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80話 アレタ・キサキ・ユートン・イン・パーティ そのⅡ

 


「おい、あれ……」




「52番目の星……」




「アレタ・アシュフィールド…… あれが」





 会場を進む。周囲からの視線が隣で歩くアレタ・アシュフィールドへ注がれる。




 男も、女も関係ない、誰しもが星に目を奪われる。




 味山に注がれる敵意や不満、疑念を込めた視線とは全く違う。



 ため息にも似た視線、ただそこにいるだけで人の目を集める。アレタ・アシュフィールドが歩けば人の波が割れて道が出来る。





 味山はただ、それをすげーと呑気に他人事のように眺めて隣を歩いていた。








「む、来たか。席は取っているよ、まったくここは人が多くて疲れる」




 ほんの少し歩くと、人の波がそこだけポッカリと消えている空間にたどり着いた。



 丸テーブルに、四つのイス。なんの変哲もないパーティ席。




 エアポケットのように人が寄り付かないその席に赤い髪、赤い眼のソフィがいた。




「ありがと、ソフィ。タダヒト、グレン、お友達は良かったのかしら? なんかなし崩しに引き離しちゃったけども」






「あ、うん。引き離したというか、なんというか……」




「まあ、うん。もう2度と会うことはないくらいの友達っすからいいっすよ。うん」





 マジか、コイツ。




 味山はアレタの言葉に若干引きながら頷く。悪気はないのだろう。




 認識されないというのは、敵意よりもある意味よっぽど辛い。




 あのソフトモヒカンは気に入らない奴だったが、それでもあの有様は哀れだった。





「あ、ソフィ、その飲み物何? あたしも飲みたい!!」




「一口飲むかい? ウエイターに言えば作ってくれるよ、アレタ」




「あ、そういえばセンセイ。この前の収録の報酬きちんと振り込まれてましたよ。はい、明細」




 目の前にいる、アレフチームのメンバー。




 ーーお前なんか相応しくない。お前みたいなカスがーー





 連中の言うことも分かる。




 本来ならば、自分は彼女たちとこうして肩を並べることが出来る器ではない。




 何か1つ、ほんのわずかな何かが違っていればこうして巡り合うことはなかった。





 自分が、アレフチームにいる理由もよくよく考えれば腑に落ちない点はいくつかある。味山は談笑する違う世界の住人たちをどこか一歩引いた目で眺める。




 そうだ、よくよく考えてもみればーー





「タダヒト?」




 思考は止まる。ぼーっと突っ立っていたせいか、心配そうにアレタが首を傾げて目の前に立っていた。




 ぴょこんと、普段ならセットされていないアップにされた金色の髪が揺れる。うわ、いちいち可愛いな。




 それなりに美人への耐性がついてきていた筈の味山にもドレスアップされた姿は新鮮だった。





「あ、ああ、悪い。挨拶まわりはもう終わったのか?」




「ええ、あたしやソフィが顔を出さないといけないところはだいたいね。」




「ふん、どいつもこいつもアレタを見たらデレデレして。ワタシのアレタを衆目に晒すような事はしたくなかったんだがね」





「デレデレか。アシュフィールドだけじゃなくてクラークもいたからじゃないか?」




「うん? どう言う意味だ?」





 クラークの問いに、テーブルの上にあるビールに口をつけながら答える。





「どう言う意味もなにも、あんただって相当美人じゃねーか、クラーク。ドレスになるとなんかアレだ、神秘的な感じもするぞ」





 あ、このビールなんか美味え。エールってやつか? あまりにがくないなあ。味山は口当たりの優しいそれに舌鼓をうちつつ、特になにも考えず思ったことを口にした。





「お、あ、そ、そうかい? 意外だな、キミがそんな事言うなんて。あ、ありがとう、アジヤマ」




「意外って、俺普段どういう奴だと思われてんだよ。あ、すみませーん、このビールと同じ奴貰っていいですか?」




 味山か呑気にビールのおかわりをウエイターに頼む。



 ソフィが満更でもなさそうに、赤い髪に手櫛を入れ、そして、ある人物の表情を見てから固まった。





「……….……」




「あ」




 ソフィが、らしくない呟きを。やばいと言った風に、言葉を漏らす。



「神よ……」




 グレンは早いうちから気付いていたのだろう。とうに全てを諦めたかのように深く椅子に座り、胸元で十字を切る、その顔は穏やかだった。





「…………ふーん…………」




 アレタの眼から生気が薄れる。先程まで晴れの日の大海のようなエメラルドブルーだったものが、まるで夜の海かのごとく暗く、ただ、暗く。





「あ、アレタ、ど、どうしたんだい? な、何か気に入らない食べ物でもあったのかな? わ、ワタシが食べてあげようか?」




「ううん、大丈夫よ。……そうよね、ソフィは可愛いものね。肌も白いし、女の子らしいもの」




「そ、そんなことないさ!! アレタだって身長は高いし、顔だって小さい! どこの女神だって話だろう?! なあ、アジヤマ、グレン!」




「あ、そ、そうっすよ!! アレタさん、アレタさんはセンセイのような見た目詐欺と違ってまんま超絶美人っす!  な、タダ!」




「見た目詐欺……? 助手?」




「あ、ヤベ」




「……ふんだ。どうせあたしはソフィみたいに可愛くないもの。ヒール……低いのにしたのに……」




「あ、わわ。アジヤマ、アジヤマ! アレタのドレス姿はどうだい? キミ、ほんと頼むよ、アレタ・アシュフィールドのドレス姿をこの距離で見れるなんてアレフチームの特権だよ、キミ!」




