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79話 アレタ・キサキ・ユートン・イン・パーティ そのI

 



 ……

 …

 〜2028年、10月。バベル島、中央区。探索者組合本部敷地内、レセプションホール1Fについて〜







「いや、だからよ、生ハムメロンってのはしょっぱいのと甘いのが交互に来るだろ? つまりこれはもう永久機関なわけだ。神の作りたもうた奇跡なんだよ」




 テーブルの対面、グラスに注がれた赤いワインを舐めるグレンに対して味山が唐突に話しかける。





「いやー、俺その辺マジ理解出来ないんすよねー。甘いのなら甘い、しょっぱいならしょっぱい。どっちかにしてほしいっつーか」





 味山はふかふかの椅子に腰掛け、皿一杯に載せたツヤツヤの生ハムメロンを口に放り込む。





 じゅわりと溢れるメロンの果汁が生ハムの塩気と合わさりえもいわれぬ風味が広がる。





 ああ、なんだこれ、ほんとうまい。ほんとなんだこれ、大好きです、生ハム、ほんと。





 心の語彙力が幼稚園に戻りながらも味山は次々生ハムメロンを平らげていく。



 ここに到着してから食べてばかりだ。






 ここ。





 探索者組合本部の敷地内に建てられたパーティホール。





 シャンデリア煌めき、赤いふかふかのカーペットが敷き詰められ、世界の著名な楽団を呼んでの生演奏がBGMとして鳴り響く。



 豪華な階層で談笑する人間は皆、ドレスコードに従い、スーツやドレス姿に身を包む。





 圧倒的、ラグジュアリー。




 味山は、探索者表彰会の会場に来ていた。




 年に1度、探索者組合では指定探索者、及び組合に選ばれた上級探索者を一堂に集め、その年に活躍した探索者を発表する表彰会を開くのが定例になっている。





 今回が3度目の表彰会は世界における探索者とバベル島への注目度の上昇に伴い、年を追うごとに豪華に、そして大規模になっていた。



 本来であれば、この表彰会に呼ばれるのは探索者では上級探索者以上の身分が要る。しかし、指定探索者の補佐としてなら話は別。




 味山は唯一、この会場で只の探索者だった。




「まあ、食の好みは人それぞれっすからね。俺はチーズの盛り合わせで満足っすよ。にしてもすげえ人っすね。ほとんどが探索者ってのが笑えないっすけど」





「ああ? さっき貰ったパンフレットによると今年はかなり島外のスポンサーやらセレブやらも呼んでるみたいだぜ? なんかアレだな、バロンドール賞とかアカデミー賞みたいなお祭り騒ぎだ。そのうちこの表彰会も名前つくんじゃねーの?」





「うわ、なんすかそれ。今年パンフレットなんかあるんすか。去年はなかったけど。ん、あれ、ほんとだ。なんか映画やらなんやらで見たことあるような連中がちらほらと…… そういやタダ、去年の表彰会の時期は何してたんすか?」





「去年? 中央区のメインストリートの出店回ったりしてたな。屋台のたこ焼きの食べ比べとかか。今年は探索者街のほぼ全てがお祭り状態なんだろ? 景気が悪いとか言ってたのが嘘みたいだよな」





