<< 前へ次へ >>  更新
67/178

65話 合コンに行こう!(決着)

 


 ごくり。



 グレンがジョッキのビールを一息で飲み干す。



「っはーー!! よっしゃあ! 2番目は俺っす! 上級探索者、グレン・ウォーカー! 俺に任せとけええい!!」



 肩をぐるぐる回しながら、グレンが叫ぶ。



「いけえ! グレン、仇を取ってくれえ!」



「おお、アレフチームのグレンさん、光栄です。ね、朝顔」



「おおう、迫力あります。そうですね、夕顔」



「グレン、お前勝算あんのか?」



「ふ、タツキのアプローチは悪くなかったっす。豊富なアクセサリーへの知識、優れた人間への洞察、どれもタツキの得意分野が出ていたっす。俺はすでにゲームの本質を理解しましたよ」



「グレンくん?」



「ずばり、これはゲームに挑む人間の一番得意な能力で挑むもの! タツキなら知識と洞察! しかしこれはタツキが単細胞だったんで双子ちゃん達には通じなかった。だが、俺は違う!!」



「なあ、味山ぁ。あいつ今、俺のこと単細胞って言ったよな」



「だいぶ酔ってんな。そんなに飲んでたっけ?」



「ふふ、楽しみです、ね、朝顔」



「ふふ、グレンさんもなかなか鋭いです。そうだね、夕顔」




「この勝負! 貰ったっす! 人間には呼吸のタイミングがある。いくら双子と言えどもそれは必ず違うはずっす! さあ、どっからでもかかってこいっす!」



「じゃあ、はじめますね、グレンさん」



「くすくす、当たるかなあ、グレンさん」



 双子がとてて、と個室から出て行き、ばたりとまた部屋にすぐ入ってくる。



 うーん、やはり見てもわからん。味山は横並びになる双子を見比べて首を傾げた。



 だが、今回はあのグレン・ウォーカーだ。ぶっちゃけ上級探索者になれる人間というのは、どこか身体的、または感覚的な分野において何かしら才能がないとなれない階級だ。



 その中でも、グレンの名は有名。あのソフィ・M・クラークが選んだ補佐探索者でもある。



 呼吸の違い。味山には見分けるどころかそんなものの存在すら分からない何かを見分けることができてもおかしくない。




 これはやるかもしれない。



 味山は、グレンをちらりと見てーー







「え、まじ? え、うそ。あれ? まじ? 呼吸のタイミングが、一緒? まったく? え?」



 目を白黒させているグレンがすごい早口で、汗をかいているのが見えた。



 ダメそうだ。




「ふふ、グレンさん、すごいです。本当に呼吸の動きがわかるんですね」



「良い功夫を積んでいるんですね、さすがは朝日お姉さんのお気に入りです」




 双子がグレンへの称賛を口にする。しかし、その余裕は崩れない。




「「さあ、グレンさん、どっちが朝顔でどっちが夕顔でしょーか?」」




 双子が、笑った。




「………ふっ」



 グレンは静かに唇を緩めた。覚悟を決めた顔だ。朝日が、ぼうっと少し頰を赤らめてその顔を見ていた。





「最後に残るのは希望っす…… 見事だと言っておきましょう! 双子ちゃんズ! だが、大人には、いや男には意地がある! 負けるとわかっていても戦わなければいけない時がある! 俺はそれをある男から教わった!」




