ライアン・フロディの日記 その2
薄く白んでくる空、国の用意した宿舎の窓から、ゆっくりと訪れる朝を眺めながらこの日記を書いている。
おっと、勘違いしないでくれ、優雅な朝の自慢じゃない。
やあ、読者のみんな。ライアン・フロディだ。
今から寝る所だ。空が明るくなって、日の出を見た後に泥のように眠ってやるつもりだ。
昨日か、いや、もう時間的には今日だったか?
何か懐かしい夢の中、お気に入りのナイトガウンに身を包まれてすやすや眠っていた僕の眠りをけたたましいアラートが台無しにした。
なんのアラートだって? 僕の仕事はアレタ・アシュフィールドの調査、そして僕の専門は分子神経学、要は脳みそのスペシャリストだ。
話が長い? オーケー、簡潔に。
アレタ・アシュフィールドの脳みそに大きなストレスが発生した。
同時に、大西洋のど真ん中に沈められている號級遺物"ストーム・ルーラー"のエネルギー反応が増大した。
ふーむ、興味深い。アレタ・アシュフィールドの体内に埋めているバイタルチップのコルチゾール反応の記録タイムとストーム・ルーラーの異常は同期している。
これはつまり、アレタ・アシュフィールドとストーム・ルーラーを繋げている何か(研究チームの中でこの繋がりを"パス"と呼ぶか"ライン"と呼ぶかの物議が広がっている)は、彼女の脳で起きる電気信号の動きをストーム・ルーーラーに送っている可能性が高い。
ああ、要はあれだ。脳の電気信号の動き、つまりは感情という奴だ。
感情、これはなかなかに馬鹿にしたものじゃない。その存在を確実、はっきりと証明することはできないが誰しもに、たしかに存在する人間を人間たらしめるものだ。
だが、うーむ。分からないな。人間の感情を遺物がキャッチしているということか? アレタ・アシュフィールドの起こす超常現象のエネルギーの源泉は明らかにあのストーム・ルーラーから供給されているものだ。
つまり今までの両者の関係性は、あくまでストーム・ルーラーが主体、アレタ・アシュフィールドは受動的にしか影響を受けていなかったはずだが……
今回は違う。その逆だ。アレタ、彼女がストーム・ルーラーに影響を及ぼした。
これは糸口だ。
遺物の謎、いやバベルの大穴の謎という巨大なる深淵の真実にたどり着く為の糸口になる、そんな予感がする。
そうか、今よく考えてもみれば通常の遺物所持者は、あくまで所持者が主導権を握っている…… ああくそ! 僕は馬鹿だ! 物事のスケールの大きさに目が眩んでいた!
アレタ・アシュフィールドとストーム・ルーラーの関係は変わっていない! あくまで所持者はアレタ本人のまま。力の出力が変わっただけか!
だが、待てよ、そうすると、ほかに説明がつかないことが出てくる。ふ、ふふ、面白い。謎だ、本当に訳が分からない。
とりあえず、今日の夜の定期カウンセリングではアレタ・アシュフィールドに何があったのかをヒアリングして、関連性を調べてみよう。だが、あれほどのコルチゾール反応も一瞬だけ。
さすがはアレタ・アシュフィールド。自分の感情を極めて強いレベルでコントロールしているというわけか。だが、彼女があれほどまでに取り乱すのはどういうわけだ?
確かスケジュール管理では、指定探索者のソフィ・M・クラークと、スカイ・ルーンとの会食だったはずだが……
おっと、いけないな。つい仕事の事ばかり書いてしまう。完璧に職業病だ。
ふーむ、それ以外のことなると、そうだ。最近聞いた妙な噂話でも書き留めておくか。ここバベル島は残念ながら、割と死に近い場所だ。
貧者が一夜で富豪になれる可能性を秘めると同時に、成功者が文字通り、土塊の肥料になることも充分にあり得る土地だ。
だからオカルトまがいの噂話も多い、曰く、どこかの管轄の街に奇妙な力を持つガラクタを売る店がある。そこの店の商品は、世界の裏側で行われていた血みどろの戦いの戦利品だとか、例えば行方不明になって死亡判定を食らったはずの探索者がひょっこり路地裏を歩いているのを見かけたとか。
うーむ、どれも眉唾だ。
ただそんな眉唾の噂話の中でも1つ、個人的に興味深い話もある。
曰く、必要の本棚、そんな噂話だ。
中央区、探索者組合本部の存在するこの島の中心にある"公文書館"。
世界中から、媒体、言語問わずに情報が集められているその公文書館のどこかに、"必要の本棚"と呼ばれるものがある、と。
なんでも、その本棚は毎日毎日場所を変えて動き続ける。その本棚を探すと、探した人間にとって、本当に必要な本が現れるという話だ。
必要の本棚を見つける方法は1つ。違和感らしい。精密に分類されている公文書館の中では起こり得ない出来事を見つけるとのことだ。
例えば資料コーナーの中にポツンと小説が混じっていたり、文学コーナーの中に図鑑が混じっていたり。
こんなことがあると、それは必要の本棚に出会えたということになるらしい。
その違和感の中で見つけた本は、当人にとって全く興味のない内容だとしても不思議と手に取ってしまうんだとか。
ふむ、興味深い。
ん? 科学の輩が何を非科学的なことをだって?
不思議なことに、科学を突き詰めて研究しているとたまにどう考えても説明出来ない現象に出くわすことがあるんだ。
そんな時に我々は、決して口にこそ出さないにしろこんなことを思う。
この世には解明されないことが確かに存在している。
というか、バベルの大穴なんてものが実在している時点でこの世にあり得ないものなんて存在しないと私は思うけどね。
ふむ、つらつらと駄文を書き連ねていると、本格的に眠くなってきた。
そろそろ眠るとしよう。早起きの海鳥たちの呑気な声をBGMにして。
読んでくれてありがとう。
ライアン・フロディ、オーバー。
眠る前に甘いミルク、ニホンだと練乳かな。それをお湯に溶かして飲むと、よく眠れるよ。
読んで頂きありがとうございます!
宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!