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70話 実食! はじまりの火葬者&公文書館での1日

 



 〜たのしい合コンの翌日、バベル島、美食倶楽部、定休日にて〜






「う、おおお。すげえ、ま、マジで、タテガミさん。これがあの、カピカピの腕なんすか?」




 味山の歓声が自分以外誰もいない広い店内に響く。



 目の前に大皿に盛られたテラテラと輝くそれらを見て目を輝せた。



「くく、その通り! 味山さんや鮫島さんの協力で狩ったカスミトラ、あれの胆石を用いた霧焼き、これがビンゴ! 熱を持った霧でしっとり、ふっくらとした火入れに成功……! その後炒めて味を整え、調理完成……! 召し上がれ、名付けて霧焼き餃子」



「うっひょー! おれ餃子好きなんすよ! 腹空かしてこいって言うからなんだと思ってたらよ! すげえ! 頂きまーす!!」



 考えてみれば、このオカルトグルメで本格的なものを食うのは初めてじゃないか?



 九千坊はカッパカレー(レトルト)、鬼裂の先生はココア(ミルク多め)だ。



 プロの、しかもあの指定探索者やお偉いさん御用達、美食倶楽部の料理長、タテガミの料理。



 正規の料金もきちんと払っている。これは楽しめそうだ。味山は手を合わせながら目の前に広げられた料理の匂いを嗅ぐ。




「タテガミさん、これ、作法的には何か食べるの順番あるんですか?」



「くく、本格的な中華の会食では、開店テーブルの順番やら取り分ける時に座ったままでなければならないなどございますが…… 今日はノープロブレム! 圧倒的…… 貸し切り状態っ。霧焼きの試作品でもあるので味山さんの食べやすいやり方で!」




「その言葉を待っていた! いっただきまーす!!」




 香辛料と、油の食欲をくすぐる匂いを我慢するのももう限界だ。



 割り箸をパキンと、勢い良くぷくぷくの大葉餃子をつまみ、そのままほうばる。




「……っうっま」



 口に入れた途端広がる濃厚な肉の香り、薬味のピリリとした辛味と旨味が絡み合う。


 噛み締めるとじゅわりと広がる肉汁、肉汁……?!



 あのミイラみたいな腕から?!



「タテガミさん、これ、すげえ、肉汁が! え、ほんとにあのからっからの猿の腕使いました?」



「くく、疑われるのも無理はない、しかしご安心を。これが霧焼きの髄。蒸し焼き以上に素材に行き渡る蒸気はたとえ、乾いた食材であっても瑞々しさをもたらす! 味山さん、甘くみすぎです。怪物種の素材の、効能をっ!!」



 くわり! 見開かれたタテガミの目、すごい気迫だ。味山はその気迫にうんうんと頷きまた大葉餃子に手を出す。




 あー、もう、うまい。なんだこれ。



 小籠包のようにスープも打ち込みましたと言わんばかりの肉汁、それに混じり合うのは唐辛子? ピリリ、と聞いた辛味が尖り、しかしその辛味を肉汁が包み、マイルドに仕上げる。



