78話 アレフ・ザ・TVショウ!
……
…
ーバベルの大穴。地球という生命のゆりかごが突如孕んだ、世界最大にして最後の神秘の地。
(バベル島の空撮映像が流れる、島の近海には封鎖線を兼ねた国連共同の艦隊が、海に白い筋を引いている)
ーニホン初、現代ダンジョン内を本物の探索者ともに進む特別番組。今夜はその一夜目、バベルの大穴、第一階層、"灰色の荒地"に棲む生態系の頂点を追いかけます。
"NNK 特別番組 《バベル・オブ・ザ・ワイルド》 第一夜[ハイイロヘビを追って]
ー今宵、あなたを現代ダンジョンの世界へ。
注意 番組の中で一部、ショッキングな場面がございます。心臓の弱い方、幼いお子様はご視聴をお控えください。また、当番組では取材スタッフの安全には最大限の配慮を行なっています。
……
…
ー辺り一面に灰色の大地が広がる、ゴロゴロした大岩に低い低木。乾燥地帯によく似た環境の地。現代ダンジョン、バベルの大穴、第一階層の地区の1つ。我々取材班はこの地の洞穴でキャンプを設営していた。
「おっと、これはいいものを見つけました。ご覧下さい。」
ー洞穴での滞在から4時間ほどした時、今回の旅の心強い先導者、世界的に有名な指定探索者、ソフィ・M・クラーク女史が、我々を手招きした。
「これは探索者の中ではポピュラーな行動食、"アンコボール"の原材料です」
ー彼女が笑いながらつまんでいるのは幼虫……なのだろうか。茶色の形をしたカブトムシの幼虫に似たいも虫が、クラーク女史の人差し指と親指に挟まれている。
「まったく、ひどい見た目です。ふむ、ここは優秀な助手に味見してもらいましょう」
ーおもむろにクラーク女史が、捕まえた小さな虫を掲げた。取材班が首を傾げていると、洞穴の奥からキャンプの設営を終え、げっそりした顔の男が2人現れた。
「ダンジョンでは希少なタンパク質です。1つたりとも無駄にすることは出来ません」
「じゃあ、アンタが食えよ……」
ー取材班は助手、と呼ばれた2人の男性のうち、灰色の髪の男性の言葉を聞き流さなかった。
しかし、次の瞬間。
「助手、サバイバル環境下では貴重な資源だ。大丈夫、昔食べたことはあるがこれは無害だよ。ほら、身もたくさん詰まっている」
「……はい」
ークラーク女史の淡々とした言葉に、灰色の髪の男性は観念したようにソレを、プリプリのいも虫を受け取る。
ー食べるんですか?
「……補佐探索者は基本的に、指定探索者の指示は厳守っす。それがダンジョン内であれば尚更……」
ーどこも下っ端はツライ。スタッフの何名かがしきりに頷く。
「む、もう1匹見つけた。ほら、これはアジヤマ。キミが食べるといい。滋養にも良いぞ」
「……クラーク、いや、クラーク先生。今その俺満腹で」
「今日のロケが始まる前からキミは何も食べていないだろう? それに、今回はアレタからキミへの指令権を借り受けている。ほら、食べなさい」
「……はい」
ー今回の番組の為に急遽助っ人として参加してくれた味山氏にも女史は容赦ない。
「……タダ、遠慮すんなよ」
「……グレン、正規の助手のお前より先には食えねえよ。ニホンにはな、そういう先達を尊ぶ文化があるんだよ」
ー百戦錬磨の探索者と言えど、なかなかに生は抵抗があるようだ。取材班がアレフチームのコミュニケーションをかたずを飲んで見守る。そして彼らが諦めたのか大きなため息をつき、同時にその虫を口に放り込んだ。
「うわ…… プチプチしてる。てか、甘い……」
「……なんか考えようによっては美味いのが複雑っす」
「ひどい味ですって言いたかったな……」
ー2人がボソボソと暗い顔で感想を言い合う。彼らは普段からこうなのだろうか。まるで学生の仲良しグループのような気軽さだ。
「あ、そう言えば取材班の皆さん。そろそろダンジョン酔いが周ってくる時間です。テントの中に吸引器をそれぞれ人数分用意してるんで定期的に酔い止めを吸入してください」
ー味山氏の言葉に我々がゴクリと唾を飲む。ダンジョン酔い。このバベルの大穴とバベル島でのみ人体に起きる現象。その名の通り、酩酊に似た症状だ。驚く事にダンジョン内に滞在するだけで人は酔っていく。細かな原理は目下調査中。
ー取材班の1人が、アレフチームの分の吸入器は必要ないのかと問う。味山氏とウォーカー助手が顔を見合わせうなずいた。
「ごほん、あー、カメラこっちでいいっすか? 心配ご無用っす。自分達"探索者"は個人差はあるっすけど、ある程度の酔いへの耐性を持ってるっす。吸入器なしでも3日は正常に活動できるんでご心配なさらず。ぶっちゃけ吸入器使うと探索者は悪酔いするんすよ」
