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75話 汝、只の人なりて・貴崎凛の場合。

 



「……う、ん……」




 暖かい布団の中、貴崎凛は目を覚ました。服装はいつのまにか浴衣に変わっている。




 もう10月、秋の空から降り注ぐ日光が和室を明るく照らす。




「ああ、目が覚めたのね。良かった、体調はどうかしら? 凛」




「雪代……さん……?」




 ぱたり。近くの安楽椅子に座っていた雪代長音が本を閉じる。



 "雪国"、そうかかれた表紙を雪代が腕を伸ばしてちゃぶ台へと置いた。




「ええ、あなたの友人、雪代長音よ。思ったより早いお目覚めね」




「……わたし、負けたんですね」




「ええ、完膚なきまでに。全国の貴崎の門下、そしてテレビの前の我が社の社員の前で、ね」




「……そうですか」




「どんな気分? 凛、教えてよ、興味があるわ。あのあなたが、はっきりと負けたとこなんて初めて見るから」





「……寝たいです、誰もいないところでずっと寝ていたい。そんな気分です」





「あら、ふふ。私、お邪魔しちゃったかしら?」




「いえ…… 巻き込んだのはわたしです。雪代さん、いえ、長音さん。ありがとうございました」





「……驚いた。凛、あなた、変わったわね」




「……クソガキ、はもう卒業しないと。あれ、でもわたし、怪我がない?」




「ごめんね、最後の一撃。彼、本気であなたに打ち込もうとしてたから、止めちゃった」





「止め……?」





 貴崎は意識のある最後、唐突に響いた声を思い出す。




 ーーそこまで。



 そうだ、あの凛、とした声が響いた瞬間、それ以降の記憶がない。




「長音さん、まさか……」




「はい、ストップ。詮索も追及も疑問も怒りも何も聞かないし、答えないわ。わたしは友人が大怪我負うのを見てられなかっただけ。大丈夫、本当に何が起きたのを理解出来たのは、彼だけでしょうから」





 雪代が部屋の隅、大布の上に置かれた二振りの合成竹刀へ視線を運ぶ。




 その刀身は捻れ、歪んでいた。まるで真夏の車内に放置した飴細工のようにとろけていた。





「でもまさか、本当の本当に、貴崎凛が敗北するとは思わなかったわ。私、あなたとタイマンでガチバトルして勝てる気しないもの」




「……嘘つき」




 貴崎の呟きに、雪代はぱっと、扇子を広げて口元を隠す。



 その整った口元に浮かぶものがなんなのか、それは雪代長音にしかわからない。





「1つ、凛。あなたに謝らないといけないことがあるの」




「なに?」




「あなた達の模擬戦。誰がどう見ても勝者は、味山只人。それは間違いないわ。でもね、本当に残念、残念なんだけれど」




「何が言いたいの? 長音さん」





「ふう、……我が社は探索者、味山只人とのスポンサー契約を結ぶことはないわ。これは私の決定。もう決めてしまったの」





 雪代の言葉、部屋に唐突に広がる言葉が貴崎の耳に届く。






「は?」






 貴崎の瞳孔が開く。毛穴が開き、体に力が満ちる。




 静かさの積もる和室に、はっきりと怒気が充満していく。




「何を、なにを言っているの? 雪代長音。それは話が違う」




「怒らないでよ、凛。恐ろしくて、震えてしまうわ」





 言葉とは裏腹に、雪代長音の顔に感情の揺らぎはない。



 あるのは冷徹な経営者の顔だ。





「わけを、話して。雪代の家の当主が、約束を違えるなんて恥知らずな物言いを平気で出来る理由を。納得出来なければ……」




「あら、あなたを納得させなければいけない理由なんてないけど。でも、一応聞いておこうかしら? 納得出来なければどうするの? 貴崎凛」





「その分厚い舌を引き抜き、焼いて裂く、ああ、雪白の舌はすぐに溶けような」





「あはは、悪い血が出ているわよ、鬼裂。見ていて難儀だわ。忌々しい血の呪いに囚われている同族を見るのは。哀れみすら感じる」






「彼は、彼は報酬があったからこそ、私に本気で向き合ってくれた! それを今更無しにするなど、どういうつもりだ! 雪代長音!!」





「吠えるな、小娘。その報酬、とやらは我々が身を切り払うものだ。敗北したお前が何を言っても虚しいだけ」





「本気で、言っているの? あなた……」




「はは、凛、お前が本気で他人のために怒るとはね。ヒトはまさにヒトにとっての砥石…… まあ鋭すぎる砥石も使い道に困るもの」





「長音、さん。訳を話して」




「ええ、もちろん。答えはシンプル。アレは私の手に負えない。首輪を繋ぐことも、餌で誘導することも、だ。味山只人は制御できる人間じゃないということが今回はっきりわかったからね」





