華街を出たか?」
男が他に誰も居なくなった暗い店内の中、ポツリと呟く。
その顔には先程まで浮かべていた胡散臭く、それでいて人好きのする笑顔はもうない。
「是的,就是那样。門兵からの報告では既に通過しております。監視ドローンでも確認致しました、
「大校はよせ、ここでは"王龍"の店長だ。王氏でいい」
「
虚空を見つめるその細目に宿る鋭さ。猛禽類と見まごうばかり。
味山がその顔を見ればさぞ驚いた事だろう。それは怪しい雑貨を営む好々爺の顔ではなかった。
鋭き人間の顔で王は虚空と会話を続ける。
「それにしても見事な隠密だ。
「お褒めに預かり光栄です。王さん」
王が見つめていた虚空が、揺らぐ。
空気が震えるように揺らぎ、空間を割るように人間が現れた。
ピタリとした黒いタイツ生地のスーツ。女性らしい起伏に富んだラインが丸わかりのその姿はいやに扇情的だ。
人形のように整った冷たい美貌が静かに佇む。肩までに整えられ、一つに束ねられた黒髪が暗い照明に溶ける。
女が1人、何もない空間から現れる。
「ステルススーツの機能はお前に馴染んでいるようだな。その調子で励め」
「承知致しました、王さん」
王が丸椅子に腰掛け、深く息を吸う。足元に置いてある小さなストーブの炎が燃焼する音だけが店内に広がった。
「まったくそれにしても、驚いた。またもやアタリだけを持って帰られるとはな。いやはや、腹立たしい日本人だ。味山 只人」
「……本物を渡す必要があったのですか? 彼が買って帰った品はどれも情報部が世界中から集めた力のある品です」
雨桐と呼ばれたタイツ女が王へと静かに言葉を向ける。
「ここではそれがルールだ。ここは私の城、彼は私の城で私の決めたルールに従い勝利したのだよ、雨桐」
「……腹立たしいとおっしゃる割には、お加減がよろしいようですね、王大……王氏」
雨桐の言葉に王は唇をゆがめた。それはそれは愉快げに。
「はは、そう見えるか? まあ、愉快さ。あの青年は底が見えん。イカサマをしている風はないのに、理由はわからないが今のところ連戦連敗だ。面白いだろう?」
王が唇を歪めて笑う。ゾッとするようなその笑みに雨桐がわずかに背筋を正す。
「雨桐、引き続き彼の監視を続けろ。"委員会"が注目している彼には何かがある」
「……日本の公安、"忍び"のものでしょうか?」
「いや、彼は少なくとも国家勢力の人間ではないさ、雨桐、そこの戸棚にあるノートを眺めてみろ」
雨桐が王に言われた通り、埃のかぶったノートを戸棚から拾う。ぺらりとそのページをめくった途端、その無表情な仮面がわずかに歪んだ。
「大校…… これは……」
「ああ、その通り。本物だ。彼が国家勢力に組するモノ、特に"忍"なら間違いなくそれを持ち帰る筈だ。どんな手段を使ってもな」
「大校、危険すぎます。これの持ち出しだけでも危険なのに、あまつさえ仮想敵国の工作員の疑いのある人物にこれを見せるなど」
「ふん、まあそう言うな、雨桐。リスクを踏んだ甲斐はあった。彼の反応から察するに、アジヤマ タダヒトは少なくとも国家勢力の息はかかっていない」
「なぜそうお考えに? 彼が慎重な工作員で行動を起こさなかっただけと言う可能性も」
雨桐はその先を言い淀む。
王のこちらを見つめる満足気な目つきに気付いたから。
「雨桐、貴様は何故この仕事を選んだ? 人間としての道理よりも国家の道具たる道を選んだ?」
「……私が中華を、この国を愛しているからです。我が偉大なる国家の繁栄こそが人類の至上の未来へと繋がるからです」
「ははっ、そうだな。お前や私のような者たちは皆そう答える。国の利益こそが己の最上の幸せであるとな。雨桐、仮にお前が…… そうだな、ひょんな事から合衆国の機密を手に入れるチャンスを得たとする、貴様ならどうする?」
「万難を廃し、命を犠牲にしてでも持ち帰ります」
「そうだな、それが国に身を捧げた人間、信念を持つ人間の行動だ。貴様なら間違いなくそうするだろう」
「はい、必ず」
その答えに王が満足したように喉を鳴らす。
机に置いてある湯のみに口をつけ、それから息を吐いて呟いた。
「……面倒臭そうな顔をしたんだ。味山只人は」
「面倒臭そう、ですか?」
雨桐の問いに、王が短く頷く。
「我が国の機密文書を見つけた彼は、使命感に燃えた顔でも、文章の正体が分からない疑問の顔でもなく、ただ、面倒くさそうにそれを戸棚に戻した」
「それは……」
「まったく面白い男だ。ヤツはそれを我が国の機密、少なくとも厄介なモノであると理解した上で放置した。さて我々はこれをどう解釈するべきか?」
王の乾いた笑いが店の戸棚を叩く。
「味山 只人。貴様は何者だ。何故、アレが機密文書であると分かった? 何故、それを放置する? 何を考えている? 何を求めている? お前は何を知っている?」
出口を見つめるその目は鋭く、視線を向けられたわけでもないのに雨桐は一歩あとずさる。
「雨桐、監視を続けろ。道士どもの予言もあながち間違えてはいない。彼はこの神秘の土地と同じほどの何かを隠しているやもしれん」
「……ご命令、しかと。王大校がお変わりないようで安心致しました。それでは」
雨桐が再び周囲の風景に溶け込む。王を持ってすらもう、どこにいるかも分からない。
「大校はよせと言ったろうに」
王はそう言って、表情を緩める。
そこにはもう、あのインチキ臭い中国人の好好爺の顔しか見つからなかった。
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