「え、お、おう。ど、どうしたんだ、クラーク。なんか話し方が散らかってないか? い、いや、そりゃ、その……」




「タダ、タダ、タダ! 大丈夫だよな? お前そんな鈍感主人公みたいなことしないよな? 俺らが何言ってるかわかってるよな?」





 半ば喚き始めるソフィとグレンが味山に詰め寄る。味山はその様子に若干引きつつ、横目でアレタを確認する。





 アレタも同じ様子だった。ツーンとそっぽを向きつつも、ちらり、ちらりと横目でこちらを確認してきている。




 ソフィとグレンは変わらず懇願するように味山を見つめて。




 味山は舌の上に溜まった唾を飲み込む、意識して言わなかった言葉の準備を始めた。




 意識的にも、無意識的にも味山はアレタ・アシュフィールドを女性として見ていない。タイプじゃないとかではない。むしろ人並みに美人は好きだ。




 でもアレタを一度でもそう言う目で見てしまえば、仕事に支障をきたす。




 アレタ・アシュフィールドに現を抜かしながら探索者が出来るほど味山は器用ではなかった。




 だから、言葉を選ぶ。さも、自分が天然に、無頓着に、鈍感に見えるように。






「あ? 綺麗だよ。ぶっちゃけドレス姿にはびびった。普段も美人だが、今のは反則だ。河童にキュウリ、鬼にポン刀、原始人に火種。アシュフィールド以上にそのドレス似合う奴はいねえだろ。つーかアシュフィールドがクソ美人なんて今更言葉にすることか?」




 つい、早口になる。アレタの動きがピクリと止まり、顔を背けた。





 ちらりと見ると、耳が少し赤くなっている。元々白い肌は簡単に紅潮するのだろう。





 ダメだ、勘違いするな。味山はアレタの変化に気付かないフリをする。それ以上踏み込む勇気も、理由も、必要も味山にはない。







「くっ…… ムカつくがナイスだ、アジヤマ」




「タダ、お前はやれば出来る子って俺は知ってたっすよ」




 ソフィとグレンがどこから出したか、10点と書かれた小さい看板を取り出して唸る。




 いや、ほんとその小道具どこから出した。



 アレタは何も言わない。ただ顔を隠して固まっているだけ。



 妙な空気になる席、話題を変えようと味山が言葉を紡ごうとして







「おやおやおやおんやぁあ?? これは驚いた。なんだよ、お前らドレスなんか着てよぉ、よく似合ってんじゃねえかぁ、52番目、クソ女史」




 間延びした、しかしそれでいてよく通る声だった。




「ルーン、言葉には気を付けろ。久しぶりだ、52番目、女史。2人ともとても綺麗だ」




 重い声、腹の底に響く性質の声だ。






 2人、美女と美男。それらが勝手に割れていく人の波の合間を悠々と歩きながらアレフチームの席に近づいてくる。




 女の方は大胆な胸元の開いたスリット付きのドレス、金色のロングヘアに、毛先は染めているのか緑色に変化している奇抜な髪型。




 男の方は身長190センチはあるかという偉丈夫。髪の毛は割と長く短めのポニーテールにまとめられている。



 パダワンみてえな髪型だ、味山は呑気にそう思った。






「ちっ、嫌な女に見つかってしまったな。アレタ、場所を変えないかい?」






「も、もうソフィたら、すぐに悪態つかないの。ごめんなさい、ルーン、それにルイズ。ありがとう、あなた達もドレスにスーツ、とても似合ってるわ」





「きゃっはっはっは、なんだぁ、52番目え、なーんか女の顔になってねえか? ん? お、ああ、なるほどなるほど」




 奇抜な髪型の美女がニヤニヤと笑いながらふと、味山に流し目を向ける。




 怪しい雰囲気の美人だ、ていうか胸元開けすぎじゃない?  味山は小さく会釈して反応を返す。





「ちょ、何よ、ルーン」




「いやいやいやいや、なるほどねえ、彼が噂のあんたの補佐かぁ…… へー、近くでみると割といい男じゃないのよ」




「ちょっと、ルーン」




 アレタの制止を手を払いながら無視して、露出度の高い女が味山ににじり寄る。



 顔が近い、冗談のように整っている。



 アレタやソフィが朝露を浴びた花だとしたら、彼女の美しさは、夜、月の光を浴びて開く花のような。





「ハァイ、色男。はじめまして、スカイ・ルーンよ。あなたも大変ねえ、アレタ・アシュフィールドの補佐なんて周りからのやっかみがすごいでしょ?」



 果物に似た甘い匂いが味山の鼻をくすぐる。くらりとなりそうになるのを我慢しながら味山はよそ行きの笑顔を浮かべた。




「あ、これはどうも。味山只人です。あはは、いやまあなんとかなんとかです」





「あら、笑うと可愛いじゃんよ、色男。ねえ、こんな退屈な所抜け出して私と遊ばない?」



 テーブルにしなだれかかりながら露出度の高い女、ルーンと名乗る女が味山にすり寄る。



 ぐにゅり、豊かな胸が机に押しつぶされて形が変わるのがドレスの上からもわかった。




「え、あ、い、いやあ…… 今はチームと一緒にいるんで、それに恐れ多いですよ」





「あーら、残念フラれちゃった。くくく、52番目ぇ、なかなか身持ちの良い補佐じゃないのよ」




「ルーン、あまりあたしの仲間をからかうのをやめてちょうだい」




「おお、怖い怖い。思った以上にアンタが入れ込んでるのがわかったので充分だよ。あー、怖かった。えーと、色男…… じゃないな、アジヤマ、アジヤマに近づいた瞬間殺気が飛んできたのはびっくりしたぜえ?」