ーウォーカー助手が咳払いをしながら説明してくれる。事前に質疑応答の準備をしていたのだろうか。
びり。りり。
ーふと、洞穴が揺れた、空気が痺れたような奇妙な感覚。我々現代人が遠い昔に忘れた感覚が、何かを伝えたような。
「静かに。お目当ての奴が近づいてきた。取材班諸兄、全員手筈通りに迷彩合羽の着用を。ああ、きちんと遺書は書いてきたね」
ー女史の言葉をジョークとして受け止める者はいなかった。スタッフ全員が、事前に渡されていた合羽を羽織る。特殊な繊維で造られたソレは、温度を誤魔化す加工がされているものだ。
ー2つの大岩の隙間に生まれた洞穴の入り口近くから我々は外を伺う。カメラはついにソレを捉えた。
「射ろろろろろろ、ロロロロ」
ー光を遮る巨体、灰色の鱗に、丸太よりも太い胴体、手足のないその体はよくしなり、砂を巻き上げながら、のたうち、大岩の上を器用に進む。
ー怪物種17号"ハイイロヘビ"、体長20メートルを越す巨大な蛇に似た化け物。一戸建ての家ほどの大きさの化け物。
ー視聴者の方にはその場で声を振り絞って叫び出さずにいることが出来た我々を褒めて頂きたい。身体をガチガチに震わせながらもカメラを手放さなかった大島カメラマンを褒めて頂きたい。
「ば、化け物……」
ースタッフのうち、誰ともなく呟いた、誰も咎められない。化け物、この言葉を本当の意味で耳にした、そんな気がした。
「ひ、ひ……」
「おっと、声を出すのだけは我慢しておくれよ。この状況だ、もう保険は降りない」
ー顔色1つ変えない女史の赤い目が、顔を真っ青にしたスタッフを射抜く。女史の言葉は不思議と、我々を落ち着かせた。
ー身体の四肢に力が入らない。こちらに気付いていないその異様、比較的安全なはずの洞穴から見上げているだけでも力か抜けていく。まるで身体が抵抗することを諦めているように。我々が忘れて久しい恐怖が体を縛る。捕食者を前にした被食者の恐怖。
「う、おえ、おえええ」
ー恐怖のあまり、嘔吐するスタッフすら現れる。我々は改めて、怪物種と人類にある圧倒的な生命としての格の違いを思い知らされた。灰色の鱗、白く霞んだ宝玉のような瞳。美しさすらかんじるその姿、古に生きた人類が、巨大な生物を神として捉えていた理由がよく、わかった。
ー怪物種とはこの世で最も神に近い存在なのかもしれない。地球という惑星が孕んだ最後の神秘。ダンジョンが生んだ奇跡。ならばーー
「なあ、知ってるか、グレン。ハイイロヘビってよ。ウナギと同じ味するらしいぜ。タテガミさんがこの前言ってた」
「えー、ウナギぃ? あれでしょ? ゼリーの材料でしょ?」
「バッカ、お前。それは料理の英国面の話だろうが。俺はダークサイドじゃなくてライトサイドの話してんだよ。蒲焼きに白焼き…… うまいんだろうなあ」
「助手、アジヤマ。分かってると思うが今回の仕事は"マザーグース"の生態調査、及び保護だ。あまりそれに似つかわしくない会話は控えてくれるかい?」
ーならば、彼らは一体何者なのだろうか。我々が動くことすら困難なこの生命のプレッシャーの中、まるで居酒屋か何かにいるように歓談に興じる彼らは。
「あ、皆さん大丈夫っすよ。あのサイズのハイイロヘビはあんまり人間サイズの獲物は狙わないっすから、エネルギー効率悪いっすからね」
「というか皆さん根性半端ないですね。あ、今のところダンジョン酔いの自覚ある方はいらっしゃいますか? 吐いちゃった方はテントの水を使ってください。あのでかい蛇が怖くないと感じたらすぐに言ってくださいね」
ーあのような生物を前にして、我々を気遣うこの飄々とした人物達は、本当に我々と同じ人類なのだろうか。探索者、彼らは、彼らこそは
「さて、そろそろ時間だ。キャメラのキミ、踏ん張りどころ、録れ高の時間だよ。気張ってくれ」
「なあ、グレン、今クラーク先生が、キャメラって」
「センセイは番組収録の時は少しテンション上がるんす。ほら、ガキの頃友達いなくてテレビっ子だったから」
「助手、面白い話をしているね。ワタシも混ぜてくれないかい?」
ークラーク女史の冷たい声に、グレン助手が物凄い速さで平伏する。彼らにとって、この至近距離にあのような存在、人間を簡単にひと飲みにできる化け物がいることは本当に当たり前のことなのかもしれない。それほどまでに彼らはいつもどおりだった。……気味が悪いほどに。
ズシン。
ー取材班の腹の底に、響く地鳴り。洞穴のすぐ外で巨大な蛇がのたうつのとはまた違う振動だ。
「ギュロロロやロロ、ゲロロろろろろろろ」