 口の中が火傷しそうだ。熱々の餃子を次から次へと味山は口に放り込み続ける。



 味変として、用意されていたタレにつぷり。



「うまい!! 酸味聞いたこれ、ポン酢、じゃないですよね?」




「くく、薄口醤油にレモン汁、山椒の粉末を混ぜだタレです。進むでしょう、餃子」



「最高です。うわ、またこのスープ。濃厚……、とろみがすげえ」



 付け合わせの卵スープを掬う、とろり、見た目の時点でまろやかそうだ。



 ずっ。餃子で火傷しかけた口に熱々のスープをスプーンで運ぶ。




「……っ! 滋養!」




 スープ、舌に柔らかく触るトロミ。飲んだ途端、体の乾いた部分が潤うような錯覚。



 ぴりぴりと気づけば辛味で傷んでいる舌を優しくカバーしてくれる。



 そこでまた餃子を! そしてその餃子をスープで流し込む。





「……決まった」



 うまい。もうそれしかない。



 飯の熱が身体に伝う、食うことで宿る。




 食事とは、拝領。食って、その身に命を肉付けていくことなのかもしれない。




 気付けば、熱いのと美味いのを繰り返しているだけで、目の前の食卓は空っぽになっていた。




 食材の熱が、味山の身体、細胞の一片一片に染み込み、なにかを外して、馴染んでいく。






 TIPS€ 原初種 "はじまりの火葬者" を摂取した。はじまりの火葬者、その業はお前に引き継がれた。




 来た。身体に伝わる熱とともに届くTIPS。予想通り、やはり、あの乾いた猿の腕もキュウセンボウや鬼裂と同じだった。




 忘れられて、かすれて、それでも思い出してくれる誰かを待ち続けた残り滓。



 かつて、この世界に存在していた神秘、その残りカス。




「神秘の残り滓……」




 TIPS€ はじまりの火葬者の決して焼ける事のない腕。いつからか彼は火に救いを見出した。群れの長たる彼は滅びゆく種族に何もしてやれることはなかった、その滅びは運命だった。



 流れるのは、聞こえるのは歴史。誰にも知られず滅びた残り滓。



 ぼうっ、味山の頭にイメージが流れ込んでくる。食事によって、味山はその光景を引き継いだ。




 火。



 それは火だ。



 TIPS€ 長たる彼は最後まで生き残り、仲間たちの亡骸を火で葬り続けた。いつからか彼は火に願った。同胞の魂が火により天に昇るように、あるいはもう2度とこの残酷な世界に生まれ落ちて来ぬように。



 誰にも知られない物語が今、見つけられる。忘れられ、消え去る筈の運命、しかし凡人にはそんなもの関係ない。




 彼は火を見出した。乾いた木に落ちた落雷、そこにくすぶる火を見出した。




 TIPS€ 彼に名はなく、彼のことを覚えているものは存在しない。しかし、彼こそがはじまりの火葬者。彼は滅びたが、その善性は、仲間の死を悼むその性質はヒトの進化の樹形図に刻まれた。