「おい、色狂い。アレタをからかうためだけに来たんならさっさと帰れ。馴れ馴れしいんだよ」




「なーんだよ、クソ赤目、いたのかよ? 貧相過ぎて見えなかったぜ、悪いなあ」




 ルーンとソフィが視線をぶつける。見るだけで背筋が冷えるソフィの視線を、ルーンは不敵な笑みで受け止める。





 ひえ、怖。ホントロクな女いねえ。味山はグレンに助けを求めて目線を向ける。




「あ、アサリのスープに小ちゃな蟹が入ってるっす…… ラッキー」




 グレンが何も見ていないとばかりに、テーブルの料理を音もなく口に運び続けている。




 ダメだ。早々に現実逃避してやがる。役に立たねえ。




「もう。喧嘩しないの。今日はめでたい表彰会の日よ。ルーンもソフィも睨み合わない!」




「アレタが言うのなら…… 命拾いしたな、クソ女」




「オーケー、オーケー。アンタが言うんなら、イギリス人とでもハグしてやるさ、52番目。漏らさなくて済んだな、クソ赤目」




「それで、ルーン、それにルイズ。なんの用なの? まさかホントにソフィにちょっかいかけに来ただけ?」




「あー? どちらかと言えば52番目のお気に入りを見物に来たってやつだよ。まあどっちかと言えばコイツがアンタに用があるんだとよ、なあ、ルイズ」




「……ああ。52番目。今日はアンタに用があってな」




「あら、ルイズがアタシに用なんて珍しいわね。手短にお願いね、今はチームで話してるし」




「……チーム、か。変わったな、アレタ・アシュフィールド」




「どう言うこと? まあ、いいわ。ルイズ、それで話って?」



 アレタが首を傾げる。味山はなんとなく居心地の悪さを感じつつ、飲み物に手を伸ばしてーー












「……単刀直入に言おう。補佐探索者、味山只人を解任するべきだ」





 ああ、やっぱり居心地悪かった。緩いワインを飲み干しながら味山は内心ため息をつく。






「……自分が何を言っているかわかってるのかしら、ルイズ・ヴエーバー」





 声に、温度があるのだとしたら春が一瞬で終わり、冬が来た、そんな声色の変化。




 味山はその声色が自分に向けられたものではないと分かっていながらも胃がキリキリと痛んだ。





「……そのままだ。補佐を切れ、と言っている。お前には相応しくない」




「……世間の反応がどんなものかはあたしも知っているわ。でも、まさか、一応は友人とも言える貴方からそんな事を言われると思って無かった。……あたしの嫌いなこと、ルイズは知らなかったけ?」




「……他人に意見されること、だったな。だが俺は他人ではなく友人だ。ゆえにはっきり言おう、今回はお前の選択ミスだ」




「……理由を聞かせなさい、"怪物狩り"の名前に敬意があるからこそ、あなたをここから追い出すのは理由を聞いてからにしてあげる」





 味山は零度の声のアレタから目をそらしつつ、味のわからない飲み物をさらに飲み続ける。




 あーあ、またあれだよ、実力不足とかどうとか言われるわこれ。まあ指定探索者から見たら仕方ねーよなー。味山は呑気に内心で呟く。




 しかし、"怪物狩り" ルイズ・ヴエーバーの言葉は味山にとって以外なものだった。






「味山只人の探索者としての実力ならば申し分ない。充分にアレフチームの戦力となるのは明白だ。探索の記録、そして例の大統領との会見を見れば明らかだろう」




 みんなが、ぽかんとその大男を見つめる。味山もまさかとばかりに、大口を開けて男を見つめていた。



「味山只人は、強い。それが事実だ」





 あれ、この人…… もしかしてめちゃくちゃ良い人?