ー腹に響き、脊髄を震わせる音。隣のスタッフが息を飲む音が聞こえた。一重に、我々がパニックに陥らずに済んだのは、あまりにも呑気な探索者達の様子を視界に入れていたおかげだろうか。
「うわ、でか」
「ほへー。オウサマガエルの老成体ってあんな大きくなるんすね」
「ふむ、"マザーグース"に怯えず、むしろわざわざ姿を現したか。助手、アジヤマ、状況は2段階に移行した。縄張り争いが始まるぞ」
ーそれは、巨大なカエルだった。蛇の化け物の灰色の鱗とは対照的に、毒々しい赤と黒の縞模様。同じく家と見まごうばかりの巨体。頭頂部にはまるで王冠のような形をしたコブが映える。それはかの怪物種の名前の由来にもなっていた。
ー怪物種40号"オウサマガエル"、本来であればこの地区には生息しないはずの怪物種。我々は、いやアレフチームは彼を追っていた。
「手筈通りだよ。"マザーグース"がこのまま勝つなら良し。だが、そうならない場合、ワタシ達が縄張り争いに介入する」
「了解っす、センセイ」
「了解、クラーク」
「あ、あの、化け物2匹が争って潰しあってくれるんならそれでいいんじゃ……?」
ー思わず、取材班のうちの1人が問いかけた。視聴者の皆様も同じ疑問を抱く方は多いだろう。クラーク女史は洞穴の外の様子をチラリと確認した後、ニヤリと笑った。
「いい質問だね、では、ここでクエスチョンだ。何故、我々はあの巨大な怪物種、ハイイロヘビ、個体名"マザーグース"の味方をしようとしているのでしょうか?」
「あの、センセイ。ヒトシ君に憧れる気持ちはわからんすけど、多分時間ないっすよ」
「……チッ、分かってるよ。あー、このカメラに向けて話せばいいのかな? 簡単なことだよ、スタッフクン。その方が人類にとって都合がいいのさ」
ー思わず、取材班の全員が彼女の言葉に目を引かれた。赤い髪に、紅い瞳、雪化粧のような白い肌。神秘さえ感じる目の前の理知的な女性から目を離せない。
「怪物種にもヒエラルキーが存在するんだ。強大な怪物種のいる縄張りはね環境が安定しやすいのさ。この地区の生態系の頂点はね、比較的気性の穏やかな"マザーグース"、彼女が相応しい」
「あのカエル野郎は"大湖畔"からわざわざここまで縄張り荒らしに来てますからね。気性の荒いイケイケの奴なんですよ。まあ簡単に言うと、カラーギャングの縄張りよりも、道理の分かってるヤクザの縄張りの方がパンピーは過ごしやすい的な?」
ー味山氏の言葉にクラーク女史が満足したように頷く。たしかに今の説明はわかりやすかった。
「あ、始まるっす」
ーグレン助手が、小さくつぶやいた。その瞬間だった。洞穴が、地面が、いや、世界がビリリと揺れた。
「ジュロロロロロロロロロオオオオオオ!!!!」
「ギャロロロロロオオオオオ ギュアおお」
ー巨大な蛇とカエルの化け物が睨み合う。灰色の蛇の化け物が、その長い身体をもたげ、大口を開けながら威嚇する。カエルの化け物が二本足で直立し、前足を腕のように広げて真っ向から威嚇を返す。
「じゃあ皆さん、やばいと思ったら洞穴の奥へ速攻避難してください。アトマイザーと電磁波網があるんで近づいてはこないと思いますけど」
ー味山氏が何やら忠告をしてくれている。しかし、取材班の誰1人として、彼の言葉をまともに聞いている人間はいなかった。それはーー
「ジュア!!」
「ギュア!!!」
ーヘビが尾をもたげて、それを振り下ろす。カエルが信じられないことに前足を交差しそれを受け止める。大質量がぶつかり合い、空気が弾ける音がした。
「すごい……」
ー取材班の声が入ってしまったことにお詫びを。しかし、誰1人それを現場で咎める人間はいなかった。見惚れていた、我々全員。
「ギュロ、ギュロロロロ!!」
「ジュ!?」
ーカエルが真上から受け止めた尾を、なんと信じられないことに掴んだ。よく見ると、その前足はニンゲンのものとよく似た指が付いている。そしてそれを思いきり引っ張ろうとして
「ジュア!!」
ーフワリ。カエルの巨体が飛んだ。いや、違う。掴んだ尾がそのまま持ち上げられたのだ。なんという膂力。ヘビがそのままカエルごと尾を持ち上げ、もう一度叩きつける。
ー空気が振動し、灰色の砂煙が吹き荒れる。人間など見向きもしない。圧倒的な生命同士の戦い。まるで、神話ーー
「あ、馬鹿。マザーグースやばいぞ」
ー味山氏が、耳に手をやる。まるで何かの囁きに耳を傾けるかのような。
「ギュロ」
ー灰色の砂煙が、晴れる。振り回され、叩きつけられた筈のカエルの化け物はしかし、しっかりとヘビの尾を掴んだまま仁王立ちしていた。なんという体幹、タフネス。