「年々、いや、毎月のペースでダンジョン由来の素材によって各分野にイノベーションが起きてるっすからね。ニホンで昔あったバブルみたいなもんすよ」





「なるほど、皆が皆、バベルに夢を見てこの先全てうまくいくって思ってるわけか。まあニホンのはそれ、最後に弾けたけどな」






 味山がぼそりと呟きながら、最後の生ハムメロンを口の中に放り込む。うむ、美味い。間違いなく最強の食べ物の1つだろう。





「にしても、アシュフィールドとクラーク、あとどんくらい時間かかんのかな? なんだっけ挨拶回り?」




「あの2人はセレブに片足突っ込んでるっすからね。合衆国のお偉いさんやら社交界のなんやらかんやらがあるんすよ」




「ほーん。やっぱあれか? 俺たちがそれについていかなくて良かったのはあれか? 少し庶民過ぎる感じ?」




「あー、まあ、うん。それにホラ、タダは悪い意味でもいい意味でも悪い意味でも合衆国のお偉いさんの中じゃあ有名だから…… 大統領を、こう、ね?」




「あー…… ノリノリになり過ぎたよなあ。あの総理がなんとかうまくまとめてくれたから良かったもんだよな、いま冷静に考えてみれば」




 生来の小市民ぶりのせいか、以前の会見の際、ノリノリでやらかしたことが今更ぶり返してきた。



「よし、忘れよう。生ハムメロンの海に溺れてくるわ。偏食万歳」



 気を取り直しおかわりしにいこうとしたその時、あることに気付いた。





「「「…………」」」





 視線、視線、視線。





 生ハムメロンに夢中で今のいままで気づかなかったが、ジロジロと周りから観察されているような視線を浴び続けていることにようやく気付いた。





「……グレン、おまえなんかやらかした? なんか周りの連中、めっちゃこっち見てるけど、それともあれか? 流石に皿一杯に生ハムメロン盛るのはマナー違反だったか?」





「あー…… そっすね。多分いまこの周辺で純粋に食を楽しんでるのはタダだけじゃないんすかねー?」





 味山が自分の空になった皿を見つめる。たしかに会場に到着した途端、所狭しと並べられたビュッフェにテンションが上がりすぎていたかもしれない。





「まあ、別に連中は生ハムメロンに関して興味あるわけじゃねーっすけどね」





「あ? じゃあなんだこの注目度。あ! この前のテレビ皆見てたとか? いやー、あれすげえよかったよな。ナレーションの声もあの」





「タダ、少し静かに。周りの連中のヒソヒソ話聞いてみろよ」





「あ? ヒソヒソ話?」




 グレンの言葉に味山は眉を潜める。しかし珍しくグレンが真面目な雰囲気だったので割と素直に言うことを聞き、耳を澄ませる。








「……アレが星の……」




「普通のニホン人……」




「いいご身分だ。アレフチームのおこぼれじゃなきゃここには入ることも出来ない奴じゃないか」




「上級探索者ですらないんだろう、なぜあの星はあんな者を」




「あの大統領のレクリエーションでの演技だけはそれなりだったがな」





「あのままアイツも土下座してりゃよかったのによ」




「コネであのあめりやの雨霧とも繋がりがあるとかないとか」




「怪しげな店によく通ってるらしいぜ。ほらあの中国街のインチキ雑貨屋」




「あの貴崎凛とも一時期組んでたとか。結果揉め事起こして追い出されたみたいだけどな」




「なんであんな奴がアレフチームに……」




「弱味でも握って……」



「相応しくない…… 品位が落ちる、東洋人なんぞ」




 その視線、そしてその言葉。それは全て味山に向けてのものだった。




「……グレン、なんか物凄い感じ悪いんだけど。え? 俺、なんか不特定多数の人間に嫌われることした?」





「タダ、お前は無意識に現実逃避するくせというか、考えないフリをすることが多いっす。この際言うけど、アレタさんの補佐っつーのは遅かれ早かれこんな風になるっすよ。タダ、この前の大統領の件でお前は注目されてるんす」




「ああ、あのアメリカン大統領か。……結構さ、あの時ノリノリになっちまって……」





「らしくねーことをするから、と言いたい所っすけど、見ててスッキリしたからそれはそれ。ま、でも俺はあの時確信したっすけどね」




「確信?」




「アレタ・アシュフィールドの補佐は、お前みたいなバカが相応しいって」





「褒められてねえことだけはわかる。それを言うならお前も大して変わんねえだろ」




「くく、それもそうっすね。指定探索者なんてバケモンの補佐が務まるのはその重責を理解出来ない大馬鹿ぐらいっすよ。ま、それでもこうやって陰口たたいて、遠巻きに睨むことしかできねーザコよりはマシっすけどね」





 そう言ってグレンが辺りを静かに見回す。いつものひょうきんでコロコロ変わる表情はその端正な顔立ちに今はない。




 能面、何も映らない無表情、信じられないほどに冷たい目が周囲の身なりの良い野次馬に向けられた。







「……いこうぜ」




「あれがグレン・ウォーカー……」




「……ッチ」






 それだけで味山達に向けられていた不躾な視線の大体が霧散する。グレンに見回された観衆が、目を背けて散っていく。





 こう言う所、クラークと似てるよなあ。味山はコップの炭酸水で唇を湿らせながらしみじみと感じた。






「……ま、こうやって遠巻きに眺めてくる程度の連中ならまだいいんすよ。タダ、これからお前が注意しないといけないのはーー」





 グレンが小さく息を吐きながら言葉を紡ぐ。味山がぼんやりその言葉を聞いていると、







「よお、"グレイウルフ"。久しぶりだな、補佐探索者登用試験以来か? 聞いたぜ? この前死にかけたんだってなあ」





 ヘラヘラした笑いが、口髭の揃えられた薄い唇に張り付いている。西洋人特有の青い目、くすんだ青い目がニヤニヤと歪んでいた。





 どかり、観衆の間からぬっと現れたスーツの男、刈り上げられたソフトモヒカンの大男が味山やグレンの許可なく、空いた席に音を立てながら座る。






「……こういうのっす。タダ。残念ながら探索者の中にはこういう有害な奴がいるっすよ」




 グレンが大きなため息をつき、男を親指で指す。




 口髭ソフトモヒカンが、背もたれに背中を沈め、その長い足を伸ばしながらニヤリと笑った。





「おいおいおいおい、有害ってなんだ? 誰の事言ってんだ? なあ、おい、グレン、冷たいじゃねえか、元チームメイトだろ?」




「お前と組んだのはセンセイの補佐の登用試験の時だけだろ。チームでもなんでもねえ。早く消えろよ」




「なんだなんだ、冷てえ、冷てえよ。あれか? 指定探索者の補佐になったからもう俺たちみたいな上級探索者とは口も聞きたくないってか? それはおかしいなあ、グレン。ならなんでお前は目の前のコレと仲良く飯なんか食ってんだ?」