「はじまりの、火葬者……」



 流れ込むイメージ、熱、揺らめく、暖かい、火。



 願いだ。同胞の亡骸を焼き、天高く昇る煙に彼は願っていた。どうか同胞の魂が、尊厳がこの高き空に受け入れられるように。



 もう2度と、この残酷な世界に生まれてこぬように。




 1つになる。馴染む。



 それはラドン・M・クラークが残したヒトの可能性。遺した人類への信頼。



 アプローチ2 伝承再生。



 大国がどれほどの人員、資金を注ぎ込んでも結果辿り着けなかった方法。



 なんのことはない。食事だ。


 遺伝子をもとに新たなる命を作るのではなく、ただ命のままに敬意を持ってそれを料理し、食す。




 つまるところ、たったそれだけ。



 それだけの方法に誰もたどり着くことは出来なかった。





「ご馳走さまでした」




 完食、猿の腕、もとい、"はじまりの火葬者"。




 TIPS€ "はじまりの火葬者"の業を引き継いだ。経験点200を消費することにより"はじまりの火葬者"の火をこの世に燻らせることが出来る。




 身体に宿る、熱。それは確かに追加された新たなる味山の探索者道具、そして、左手をじっと眺める。



 TIPS€ 水は冷たく、心地よい。お前は息長の性質を得た。九千坊はお前をお気に入りの眷属として認めている。頼らば水神に愛されし力を貸してくれるだろう。




 1つ、西国大将九千坊。偉大なりし水の子。



 TIPS€ それは血による繋がりではない。古き盟のもと、鬼を裂く者の技をお前は再現するだろう。




 2つ、鬼裂、いにしえの怪物狩り。鬼を狩り尽くし、いつの日か自分が鬼に落ちたモノ。





 TIPS€ お前の左腕には弔いの火が燻る。目を瞑れば見えるだろう。紺碧の空へ昇る同胞の灰が。



 3つ、新たなる力。はじまりの火葬者。



 そして、味山只人の最も深い場所には、恐ろしき化け物。"腑分けされ動き出した部位"が蠢く。





「あー、美味しかった。タテガミさん、ありがとうございました、マジで美味しかったです」



「クク、さすがの食べっぷりでした。お口に合ったようで何よりです」




 お茶を一気に喉に流し込む。胃が膨れ、確かな満腹感が幸せとか変わる。



「いえいえ、タテガミさんの料理様々です。これで今日1日をアクティブに過ごせそうですわ」




「おや、今日は確かオフでは?」




「勤勉なもんで、ちょっと調べ物しようかと思うんですよ」




「くく、そうですか。味山さん、また面白い食材があればいつでもお待ちください。腕を振るいます」




「頼りにさせてもらいますよ、タテガミさん」



 タテガミの言葉に頭を下げ、席を立つ。このまま動かないと満腹感で眠ってしまいそうだ。





「そういえば味山さん、どちらまでしらべものに?」



 タテガミが食器を下げながら味山へと声をかけた。




 味山が振り返り、少し視線を外す。




 ーー公文書館へ向かいなさいな。




 双子の言葉を反芻した。




「あー、中央区の公文書館までっすよ」











 ……

 …




「はい、探索者端末を確認致しました。公文書館でのお時間をお楽しみくださいませ」




「どうもです」



 認証された端末を受け取り会釈しつつ、空調の効いたフロアを進む。



 白い床に、白い壁。わかりやすい未来の建物風の内装。



 バベル島、公文書館。探索者組合により設立された世界中から集めた書物、データ、紙、ノート、媒体を問わずにあらゆる情報の集まる場所。




 アメリカの議会図書館には及ばないものの、およそ1万点以上の情報がこのドーム型の建物の中には存在していた。





「さて、酔っ払いの奇妙な双子の言うままに公文書館へ来たはいいが…… どこへ向かったもんかね」



 清潔感を通り越して、透明なフロアを味山が進む。入り口付近はカフェエリア、飲食も可能なようだ。



 人はまばらだが、勤勉な人間や、調べ物がある人間がそれぞれタブレットや本を眺めている。





 TIPS€ 公文書館 B1Fへ向かえ




「……ああ、どうも。気が利くようで助かる。もう少し他の場面でも同じようにしてくれ」




 薄いBGMにかぶせるように頭の中にTIPSが響き渡る。味山は素直にそのヒントに従った。




「おい、あれ……」




「アジヤマだ。アジヤマタダヒト…… アレフチームの」



「ぱっとしねえな……」



「テレビで見るより普通だね」