「ふむ、まずいな」
ーしゃがんでその様子を見つめる探索者達の間に緊張が走る。張り詰めていく空気に、取材班の誰かの唾を飲み込む音が聞こえた。
「ギュ」
ーカエルの化け物の腕が、膨張する。ミシリと軋みつつ膨らんだ筋肉が躍動した。
「ジュ、ラアーー?!」
ー今度こそ、ヘビの化け物、"マザーグース"の尾が捕らえられた。カエルの化け物が思いきり掴んだ尾を引っ張り、なんとマザーグースを振り回し始めたのだ。
ー誰しもが言葉を失う。カエルがヘビにジャイアンスイングをかけている。ぶおん、ぶおん、聞いているだけで怖気たつ風切り音が、洞穴にまで響いた。
「ギュ、オオオオオ!!」
「ジュあ、ああああ?!!!」
ー"マザーグース"が振り回され、おもちゃのように放り投げられる。ぶちり、その尾の先端が千切れたことにより吹き飛んだ。巨体が宙を舞い、灰色の岩を砕きながら地に転がる。
「ギュ、ギュ、ギュギガ、ゲロロロロロオオオオオ!!」
ー勝ち誇るように輪唱するカエルの化け物。怪物種40号"オウサマガエル"、これが怪物種。現代ダンジョン、バベルの大穴の支配者同士の戦い。それは人間など、とても立ち入らない、ある種の畏敬すら抱いてしまう生命の息吹。
「ジュ…… ア……」
ーピクリ、ピクリと痙攣しながらも、マザーグースが身体を捩らせ起き上がろうとする。オウサマガエルが身体の赤縞模様をぬめらせながら、トドメを刺そうとのそり、のそりと歩んでいく。
「ゴゲゲゲ、ゲロロロロロ」
ー取材班はその光景に、動くことが出来ない。圧倒的な生命のぶつかりに、触れてはならない神聖すら感じる。そう、怪物種、まさに神の作りたもうた触れざる生命。この世には手を出していけない、人間がまだ触れてはならない領域があるとたしかに確信させる光景だった。
「フェーズ3への移行を確認。現時刻を以て指定探索者、ソフィ・M・クラークの名のもとに武装制限を解除する」
ーしかし、彼らには関係のないようだ。
「目標、怪物種17号ハイイロヘビ、個体識別名"マザーグース"の保護。及び、それを害そうとする怪物種40号"オウサマガエル"の駆除。さて、探索者諸君、キミ達の大好きな仕事の時間だ」
ー探索者、現代ダンジョンの挑戦者、恐れを、畏れを、怖れを乗り越え、嗤うモノ達。
「フォーメーションは当初の打ち合わせ通りに。レディに手を出す乱暴者には退場してもらおう」
(カメラはそれぞれ、画面を震わしながらも探索者3人の表情をとらえる)
ー彼らの表情、それを見た瞬間、絶句した。悲壮でも決意でも恐怖でもない。彼らはただ、静かに嗤っていた。あの神聖な、そして腹の底から死の恐怖を思い起こさせる存在を前にして、彼らは、ヘラヘラと嗤っていた。
「アレフチーム、作戦開始」
ー彼ら、彼らこそが探索者。怪物種と同じく現代ダンジョンに生きる生命の1つだ。
「「了解」」
ー探索者の仕事が、始まった。
「では、勇敢なるNNK社員諸君、互いに互いの仕事を全うしようじゃないか。この洞穴の出入り口、怪物種避けのアトマイザーはここまでしか効かない。死にたくなければ何があってもここを動かないように」
ー我々に忠告を向けるクラーク女史。
「よし、じゃあ行ってきまーす。要撃と牽制よろしく、クラーク、グレン」
ー彼女を尻目に最初に動き出したのは味山氏だった。あまりにも簡単に、彼は命の保証がない場所へと踏み出していた。
「おーい、カエル!! こっちだ、こっち!! 蛇イジメたら祟られるぞ!」
ー洞穴とは反対側の方まで味山氏は走る。かと思えば大声で叫ぶ。
「えっ…… あれ、いつのまに……」
ースタッフの1人が、ぽつりとつぶやいた。我々は味山氏の持ち物に目を疑う。いつのまにか轟々と炎が揺らめく松明を掲げていた。取材班の誰も彼が、いつどのように火をつけたのかわからない。
「ゲ、オオオ??」
ー松明を掲げる味山氏に、オウサマガエルが気づいた。自殺行為にしか見えない、しかしこれが彼の仕事だ。
「ゲ」
ーオウサマガエルが興味の対象を味山氏へと移す。地響きを鳴らしながらゆっくりとハイイロヘビから離れていく。危ない、逃げろ、逃げてくれ。
「うわ、やば。ほんとに来た!」
味山氏がオウサマガエルから距離を取る。視線を離さず、松明を振り続けながら走る。オウサマガエルが、完全に味山氏を獲物として認識したようだ。
「ピュペ!」
ーオウサマガエルの大きな口から舌が伸びる。一瞬で打ち込まれた鞭のようなソレは味山氏を捕らえようと翻る。
「うっお!」