 味山はソフトモヒカンが自分を指差していることに気づいた。




 あまりにも自然に会話に参加してきたので遅れてようやく気付いた。





「もしかしてこれ、絡まれてんのか?」





「……おやおやおや、お気づきになられましたか? 補佐探索者殿。これはこれはお鋭い事で、さすがはなにかの間違いで星の隣を射止めたお方。頭の回転が早いようでえ」




 心底、馬鹿にしたような態度でソフトモヒカンがヘラヘラ笑う。



 初対面なのになんだコイツ、味山はおかわりいこうとして手に持っていた皿を机に置いた。






「……タダ、席を変えよう。飯が不味くなる」





 グレンが味山に声をかけ、椅子から立ち上がろうとする。




 しかし、ソフトモヒカンと同じ軽薄な笑みを浮かべる数人の男達に囲まれていたことに気づき動きを止める。





「なんの真似っすか、ラムダ・ボーギン」





「おや、俺の名前覚えててくれたのか? そうだよなあ、ソフィ・M・クラークの補佐探索者登用試験で最後まで残った戦友だもんなあ。まあ、結局、もともとソフィ・M・クラークとの繋がりがあったお前に負けて俺はただの上級探索者になってしまったけどな」





「へへ、ボーギン、なんだよ、お前、コネで負けたのか?」




 グレンや味山が席を離れられないように囲んでいる取り巻きが、囃立てる。




 その様子を見て散っていたはずの観衆が再び、味山達の席に集まってきた。





「俺はよ、疑問に思うことがあると聞かずに

 いられないタチでなあ。いい機会だからよ、ここにいる皆の意思を代表して聞きたいことを聞きたい奴に聞いてみたいと思ってたんだよ。なあ、皆」





「……悪いけど、興味がないっす、タダ、いこう。センセイ達に迷惑がかかる」





「待て待て待て、勘違いするなよ、グレン・ウォーカー。お前じゃない、聞きたいことがあるのはコレだ。そこにいるソレに聞きたいことがあるんだよ、なあ、皆ぁ」




 皆、という言葉を何度も繰り返すソフトモヒカン。観衆を見回し、舐めつけるように味山を見つめる。




「え、俺?」





「おお、ようやくお気づきになられたか? 補佐探索者、ちょうど聞きたいことがあったんだよ。俺以外もみんな気にしてることさ」





「はあ…… なんでしょうか」




「タダ、いい、無視しろ。もう行こう」





 グレンが味山を連れて行こうと席を立つ。ソフトモヒカンがニヤリと笑う。下品に唇が歪む。









「ニホン人、なあ、おい。お前みたいなカスが補佐探索者に選ばれるのに、どんなニンポーを使ったんだ? アレタ・アシュフィールドにどうやって媚びた? 教えてくれよ、お前みたいなカスでもこの表彰会に来れる秘訣をよお」





「っ…… おい、お前……」




「おっと、グレン・ウォーカー、グレン・ウォーカー。野暮なこと、お前さんのお得意の暴力はなしだぜ? クラーク先生にご迷惑がかかるのでは?」




「ぶふっ!! そうだそうだ、ボーギンは別にそのニホン人になんかしたわけじゃねえだろ? 暴力ハンターイ」





 ギャハハ、下品な笑いが周囲に起こる。大きなパーティー会場の一画の出来事。まだ騒ぎになるレベルではなかった。





「おお、お前いいこと言うなあ。俺はよ、みんなの代表なんだ。ほら、黙ってないで教えてくれよ。みんな聴きたがってるんだ。なあ、おい、みんなぁ! こんなチンケなニホン人がどうして我らが星の補佐を、パートナーを射止めたか知りたくないか?! 教えてくれるらしいぞお!!」