 カフェエリア中から視線が味山に集う。


 隠す気のないヒソヒソ話を通過して、味山がエレベーターまで向かった。





 それにしてもあの餃子は美味かった。タテガミの料理の味を反芻していると気づけば、チンとエレベーターのドアが開いている。




「あ、すみません」






 ドアが開いて、すぐ、下の階から登ってきたであろう先客がいた。



 肩までのブロンドヘアに赤ブチ眼鏡。青いジャケットにパンツスタイルの司書服。



 ベレー帽の似合うどこか、小動物のような雰囲気を持つ女性とすれ違う。




「い、いえ、どうも」


 眼鏡の向こう側、大きな青い瞳が一瞬、大きく見開かれ、すぐに伏せられる。



 互いに会釈しつつすれ違い、女は外へ、味山はエレベーターの中へ。



 真っ白なエレベーター内に、女の香水の香りがわずかに残っていた。



 B1Fのスイッチを押し、しばらく待つ。


 少しの浮遊感、音もなく扉か開いた。



「うお、すげえ本の数…… 」



 考えてみれば、探索者になってから公文書館に来るのは初めてだ。学生時代はそれなりに本を読んでいたが社会人になってからはめっきり。





 エレベーターから出た味山は辺りを回す。天井まで本棚は伸び、人もまばら。



 所々に置いてある白い椅子に座る人間も少ない。



「さて、お目当ての場所だ、何を探せばいいんだか」




 本の塔みたいになっている棚の間をすり抜ける。ほとんどの書籍が英語だ。



「確か、ニホン語のコーナーもあったよな」






 味山はエレベーター近くのARの立体映像に触れて館内図を調べる、かなり近い場所にニホン語の書籍は集まっていた。



 TIPS€ 伝承、民俗コーナーへ向かえ




「へいへい、俺も素直なもんだ」



 小さく独り言をぼやきながら味山は館内図を端末にダウンロードして歩き始める。




 数秒も歩かないうちにニホン語コーナー、ニホン語で書かれている書籍の棚がひしめく場所にたどりつく。





「えーと、小説…… 随筆…… エッセイ、図鑑、あ、あった。民俗に伝承」




 縫うように本棚群を歩き続ける、ふとそれを見つけた。




 TIPS€ 3段目、左端から5番目、[河童の伝説]、8段目右端から8番目[火のはじまり]左端最下段5番目、[平安大全]



 TIPSに伝わる3つの本、味山は言われた通り指定された本を探す。やはりと言うべきか、TIPSの囁き通り、指示された場所に指示された本が静かに存在している。





 TIPS€ 本を読め。彼らの歴史を知ることでお前はその身に更に深く神秘を刻むことが出来る。





「……双子の言う通り、ね。あの2人……」



 味山は、あめりやの双子について少し考えた。何者だ、あの双子は。とんでもない美少女で瓜二つの存在、そして公文書に向かえという言葉。




「俺の身体のことを知ってる?  でも、どうやって……」




 考えていると少し怖くなってきた。味山は本を重ねて手頃な机へと向かおうとした、その時。





「ん? あれ、なんだ、この本…… 小説?」



 それは、違和感だった。古めかしいデザインや無機質なデザインの多い民俗伝承コーナーの中で、その本は異彩を放っていた。



 文庫本、赤い背表紙に薄い本体。




 味山は思わず、手を伸ばす。



「……紛れてたのか?」



 題名は"帰路に、つく"、作者は見たことのない名前、パラパラとめくると縦書きの文字が踊る。




 裏表紙には短めのあらすじが。



 ……故郷を目指して旅を繰り返す男、ラビスの冒険記。いくつもの奇妙な世界を渡り歩いた男が最後にたどり着いた場所とはーー





「うん…… つまんなさそうだな……」




 あらすじにも、タイトルにも惹かれるものはない。なのに、気づけば味山は、まあいいかと抱えた本の中に、その場違いの小説を重ねていた。



 薄いBGMに、ちょうどよい空調。読んでいて眠くならないか心配だ。




「河童の伝説、平安大全、火のはじまり…… ふうん……」




 味山は頬杖をつきながら、ぱらりと本をめくり始める、まずは河童の伝説とかかれた分厚い本からだ。





 ……

 …




[河童の伝説]



 〜前略〜




 ……そしてニホンにおいて河童とは河川、水の恐ろしさの象徴として多くの地域で伝承が残っている。ヒロシマの"猿猴"という名前で知られる河童は、川に入った人間の肝を抜くという言い伝えもある。ヒロシマ市南区を流れる猿猴川はこの河童の名前が源流とされている。