咄嗟にとびのいた味山氏がなんとかそれを避ける。身体を土塗れにしながらも味山氏は立ち上がる。取材班から悲鳴が上がる。命が惜しくないのだろうか。
「おら! もっとこっちだ! 当たんねえぞ、 クソガエル!!」
ー死にかけたのだろう。なのに味山氏は行動を続行する。倒れて動かないハイイロヘビ、そしてチラリと我々のいる洞穴に目配せしながら松明を振る。ーー誘導しているのだ。彼は命がけでハイイロヘビから遠ざけると同時に我々からもオウサマガエルを遠ざけようとしている。だから、本気で逃げれないのだ。
「びゅ、ピュペ」
「うお、わ!! は、ははは!! ヤベ、楽しくなってきた」
ー人間など容易に絡めとり、絞め殺してしまいそうな極太の毒々しいピンクの舌が伸びる。味山氏は時に転がり、時に岩の隙間に滑り込み、ボロボロなりながら死の一撃を掻い潜り続ける。滑稽にも見えるその行動、しかし我々は目を離せない。
「あ」
ースタッフの1人が、声を漏らした。味山氏が、大岩を登ろうとして滑った。体勢を崩しながらも松明を離すことはない。しかし、その隙はオウサマガエルにとって充分すぎるものでーー
ー舌が伸びる、我々には容易に想像出来た。舌に絡めとられ、昆虫のように一飲みにされる人間の姿が。
「おい、クソガエル。お前の死神が到着したぞ」
ー味山氏が笑ったのを、高感度カメラは撮り逃さない。集音マイクは確かに彼の不敵な呟きを捉えていた。
「ナイス、タダ」
ーオウサマガエル、その背後の地面が裏返った。布、マントのようなものが翻り、そこから彼が、いつのまにか移動し、拳を構えたグレン・ウォーカー助手が躍り出る。
「ガラ空きっすよ!!」
ーキンっ、金属が響く高い音、それがした次の瞬間、カメラは信じられないものを目にする。ウォーカー助手が、拳を握りそれを思い切りオウサマガエルの背中へと突き入れた。
ーあんな大きな生物に、徒手。ウォーカー助手は何も武装していない。何の意味が。スタッフの疑問は刹那の後に解決した。
ゔ、ぐおん。
「ッッギュオ?!! ギュオオオオオ!!」
ー空気が歪む、とても大きなものが歪んでねじれたような音が響く。ウォーカー助手の拳、それが直撃したのだ。スタッフの皆が、パクパクと口を開けて、何度も何度も瞬きした。カメラマンの大島だけだ。微動だにしなかったのは。
「クリーンヒットっす。これ、おまけな」
ー2つ目の鈍い音。返す刀で振るわれた拳がまたオウサマガエルに直撃した。人の振る拳が、怪物を怯ませている。あの巨体が揺らぎ、あとずさりした。目の前で起きている事実が信じられない。
「ギュ…… ギュペ!!」
「遅いっすね」
ーたたらを踏みながらもオウサマガエルが舌の一撃を繰り出す。しかし、ウォーカー助手は顔色一つ変えず、身体をヒョイっと傾けてそれを躱し、あまつさえその舌を殴った。
「ギュ……べ」
ー家のような大きさのカエルの化け物が、人間に白兵戦で遅れを取っている。これはしかし映画の中の話ではない。まぎれもない現実だ。
「ギ、ギュロロロロロ!!」
「あ、ヤベ」
ーオウサマガエルが、前脚を大きく掲げる。ぶくりと膨れ上がる筋肉、ハイイロヘビを投げ飛ばした時と同じ。ウォーカー助手を、ハイイロヘビと同等の脅威と認めたのだろうか。振るわれる大きな前脚、しかし
「準遺物、起動。"虹色の紐"。テレビ公開はあまり気が進まないけどね」
ー地面から虹色の輝きが飛び出した、輝き、いや違う、あれは鞭? 虹色の紐状の何かがオウサマガエルを一瞬で縛り上げる。あの巨体の動きを止めた。
「助手、持っておいてくれ。綱引きだ」
「了解っす、センセ。御武運を」
ーウォーカー助手と同じように地面に潜伏していただろうクラーク女史が、彼に何かを渡す。あれから虹色の紐が伸びている? 鞭の持ち手だろうか? そして彼女は背中にぶら下げていた銃火器の安全装置を外した。
「アレタほどではないが、ワタシもそれなりに素早くてね。助手! しっかり縛り上げておいておくれよ!」
「り、了解っす! ふんごお! 重っ!!」
ーその無骨で真っ黒な銃身は小柄な彼女に不釣り合いだった。我々はまた信じられないモノを目にする。
「よっ、と!!」
ー飛んだ。クラーク女史が硬い岩場を踏み台にぴょんと、一息でオウサマガエルの顔近くまで跳んだ。何メートル、いや、10数メートル…… ? 人類の身体能力を遥かに超えている跳躍に我々はまた口をあんぐりと開けていた。
「ヤァ、縛り加減は如何かな?」
「ギュ……?! ギュギュ!」
ーオウサマガエルは身動きが取れない。二足歩行になったままの体勢で虹色の紐がその巨体を縛り付けている。
どぱん! どぱん! どぱん!