 ソフトモヒカンの言葉、それは乾いた空気の中に現れた火種だった。




 乾いて、萎れて、くしゃくしゃになった野に野火が広がるように、その様子を囲み眺めていた観衆から声が上がり始めた。






「そ、そうだ、そうだそうだ! そもそもおかしいだろ! 上級探索者でもない奴がなんで補佐探索者になってんだ!」






「相応しくないんだよ! どんな手を使いやがった!!」






「アレフチームに寄生してるんだろうが! ニホン人!」





「お、俺たちの星にお前なんかが馴れ馴れしいんだよ!」




「恥知らずが!」






 止まらない。ここに集まっているのは上級探索者、もしく組合の関係者か外部からの来賓客だ。



「どうせ卑怯な真似して取り入ったんだろうが!」



 どれも一端に社会において役割を持つ者達、なのに観衆に堕ちた彼らは、口々に自分の浅ましい思いを叫ぶ。




「身の程を知れ!!」



 不平、不満、酔いにより緩んだ自制心はそれらを抑えることが出来ない。




「上級探索者でもないくせに!!」




 "52番目の星"という圧倒的なカリスマ、半ばファンタジーの存在だった憧れの象徴に突如として現れた歪な現実感、それが味山只人だ。





 あまりにも唐突な、アレタ・アシュフィールドの補佐探索者発表。しかもその補佐は上級探索者ですらない。




「調子に乗るな!!」




 夏の時点では味山はまだおぼろげな噂話にしか過ぎなかった。





 しかし、秋になり数々のアレフチームでの活動、遠山鳴人捜索任務、アレタ・アシュフィールド休業会見、そして最近のテレビ放送。





 味山只人の存在はさらに歪な現実として、周知され始めた。





 その歪な、彼ら上級探索者にとっては受け入れがたい異物が目の前にいる。






 なんでお前なんかが。




 何故俺じゃない。




 なんで俺じゃなくてお前なんだ。





 アレタ・アシュフィールドを知る全ての探索者ならば一度は抱いたであろう味山只人への敵意、それが漏れた。






 多数の悪意が膨れ上がる。ソフトモヒカンにいいように煽られた嫉妬と怨嗟。




 祝宴の会に突如生まれたくらい想いが、味山に、たった1人の人間に向けられる。




「お前じゃない!」




「相応しくない!」




「出て行け!! この場にいる資格はない!」





 グレンですらその多数の悪意に、たじろいで。





「おいおいおい、ニホン人、だんまりか? 大統領のショウの時みたいにニホン刀はないぞ? あ、あれも仕込みか! ニホン人はああいうの好きだもんなあ。」




 ソフトモヒカンが煽る。




 この男はあのショウをショウにしか見えていなかった側の人間だ。




 ソフトモヒカンがニヤリと、勝利を確信したように笑う。これが目的だった。ここまで煽れば、どちらにせよ美味しい。




 挑発に乗り、相手が暴力を振るうのも良い。それなら短絡で馬鹿のレッテルを貼れる。




 挑発に乗らずにこの場を去るのもいい。それなら腰抜けのレッテルを貼れる。






 ソフトモヒカンは自分が決して手にいられないモノを手に入れた男達に対してのちっぽけな復讐の成就を確信し、笑った。





 勝利を確信してーー


















「口、臭ッ」













「……….…は?」






「口だ。口、口が臭え。ドブみたいな臭いがする。話が一切入ってこねえ え、何だったけ? なんの話?」





 味山は、ケロリとした顔で、自分の鼻を指差す。





 ソフトモヒカンが一瞬、呆気に取られる。遠巻きから負け犬のごとく吠えていた観衆も、何も言わなかった。







「は? だから、お前、お前に説明をーー」




 ソフトモヒカンが、まぶたを痙攣させつつも味山にーー






「うわ、臭」




「……補佐探索者として、相応しくーー」





「口、臭い。香水と混じって最悪だ」






「お前…… 俺を誰だと思って口効いてるんだ?」




 ふるふると、ソフトモヒカンが震え始める。軽薄な、しかし冷静だった表情はなりを潜め、顔が真っ赤に染まり始めている。






「あ? えーと、なんだったけ。ラムダ・ボーギンとか言ってたな。えーと、ラムダ・ボーギン、ラムダ・ボーギン…… 」




 味山がソフトモヒカンの顔色が変わるのを無視しながら端末をいじり始める。




 探索者組合のデータベースから探索者データの検索サービスにたどり着き、その名前を打ち込む。





 あっという間に、顔写真とともにその男の情報が現れた。




  「あ、検索ヒットした。お、上級探索者じゃん、すげえ。補佐探索者登用試験の受験記録まであんじゃん。個人情報もクソもねえな。何々、ソフィ・M・クラーク補佐探索者登用試験不合格、アレタ・アシュフィールド補佐探索者登用試験不合格、……アッ」