 ニホンの河童を語る上で欠かせないのは、2人の強大なる大将河童である。


 東の八洲、利根川の女河童"祢々子"あるならば、西や九州、筑後川の横綱河童"九千坊"ありと謳われている。




 ……中略



 九千坊河童は元は大陸、中国の生まれ。仁徳天皇治世の折に、一族を引き連れ大海を渡り、瑞穂の国へと流れ着いた。



 九千坊という名前の由来は、彼の一族が九千匹もいたという言い伝えからである。大一族を率いた大妖怪の九千坊。彼の生涯には2度の大負けが記録されている。



 東の""祢々子"に、肥後の"虎"。



 東に暴れる女河童のねねこに縄張り争いで大相撲を挑むもこれに敗北、ねねこに対し、いずれ人が代わりに誅を下すと言い残し、敗走。



 そして2人目、肥後の虎。本名、加藤清正、時の肥後城主。太閤秀吉の子飼にして、賤ヶ岳の七本槍に数えられる猛将その人。



 人に近く、人を好んでいた九千坊はある日、釣り糸を垂らしていた美しい男と友誼を交わすことに。



 日毎に重なる2人の友情は、九千坊から人と河童の違いをぼやかしてしまう。この者を一族に加えたい、妖怪としての欲望に九千坊はいつしか負けてしまい、友を水底に引き摺り込み、尻子玉を抜いて殺してしまう。




 己の妖怪としての本質に絶望した九千坊、彼の罪は彼の後悔だけでは終わらなかった。



 九千坊が殺してしまった美しい男、彼は肥後の虎のお気に入りの小姓だったのだ。


 虎の尾を踏んだ九千坊とその一族は清正公に皆殺しにされかける。天敵である猿に追い回され、焼けた石を川に投げ込まれ、法力で縛られのてんやわんや。人の恐ろしさをこの時九千坊は思い知らされた。




 そして同時に人の慈しみもこの時深く知ることになる。


 いと慈愛深き関雪和尚の仲裁と命乞いにより、九千坊は筑後川への引越しを命じられ辛くも絶滅を免れる。



 有馬公治る筑後川に移った九千坊、己の凶悪なる性と向き合うために水神の御守り役として性悪河童を諫めたり、水に溺れた人を助けたりと、良きものになろうと永い時を過ごす。



 ……後略



 ……どの河童の伝承にも共通して残っているのは"尻子玉"と呼ばれる存在だ。ロマンのない説を真実とするなら、河童の存在と紐つけられた水死体の様子から造られた架空の存在ではある。



 しかし、もし本当に河童という神秘がこの世に存在していたならば、人の体内、いや命のどこかに尻子玉と呼ばれる何かが潜んでいることにならないだろうか。



 河童には生物から、生命から、尻子玉と目される致命的な核を抜き取る力があるとするならば。



 彼らは単なる水の恐怖の具現や、いたずら好きな何かだけの存在ではないのかもしれない。



 本書で多く取り上げた九千坊河童の本尊はニホン、フクオカ県、クルメ市の田主丸にて祀られている。


 ※注意 本書の初版が出版された2019年現在の情報、本書第3刷発行の2022年現在、田主丸の九千坊本尊は失火により失われている。




 ……

 …



 パタリ、味山もが本を閉じる。


「…… 九千坊、こいつ想像以上の大物じゃねえか」




 味山は自分の夢の中で、キュッキュと呑気に鳴くマスコットを思い出す。


 呑気に魚を丸呑みしたり、でかい魚に追い回されて涙目になっているアレと、書物の情報がどうも一致しない。




「うわ、1時間たってる…… 意外と面白かったな」



 時間を確認して、うへえと呻く。時間が経つが早い。



 さて、一読み終えたわけだが何かが変わる感じは特にしない。



 やっぱりあの双子の言葉はなんかの偶然か。味山があくびをしかけたその時。





 TIPS€ お前は神秘の歴史に触れ、神秘を知った。知識が、お前と神秘をより深く結びつける。



 TIPS€ 水は冷たく、心地よい。九千坊の歴史を知ったことにより繋がりが深まる。経験点100を消費することにより、恐ろしき業、"九千坊の尻子抜き"を再現出来る。



 TIPS€ "九千坊の尻子抜き" 肉体に西国大将九千坊の力を降ろす。命持つ存在、または命に準ずる核を持つ存在から尻子玉を抜き取ることが出来る。"定命"特性、"再生"特性を持つ存在に対して特攻を発揮する。"不死"特性、または命を持たない存在には効果がない。