「ギュ……お……?!」
「対怪物種鎮圧用散弾銃"ライフ・キーパー"。レミントンは相変わらずいい仕事をする」
ー腹に響く号砲、人の作り出した武器によるその音が何故か心強く感じる。当たり前のように空中で散弾銃を撃ち放つクラーク女史。青い血が飛び散る。美しい、赤い髪のその女性が散弾銃を構えた精霊に見えた。
「よっと、助手! あとどれくらいもちそうだい?」
「ふん、ぎぎぎぎ、あとぉ、30秒は粘るっす、うううう」
「上出来だ」
ー……誰もが目の前で起きていることに言葉を失っていた。映像をご覧になっている視聴者の方に再度お伝えしたい。これは現実だ。今、あなたがおうちでこの映像を見ている今この瞬間にも、バベルの大穴では彼らが、こうして生きている。
「さて、次はスラグを試してみるか。外皮は思ったよりも薄いみたいだしね」
ー虹色の紐に縛られ、身動き出来ないカエルの化け物に向けてクラーク女史が発砲を続ける。銃声が鳴るたびに怪物の巨体が揺らぎ、虹色の紐が軋む。ウォーカー助手が踏ん張り、怪物との絶望的な綱引きを続けていた。
「ギュ、ゲロホロロロロ!!!」
ぶち、ぶちち。
ー一際大きな叫び声、悲鳴、違う、怒声だ。カエルの化け物の身体が膨らみ、その筋骨隆々の二の腕が紐の縛を解いた。ぶちり、ぶちり、輝く虹色の紐が、毟り取られていく。
「う、げ!? や、やばいっす! 先生
! 千切られた!」
「チッ、思ったより早かったな。散開! 助手、来るぞ!」
「ギュロロロ!!」
ーカエルの化け物が二の腕をめちゃくちゃに振り回す。地面に叩きつけられた腕の攻撃を、探索者達は跳びのき躱す。当たればぺちゃんこだろう。
ー灰色の大地を削る一撃に、灰色の砂煙が巻き起こる。その時、カメラは砂煙の中に人影を見つけた。怪物に近寄っていく人影をーー
「あ、あれ! 見てください、の、登ってる?!」
ー砂煙が、晴れる。何度目だろうか。我々はまた口を開けて放心した。
「っファイトオオ!! イッパァアアツ!! オラァ!」
ー味山氏だ。味山氏が砂煙に乗じて怪物に近づき、その背中をよじ登っていた。馬鹿なのだろうか。彼は、怖くないのだろうか。
「う、おお、やべ、ぬるぬるしとる! グレン! クラーク! アレをやる! 回収宜しく! 稼ぐぞ!」
ーその動作はクラーク女史やウォーカー助手のように洗練されたものでも、人間離れしたものでもない。カエルの化け物の背中のイボや隆起に手をかけ、足をかけ不器用に登っていく。それはあまりにも無謀で、しかしなぜか我々の心を打った。
「ギュロロロ!! ギュら!」.
「うわ! 待て待て待て!! 落ち着けこのクソガエル!! グレン! 足止め!」
「うわ、馬鹿がいる、馬鹿が。しっかり掴まっとけよ!」
ー背中を登る味山氏に気付いたらしいカエルが暴れ始める。ウォーカー助手が、味山氏の呼びかけに応えカエルの化け物の動きを抑えようと攻撃を仕掛けた。
「どっこいしょー! オラァ!」
ー味山氏が、ついにカエルの化け物の頭まで登り切る。何度も落ちそうになりながらも、たどり着いた。オウサマガエル、その頭頂にそびえる王冠のようなイボ、それを見下ろし味山氏が笑った。何をする気なのだろうか?