「……彼は、俗物的で、現物主義、物事を利益で考えるタイプの人間よ。長音さん、あなたが1番動かすのが得意な人間だと思うけど」




「ははははは!! 凛、りん、リイイイン!! ダメだな、本当。恋は盲目と言うが、貴崎凛もそれは同様だったかい。アレは違う。アレはね、表向きは理性で動いていると見えるが、本質はまるで逆。全て己の内側から湧き出る衝動で動くタイプの人間だよ」




「衝動?」




「そう、衝動。彼の厄介なところはね、自分を自分で理性的な人間だと勘違いしている所さ。凛が負けたのは彼の内側にあるその衝動を刺激してしまったせいね。断言する、彼はいつか必ずやらかす。それがどんなに大勢の犠牲を伴うことだとしても、彼の中の衝動は止まらない。必ず、やらかす」




「だからって、そんな……」




「私はね、最初、勝敗がどうあれ彼と契約を結ぼうとしていたよ。残忍で狡猾、しかし理性的で俗物的な感性を併せ持ち、社会常識を兼ね備えている。企業からすれば本当に体の良い探索者だ。でも、もう私にはそう思えない」




「……」




「模擬戦とはいえ、貴崎凛に一対一で勝ってしまうような人間は、もう普通じゃない。アレはいずれユキシロメディカルに災いをもたらす。経営者としての私の判断はこれで終わりよ」




「言いたいことはそれで終わり?」




 貴崎が立ち上がろうと体に力を入れる。



 かくり、布団についた膝が崩れる。たったあれだけの模擬戦、しかし"道具"を使用した味山只人との戦闘は貴崎の身体に今までにない影響を残していた。





「長音さん…… 負けた私が言うことじゃないことはわかってる。でも、でも、それじゃあ、彼があまりにも…… そんなの不誠実すぎるよ」




「凛、あなたの言いたいこともわかるわ。でもね、世の中全ての人が報われる訳じゃないの。勝利の先に何もない事も、ううん。報われない勝利のなんと多いことか。それを理解していくのが、大人というものよ」




「……本気で、言ってるの?」




「嘘を言ってるように見えるかしら? あなたもそろそろ大人になる時期、近いんじゃないの、凛」




「……なら私は大人になんてなれなくてもいい。彼にクソガキって言われるままでも構わない。そんな、そんなさもしい存在になるのが大人になるってことなら! そんなのはクソよ!!」




 クソ。



 本来の貴崎であればその口からは絶対に出てくることはなかったであろう言葉。



 でも貴崎はこの言葉をよく聞いていた。一時の仲間で、今はよく分からない凡人が好んで使う言葉だったから。





「……くそ?」



 雪代長音の顔から、不敵な笑みが抜け落ちた。漂白剤にさらされた布のように、色がすぽり。




「今、クソって言った? 貴崎凛が? あの貴崎家のあなたが、クソ?」




 目をまんまるに広げながら呟くように雪代が続ける。




 貴崎は布団に身体を横たわらせ、うつ伏せになりながら身体を起こす。




「ふ、ふふ。ええ、そうよ。クソ。クソよ。あなたも、そして私も!! 自分の下らない感情と欲望から、自分を友人だと言ってくれた人を試そうとして敗北した私もクソ!! 約束を簡単に覆すあなたもクソ!! クソよ! 全部!! 全部!」




