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76話 どすこい! あじやまの夢

 




「あ、わわわわ」




 味山が端末の画面を食い入るように見つめながら、口を覆う。





 差し出し人、アレタ・アシュフィールド。そのシンプルな文面には絵文字も何もない。





「……やべえ。なんでアイツ知ってんだ。グレンか? いや、でも……」



 寝巻き姿のまま、震える手で味山は端末を覗き込む。




 考えに、考えた。



 そもそも、自分がどこで誰といようがアレタ・アシュフィールドには関係ないはずだ。



 今はチームとしての活動は休業、自分はアレタ・アシュフィールドの補佐探索者、それ以上でも以下でもない。





 こんなこといちいち言われる筋合いは、ない。




「……言えるわけねえ」




 頭で考えた言葉を、直接アレタに伝えられるほど味山は強くも馬鹿でもなかった。






 考えに考えた結果、味山がとった結論は、






「……寝よう。明日の俺に任せよう。全て」




 先延ばし。



 社会人時代からついていた悪癖は、探索者になっても治っていなかった。




 端末をなるべく自分から遠いところに放り、ベッドに寝転び、目を瞑る。



 すぐに、温かな眠気がやってくる。



 どんな不安があろうとも、どんな困難が先にあろうとも割と寝る時は寝れる。



 それが味山の強さでもあった。









 ……

 …





 ちちちちち、ちちちち。




 じゃあああ。ざあああ。



 こぽり、こぼごぽり。





 森の音、山の音が耳を撫でる。




 清流が湧き、岩に砕ける。



 木々の隙間で、小鳥が歌う。






「ん、あ」




 味山の夢。岩清水のほとりの夢だ。




 久しぶりに、夢を見ていた。




 味山が起き上がり、妙に意識のはっきりしている夢の中の様子を確認しようとーー








「にいいいいいしいいいいい、九千坊親方ぁぁ。西国一の河童大親分んんんん」






「ひいがああしいいいいいい、名無しのお人方ぁああ。全てを見送り悼んだ送り人おおおお」






「きゅきゅ!!」




「ぼおお、ぼお……!!」




 こぶしの聞いたしわがれた声、聞き覚えのある高い鳴き声に、初めて聞く間延びした声。



 丸々した体に、毛むくじゃらの妙なナマモノ。丸々した体に頭に皿をつけたかっぱ。




 まわしをつけた2匹が鼻息荒く、互いに向かい合い四股を踏んでいた。




 足、短。









「…………何アレ」





「ああ、久しぶりだね。良いところに来た。相撲だよ、相撲。九千坊とはじまりの火葬者が魚を取り合って相撲しているんだ」




「相撲」



 ふわり。突如、味山の背後に現れたのは紳士ヅラの口調が耳につく黒い人影、通称、ガス男。




 すもう。



 ガス男の言葉に味山はポカンと返事をする。





「ああ、相撲だ。鬼裂が行司をやると言い出してね。キミが間に合って何よりだよ」




「ガス男、俺の夢の中をあいつらエンジョイしすぎじゃない? 相撲とってるよ、相撲」



 味山は取っ組み合いを始めている手足のみじかい丸々したイキモノを指差し、呟く。




 ノコッタ! ノコッタノコッタ!



 初めて聞く鬼裂の興奮した声が河のほとりに響いていた。





「いいことじゃないか。彼らにとってここが居心地がいいのはキミにとっても大きなメリットだ」




「かっぱとなんかよくわかんねえ着ぐるみと、和服のがいこつが相撲するのがメリット?」




「ははは、いいじゃないか。見る人が見れば驚きと興奮でひっくり返る光景だよ。音に聞こえし大妖怪"西国大将九千坊"と、人から鬼へと堕ち、それでも業を成し遂げた平安最恐の怪物狩り"鬼裂"があんな風に打ち解けているんだからね」




「俺の目にはマスコットがわちゃわちゃしてるようにしか見えん。……はあ、まあいいや。お前らが呑気にしてんのみてたら考えるのがアホらしい。なんかつまめるもんある?」




「ふふ、キミもかなり慣れたものだね。九千坊が獲った魚を干したものがある。用意しておくよ」




 ガス男の足元にいつのまにか七輪が現れる。赤々と輝く炭がすでに用意されている。



 ガス男が魚の開きを網に乗せ、うちわで扇ぐ。炭火の香ばしい匂いが味山に届いた。



「……夢占いでもしてみたい気分だな。夢の中でかっぱと毛むくじゃらのマスコットがガイコツの行司とともに相撲してます。自分は黒いモヤが用意した一夜干しを食べていました…… 精神病の症状みたいだ」