「怪物種40号、オウサマガエル。お前のよぉ、この王冠イボにはオークション価格で200万ついてるんだよ」
ー味山氏が腰に備えていた手斧を両手で握る。それは片手で持てるサイズにしては大きめだが、この巨大な生命を脅かすものには到底思えない、おもえなかった。
ー味山氏が、それを思い切り振りかぶった。
「ーーのーー力を使用する」
ー集音マイクが、味山氏の呟きを僅かに拾う。その次の瞬間、味山氏の斧が振り下ろされ、それが粉々に砕けた。
どっ。
「ッッっギ、従おおおおおおおおおおおおおおおん??!!」
ーオウサマガエルがこれまでにないほどに、悶える。かと思えば青い血が、舞う。その青い血の中、毒々しい赤黒い塊、王冠のように見えるイボが、くるくると宙を舞い灰色の大地に落ちた。
「うお、やべ! 落ちる!?」
ー暴れるオウサマガエルの頭頂、味山氏がこんどこそバランスを崩した。
「ははは!! 馬鹿だ! アレタと同じレベルの馬鹿だよ、キミは!」
「うおっと、サンキュー、クラーク!!」
ー振り落とされ、落ちていく味山氏を空中で虹色の紐が巻き取った。クラーク女史だ。ゴロゴロと転がされながらも味山氏は怪我なく着地する。
「ギュロロロ、ガロア!!」
「おお、怒ってんな、カエル」
「タダが王冠剥ぐからっすよ」
「よっと、ふむ、質が良いな。中々の値がつきそうだ。お手柄だよ、アジヤマ」
ー虹色の紐を器用に操り、クラーク女史が王冠のようなイボを回収する。探索者が3人、怒りに震えるカエルの化け物と相対していた。一進一退、探索者、彼らは決して怪物種に引けを取らない。
「ギュ、ギギギギギュ、ゲロろろろろろろ路!!!」
ーカエルの化け物が、本格的に彼らを最大の敵として認識したようだった。赤黒い皮膚からダラダラと紫色の液体を滲ませ、口を膨らませ、前足をもたげる。
ーここからが、本当の狩り。人間を、探索者を外敵だと認識した化け物との闘争ーー ……その時、クラーク女史が静かに笑った。
「ああ、時間だ。キミの死神がお目覚めのようだね」
「ゲ、ロ?」
「ジュア」
ー一瞬だった。刹那のうちに、灰色の砂煙が巻き起こり、唸りくねる蛇の胴体が、カエルに巻き付く。嵐に巻き込まれたかのように。
べき、べきべきぼきばき。
ーマイクの捉えたこの音は、大木が折れる音ではない。蛇の化け物が、カエルの化け物の骨をへし折る音だ。
「ジュ」
「ゲ、……ろ……」
ーガパリ。蛇が大きく口を開く。胴体よりも広く開いた大口が被さるように全身の骨をへし折られてペシャンコになったカエルの化け物の頭を包んだ。
こぽり、ごぽり、ごぼり。
「ひ……」
「う、あ……」
ー取材班の何名かが声を漏らす。それを責めることができないほどに、目の前の光景は圧倒的なものだった。弱肉強食、その言葉を絵にした光景。負けたものは勝ったものに食われる。我々が忘れている、しかし絶対不変のルールがそこにあった。
「ハイイロヘビの成体は自分の体重の5倍のものまでを嚥下できる。これは彼らの身体構造のうち、胃袋と内臓壁が異様に頑丈なのが起因していてねーー 助手、アジヤマ、聞いているかい?」
「うわー、すげえ大口。あんな開くのかよ。うわ、すげえ、もう半分飲み込んでらあ」
「なーんか、あれっすよね。ようつべとかでも見ちゃうんすけど、生き物が生き物食べてる所ってなんか面白くないっすか?」
「あー? なんかわかるようなわからんような…… グルメ漫画見るのと似たような感じなのか?」
「いや、キミ達、その感覚は正直ワタシでも引くが……」
ー彼らは軽口を止めない。きっとこの光景は彼らにとって日常なのだ。我々の人生観すら変えてしまう圧倒的な生命の絵、彼ら探索者はその中を、当たり前に生きている。
「ジュナ」
ごくん。
ー大蛇はあっという間にカエルの化け物を飲み込んだ。胴体がカエルの形に膨らんでいる。時間をかけて消化していくのだろう。そして、ハイイロヘビ、"マザーグース"は探索者の存在に気付いた。
「シュルルルル、シュルルルル」
ーもたげる、巨大な身体をくねらせながらゆっくりとマザーグースが探索者へと近づく。赤く細長い舌がチロチロと動く。探索者は、動かなかった。
「シュルルルル……シュル」
ー容易に死線を超えた。もうマザーグースは探索者達を一飲みに出来る距離まで近づいてしまった。見ているだけで恐ろしい。何故彼らは平然と立っていることができるのだろうか。
「シュル……シュルルルル」
ー"マザーグース"が彼らを見下ろす。攻撃の一瞬前の静寂のようにも見える、観察しているだけにも見える。次の瞬間、静かに味山氏が一歩踏み出した。……まただ。彼が何かに耳を傾けたような。彼には、何かが聞こえているのだろうか?