 味山は近頃他人から敵意や悪意を向けられるのが多かった為、若干感動すらも抱いてその男を眺めて。






「へい、ヘイヘイヘイ、おい、ルイズ、もういいだろーがよ、その辺でよー。あんまよそのチームに口出すのはよー」



 ぴくりと何かに気づいたかのようなルーンが男を止めようとする。



 しかし、もう男の言葉は止まらなかった。








「だからこそ、アレタ・アシュフィールド。味山只人を切れ。この男はいつかお前を殺そうとするぞ」





「……は?」



 アレタの、呆然とした顔。




「あっちゃー、マジで言いやがった。もう私知らねー」



 顔を抑えてルーンが空いていた席にどかり、座り込む。




 眉間にしわをよせて寡黙な男がアレタを見下ろす。アレタは椅子に深く背中をあずけて




「ぷっ、ふふ、あは、あははははははははは!」




 嗤い始める。アレタしか笑っていない。味山は何も笑えなかったし、ほかのアレフのメンバーも黙ってアレタを見つめていた。




「ル、ルイズ、あなたジョーク言えたのね! し、知らなかったわ、ふふふふ、ああ今のは笑える。タダヒトがあたしを? ふふ、それは困ったわね。ねえタダヒト」




 振ってほしくないタイミングで振ってほしくない相手から話をふられたときどうするか、味山はアレタとルイズヴェーバー両方の機嫌を損なわないように愛想笑いを浮かべる。





「あ、ああ、そうだな、あー、えーとそれは大丈夫だとおもうけどなあ……」



 味山はちらりと、こちらを見下ろす大男に視線を向ける。




「……」




 やべえ、にこりとも笑ってねえ。ていうか完全にこっち無視。味山は大男の反応にびびりつつ、その態度に少し笑顔がひきつる。




 なんだ、こいつ。いきなりやってきて急になんか言い出したと思ったら…… 礼儀なくね?  味山はいら立ちが顔に出る前にまた酒をあおる。





「……ジョークではない。アレタ・アシュフィールド。お前は最近少しおかしい。補佐探索者の引き受けを依頼しておきながら急に断ったことといい、味山只人に関しては明らかに正常な判断ができていない」




「ふーん、正常な判断、ねえ。それは面白い話だわ。でもね、根拠もなしにそういうことを言われても困るわ、えっと、ふふ、た、タダヒトがあたしを殺すってなんの理由があってそんなこと言うの? ふふ、ああ、おもしろい」



「……」



「ああ、なるほど。……ルーン?」




「あ、あー、その、くそ、ああそうだよ、私が口を滑らしちまった。ちょうど飲んでてよー、いい気分になっちまってんだよ、そん時そこの大男といたから、そのまま()()モンを言っちまったんだよ。なー、悪かったよ52番目。まさか私はルイズのバカがここまでバカであんたにゾッコンだってしんなかったんだよ、だからそんなこえー顔すんなよ、ダチだろ?」




「ええ、あなたは友達だわ。お酒に飲まれて、男好きで、口が軽くて、たまにいい加減な未来が視える以外には欠点のない、いい友達よ」





「うえっへー、こえー、なー色男守ってくれよー、あんたのボスはキレてるとき笑うから余計こえーんだよ」



 おどけてルーンが、味山によりかかってくる。いい匂いするわ、柔らかいわでどうしようもなくなりそうになる。





「タダヒトにそれ以上触ったら、もっと面白いことになるわ。スカイ・ルーン」




「ひゃい」




 その声の冷たさの前では流石のルーンも黙る。今のは本当に怖かった。味山はまたグラスの中身を舐める。




 これ、ワインか? 美味い。なんかウェルチを飲みにくくした感じの濃いブドウの味がすっごい。




 珍しく味山は酒の味を気にいる。





「……ルーンの言った通りだ。ケルト十字のみせた未来では味山只人がお前を殺そうとしていたらしい。アレタ・アシュフィールド、これはお前のための忠告だ」





 おまえのため。その言い方が味山には気に入らない。ごくり、酒で乾いたのどをまた酒で潤わせる。




「な、なあ、おい、ルイズ、もうやめようぜマジで。あんたもアレタも知ってるだろ? 私の遺物は世界一イかしたお宝だけどよー、直近で起きる出来事以外の予知はいい加減なもんだってよー。ほらもし、私の予知が正確なもんだったらよ、ルイズ、あんたと52番目は今頃よーー」





「ルーン、少し黙っていろ。アレタ、もう一度言う。味山只人は危険だ。こいつはいずれ必ずお前に刃を向けるぞ」





 こいつ、呼ばわり。



 ルイズヴェーバーのことはよく知っている。その苛烈な戦闘スタイルや実績から”怪物狩り”と呼ばれているドイツ有数の指定探索者。探索者の戦闘技術についての書籍を出していたりもする文武両道の男。





 そもそも怪物狩りを主な仕事の一つとする探索者の中でわざわざ”怪物狩り”とよばれている点からも実力がうかがえる。




 間違いなく、アレタと同じ()()()()側の存在。それでも頭ごなしに無視され、目の前で危険人物扱いされるのは気分が非常によろしくなかった。




 となりに座るアレタに雰囲気がさらに冷たくなる、しかし味山はもうそれがあまり怖いものだと感じてこなくなっていた。





「仮に」



 アレタの唇が、紡ぐ。




「仮にそうだとして、あなたに何の関係があるのかしら」




「っ…… 友人だからだ。事実、やはり今のお前はおかしい。以前のお前はそんな顔をしなかった。俺にそんな顔は…… 頼む、おまえのためだ。個人にこだわるなんて52番目の星らしくない」




「おい、”怪物狩り”。その辺にしておきたまえ。今日はそこの色狂いよりもキミのほうが目障りだ」





 唐突に、ソフィが声を出した。細い人差し指でフォークを弄びながら、その赤い瞳を大男へと向ける。





「”女史”。お前がついていながらなぜこのような得体のしれないものを招きこんだ。どういうつもりだ」






 見つめられると身の竦むような美しさの赤目。その視線を受けつつも大男、ルイズ・ヴェーバーには動揺は見られない。





「簡単なことさ、ワタシのアレタがそう望んだからさ。もじもじしながら、まるでいたずらがばれた幼子のようにね。ソフィ…… チームに入れたい人間がいるの、と言われたらイエス以外に選択肢があるとでも?」