 味山が諦めたように呟く、いつのまにか足元にある切り株に腰を落とした。




「キミはどこまでも正気だよ。医者にかかる必要はないだろうね。お、白熱しているようだ。はじまりの火葬者もなかなかやるね」




 即席の土俵の中、短い手足のミニかっぱがまん丸の毛むくじゃらに抱えられかけている。




 きゅっ! と雄々しく鳴いたキュウセンボウが身をよじりなんとか毛むくじゃらの腕から逃れた。



「……ガキの運動会眺めるのってこんな気分なのかもな。つーか、あのキュウセンボウと相撲取っているあの毛むくじゃら、ありゃなんだ。初めて見たぞ」




「ああ、彼は新入りだよ。キミもアレが誰か薄々気付いているんだろう?」




 ガス男の言葉に味山は、あの餃子を思い出す。



 乾いた腕。タテガミがカスミトラの素材から生み出した新たな調理器具により完成したあの瑞々しい餃子。





「はじまりの火葬者ってのはあいつか」




「ああ、そうさ。古い、とても古い神秘だ。ある意味に於いてキミに最も近く、我々の中で最も強大なチカラの形」




「古い…… クソ耳のTIPSは断片的でな。なんとなく予想はつくんだが、あの毛むくじゃら、"はじまりの火葬者"ってのはなんだ?」




「TIPSのささやきで、ある程度察しはついているんだろう? 彼はキミ達に敗北した種族の最後の生き残りだよ」





「……キミ達?」





 味山の問いかけに、ガス男はうちわを扇ぐのをやめた。七輪の炭火が、揺れて、灯る。





 顔のないガス男、しかし何故だろうか。味山には彼がどこか遠くを見ている眼差しをした、ように感じた。





 どこか、とおく、遠くを見つめて、想いを馳せているような。





「7万年前」




「あ?」




「7万年前に、彼らはキミ達、ホモ・サピエンスに敗れた。唯一人類を名乗る資格を得たのはキミ達だ」





「あー、歴史の授業か?」




「ああ、そうだね。人類史のお勉強さ。彼の種族、ホモ・エレクトゥスは賢きヒトにはなれなかった。進化の競争に敗れた彼らは滅び去り、惑星から姿を消した」





 ガス男が、土俵でキュウセンボウと組み合う毛むくじゃらを見つめていた。




「彼はその最後の1人。ホモ・エレクトゥスがこの世から絶滅する瞬間まで生き残った、最後の1人。最後まで生き残った彼は、全ての仲間を見送り、弔った。偉大なる火葬者だ」





「最後まで……」




 いまいち、スケールがつかめない味山が首を傾げる。



 義務教育の記憶を思い出し、原人や人類の祖先のなんだかんだを必死に頭に羅列する。





「まあ、言うなればキミの遠縁の親戚みたいなものだ。仲良くするといい。彼も自分の意思でキミの夢の住人になることを選んだ、つまりキミの力になることを選んだんだ。ああ、素晴らしいじゃあないか。まさに拝領、引き継ぎ、再現。人類の業だよ。自らが滅ぼした存在からさえもチカラを求めるのだからね」




「なんとなく嫌味に聞こえるのは気のせいか?」





「ああ、気のせいだとも。人類、その傲慢さには我ながら頭が上がらないものだ」




 くくく、と笑うガス男。彼の輪郭が揺れて、ブレる。




「……なあ、お前ホントに悪者じゃないよな? 一応味方なんだよな?」




「……心外だ。そのような疑いの言葉をかけられるとは。言ったろう、キミと私の利害は一致している。いや、今は一致していなくても、必ず一致する。そういう風に出来ているんだ」




「ほら出た。そーいう要領を得ない思わせぶりな台詞。疑われてもおかしくないわ」





「……ふむ、では逆に聞こう。もし仮に私がキミを害する存在だった場合、キミはすでに夢という自分の中にまで私に潜り込まれている訳だ。危機感、感じないのかな? 私を敵と疑う割にキミからはいまいちそれが薄い」