 味山がパシリと、口を抑える。目の前のソフトモヒカンを眺めて気の毒そうに目を晒す。




 コイツ、綺麗ドコロの女の指定探索者の試験を……。



 味山は目頭を抑えた。




「……なんだ、その反応は、なんだ?」





「ぁッ、いや、別に。え、てかウケるんだけど」





 気付けば、煽りは止まっていた。




 まるで味山の言葉を待つように。







「補佐探索者って試験あったんだな笑 知らんかった笑」






 最高にブサイクな笑いで味山が全てを煽った。





 観衆の空気が沈み、そして膨れ上がる。




 怒気が圧となり、触れてしまえるほどに。




 味山は上級探索者、数十人分の殺気を受けつつ、ヘラヘラと笑った。






「嫉妬おじさん達……お疲れ様でぇーす。アザスアザス」




 わざと、白目を剝いてソフトモヒカンと、そして無責任に喚く観衆をぐるりと見回し、それを言い放った。




 味山は、割とムカついていた。




 バベル語、共通語現象で国際色豊かな彼らにどう伝わるのか。それだけが、楽しみだった。




 ノリノリで大勢に喧嘩を買ったのだ。






「お前…… 死にてえらしいな」




 シンと、怒りが静けさを呼ぶ。上級探索者として培ってきた重たい殺気。




 味山は、鼻くそをほじりながらそれに答える。





「オバエシニテエラシイナー、……やってみろよ、上級探索者風情が」





「…………」





 ソフトモヒカンの殺気、味山は黙ってそれを受け止める。




 さて、どう決着をつけるべきか。ボヤ騒ぎ起こすのは論外だし、鬼裂の先生を使うのもなんか悪い。




 ヤベ、どうしよう。多分コイツら普通に強い。



 味山は内心、ノリノリで挑発したことを悔やみ始めるもそれをおくびにも出さない。






「…………」




「…………」





 沈黙が積もる。宴席の場に突如生まれた静けさ。




 獣が獲物に襲い掛かる寸前の、空白にも似ている。




 何かを殺す事を生業としている者達、その中でも選りすぐりの者達が容易に戦闘態勢に入る。




 味山は内心焦り、グレンは静かに指から力を抜き、ソフトモヒカンや観衆達は怒気を静かに滾らせる。






 きっかけ。




 後は1つ、なにかのきっかえさえ生まれればそれで乱闘が始まる。




 淀んだ空気の中、探索者達は闘いの空気に酔い始めーー










「あ、やっと見つけた。もう、タダヒト。メッセージを返信する癖つけてよね」





 風が、吹いた、気がした。




 その風はこの場に淀んだ剣呑な雰囲気を冗談かの如く、たった一言で吹き飛ばした。






「あ……」




 観衆から、ため息にも似た言葉が漏れる。それは悪酔いから目覚めた瞬間の一言。





「あ……」





 絡んできたソフトモヒカン、ラムダ・ボーギンとその取り巻き達も口を開き、目を見開く。



 その目に映るのは果たして、羨望か、それとも。











「……本物だ……」



「はじめて見た……」







 星が、いた。




 普段見慣れているラフな格好や、探索時の着崩した迷彩服とも違う。





 髪の毛は完全にセットされサイドアップに纏められる。




 黒い細身のドレスが華奢な身体のラインに沿って美しいラインとなる。




 その顔立ち、目鼻のはっきりして、それでいて冗談のように小さい卵形の顔に、ドレス姿が異常に似合っていた。





 アレタ・アシュフィールドが、現れた。





「ん? あら、ごめんなさい。お友達といたの、 少し時間潰してこようかしら?」





「いや、アレタさん、コイツはーー」




 キョトンと首を傾げるアレタに対し、グレンが苦虫を噛み潰したような顔で。





「ち、違うんだ!! アレタ・アシュフィールド。これは、そのグレンと久しぶりに会ったんで友好を、ほら、な。そ、それにしても久しぶりだ、は、はは、また会えて光栄だ」




 頰を紅潮させて、立ち上がるラムダ・ボーギン。



 憧れの人物を目の前にした少年のようにアレタの元へ駆け寄り握手を求める。





 ソフトモヒカン、ラムダ・ボーギンは何度も、何度も、アレタ・アシュフィールドの補佐探索者登用試験を受けていた。




 そのテストの際に何度か言葉を交わしたこともある。それはラムダにとって誇りであり、優越感でもあった。




 あの星に存在を認識されている、ラムダはアレタに何度か挨拶をしたこともある。だから、こうして今も突如現れた星に向けていつものようにーー









「えーと、あなた誰? はじめまして、よね?」






「へ」





「タダヒトとグレン、どっちのお友達なのかしら。ごめんなさい、邪魔しちゃって。でもあたし、彼らに用があるから借りていってもいいかしら?」





「あ、いや、……え、何度も挨拶して……」





「……アシュフィールド、アシュフィールドさん、その、そいつほら、お前のファンみたいだぞ」





「あら! そうなの、光栄だわ。はじめまして、アレタ・アシュフィールドよ。この後の表彰会で少しレクリエーションもあるから楽しみにしておいてね、それと彼ら連れていくわね。ソフィ、人を待つのが嫌いだから怒られちゃうの」





 アレタが華のように微笑み、呆然と手を差し出したまま固まるソフトモヒカンの手を握り返す。





 用は済んだ、そう言わんばかりにパッと手を離し、そのまま味山とグレンの元へ近づき笑った。





「じゃあいきましょう、タダヒト、グレン。そういえばなんかここだけ妙に人だかりがあったけど、何かあったの?」





 アレタが辺りを見回す。その度に観衆は自分と目が合ったと、ある者ははしゃぎ、ある者は動きを止める。





「何かあったつーか、何もなくなったつーか。いや、うん。お前やっぱすげーわ。罪な奴だよ」




 味山の言葉、それを聞いたアレタは観衆達へと向けていた視線を只1人の人間へと返した。




 一瞬、味山を見たアレタの頬がにやける。でもそれは本人すら気付かないほどの刹那。もちろん味山は気づかない。





「む、なにか引っかかるわ。というか、タダヒト。あなたなんであたしのメッセージ無視するの? 今回のメールだけじゃないわ。3日前のメールだって返信まだ貰ってないんだけれど。 レディに対しての扱いがまるでなってないのだけれど」