「盲信者め、それは真の友情ではない」




「くくく、恋慕を友情とうそぶくよりは真実に近いものだろうさ。……男の嫉妬は醜いものだね。ルイズ。




「……お前ならば賛同してくれるとおもっていたがな。昔のアレタ・アシュフィールドを知っている人間ならば明らかに今の彼女がおかしいと気づくものだとおもっていたが。得体のしれない人間にこうも簡単にふところをゆるすとはな」





「キミと一緒にするのはやめてくれ、鳥肌がたってしまうよ。……キミの発言、気に食わないな。アジヤマは確かに、いつのまにか現れて、ワタシのアレタの関心を買った図々しい奴だ。だがしかし、彼は役割を果たしている。いいか、よく聞け、でくの坊。彼はワタシの仲間だ。決して得体のしれない人物ではない」





 ク、クラークせんせえ……  



 味山は静かに感動していた。地味にクラークには嫌われているかもしれないと感じていた味山にとって今の言葉は素直にうれしかった。やだ、かっこいい。




「……お前もか。アレタ・アシュフィールドだけではないというわけだ。まるで病だな。完成されていた、お前たちは完成されていたはずだ。それが今病もうとしている、東洋から突如現れた異分子によって」





「お、おい、ルイズ、それはさすがに言い方ってもんがあるだろーよ…… あー…… ついてくるんじゃなかった」




「……言いたいことはそれだけかしら、ルイズ」




「……ああ、何度でも言おう。味山只人はお前に不要だ、お前自身のために選んでくれ」




「ふふふ、あなた、あたしがそういわれて、はいそうですか、ということを聞くと思ってるの?」




「それ以外にやり方を知らん。どちらかだけだったら良かったんだ。ルーンの予知だけなら笑い飛ばせた、味山只人が普通ではないという点だけならば”52番目の星”の補佐という点で納得できた。だが今回は2つがそろった。……いやな予感がする。バベルの大穴は今、きな臭い。お前の休業、増加する一方の行方不明の探索者、そして例の新種の存在。不確定要素を排したいんだ」




「……あなたはタダヒトがあたしを脅かすことができるとでも?」




「可能だ。今日直接みてそれは確信にかわった、毒虫だ、生きるためならば言葉にするとこすらおぞましい毒すらも宿し、自分の敵を必ず殺す、臆病で卑小ゆえに手加減など絶対にしない。相手がどんなものだろうと自分を害する存在を許しはしない。ああ、きっとこの男ならば星すら手にかけることをいとわないだろう、必要とあらばな」





「へえ、高評価ね。あなたほどならタダヒトがわかるわけか…… まあ、平行線ね。ええ参考にさせてもらうわ。毒虫に刺されないようにね」





 ぱちり、アレタが味山にウインクを送る。しぐさが似合いすぎてビビる、そりゃCMの依頼きまくるわ。





 味山はぺこりと会釈する、それ以外にできることはなかった。





「お前は、何もわかっていない! アレタ! 俺はお前のためを思って!!」




 響く、男の声だった。




 腹の底に響き、聞くものの背筋を抜き取るような。




 ルーンが、あーあ、と再び顔を覆う。



 アレタが、ソフィが、ため息をついて。






色んなものに酔った凡人の我慢が前触れもなく終わった。





「あのよー、すんませーん。盛り上がってるとこ申し訳ないんですけど、えーと、あなた文句言う相手間違えてませんか?」



緊張感のない声、それを大男に向ける。




「……今、俺はアレタ・アシュフィールドと話している」




 味山の方を見向きもせずに告げられたその声は怖かった。



 はい、と縮こまりそうになるのを我慢し、味山はワイングラスをぐいっと、空にする。






「話している内容は俺のことでしょうが。アンタさ、俺に文句あんなら、俺に言えよ」





「……今、お前をこうして見逃しているのは一重に彼女たちへの敬意からだ。大人しくしておけ、それが身のためだ」





 かちん。




 話を聞いていてなんとなく感じていたが、コイツとは合わない。味山は今の言葉で確信した。




「はー? 敬意? ほーん、そりゃ大層な敬意もあったもんですねー。つーか、お前ってなんだ、お前呼ばわりたぁ、いい身分だな、おい。指定探索者って奴はよ、礼儀知らずでもなれるもんなんだな。あ、お国柄か?」





「……敬意を知らん毒虫が。俺に話しかけるな」




「ぴゃー、そっちから話しかけて来たくせに、言うことかいてそれかよ。人のこと害虫扱いしやがって。都合の良い敬意もあったもんだな」





「……表に出ろ。ちょうどいい。物理的に、アレタ・アシュフィールドから離れてもらおう」




「ケッ、結局それかよ。どいつもこいつもアレタ・アシュフィールドアレタアシュフィールド。探索者の癖に女にかまける余裕があって羨ましいこった。仕事と女は別で考えれねーもんかね…… 上等だ、さっきからてめーマジで気に入らねーんだよ、喋り方から何からな」