 パちり。魚の開き、その脂が炭火に弾けた。






「……あー、たしかに言われてみれば。だな。まあ、そん時はそん時だ」




「というと?」




 ガス男の呟きに、味山が笑う。





 夢、夢、河のほとり、清流の夢。




 これは俺の、夢だ。



 だから、俺の自由だ。




 味山はそれを認識し、願う。





 右手にいつもの重みが現れた。





「……ほう」




 ガス男が小さく、感心したように呟いた。その首元には、一振りの手斧。鈍色の刃が突きつけられる。





「ここは俺の夢だ。お前に勝ち目があるとでも?」




「ふ、ふふふ。参った。ああ、その通りだ。ここはキミの、キミだけの夢。私にはキミを害することなどできやしない。なるほど、恐れないわけだ」




「敵なら始末するだけだ。今んとこ、ガス男、お前は推定無罪にしといてやるよ。お前が作る焼き物は美味いからな」




 味山はぷくぷくてらてらに焼き上がった魚の開きを箸でつまむ。



 がぶりと熱々のそれにかぶりつき、咀嚼した。



 舌を火傷しながらも、瑞々しい脂と炭火の香ばしい香りが口と鼻に広がる。




 美味い。身が引き締まり、それでいて脂が乗っている。





「ふふ、それはありがたい。おや、決着がつきそうだね」





「つーか鬼裂のセンセイ、ノリノリすぎない?」




 はぐはぐと魚の開きを食べる味山とガス男。2人の視線の先では、激闘に終止符が打たれようとしていた。






「キュッキュアアア!!」




「ぼ、ぼぼおお?!」




 キュウセンボウが一瞬の隙をついた。毛むくじゃらのはじまりの火葬者の背後に回り込みその腰をがっちりとホールド!!




「ノコッタああ! 残ったのこった!! ヨオオオオ!!」




 楽しくてたまらないと言った様子の鬼裂がはしゃぎにはしゃぎまくる。




 キュウセンボウが白目を剥きながら雄叫びを上げ、はじまりの火葬者を持ち上げる。





「キュオオオオオオ!!」




「ぼっ!? ボウオオ!?」




 ふわり、はじまりの火葬者の足が浮いた。




「勝負あったな」




 ガス男が呟く。このままキュウセンボウが持ち上げたその体を放り投げれば勝負は決まる。





 誰もが、キュウセンボウの勝利を疑わなかった。




 新入りが自分よりも先に魚に手を付けた。それだけでブチ切れたキュウセンボウと、歳は自分の方が上だからと逆ギレした"はじまりの火葬者"