「シュル…… ルル」
「……」
ー味山氏が"マザーグース"を見上げる。"マザーグース"もまた味山氏を見下ろす。探索者と怪物種がただ、見つめ合っていた。
「シュ」
ー気の遠くなるような時間が流れた、気がした。永遠に続くかに思われたその相対は、マザーグースが小さく一声鳴き、踵を返すことで終わりを向ける。彼女が、怪物種17号、ハイイロヘビ、マザーグースが探索者に背を向けてゆっくり身体をくねらせながら離れていく。あっという間に、なんの感慨もなく彼女は見えなくなっていく。
「………ふっ」
ー"マザーグース"が去った。彼女が残した静寂に点を書き入れたのは、クラーク女史の声だった。
「ふ、ふ……っふふふ、ふふ、フフフフフ」
「……っは。あは、あはは、ははははは!!」
「ぶっ! アッハッハッハッハ!! ヤベエエエ!! マザーグース! やべえっすね!!」
ー彼らが笑い始める。クラーク女史が、味山氏が、ウォーカー助手が、耐えきれないとばかりに腹を抑えて笑い始める。
「いや! いやいやいや、マージでびびった!! ありゃだめだ、主だわ! 勝てねえって!」
「ふふふ、アジヤマ、キミが一歩進んだ時は冷や汗を掻いたよ。進んで彼女に食われるつもりかと」
「あー、それ思ったすよ! なんかわけわかんなさすぎて笑うのこらえるの必死すぎたっす。いやー、怖かった!」
ー彼らは笑う。涙を浮かべながらまるで、何か映画の感想で盛り上がるように死地での出来事を笑っていた。
ルるるるるるるる、シュルルルル、るるるるるるゝ。
ー彼らの笑い声に重なるように、灰色の地を吹き抜け、砂を運ぶ温い風が何かの声を届ける。風に紛れたそれは、眠気を誘う
「「「あっはははは!! アッハッハッハッハ!!」」」
るるるるるるゝ、るるるるるるゝ、しゅるるるるるる。
ー探索者の笑い声、怪物種の歌声が響くここは、現代ダンジョンバベルの大穴。地球最後にして最大の神秘の地。ここには生命がある。どこまでも残酷で、どこまでも恐ろしく、そしてどこまでも生きる力に満ち満ちた美しさが、ただある。
「フフン、アレタめ、きっとこの番組を見たら悔しがるぞう、ああ、帰った後が楽しみだ。そういえばキミ達、明後日の準備はしているのかい?」
「あ、やべ。パーティなんも用意してねえ。戻ったら招待状見直さねえと」
「タダ、それなら明日一緒にスーツ見に行かねえっすか? 軍服以外の正装持ってねえんすよね」
ー彼らが、我々の元へ帰ってくる。その様子からつい先ほどまで命がけの戦いをしていたには到底思えない。生と死を見つめ、生命に最も近くそして生命から最も遠い存在、バベルの大穴に生きる怪物種と唯一対等な存在、そう彼らが。
ー彼らこそが、この現代ダンジョンを進む不敵で、不遜な挑戦者、探し索る者。
「まあいい、探索者は帰るまでが仕事だよ。アレフチーム諸君、勇敢なる番組スタッフ諸兄を無事、地上まで送り届けるぞ」
「アイアイ、クラーク」
「了解っす、 センセイ」
ー探索者だ。
(壮大なBGMとともに、ドローンで空撮された灰色の地が映し出される)
"NNK 特別番組 《バベル・オブ・ザ・ワイルド》 第一夜[ハイイロヘビを追って]
制作・著作
━━━━━
NNK
終
………
……
…
13回目のリピートが終わる。
彼女は、冷めてしまったココアを一息に飲み干し、大きくため息をついた。
「むー、納得行かないわ。なんであたしはこんな面白そうな事に参加出来なかったのかしら」
タンクトップに、カットされたホットパンツ。完全に部屋着姿のアレタが、フカフカのソファに寝転びながら再び録画していた番組を再びリピートさせる。
今まで見ていたアレフチームの特別番組、その内容を見れば見るほど、探索者を休業していることが悔いられる。
アレタから見た彼らの姿、テレビの中のアレフチームはただ、楽しそうだった。
「アレタ、お前また彼らの番組を見ているのか。これで何度目だ、朝起きた時もみていただろう?」
アレタの背後で、呆れたように呟く長身の黒人女性。アレフチームの後見人、サポーターのアリーシャ・ブルームーンだ。
「いいじゃない、アリーシャ。仲間達の探索の成果を確認するのはリーダーの役割よ。ふふ、見てこれ、タダヒトがオウサマガエルの背中をよじ登ってる…… ふふ」
アレタがお気に入りのシーンを再生する。何度も、何度も見たシーンだ。
「ああ、彼も最近命知らずが堂に入ってきたな。アレフチームに染まってきたというかなんというか…… む、いかん、アレタそろそろ出るぞ。ドレスの着付けとヘアメイクに間に合わん」
アリーシャが腕時計を確認し部屋の玄関へと視線を向けた。
「えー、もう行かないといけないの? ドレスの着付けあまり好きじゃないのよね」
「お前が行かなければ意味がないだろう。味山くんを無理やりの形で出席させたのもお前だ」
「そうなんだけどー。よくよく考えてみればタダヒトと遊びに行くんならわざわざこんなパーティの場じゃなくてもよかったような」
割と出不精なアレタがぶつぶつと文句にもならないことを続ける。アリーシャはまたか、と言わんばかりにため息をついた。
アリーシャから見ればまだまだアレタはこどものようなものだ。こんなふうに駄々をこねられることも少なくない。
だからこそ、その扱い方もよく知っていた。
「……今回のパーティは有望な上級探索者達のチームも交えてのものだ。ああ、いるらしいぞ。あのリン・キサキも。お前の記録を塗り替えて史上最速で上級探索者になった子だ。報告によると、彼女も味山くんと親しいらしいな、まあそれ以外にも彼に興味を抱く人間は少なくあるまい。ふむ、誰か盾がいなければなあ」
ぼそり、コツは静かに、しかしはっきりと伝わるように。
「何してるの、アリーシャ、遅れちゃうわ。早く出発しましょう」
案の定、アリーシャの思惑通りにアレタは立ち上がりジャケットを羽織る。
「ふ、はは。ああ、そうだな。可愛い奴だよ、お前は」
思わず、アリーシャは小さく吹き出した。
お前は、変わらない。アリーシャの小さな呟きは彼女自身にしか聞こえなかった。
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