 味山が立ち上がる。予想以上にでかい。その身長差は見上げるほどに開いている。




 だが、もう苛立ちを抑えることはしない。舐めてくる相手には立ち向かわないといけない。




 あの大統領の会見の時と同じ失敗をする気はなかった。





「ちょ、ちょ、ちょっと、あれ、あれれ。こ、これは予想外だわ。そ、ソフィ。タダヒトってこんなに喧嘩早かったかしら?」




 アレタの雰囲気が和らぐ、味山が想像にない行動を取ったので彼女には珍しく焦っていた。




「う、うーん……? あ、アジヤマの奴、ロマネの完熟モノを飲み干してる…… グレン、確か彼は……」




 ソフィが味山が空にしたグラスをプラプラと摘んで揺らす。空っぽになっていた。



「そっすね、酒強くないっすね。普通に飲みの時でもジュース飲みたがるタイプっす。あれは普通にアルコール酔いもありますね」




 音もなくグレンがスープを口に運びながら呟く。





「つーかマジで言い方がいやらしんだよ。ネチネチネチネチ目の前で危険やらなんやらよー。俺が気に入らねーだけだろうが、結局。はっきりそう言えや」




「……お前、俺が誰かわかっているのか? それとも酔っているだけか?」






 味山は味山で、自分とは頭2つ以上大きい男にがっつりメンチを切っていた。




 やべえ、もうひっこみつかねえ。誰か止めてくれねーかな。とかごちゃごちゃ考えつつ、目線は逸らさない。





「おいおいおいおい、マージかよ。あの色男、思ったより気が強いじゃないのよ。おい、52番目、どうすんだ? お前も知っての通りよー、ルイズの馬鹿は手加減とかしらねーぞ?」




「え、ええ、わかってるわ。て、いうか! 発端はそもそも貴女でしょ、ルーン! な、なんかいいアイデアないの? このままほんとに喧嘩初めちゃったらどうするの!?」




「な、なんだよ、52番目。アンタがそんなに焦るなんて珍しいな…… さ、最悪よー、ほら、ちょっとアンタがキレてみれば言うこと聞くんじゃねーのか? ルイズの野郎は言わずもがな、あの色男だってアンタにゃ逆らえねーだろ?」





「だ、ダメよ…… ルイズはそれで収まるかもしれないけど…… タダヒトはわからないわ…… そ、それに」




「あ? ど、どーしたんだよ、アレタ。アンタ、何弱気になってんだ? それに、なんだよ?」





「う、うう、それに、そんなこと言ってタダヒトに…… 嫌われたら、困るもの……」




 空気が固まった。



 ソフィは握っていたフォークを折り曲げ、ルーンは綺麗な顔を間抜けに歪ませて大口を開き、ルイズが奥歯を噛み締める。




 味山はそれどころじゃなかった。





「ば、あ、ばばばば、お、おい。頭が痛くなって来た。アンタ、本当にアレタ・アシュフィールドだよな? っ、ふ。ふふふ、ははははは!! ああ! ああ! オーライ、オーライだ、アレタ。わかったよ、そりゃそーだな、嫌われたら困るよなあ」





 信じられないモノを見て、聞いてしまったルーンが喜怒哀楽を激しく行き来しながら、最後には笑い始めた。





「……やっぱり、アジヤマはこの辺で始末した方がいい気がしたね。そう言えば今思い出したらワタシのアレタをブッたりもしてたよね」




 虚な顔をしたソフィが、静かに呟く。




「センセイ?! 落ち着いてっす! アンタ、さっきタダ褒めてたでしょうが! 良いこと言ったと思いきやすぐこれだよ!」






「……やはり、お前は病だ、お前は毒だ。アレタ・アシュフィールドも、ソフィ・M・クラークもあんな風に笑うことは今までなかった」




「アンタ目悪いのか? どう見たらあれが笑ってるように見えんだよ」





 味山とルイズはメンチの切り合いをやめない。ルイズが首をくいっと振り、会場の出口を示す。




 上等だ、このデカブツ。金的攻撃でぶちのめしてやる。味山が早くもダーティーファイトの戦術を立てながらそれに着いて行こうとして。





「おいおいおいおい、お二人さーん、どーこ行こうってんだよ、この晴れの日に殴り合いたあ、ヴァイキングでも気取ってんのか、ジャパニーズにゲルマニー」




「止めるな、ルーン。先ほどのアレタの顔といい、コイツの態度といい、ある程度の決着が必要だ」





「はあー、男の嫉妬、それも無自覚なモンは厄介だねえ…… 下手な毒よりも臭いがキツいと来たもんだ」



 ルーンがため息を大袈裟につく。それはルイズの眉を傾けさせた。





「なんだと? ルーン、いくらお前でも口が過ぎるというなら……」




「そう怒んなよ、怪物狩り。そのまま私を押さえつけて殴り倒そうとでもしてるのかい? あー、残念、もう完全に視えてるからよー、触ることも出来ねーよ?」





「……ふん、ケルト十字か。厄介な遺物だ」




「あー、ほんとにね。アンタみたいな馬鹿にこの遺物が渡らなくてホントよかったよ。っと、本題に移るか」




「ルーン、任せていいの?」



「オーライさ、アレタ。私にゃ、フニンとスニンの加護があるからさ、こう言う時の知恵はまわんだよ」




「で、でも、あなた、何するかわかんないわ。どうするつもりなの?」





「あー……? 心配性だなあ、アレタ。なあ、おい想像してみろよ。アンタの為にどう考えても勝ち目のない勝負に挑むアンタの相棒をよー? なあ、いくらアンタでも少しそそるモンがあるんじゃねえのか? 安心しろ、流血沙汰にはなんねーよ」