 偉大なる2つの神秘の意地と誇りをかけた大勝負の決着は、西国大将、大妖怪、キュウセンボウの勝利にーー







「いや、まだだ」




 誰しもが。



 しかしこの夢の中で唯一、勝負は終わっていないと勘付いた男がいた。



 味山只人。



 人類、ホモ・サピエンス。



 鬼に堕ちていない、純粋なる人間。只の人。




 ある意味に於いて、"はじまりの火葬者"と最も近い存在である味山だけは、それに気付いた。





 毛むくじゃら、そのまん丸の瞳の中にめらめらと燃える火が灯っていたことを。






「まだ、終わってない」




「ぼぼう」




 ぴとり。



 キュウセンボウの手、水かきのついたちっちゃな手を、毛むくじゃらの手のひらが覆う。





「ぼ」




「きゅ?」





 それは、美しい光景だった。






 ぼおう。ぼおおおう。




 火だ。




 はじまりの火葬者の手のひらに火が灯る。それは一瞬で彼の身体中に燃え広がり、もちろん彼に組み付いているキュウセンボウすらも包んだ。





「……キュアアアアア!??!! !」




 一瞬の間を置いて、自分の身体が火だるまになっていることに気づいたキュウセンボウが悲鳴をあげる。




 とんでもない速度で、土俵から飛び出て、そのまま河に身を投げる。





 じゅうっ、煙とともにすぐに火は消えた。





「きゅうううう……」





 ぷかりと腹から浮かんだキュウセンボウが大きく安堵したように息を吐く。





「ぼぼう!!」




 唯一、土俵に残ったはじまりの火葬者。めらめらとその身体が燃える。しかし苦悶の様子はなく、誇らしげに胸を張っていた。






「……押し出しいいい!! "はじまりの火葬者"!!」





「ぼぼう!!」



「ぎゅー! きゅっ、きゅ!!」



 鬼裂の勝ち名乗りに併せて、はじまりの火葬者が鼻から息を吐いた。



 キュウセンボウがばちゃばちゃ、水しぶきを上げながら抗議している。




 火が徐々に止まっていく。すぐに何もなかったようにはじまりの火葬者の身体には火傷1つなかった。







「え、ええ……」




「それでいいのか、鬼裂」




 味山とガス男が切り株に腰を落としたまま、なんとも言えない終わりを迎えた取り組みにぼやいた。





「ぼう」




「うお!!」




 ふと、目の前に彼が現れる。




 はじまりの火葬者。毛むくじゃらのまん丸の小人。いやにデフォルメされているが、その姿は博物館や、教科書で見たいわゆる原人に似た姿だ。






「彼がキミにあいさつしたいようだ。人間、彼を拝領した存在として、受け止めておやりよ」




「受け止める?」




「心せよ、ということだ。彼がキミにとってどんな存在なのか。キミが彼にとってどんな存在なのか。きちんとここで理解していくことだ。本来ならば、君たちは決して相容れない存在なのだから」