「あの時もダメだった、この前も俺は一歩を踏み出せなかった! でも、もう違う! 俺は今日! 今までの自分を乗り越えるっす!」




「味山ぁ、あいつダンジョン酔いしてねえか?」



「いや多分酔ってるのは自分にだから大丈夫だ」




「そこ! うるさいっす! その汚い目開いてよく見とけっす! タダ! タツキ!」




「右が朝顔ちゃんで、左が夕顔ちゃんだあああああ!!」




「「その根拠は?」」








「俺の勘だああああああああっす!!」







「「ぶっぶー♪♪」」






「やっぱりねえええええええ!!」




 これで2敗。あっという間に特攻野郎達は追い詰められていた。




「顔をあげてください、グレンさん。とってもかっこよかったですよ」



「あ、朝日ちゃーー」




「うふ、私をソフィさんにどういう風に紹介してくれるのか、とっーてもたのしみです。お願いゴトも期待していてくださいね!」




「ひえ」




「タダぁぁ……」





「わかった、わかってるからそんな顔でこっちを見るな」



「ふふ、これであと、1人ですね。ね、朝顔」



「ふふ、あっと、ひっとり。あっと、ひっとりですです。夕顔」



 くひひ、と双子が幼いこどもがはしゃぐようににかーと笑う。




 それを優しく見守る朝霧と、朝日の顔は優しい。子供を見守る母にも似ていた。




「ううう、味山ぁ」



「うおお、タダぁ」




「景観台無しだな、泣くな、泣くな。何も綺麗じゃねえ。おら、男ども。情けねえ顔すんなよ。こっからが本番だ」



 味山が地面に伏せながら青い顔しつつ、呻くグレンと鮫島を席に引き摺る。



 にやり、笑って双子を見た。




「おお、好戦的な笑いです。朝顔」



「ですね、私ああいう悪そうな笑い方、好きです、夕顔」



「ふふ、味山さん、程々に頑張ってくださいね。鮫島さんの姪っ子さんやお姉さんとも話してみたいですし」



「頑張れー、味山さん。でも無理しないでくださいねー。グレンさんに、私とソフィさんどっちが好きなのか、オネガイを使って聴いてみたいんでー」




「はっ、ドS美人どもめ。朝霧さんと朝日さんも、別のことを心配していた方がいいですよ」



「別のこと?」



「ですか?」




「ええ、別のこと。勝つのは俺です。そこの悪徳探索者と、顔だけイケメンにひどいオネガイをされないようにとね」



「ーーふふ。雨ちゃんがここにいないのが残念ね」



「すごいドヤ顔でした! テレビで見たのとおんなじ! でもちょっとかっこよかったですよ!」




「あ、味山さぁん……」



「タダヒトさぁん……」




 味山がここまで自信があるのは、もちろん"耳"のささやき。



 TIPSの存在だ。こと、謎を解く、答えを知るということにおいてここまで反則的な物はない。



 知らなくてもいいことを勝手に伝えてくるコレは味山にとってとても便利なものとなっていた。




「ふふ、でははじめますよ、味山さん」



「はじめますのです、味山さん」



 双子が再び部屋から出る。また位置を変えて部屋に入ってくるのだろう。



 勝った。



 味山はいつものように、自分が知りたいことに耳をすませる。



 ここはダンジョンが近い。なんでも知ってる★5¥$の声を"耳"が拾うはずだ。





 ーー?



 俺、今何を考えていた?



 白昼夢のように走った妙な思考。



 その違和感に時間を割く暇はなく、いつもの味山にだけ聞こえるTIPSが届いた。










 TIPS€ 朝顔と夕顔。¥$$1010010011001111101000011010001011000000111001111011111111001101101001001100000010100001101000111010010010111101101001001110110010100100110011111010010010101010110000011011000010100100110011100011000100110000001100000011000011000111110111001010010011001111101101101010111110100100101011111010000110100010110010011111011110100100111010001010010011101010101001001110001011000001111000011010010010101111110001101011000010100100101011011010000110100010110011011110101110100100111010001010010011101010101001001110001010110110101011111010010010100100101000011010001100001101




 TIPS€ その2人は¥+○%☆だった。中+○共#ウは彼女たちから+¥☆==〒ーーー



 TIPS€ そして夜が終わり朝が来る。彼女たちはその当たり前を愛している。





「ぎゃっ……」



 思わず。



 思わず味山はうめいた。耳を傾けた途端に入り込むノイズ。



 唯一まともに聞こえたのは、妙なヒントだ。



「……抽象的すぎるわ!!」



 味山の叫び、なんだこれ、ほんと役にたたねえ。



 ぐわん、ぐわんと耳を揺らす耳鳴りに頭を振っていると



「お待たせしましたです。味山さん」



「ですです、味山さん」



 双子が部屋に入ってくる。同じ顔、同じ身体、同じ服装、同じ呼吸。



 全てが鏡合わせで出来た不思議な存在。



 鮫島の知識でも、グレンの感覚でもついぞ見極めることが出来なかったモノ。




「たのしみですね」



「そうですね」



 そうあれかしと造られたばかりに、綺麗な顔、黒真珠のごとき四つの目が味山を捉える。



「「さあ、どっちが朝顔で、どっちが夕顔? わたし達はだあれ?」」





 双子が同じ動作で同時に動く。すっと、細い人差し指を唇に当てて、ニヤリと微笑んだ。



 くそ、いちいち可愛い。



 もう一度だ。さっきのは酒が入ってたからなんかあったのだろう。



 味山が都合の良いことを考えつつ、再び耳を澄まそうとする。





 聴かせろ、全てを。




「「ーーーーーーー♪♪」」





「っっっ!?!