「あ、あたしの為?」




「そーだよ、あのニホン人の色男。酒に酔ってるとはいえ普段はあんな喧嘩っ早くないだろ? アンタが関わってるからさ。どーよ、その辺なんか思うことねーのよ?」





「あ、あたしの為に、タダヒトがルイズに食ってかかってるっていいたいの? そ、それって……」





「あ? この辺の機微はお子ちゃまのアレタにゃわかんねーかな? まあ、ほら、モノは考えーー」




 ルーンが、男女関係には疎いアレタを揶揄う為に振った言葉。




 ふと、アレタが笑った。ルーンはその表情を見た瞬間、固まった。






「ああ、縺れは、うん、いいわね」






 ぞっと、するような顔、女の顔だ。




 同性のルーンから見ても何か心を鷲掴みにされて、そのままめちゃくちゃにされそうな、そんな女の顔をアレタが浮かべた。




「っ……?! な、なんだよ、アレタ。アンタそんな顔もできたのかよ。ま、まあ、それならいいわな。は、ははは」





 ルーンが気味悪いものをみたかのように乾いた笑いを発する。しかしすぐにそれを打ち払うように首を振った後、不敵な笑みを浮かべる。






「つーわけで、だ。オーケー、オーケー。お前ら2人がそんなになるのもよーくわかる、片や言いがかり同然の舐めたことを急に言い募られ、片や無自覚の嫉妬心の行き場をなくしてちょーどいいきっかけでそれをぶつけちまってる。ああ、お互いにもう引っ込みがつかないのはよーくわかってるさ、アウトローども」






「……ケルト十字、お前には関係ーー」





「おいおいおいおい、今更関係ないは通用しねーよ、怪物狩り。アンタがもう少し早く、こんなにもバカだってことを教えてくれてりゃ、いくら酔ってたって貴重な予知のことを教えたらしなかった。おかげで私が52番目に殺気をぶつけられるハメになってんだぜえ、その落とし前、どーつけんだよ? ああ?」




「……む」




「そこでよー、インテリな私がお前らの為にチョー素晴らしい提案を思いついた。周りを見てみろよ、せっかくのタダメシ、タダ酒だってのに、どいつもこいつもお前らのやりとりが気になって仕方ないみたいだぜえー」




 味山は言われて、辺りを見回す。




 会場にいる誰もが、こちらを見つめている。視線、視線、視線。




「目があった……」



「すげえ、怪物狩りに、ケルト十字、それにアレフチーム…… ほんものだ」




「あのニホン人…… 死ぬぞ……」




「怪物狩り、デカすぎワロタ」





 皆がこちらを見ている、騒動の中心は十分に注目を集めるメンツだった。





「えーと、多分あの辺に…… おー! いたいた! ロイド、おい、逃げてんじゃねーよ、ツラ貸しな」




「げえっ! は、はは、これはこれはルーンのアネゴに、怪物狩りのアニキ…… ご、ご機嫌麗しゅう…… じ、自分みたいな小物になんの御用で?」





 ルーンが声を掛けたのは、ヒョロヒョロした細身の白人の男だった。うなだれ、諦めたように召集に従い、ルーンの元までとぼとぼ歩いていく。




 明るい茶色の前髪は長く、目を覆い隠すほど。脚は長いがズボンの上からわかるほどに細い。




 男はアレタやソフィの存在に気づくと何度も頭を下げる。



 どことなくその小市民ぶりには親近感が湧くような。





「今からちょーいとお前の號級遺物を使ってもらおうと思ってよー。とりあえずそこ、あの壇上にタル作ってくれよ、タル。あの馬鹿力でも壊れない頑丈なやつな」




 ルーンが図々しいセリフを吐く。彼女にはその口ぶりが妙に似合う。




「あ、アネゴ、さ、さすがにそれは…… 自分のこれは国の許可がないと……」




 強引な兄貴分、いや姉貴分と弱気な舎弟みたいだ。





「なーに適当なこと言ってんだよ、號級遺物の使用は所持者の意思と判断によるものって決められてるだろうが。国の許可がいるときは他国の領土ーー おっと、この話はどうでもいいか。まあいいから、さっさとしてくれよ。あの事バラしてもいーんだぜえ?」





「う、うへえ、わ、わかりました、わかりましたよ、やればいいんでしょ!?  うう、人使いが荒い…… タルなんて何に使うんだよ……」




 ルーンにがっしりヘッドロックされた細身の男がモゴモゴいいつつ、懐から何かの塊のようなモノを取り出し、それを壇上へとかざした。




 そして






 TIPS€ 號級遺物の発動を確認






「は?」




 味山は思わず、耳に届いたヒントに言葉を漏らした。











「遺物、脈動。シュヴァルツヴァルト(黒い森)