「……うっそん」




 身体中を、何か透明で涼しいものが駆け巡る。


 はっきりわかる。さっきまでの自分と今の自分は違う。



 何か、今までなかったものが追加された。それがはっきりわかった。



「……九千坊」




 味山が手のひらを広げて、それを見つめる。ぼんやり、一瞬、自分の手、指と指の隙間に膜が、水かきが生えていたような。




「……すげえ」



 その錯覚は一瞬で消える、しかし新たなる力の獲得、その実感は消えなかった。



「まじかよ、あの双子、ナニモンだ?」



 味山がぼんやり呟く、久しぶりの読書、存外に面白かった内容に、唐突に訪れた強化。



 だから味山はその2人の接近に気付けなかった。




「双子?  夕顔と朝顔のことでしょうか?」



「わ、本当のホンモノだ。アジヤマタダヒトさんだ」




「は?」



 聞き覚えのある綺麗な声に、初めて聞く同じく綺麗で透明な女の声。



 気のせいか漂う桃の香りに、味山は顔を上げた。




「あ、雨霧さん?」



「はい、雨霧にございます。ふふ、昨日ぶりですね。味山様」



 長い黒髪の超絶美人がにこりと笑う。それだけで味山の小さな心臓が少し跳ねる。



「ああ、いえいえ。昨日ぶりです。あれから特に無事って感じですか?」



 いや、無事ってなんだよ。味山が自分の意味不明な質問に戸惑う。どうも本を読んで自分の世界に入り込んだ直後のせいか、うまく話せない。




「ふふ、ええ、おかげさまで。夕顔と朝顔も本当に昨日は楽しかったみたいで。また是非お誘いくださいませ…… 今日は、お休みですか?」



 味山の意味不明な言葉にも何一つ気を悪くした様子なく雨霧が微笑む。



「あ、ああ、はい。ちょっと、やすみなんでなんか本でも読もうかなと、雨霧さんもお休み…… あ、お連れさんもいらっしゃるんです、ね……?  あれ?」


 雨霧の隣にいる女性、赤ふちメガネにブロンドヘア。



 見覚えがある。



「あ、さっき、エレベーターですれ違った?」



「あ、はい、そうです。えへ、えへへ。雨霧さん、本当にアジヤマタダヒトさんと知り合いだったんですね」



「ええ、大切な友人です。ああ、失礼しました、味山様、彼女はレア・アルトマン。この公文書館の自由司書です。レア、こちらは味山只人様、細かい説明はいりませんね」




「えへ、えへへ。そ、そりゃそうよ、雨霧さん。アジヤマタダヒトさんって言ったら最近有名な人じゃない。えー、やだ、本物に会っちゃった」




「あはは、そんな大したもんじゃないですよ。えーと、雨霧さんもなんか調べ物ですか?」



「ええ、少し、そうですね。調べ物を。運良くすぐに知りたいことは知れそうですが」



 雨霧の言葉に味山が少し首を傾げる。なんだ、今、一瞬ーー



「ね、ねえ、雨霧ちゃん、そのもしアジヤマさんと友達ならさ、そのーー ほら、ね」



 モジモジと雨霧のツレが何かを言い淀む。ベレー帽にあかぶち眼鏡のある意味あざとい姿が、この女性には馴染んでいる。




「ああ、そうですね。味山様、大変恐縮なのですが、1つお願いが」




「雨霧さんのお願いなら大抵のことはイエスですよ」



「あら、お上手ですね。でも、ふふ。他に何人の女性にそんな事を仰っているのか、少し気になってしまいます。ああそうだ。この子、レア・アルトマンは貴方様のふぁんのようでして、もし、宜しければ、握手していただいても?」




「ひょ、よ、よろしくおねがいします!」



 差し出された小さな手を眺めて、味山が瞬きする。



 え、まじ? とうとう握手とか求められるまでになっちまったの?