 感情の行き所がなかった。




 大嫌いだ。



 何故か、あの時言われた言葉がリフレインする。



 言われても仕方ない。ダサすぎる。なんだ、このザマは。



 わけのわからない衝動に飲まれて、あの人を傷付け、勝手に失望して、勝手に盛り上がって、



 勝手にーー




「う…… やだ、やだよ…… ほんとうに、ほんとにきらわれちゃう。味山さん、お金好きなのに……」




 ツン、鼻の奥に感じる刺激。それが脳に昇る。




 負けた、悔しさ。



 大嫌いという言葉の、衝撃。




 彼に、嫌われる。



 彼に、失望される。




 様々な感情が貴崎凛の中で渦巻く。自分以外の他人の存在で、その存在の心を想像するだけで、胸が締め付けられ、息すら出来なくなる。





「やだ…… きらわれるのやだぁ。ごめんなさい、あじやまさん。ごめんなさい、おかねも、何もあげられない…… あんなひどいことしたのに、やだ、きらわれたくないよう…」




 たまにいく学校で、同い年の女の子が泣いていたのを思い出す。



 好きな子と喧嘩した。ただそれだけでそのことで泣いていた彼女を当時の貴崎は理解出来なかった。




 今なら、分かる。痛いほどにその涙の理由が。




 味山只人の事を思う。彼の考えている事を考える。



 それだけで、こんなにも、怖い。怖い、怖い。




 彼に触れた、彼に近付いたからこそ生まれた恐怖に貴崎は、怯えた。




「……驚いた。凛。あなたまるで人ね。良かったわね、早めに、人に戻れて」




 小さな声、雪代の顔に浮かんでいたのは安堵。それはすぐに消えた。



「え?」




「安心なさいな。凛のお気に入りの味山さん。彼は怒ってなんかいないわ。むしろ今はきっと、ホクホク顔でのんびりしてるから」





「どういう事ですか?」




「さっきの話、あれは全部本音よ。味山只人にはリスクが多すぎる。社として支援することは出来ない。でも個人としては別ってこと」




「それは……」




「探索者献金、チーム所属の探索者には個人レベルでの支援が認められてるわ。契約金と同額の1億円、さっき私の個人口座から彼の口座に送っておきました。まあ少し税金で持ってかれるけど、彼からしたら大金も大金よ」




「え?」




「あの変わり身の速さは流石ね。入金手続きの画面を見せた瞬間に、靴でも舐めてくるんじゃないかってぐらいに態度変わってたから…… それと凛へ彼から伝言」





「え、入金? 伝言?」





「いい仕事、紹介してくれてありがとう。今度飯奢るわ…… だってさ。ふふ、凛、あなた厄介な男に引っかかってるわ。わざとであれ、天然であれ、アレは厄介よ」




 雪代の言葉を聞いた途端、貴崎の身体からこわばりがきえた。



「……怒ってない、怒ってないの? 味山さん」




 繰り返すのは確認。



「言ったでしょ? 彼は衝動によって動く。あなたを乗り越えた時点で彼はその衝動に満足した。アレの中ではあなたに対する怒りや恐れ、憎しみは積もるものではないの。一瞬吹き上がったものをぶつければそれで満足なのよ」




「ほんとに、怒ってない…? あんなことしたのに?」




「それを言うなら彼も最初から竹刀投げつけてきたりの畜生ムーブだったと思うけど…… ええ、断言していいわ。探索者、味山只人はその支払われた報酬を受け取り、満足している」