「いや、だって身体中につけられた電極とか、調査カプセルに漬けられて標本みたいになってる写真送られても…… 少なくともレディが他人に送るメッセージの内容じゃねえよ」





「何よ、頑張って検査に挑む仲間の様子が気にならないの? 冷たいわ、タダヒト」





「あー、悪かったよ。つぎからなるべく可能であれば可及的速やかに返信します。多分」




 目の前で繰り広げれるやりとりを前に、観衆達が、信じられないものを見たとばかりに固まる。




 アレタ・アシュフィールドとまるで気軽な学生同士の友人のように談笑するニホン人を見つめる。





「……まじかよ」




「あのアレタ・アシュフィールドとあんな……」



「本当に、補佐なんだ……」




 アレタという星に、誰もが目を奪われそれを欲する。



 その蒼い空を閉じ込めた目を、そのひだまりの声を、その気高き心を、誰もが欲する。




 彼女の隣に並びたい、彼女の力になりたい。呪いにも似た魅力は、妬みの呼び水となる。




 なんでお前なんかが、星の関心を惹くのだ。




 観衆達がまた、毒気をまといはじめて。







「じゃあね、みんな。パーティ、楽しんでちょうだい!」




「「「はーーい!!」」」



 風が、吹く。




 嵐が空気を一変させて全てを攫っていくようにアレタの言葉は観衆達から暗い心を吹き飛ばした。




 それはそれは良い返事だった。アレタに話しかけれた、それだけで観衆達の不満は消え去り、ホクホク顔になる。





「……お前、やっぱすげえな」





「え? 何?」




「アレタさん、パないっすわ。悪女っすわ。流石にあれは同情するっす」




 パない、パない、やばい、やばい。





 口々にモゴモゴ呟きながら、味山とグレンが席を立つ。首を捻りながらパないわーとぼやきつつ男2人はその場を離れ始める。





「ちょ、ちょっと、2人とも、どうしたの? ま、待ってよ、何2人で頷き合ってるの? あたし、何が変なことした?」





「「天然とかパないわー」」





 うんうん唸る味山とグレンをアレタが追いかける。



 その場には真っ白に燃え尽きたソフトモヒカンと、ホクホク顔の観衆達のみが残っていた。






 ………

 ……





「ふふ」




「どうされましたか? 雨霧殿」




 華から溢れる滴、そんな笑い声だった。




 中華人民共和国、指定探索者"曹宇辰"は隣に連れ歩く彼女が、吹き抜けのフロアから一階を見下ろしていることに気づいた。




「ああいえ、少し知り合いの方が見えたもので。遠目から見ても相変わらずなようで、少し笑ってしまいました」




 彼女が笑う。



 国からの意向で彼女を伴いこの会場に来ていた宇辰は、ようやく彼女の本当の表情を見ることができた、そんな気がした。




「おや、それは。珍しいですね、雨霧殿がそんな表情をなさるとは」




 努めて冷静に、彼女の仮の名前を呼ぶ。これも国からの指示。




 スリットの入った藍色のドレス、しなやかな手をおおう白い手袋。ボディラインがはっきりと浮かぶそのデザインは、危険なほどに扇情的だ。





「あら、宇辰殿には私がどのような人物だと映っているのでしょうか」




 名前を呼ばれる。それだけでなぜか浮き立ってしまうのは彼女の空恐ろしさすら感じる美しさのせいか。





「美しく、それでいて扱うことの出来ない華、かと。まさに高嶺の花、それに手を伸ばせば最後、谷底まで落ちてしまう、そんなお方ですね」




 感じたことをそのままに。女性には慣れているつもりだったが、彼女は別格だ。




「ふふ、あらあら。褒められてるのかしら」



 クスクス。成熟した女の色香を放ちつつ、彼女が幼子のように笑う。



 心臓の奥が、震える。



「ええ、敬意と畏怖を貴女に。あの偉大なる古い神仙様と渡り合えるのは中華広しといえど貴女ぐらいですから」




 母国の中枢、党の一部しか知らぬ国の切り札。それらと対等に近い存在である彼女に対して礼儀を忘れないように。




 指定探索者としての誇りが、ギリギリ彼女の魅力に茹でられることを防ぐ。




「まあ、ご多分な評価ですこと。"龍昇"の所有者にそう評されるのは光栄です」




「またそうやって。……知人殿にご挨拶しなくてよろしいのですか」




「ふふ、そうですね。ええ、後で折りを見てから伺うことにいたします。ああ、そうだ。その時は貴方も是非。貴方が気にしてらっしゃるかの星もきっといらっしゃるでしょうから」