「……や、やっぱりダメですかぁ?」



「い、いえ! そんな、とんでもないです! お、僕なんかでよろしければ」




 差し出された手を、右手で迎える。潤い、触った瞬間にわかる瑞々しい肌の感触。




「うわあ…… 握手しちゃった。あ、ありがとうございます!」




「いえいえ、そんなとんでもないです。あ、あはは」




 妙な気分だ。有名人はみんなこんな感じなのだろうか。今までの人生で、こんなに人に無条件で有り難られたことはない。




「ふふ、ごめんなさい、味山様、おやすみを邪魔してしまいましたね」




「あ、いえいえ、そんな。僕なんかの握手で良ければ、いつでもですよ」




「あら、そうなんですか? じゃあ私も」



「え?」



 小柄なレアを押し除けるように雨霧がずいっと、身を寄せてきた。


 あう、とかわいく呻くレアをよそに、さわり。差し出していた味山の右手を雨霧が両手で包み込む。



「え」




「ああ、硬い。皮膚がざらざらとして指のお腹が固くなっていますね。ふふ、戦う人間の手…… 素敵……」



 うっとり。聞いているだけで耳が蕩けそうな女の声、雨霧が近寄るだけで香る桃の匂いにくらくらしてくる。




「……ねえ、味山さま。宜しければ、この後一緒にお食事でもどうですか?」




 甘い誘い、オフの日に雨霧のような美人からの誘い。かーっ、モテ期きちゃってんなー、これ。



 桃の匂いを嗅いでいると全てがどうでも良くなってくる。雨霧の言葉のままに頷くのが気持ち良い。



 そんな気になってーー




 あ。




 自分の手をにぎにぎしてくる雨霧の綺麗な顔立ちに惹きつけられていた目が、ふと机に落ちた。




 "帰路に、つく"