「なんだ、そりゃ」




 ガス男の意味不明な言葉に味山は首を傾げた。



 そして、再び目の前にぽつねんと立つはじまりの火葬者に向かい合う。



「君は血の命令に逆らうことが出来るかな?」



 何言ってんだ、コイツ。



 味山はガス男の言葉を聞き流し、じっとその視線に応える。







「お、あ、ああ」



 どくり。心臓が跳ねる。



 味山は切り株から立ち上がり、目の前に立つはじまりの火葬者に向かい合う。





「ぼぼう」



 すぐに、ガス男の言葉の意味、いや警告の理由がわかった。


「っ、あ」




 向かい合う。



 はじまりの火葬者。ヒトになれなかったヒト。



「う、あ……」




 なんだ、これは。




 味山は彼の黒目がちの瞳を見つめた瞬間、数多の感情に押し流されそうになる。






 嫌悪、敵意、はじめにはそんな感情が湧いた。




 相容れない。これはダメだ。理由は分からない、なのに、これはダメ、生かしておけない、滅ぼさなければならない。滅ぼさなければ、滅ぼされる。




「う、うう」




 目を白黒させる。身体中から脂汗が噴き出る。手のひらは気付けば拳を握り、目は見開いていた。





 味山の身体、遺伝子と呼ばれる構成部品に刻まれた原始の記憶が、味山を駆り立てる。





 敵、敵、敵。




 生存競争の敵。





「あ、う、ううう」




 味山は、荒い息を吐きながら徐々に赤く狭くなっていく視界の中で、ガス男の言葉を噛み締めていた。




 血の、命令。


 相容れない。




 まさに、その通り。人間としての本能が、滅した筈の生存競争のライバルを前に殺意を剥き出しにしていく。




 星の支配者の座を脅かすモノ。怪物種に感じる恐怖や、同じ人の特別なモノ達へ感じる苛立ちなどとは、まったく別の感情に味山は焼かれていた。





 滅ぼせ、滅ぼせ、再び滅ぼせ。




 こちらを見上げる小さな身体。



 殺せる。首を捻り、脊髄を踏み砕き、河に沈めれば殺せる。





「違、う、ダメだ、ダメだ、ダメだ!!」


 ダメだ。これは味方、これはチカラ、これは道具。




 戦うために、生き残るために、再戦する為の手段。



 味山只人という個人としての理性がギリギリで、はじまりの火葬者の首を絞めようとする身体を止める。




 人間としての本能が、自らの遺伝子の近縁種を滅ぼそうと脳を殺意で満たしていく。




 相反する感情に味山はその場に膝をついた。



 殺せ、殺せ、滅ぼせ。




 声が聞こえる。




 tipsとは違う。味山の遺伝子に、ヒトの遺伝子に刻まれた本能の声が。血の命令が、味山を従えようとする。



「……せえ」




 滅ぼせ、勝て、役割を




「ーーるせえ」




 霊長の、星の支配者たる役割をーー






 役割を果たせ。




 それは遺伝子からの命令。




 特別な者、選ばれた者には決して逆らえない義務のようなもの。




 しかし、味山に対しての拘束力はそれほどでもなかった。





「うるせえ!!!!」





 遺伝子は、運命は、その血は味山に何も与えなかった。




 だからこそ、味山にはそれに従う義理もなかった。




 手に握るは、鈍色の手斧。




 それの刃を思い切り、右太腿に押し当てた。




 ジャージの布地を突き破り、皮膚を破き、血管を断ち切る。




 血が、流れた。赤い、赤い、遺伝子のゆりかごが。





「ぼ……!?」




「ほう……」




 びくりと、その行動にたじろぐ毛むくじゃら。



 愉快そうに喉を鳴らした骸骨。




 焼けるような、痛みと引き換えに、味山の頭に響く声は消えていた。





「ぼ?」



 俯く味山を心配するように、はじまりの火葬者が覗き込む。




「……いや、失礼した。せっかくあいさつに来てくれるのにお見苦しいところをお見せした」




 味山が顔をあげる。



 毛むくじゃらのその顔を見ても、もう何も感じない。



 なんの命令も聞く気はない。味山只人は、ヒトという動物ではなく、人という1人の存在として彼を見つめた。






「……はじまりの火葬者、お前の力を貸してくれ。俺の人生のためにお前が必要だ」




 しゃがみ込み、目線を同じにしながら味山は彼の目を見た。



 深い黒目、賢者の持つ煌めき、愚者の持つ透明、それらを混ぜこぜにし、モヤで覆い尽くしたような目だった。




「ぼう」




 味山の言葉に、はじまりの火葬者が手を差し出した。



 右手。



 




「ふむ。彼のチカラとキミの右腕は相性が良いようだ」






「ぼ」




 素直に右手を差し出す。小さな小さな手のひらと味山の手のひらが触れ合う。









「ああ、人よ。よくぞ、ここまで」




「え」




 ぼ、としか言わなかったはじまりの火葬者。



 彼の言葉が聞こえた。





 同時に、流れ込んでくる。




 記憶。



 それは映像。



 満天の星空。吸い込まれそうな蒼い空、今とは比べものにならないほどに、生命に満ちた大地の記憶。




 彼が生きていた時代の光景が、味山に流れ込む。




 倒れていく仲間たち。生存競争に敗北し、徐々に少なくなる仲間、乏しい食料。




 1人、また1人、彼を置いて死んでいく。




 夜の中、1人残される。彼は目から流れる液体の名前も、意味も知らないまま、静かに慟哭した。







 1人で、火を熾し、薪をくべ、それを大きくしていく夜。




 永遠の眠りについた同胞が、2度とこの残酷で美しい世界に生まれてこないように、火に還していく夜。




 長い、孤独。




 味山はその孤独と行動に1つの感想しか抱けない。




 ああ、すごい。



 これを、1人で。誰かのために。




 それは業だ。



 はじまりの火葬者、もう誰も知らない神秘の残り滓が確かに世界に刻み込んだ業。




 仲間達の魂が、燃えつきて天に届くように。せめて2度と生まれてこないように。





 祈り、願い、燃やす。





 味山が無意識に頭を下げた。それは純粋な敬意だった。



「ああ、貴方こそ、偉大なりし"はじまりの火葬者"。光栄です」




「ああ、君こそ。我々がたどり着けなかった存在。相応しい、この残酷で美しいこの世界には君達のような生き物こそ、相応しい」





「だからこそ、君は生き残るべきだ」




 はじまりの火葬者は無意識に、味山を褒め称えた。自らが、そして仲間たちでは決してなることが出来なかった存在。




「卑しく、傲慢で、残酷で、汚らわしい。しかして高潔で、謙虚で、慈悲深く、美しい生き物。人間よ、我が永い時の果ての息子よ。君に、火を。君の道を照らし、仲間を暖め、敵を燃やし尽くす火を、貸し与えよう」




 はじまりの火葬者に触れた右手に、灯るのは火。




 彼が見出し、そしてヒトに広がり、人を拓いた自然の奇跡、そして人間の力。





 はじまりの火葬者の火を、味山只人が継ぎ火していく。





「拝領する。はじまりの火葬者。貴方の力を道具として使わせてもらう」




 ぼ、ぼぼぼ。



 接木された右腕に、火が灯る。



 右てのひらに踊る火の粉。熱さは感じない。ただ心地よい火の揺らぎが、目を癒す。




 火の粉が飛んで肘に、力瘤に。



 燃え広がる火はそして、肩の辺りで止まった。




 味山の右腕が、燃えていた。




「ぼう、ぼぼぼ。」




 もう、はじまりの火葬者の言葉はわからない。でも、彼が笑っていることだけがわかった。




 食べて、知り、理解し、繋がり、認め、拝領する。




 アプローチ2、伝承再生。



 味山の探索者道具にまた一つ、古い神秘が加わった。







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