「……そっか、そっか。味山さん、きちんとお金貰えたんだ」




 噛み締めるように呟く。


 その素晴らしい肉体の素質により女性的な魅力にも富んでいる身体、それを包む浴衣がはだけた。




「あなたの安心ポイントが若干ズレてる気がしてならないけど…… どんな形であれ約束は守るものよ。そこを違えたら、もうどこにも進めないもの」




 呟く雪代が天井を眺めてため息をつく。雪の積もった庭に吹く冷たい風のように。





「彼は今、この旅館の部屋で休んでるわ。貴方も意識戻ったのなら顔見せに行ってきなさいな、凛」




「……今、から? やだ、会えない」




 貴崎が呟き、布団に再び潜り込む。




 どくり、どくり。閉じた布団の中、鼓動がうるさい。身体の骨を、肉を、心音が突き破りそうだ。




 不安、安心、大波のような感情の行き来。貴崎の中に最後に残ったのは、熱だ。




 熱い、熱い、熱い。




 味山只人の目、味山只人の声、味山只人の臭い。




 今は会えない。



 それを想像するだけで、顔が熱い、心臓がうるさい。





「ちょっと、凛。なんで急にもぐらになるの。味山さんも貴方に挨拶してからじゃないと帰りにくいでしょ」




「や、やだ。むりむりむり、今、今は味山さん、みれない、会えないよう…… 長音さん、なんで、私、おかしくなっちゃった、おかしくなっちゃった!」




 布団から顔だけ出して、芋虫のようにのたうちまわる貴崎凛、それをみて長音が力が抜けたように笑う。



「なんで。なんで? 味山さんに会うの、怖い、こわいよ…… こんなかお見せられない…… おけしょうもしてないのに」



「凛、それ、好き避けってやつよ。おめでとう、あなたもきちんと年頃の人になれたってわけね」




「す、き…… あ、あああああ、わわわ」




 ばひゅん、布団の中に貴崎が潜り込む。雪代はその様子を眺め、ただ笑う。






「味山只人、あなたやはり手に負えないわ。でも、ありがとう。凛を人に戻してくれて」





 雪代がジャケットを脱ぎ、タイツを脱ぎ去る。裸足になってそのまま畳に寝転がる。




 貴崎は布団にくるまり、その男を思い浮かべた。




 その力強さ、その底知れなさ、その容赦のなさ。




 ああ、間違いではなかった。世界は退屈じゃあなかった。



 でもなぜだろう、今までにないこの胸の熱さ。頰が溶けそうな熱。




 思い浮かべる、味山只人を。



 でもだめだ、会うなんて、今は出来ない。そんなの想像するだけで、だけでーー





 ……

 …




「ウッヒョッヒョヒョ!! あーヒッヒッヒ! アッハー!!」





 ざぶん。



 広い檜風呂に身体を沈める。木の懐かしい匂いが湯船に溶け出し、湯気となり昇る。




「あー、はっはっは!! いやー、稼いだ後に自分の金で入る風呂は最高ですなー!!」




 じんわりと広がる湯の温かみ、鼻の奥から身体中を潤わす湯気。




 味山は今、有頂天だった。




「アッハハ! たたた痛い! う、ご…… 筋肉痛やべえ…… でも、風呂入ってるから少しはマシか? あれ、筋肉痛の時って冷やした方がいいのか? ……まあいいか。痛たたた」




 鬼裂の力の代償、いきなりくる筋肉痛を癒しつつ味山はそれでもにやけが止まらない。




「う、ひひひ、ほほほほ! いやあ! もう笑いが止まんないなー! うほほほほ」




 貴崎が布団の中で、自分の中に目覚めた新たなる感情に困惑していると同時、味山只人は自分の中の最も馴染み深い俗な部分と向き合っていた。





「車、金、時計、クルーザー、マンション…… いや、投機的に株…… 車は、だめだ。バベル島じゃ申請に時間かかりすぎるし乗るところがねえ。登録した瞬間に半値になるから資産としても弱い…… 金か時計だな」