「星の不興を買わなくてはいいのですが」





「あら、挨拶だけですもの。そんなことにはならないですよ」




 貴女がすれば、挨拶も別の意味になる。喉から出かけた言葉を飲み込む。



「挨拶……ですか。……どこが気に入られたので?」




「ふふ、乙女の秘密です」





 悪戯げに、人差しでしーっと口を押さえる彼女。




 彼女の興味を惹く男に、激しい嫉妬を感じると共に、それと同じほどの安堵も。




 ああ、ご苦労さま。



 きっと君は苦労する。話したこともない異国の探索者に、誰知らず宇辰は心の中で同情していた。



 ……

 …




 あの日が、恋しい。




 あの人と本気で、心の底から通えたあの日が。



 あの人から本気で、敵意を向けられたあの日が。





 恋しい。





「それで私は言ってやったのさ、私には探索者の友人が数多く存在する。買収出来るものならしてみろ。人と人のつながり、それこそが私の武器だ。私は何度でも別の事業を起こしてやる、とね」




「すごいです、武田社長、まだお若いのにそんな啖呵を切られたんですね」





 なんでこの年代の、それなりに仕事が出来る男はみんな髪型がこんな感じになるのだろうか。




 私は愛想笑いを続けながら、ぼんやりと目の前の男のジェルで硬められた髪を眺めた。




 隣で3歩引いて待機しているチームメンバーの坂田時臣、最近妙に大人しくなった彼も黙って話を聞いてくれていた。





「はは、何これぐらい。今、現代ダンジョンのおかげでニホンは空前の起業ブームですからね。挑戦した者だけが勝ちに乗れるだけですよ」





 男が気分を良くしてさらに口を回す。ムスクの香りが鼻につく。




 調べによると、都心の地主の息子らしい。なるほど生まれてこの方、他人とのコミュニケーション全てが自慢話だったのだろう。




 そうでなければ、この絶望的に面白くない自慢話を恥ずかしげもなく続ける人間性に理由がつけられない。




 不快だ。でも今は我慢。これから指定探索者になるのなら支援者は多いに越したことはない。




 この場はチャンスに溢れている。私は必ず、指定探索者になる。そのためからこういう退屈とも向き合うのもいとわない。






「貴崎さん、貴女はボクと似ている。学生の身で探索者になるに終わらず、全ての探索者よりも先んじて上級探索者にまで登り詰めた。そして何より貴崎という名家の血筋。間違いなく貴女は選ばれた側の人間だ」




「あはは、社長はそうでしょうけど、私は違います。まだまだ学ぶことが多い非才の身です」




「その謙虚さも素敵だ、貴崎さん。見習って欲しいものですね、他のぽっと出の探索者にも」




「いえ、そんな。私より優れている探索者はいくらでも。でも、社長とこうしてお話しできてよかったです。私も頑張らなきゃって思いました」





「ふ、ふふふ。貴崎さんは本当に素晴らしいなあ。最近話題になっているあの運だけの探索者とはレベルが違うわけだ」





 この男の表情が醜く歪む。この場にいない人間の陰口を言って愉悦を感じる時の人の顔。




 へどが出る。それと同時に、こころが冷える。



 それ以上は言わない方がいい。目の前の男が誰の話をしようとしているかがなんとなく伝わった。




 でも私の笑顔が固まったのに男は気づかない。鼻高々に、言葉を紡ぐ。




 きっとこの男はこう信じてるのだろう。自分以外の誰かを貶せば、自分が上に立つことが出来る、と。





「ほら、なんでも今日も来ているみたいじゃないですか。本来ならこの場に呼ばれるはずもない何かの間違いで指定探索者の補佐に抜擢された勘違い探索者が。私の友人もあの男は何か汚い手を使ってアレフチームーー」











「誰が、誰のことを?」





「え?」





「誰が、誰のことをそんなふうに言っていたんですか?」






「え、あ、ああ。あいつですよ。噂の凡人探索者! 味山只人とかいうぽっと出の男です。同じ男として恥ずかしいものです、空気が読めないというか、分を弁えてないというか。ああいう人間は恥ずかしくないんですかね、他人の腰巾着でこういう場に、よば、れて……」






 男の言葉が尻すぼみに小さくなる。




 あ、しまった。むかつきすぎて笑顔が消えていた。





「き、貴崎さん……?」





「……ああ、ごめんなさい。それで社長、誰が、……味山只人のことをそんなふうに話していたんですか?」




「み、みんなです。私の探索者の友人みんなあんな奴がアレタ・アシュフィールドの補佐になるなんておかしい、と…… ま、まあそんなことより、どうでしょう、貴崎さん。パーティが終わった後、私が取っているホテルのラウンジで少しお食事でも。とても良いお酒が……」