 今日、始めて見つけた本。特に何も興味を惹かれなかったのに手にとってしまったその赤い表紙が、男が夕陽に向かって歩く絵が目についた。





 甘い桃の香り。誘われたい。



 でも、ダメだ。何かあの本が気になる。今、あれを読まないと何の意味もなくなってしまう。理由もないのにそんな気がした。





 桃の香り、心地よく、ずっと嗅いでいたい気持ちになるそれを振り払う。




 なるべく、笑顔で味山が首を横に振った。




「す、すみません、雨霧さん。お誘いはマジでありがたいんですけど、少し、大事な用があって、今度、僕から誘わせてください。また店行きますから」




 味山が辿々しく呟く。



 隣でレアが信じられないものを目にしたかのように、目を大きく見開いていた。


「……あら、私としたことが大変失礼を。そうですよね、味山さまにも予定があるのに…… その出過ぎた真似を、申し訳ございません」



「い、いや、いやいや! 普通、雨霧さんの誘いを断る方がおかしいですって! 本当すみません! 埋め合わせは必ず!」




「ふふ、そんな謝らないでください。味山さまからのお誘い楽しみにしておりますね。レア、これ以上はお邪魔になるから、そろそろ参りましょうか?」




「……あ? えぁ! そうだ、そうですね! あ、あのアジヤマさん、ありがとうございました!」



「いえいえ、大してお構いも出来ずに……」




「ふふ、それでは味山さま。良い休日を」



「失礼します!アジヤマさん!」



 美人が2人去っていく。



 ああ、なんかすごいもったいないことしたような。



 味山は作り笑顔で2人を見送り、見えなくなった後、席に座り込んだ。




 ぱらりと、赤い表紙をめくる。




「てんめえ、これで面白くなかったら本当泣くぞ」



 ぶつくさと小さく文句を言いながら、味山は無意識にその文庫本を読み進め始めた。





 ……

 …



 結論から言おう。




「……普通だ」



 味山は小一時間ほど、ペラペラと流し読みでその文庫本を読み終えた。



 ストーリーは至って普通、あらすじの通り。ラビスという故郷へ帰ろうとする旅人が色々な国を回る架空の漫遊期だ。



 行く先々でトラブルに巻き込まれて、結局自分の故郷へ帰ることがなかなか出来ない男。お人好しの男の帰路はまだ続く、と言った風に物語は終わった。




「毒にも薬にもならねえ…… なんで、俺は雨霧さんの誘いを断った……?」




 先ほどのことを無意識に思い出す。何故、あんな美味しい誘いを断ったのか。あの桃の香り、あれがなんとなく気に入らなかった?



「いや、気に入らなかったてなんだよ。超絶最高のスメルだったよ」



 頭の中にバグのように湧いた言葉を打ち消す。自分の行いを本気で後悔していた味山は、ふとまだ文庫本のあとがきが残っていることに気付いた。




「……中途半端は気持ち悪いからなあ……」




 味山はページをめくる。





 ……

 …



 〜あとがき〜鈴田廻 著



 違和感。



 私は生まれた時から、他の人には説明出来ない違和感を感じていた。



 その違和感は成長と共に強くなる。



 親、兄弟、友人、恋人、妻。



 私の人生で関わるどんな人間とも共有できない違和感。



 孤独。どれだけ周りの人間に恵まれていようとも私は孤独だった。この違和感を共有出来ない人間と本当に心を通わせることなどできるはずもない。



 そう、考えていた。子どもたちが生まれるまでは。



 最愛の子供たち。彼らがこの世に生まれた同時に、私を苛む違和感は薄れ始める。私はようやく本当に、人生を始めることが出来る。




 だが、同時に少しの恐れを感じた。



 この違和感、本当にこれは誰とも共有できないものなのか?



 いや、違う、違う。



 私の恐れは、つまり、この違和感は誰かに伝えなくてはいけないものではないかということだ。



 日毎に、違和感は薄れる。今まさにこのあとがきの原稿をタイピングしているまさにこの瞬間も、明け方に見たおぼろな夢のごとく違和感は薄れていく。



 代わりに恐れが、焦りが募る。



 伝えなくてはならない。知らせなければならない。



 人には誰しも役割がある。その生を得て、終えるまでに為さねばならないことがある、筈だ。でないと、あんまりじゃあないか。



 私には幸い、文才があった。言葉を繰り、物語を紡ぎ、ここではない何処かの誰かの人生を皆に伝える技能が存在した。



 それはきっと、この為のものだ。




 どこかの誰かに、この本を、この後書きを媒介に伝えるそのために。




 どこかの誰か。キミだ。私はキミにこの違和感を伝えるために生きたのだ。




 編集の神谷君に渡すこの原稿を書か進めるたびに、その予感は確信へと変わる。




 ああ、私は、役割を果たした。次はキミの番だ。




 違和感、違和感、違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感違和感











 ニホンとはなんだ?





 日本じゃあないのか?



 ヒロシマ、フクオカ、トーキョー?



 広島は広島で、福岡は福岡だろう? 東京は東京で……




 違う、何かが決定的に違う。



 ああ、でも、もう終わりだ。あとがきの余白がない。



 違和感が消える、ああもう、何もおかしいものなど、ない。




 終わり






 ……

 …




「……ぶ、文学的……?  はあ、雨霧さんと飯、行けばよかった……」



 味山は、ため息をついてあくびをする。久しぶりに本を読んだせいか、かなり眠い。




 残りの本は借りて持って帰ろう。



 味山は読み終えた本を返却ボックスへと差し込んで返す。



 公文書館で静かに時間が過ぎていく。



 味山只人のなんでもない1日の昼下がり、味山は知るよしもない。


 その日、公文書館から一冊、本が消えた。


読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧ください!

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