 大人の金欲と物欲は湯船では落とせない。




 味山は揺らめくお湯の水面を眺めつつ、降って湧いた大金の使い方を考える。





「あー、たのしー。イチオクエンだよ、イチオクエン。もうそんなん勝ち組じゃん、おほほのほ…… あ…」



 ふと。




 味山はあることに気付き、体の動きを止めた。



 四肢から力を抜き、だらり、身体全体を湯船に預ける。



 耳まで湯につけ、ぼんやりと木造りの天井を眺めた。




 ごおおおおおお、ざおおおおおお。湯の音が耳穴に満ちた。





「……探索者、辞める選択肢が出て来なかったな」




 足抜け。



 探索者は長く続けられる仕事ではない。まだこの職業が出来てから3年。



 黎明期も黎明期、それでも3年続けられている人間は割と少ない。



 大金を一気に稼いでアーリーリタイア。味山只人も当初はそんな呑気な夢を見ていた。




「一億円だ、一億円。一生安泰にゃ遠いが、それでも足抜けには十分過ぎる。なのに、なんだこりゃ」




 発想がない、想像がつかない。自分が探索者を辞めることをイメージ出来なかった。




「……カッパのミイラ、鬼の骨粉、乾いたさるの腕。クソ耳の耳糞。は、ははは。すげえ、すげえよ。まさか貴崎にすら勝っちまうとはな。すげえ」



 てのひらに掬ったお湯を握りしめる。指の隙間からびちゃり。




「俺の道具、すげえ」




 力を、味山は己の探索の成果を噛み締める。気付けばてのひらは震えていた。



 口角は吊り上がり、自分の力の結果に笑う。




 嗤う。




 結果に。あの貴崎凛をも下すその道具の素晴らしさに。




「は、ははは、ひひひひ……」




 もう味山只人は探索者を辞めることは無い。




 あの夏に、恐怖を焼き付けられた。



 そして今日、恐怖の対価を実感した。




 素晴らしき道具、凄まじい力。




 凡人は、探索者に酔う。




「……うまくすりゃ、アシュフィールドにだって」



 そこまで呟き、口の動き、舌の動きは止まる。



 今、俺は何を考えていた? 味山は一瞬脳裏に浮かんだありえない状況を振り払う。




 浮かんだ光景、あの眩く輝く1番星。あれと対峙するなんてあり得ない。





 少し、昂りすぎだ。味山は、ぽちゃんと湯船に頭までつけ、目を瞑る。


 お湯の音、水の中、心地よい。



 ふと、アレは、最後のアレはなんだったのだろうと、小さな疑問に思いを馳せる。




 貴崎凛へのトドメの一撃は、届かなかった。元より本気で撃ち込むつもりはなかったが、一撃は喰らわせるつもりだった。





 ぐねり。竹刀がまがり、何かの力に邪魔された。まるで見えない壁が貴崎を守ったような。




 ざぱり、お湯から顔を上げる。ふう、と大きく息を吐いた。



「いや、ないないない。そんなオカルトありえ……」




 そこまで言いかけて味山は口を噤む。




 怪物種、遺物、神秘の残り滓達。




 この世にはさまざまな不思議が確かに存在している。




 先ほどのあの竹刀をねじ曲げ、貴崎を守った何か。アレも何か、いや誰かの力だったのではないか。




 じゃあ、それは誰だ。



 そこまでーー  あの時鳴り響いた雪代長音の声と同時に異変は起きた。




 まさか、あの女が?




 味山はグルグル巡る考えに答えが見出せない。しばらく湯気を目で追いかけて、それから大きく息を吐いた。






「……まあ、いいや。わかんね」




 呟き、思考を止める。



 重要なのは、1つ。自分にとんでもない金額の報酬が入ったこと。それだけのはずだ。



 湯船から出て、防水加工された端末を操作する。開いたページは、探索者道具のネットカタログ。




 "グレンスフォシュ・モデル・バベル"


 ¥1,980,000-


 〜北欧、スウェーデンの老舗が探索者のために拵えた一品。希少なバベル産の高純度鉱物を怪物種の血を混ぜて鍛造、尋常ではない威力をあなたに




「はい購入」



 ぽちり、ぽちり。カタログを流し見しながら味山がどんどん注文を決めていく。




 味山只人はこの日、初めて値段を見ずに今まで欲しかった道具をポチッた。





「味山さん、お料理の準備が出来ました。その、お嬢様はまだおやすみになられているようで…… 雪代社長より気にせずに召し上がって欲しいと言伝いただいてます」




 部屋風呂の扉の向こう側から、東條の声が響く。




「ウッヒョー!! 待ってましたぁ! 東條さん。ここの旅館飯、ネットで見てから食べて見たかったんですよ! すぐに出まーす!」




 和牛に、バベル近海で獲れる海の幸をふんだんに使った高級懐石に期待を膨らませて味山は浴槽から飛び出る。




 東條との軽快な会話、ツヤツヤのごはんに彩りのおかず。



 割と全身全霊で旅館での休憩を楽しんだ味山は大満足で帰路につく。




 結局、貴崎や雪代とこの日に顔を合わせることはもうなかった。



 スポンサー契約の話こそ流れたものの、大金を手にした味山は意気揚々とバベル街を練り歩く。




 ピコン。



 だからだろうか。ウキウキの味山はめずらしく端末の着信に気づかない。



 それに気づき、顔を真っ青にするのは帰宅して、就寝直前のことだった。











 送信:アレタ・アシュフィールド



[ハァイ、タダヒト。アメキリやリン・キサキとのデートは楽しかったかしら?]

















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