 男が取り繕う、話題を変えてくる。





 男の目、潤い、いや脂ぎった肌に付いている2つの目。




 欲望と、打算。私に対して抱いている感情が手に取るようにわかる。




 欲情を向けられるのが気持ち悪いんじゃない。手に取るようにその言葉や視線に隠している意味がわかるのが酷く退屈で。





 この程度の存在に、彼が舐められているという事実がどうしようもなく腹が立つ。





 言ってやりたい。お前が侮っている人間の存在が如何に、奇妙で、不気味で、恐ろしく、底が見えなく、ハラハラして、暖かい。




 彼がどんなに、魅力的か。





 ダメだ、だめだめ。



 私は感情を消し、会話を続ける。




 目の前の男が如何に下らない存在でも、この表彰会に出ているということは利用出来る存在でいてーー















「気持ち悪いんですよ、あなた。脂ぎったアラサーが女子高生を誘うとか身の程知ってください。マジで、ありえないから」






「……え?」





「あ」




 言っちゃった。この程度の男に誘われたのが気持ち悪すぎてつい、言葉が。






「な、なななな、いま、いままま、私に向かってててて」





 男の顔色が、赤になって、それから青に変わっていく。




 そんなことを言われるなんて想像もしてなかった、そんな顔だ。





「ごめんあそばせ。つい、人の陰口で悦に浸る小さな人間に興味ないんです。では、これで失礼します」




「ま、待て! い、いいのか?! スポンサー契約だ、お前ら探索者はこれが欲しくて仕方ないんだろ?! チャンスを不意にするのか?!」




 声が裏返る。聞くに耐えない。




「ああ、それ。申し訳ございませんが、こちらからお断り致します」






「な、ち、調子に乗るなよ小娘! わ、私の一言でお前を干すなんか簡単だ。私を誰だと思っている?! 上級探索者といえどスポンサー契約もなしに上に上がれると思ってるのか?」






「干す? それは私とスポンサー契約を結ぶ企業がなくなるということですか?」





「そ、そうだ! それは嫌だろう? だ、だったらーー」





「ふふ、それは困りました。どうしましょう。ああ、そうだ。雪代さんに相談してみましょうか。時臣」





「ああ、わかった。確認してくる」





「は? い、いま、ゆ、ゆきしろ?」





「あら? ご存知なかったんですか? まだ発表してませんけど、この度、上級探索者、貴崎凛は、"ユキシロメディカル"と正式にスポンサー契約結ぶことになったんです。雪代社長の好意で他の企業ともフィーリングが合えば契約を結んでもいいとのことでしたが……  ああ、あなたが私を干すんならユキシロメディカルだけにお願いする必要がありますね」






「凛、雪代社長に確認が降りた。その干すとか干さないだとか言っている奴の名前と企業名を知りたいようだ。どうする?」




「ああ、そう。社長、どうでしょう、よければユキシロメディカルの雪代をご紹介さしあげましょうか? 武器、なんでしょう? 人と人の繋がり、人脈が」





「あ、あ、い、い、いや、それは……」





「クス、そうですか、それは残念。では気が変わりましたらユキシロメディカル、広報部へいつでもお気軽にご連絡を。貴重なお時間をありがとうございました」





 私は振り返りその場を後にする。



 ああ、社交の場は面倒くさい。酷く不純で退屈だ。







「……会いたいな。味山さん」





 様子を見て集まっていた人だかりから離れつつ、私はぼそりと呟く。




 退屈、退屈、退屈。あんなくだらないのと関わってしまったからまた、なんか変な感じになっちゃった。





 無性に、彼に会いたくなる。世界が、人生がくだらないものではないとまたおしえてほしい。





 そうか、このパーティ。この会場のどこかにいる筈。




 探してみようかな。でも、恥ずかしいな。きちんと話せるかな。





 私は、ひだまりを探すような気分で辺りを見回して










「おい、聞いたか? メインホールで"怪物狩り"がもめてるらしいぞ!」






 すれ違った男が、興奮気味で仲間の席だろう場所に駆け寄っていく。








「は? 怪物狩りってあのルイズ・ヴエーバー、指定探索者か? なんでもめてんだよ」




「なんでもアレタ・アシュフィールドを巡っての痴話喧嘩らしい!! "ケルト十字"とか他の指定探索者がオッズ張って賭け始めたらしいぞ! 見に行こうぜ!」





「それ絶対面白いやつやん!! 行くわ! ていうか怪物狩りと揉めるとかバカは何もんだ? 命がいくつあってもたりゃしねーぞ」





「アイツだよ、アイツ! テレビとかでよく出てるあの凡人探索者!! ニホン人のアジヤマとかいう補佐野郎だ! 怪物狩りと腕相撲で勝負するらしい! 勝った方がアレタ・アシュフィールドを手に入れるとかどうとか!」




「急げ! メインホールはそれで人がごっちゃになるぞ!」




 周囲の人々が顔を輝かせながら、メインホールに駆けていく。




 聞いただけで、頭が悪そうなイベントが起きている。きっと、その中心にあの人はいる。





「ふふ、バカだなあ。味山さん」




 言葉とは裏腹に、胸の奥が温かい。想像する、彼は今度何をやらかしたんだろう、何を見せてくれるんだろう。





 ……あの女を取り合って、ていう部分についてもきちんと確認しないといけない。




 温かな気持ちの中、僅かに冷たい炎が灯るのを感じながら私は時臣に目配せする。





 小さくため息をついた時臣が、めんどくさそうに頷いた。



 うん、よろしい。




 私は人の波についていく。その中に、その中心に彼はいる。




 そう言えば、最後に会うのはあの日以来。




 急に緊張してきた。



 ……ドレス姿、変じゃないかな。




 私は今更、身嗜みを気にし始めていた。





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