 それは物理法則を笑う現象だった。





 何かが、軋む音。家鳴りにも似た音が、パーティホール前方の壇上から響く。



 かと思えば唐突にソレは現れた。





「……木ぃ?」





 木だ。




 葉をつけていない黒い樹皮の木が、唐突に現れた。




 かと思えば、再び軋み、歪み、形を変える。



 周囲の人間がざわめく。データや、映像資料でしか知らない現代の神秘の極み、"號級遺物"が起こす奇跡に誰もが、慄いた。





「ほい、完成っと…… も、もう、これでいいですよね? ルーンのアネゴ、頼むから余計なこと言わないでくださいよ?」





 タルができた。何もなかった壇上に、木で出来たタルがどかりと現れた。




 ルーンが細身の男を解放して、軽い足取りで壇上へと駆け上る。ドレス姿なのに、その足取りは異様に軽快だ。






「おー、さすがはドイツの誇る指定探索者、ロイド・アーダルベルトの仕事じゃねーのよ。出来も悪くない、それに頑丈だ。これならきちんと使えそうだなあ」




 ルーンが、一際高いところからホールを見渡す。



 整った顔で、最高に悪い笑みを浮かべながら言い放った。






「レディース、アンド、ジエントルメエエエン!! そろそろ組合の用意した馬鹿高い飯やら酒にも飽きてきたころじゃないかい? 探索者ども!!」




 よく通る声だ。



 マイクもないのに、メインホールにいる人間全ての注目がルーンに集まる。





「実はよ、今困ったことがあってなー。私のダチのアレタ・アシュフィールドを取り合って2人の男が争ってんのよ。いやあ、このご時世にお熱いこったねえ。このままほっとくと殴る蹴る噛みつくのダーティーファイト一直線なワケ。どいつもこいつも血の気の荒い連中ばかりで困っちまうわなー、なあ、そう思うだろ?」





 会場の興味が、全てルーンに集まる。




「あ、あのバカ女…… な、何をするつもりだ? あ、アレタ、止めなくていいのかい?」




「うーん、もうああなったルーンを止めることは出来ないわ。そ、それにしても、取り合うなんて…… ね、ねえ、ソフィ。タダヒトはどう思ってると思う? 取り合って、くれるのかしら?」




 もじもじと、髪の毛の先端をいじりながらアレタがソフィに呟く。






「……知らない」



 ソフィが、ズズーっと音をたてながらスープを飲み干す。もちろん、わざと。







「んでよお、さすがにこの場で殴り合いになったらいくらなんでもまずいだろ? だがもうみてくれよ、あの2人をよー。今にもおっぱじめそうなやべえ雰囲気じゃねえか。そりゃまずいぜ、警邏部隊の鎮圧待ったなし、私らのたのしいたのしい表情会もおじゃんだ。なあ、ソレは避けたいよなあ?」





 ホールがざわめく。スカイ・ルーン。アイルランドの指定探索者、"星見"、"ケルト十字"として知られる彼女は、指定探索者の中でもかなり有名な人物だ。




 故に、不思議とホールの人間が耳を傾ける。




 ルーンが話すたびに、ざわめきがひろがり、落ち着き、空気が変わっていく。





「で、も、よー。アンタら、ここに集まった探索者、そしてお金持ちのセレブ方々に聞きてえ。ドイツ最強の指定探索者"怪物狩り"、ルイズ・ヴェーバー。そして世界最高の指定探索者"52番目の星"アレタ・アシュフィールド…… に選ばれた男。味山只人。コイツらが争うところよお……」







「みてみたくねえか?」





 言葉のあと、沈黙。



 そして





 わっ。




 拍手が起こる。





 鳴り響く指笛や、轟く歓声が答えだ。





「ぎゃっはっはっはっ!! そうだろお!! 私も同じさ! 殴り合いはダメだ、だからよ、シンプルにここは1番どっちが強いかわかる競技、腕相撲で決めようぜ!! アレタ・アシュフィールドにふさわしいのはどっちの男かってよおおお!!」








「「「ウオオオオオオオ!!」」」




「おい、なんか面白そうなことになったな!!」




「ほかのホールに居る奴にも教えてやろうぜ! アレタ・アシュフィールドを巡っての痴話喧嘩だ!」




「この仕事こういうのあるからやめれないんだよねー!! チームのみんなも呼んじゃお!」






 ルーンの叫びに、会場が盛り上がる。探索者は娯楽に弱い。ダンジョンが、酒が、人生のあらゆるものに彼らは酔っている。




 でないと、こんな仕事は決して出来ない。




「んでよおお、ただ野郎2人が腕相撲するだけなのも芸がねえ! ここはこの私、スカイ・ルーンがこのケルト十字に誓って公正公明な神の名の下に、賭け金を請け負うぜえ! 探索者法では賭博は禁止されてねえからなあ!! へい! ロイドなーにふけようとしてんのさ、アンタも手伝うんだよ!」




「ま、まだ、自分をこき使うんです?! あ、ああ、やっぱり人の集まるとこくるんじゃなかった…… 森に帰りたい……」




 細身の男は泣き言を言いながらそれでも素直にルーンの言うことを聞いている。





 あの2人の力関係がわからん。味山は歓声とざわめきの中、めまぐるしく動く環境に瞬きした。






「……あいつめ、なんと抜け目のない」



 ルイズが眉間を揉みつつ、騒動を見守る。




「ろ、ロクな奴いねえ、指定探索者……」




 味山はため息をつきたい気持ちを我慢して小さく呟いた。



「……まあ、いい。悪いが再起不能になってもらおう」




「……ケッ、吠えツラかくなよ」




 歓声に押されて2人は壇上へと登る。




 やべえ、腕相撲って、もうアレを使う以外に勝ち目ないんじゃ……




 酔いやすく冷めやすい体質の味山はすでに、正気に戻りつつある意識の中、今更焦り始めていた。







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