 ばちん! 音がするほどに強く早く、味山が耳を抑えた。



 見えないように、隠した。この行動に味山は論理的な理由を持ち合わせない。




 やばい。



 感じたのは1つだけ。




「くす、くすり。どうしたんですか? 味山さん」



「くすり、くす。ですか? 味山さん。お耳を抑えて」




「「どうしたんですか??」」




 交互に話しかけてくる双子。



 味山は耳を隠したまま、あることを感じていた。



 味山只人は探索者だ。仕事柄それなりに危険な目にあって、何度か本気で死にかけたこともある。



 その度になんやかんやで、生き残ってきた。



 その体験の中、数個。本気で恐ろしい存在というものに触れた記憶がある。



 それは例えば"耳の化け物"との遭遇。



 それは例えばアレタ・アシュフィールドによく似たあの"金髪の女"との接触。





「同じだ……」



 理解と常識を超え、それをゴミにするような存在との記憶。



 同じだ。"耳"の耳穴が収縮するサマを至近で見たときと、"金髪"がアレタの顔で熱い吐息を吹きかけてきた時と、同じ。




 超越したナニカに観察されているような感覚。



 だめだ、ヒントは、耳くそは使えない。見られている、気付かれている、試されている。




「さあ、味山さん」



「どうしたんですか? 味山さん」



 双子がすっと、歩く。味山を挟み込むように2人が近づき、抑えている耳にそれぞれ、小さな口を近づけた。



「「力を見せてください、味山只人さん。あの8月の時のように」」






 やべえ。



 思考が走る。


 アレタ・アシュフィールドにバラされる。アイツは怒るだろうか。いやそもそも付き合ってすらない女になんでこんなに気を遣わんといけんのじゃ。別にバラされたところでなんもーー いや、きっと、アシュフィールドは怒らない。怒らずに、なんとなく小さく笑いながら、ううん、いいのよ。タダヒトが楽しそうにしてるのならいいの。とか言いそうだ。少し、目を伏せながら、それでも笑って言いそうだ。いや、それ、きっつ!!



「あ……」



 双子がにこり、にこり、交互に笑った。



 当てないと、当てないと、当てないと当てないと。



 追い詰められた味山の脳みそが回る。殺す以外、攻撃すること以外でこの試練を乗り越えなければならない。




 たのしい合コンはどこにいったのだろうか。





「あ……」




 震える手、双子を指さそうと動き始める。




 危機に慣れた脳みそが、この状況をそれなりのピンチだと認識する。金魚みたいに口をパクパクさせる味山に変わり、苦労性な脳みそは、きちんと考えを巡らせていた。




「よ……」



 頭が回る、無意識にあるワードを唇が紡いでいた。





「ふふ、はーやーく、ねえ、味山さん」



「ふふ、あーてーて。ね、味山さん」




「「どっちがーー」」




 双子が、顔面を青にしたり白にしたり忙しい味山にとろけるような声を向けていてーー




 閃き。



 グレンウォーカーの言葉を借りるなら、このゲームは挑戦者の素養を以って挑むべきもの。




 鮫島は知識と洞察を、グレンは才覚と感覚を、では、味山は?




 味山只人はこれだ。忍耐と賭け。



 忍び耐え、賭ける。流れを変えることは出来ない。味山はどこまでいってもその本質は凡人だ。




 だが、その凡人はこれまでいくつもの危機を、忍び、耐えてきた。



 ちっぽけな偶然に賭け、それを掴み、勝利を待つのではなく、奪いとって来た。




 それは、今日も変わらなかった。




 だから、これはいつもの賭けだ。



「夜、だ」



 味山の言葉に、今度は双子が動きを止めた。




 汗をだらだらかきつつ、味山がへっぴり腰になりながらも、双子を指差した。



「夜が終わって、朝が来る。先に来るのは夜だ、そうだ、君たちはそのルールに従って、そのルールを愛している……」




 脳みそが、ヒントをもとにたどり着く。




 双子が初めて、目を丸くして、言葉を止めた。




「ね、ねえ、ど、どういうこと?」



「え、え? ど、どういうことってーー」


 双子がうろたえた。



 傍らの双子が、先に言葉を紡ぐ。もう1人の片割れに、問いかけるように視線をそっちに向けた。




 そう。いつだって、夜が朝に話しかけていた。



 問いかけるのは夜、応えるのは朝。




 味山が、双子へと指を向けた。




「君だ。夜だ、夜がいつも先にくるんだ。夜に咲くのは夕顔。だから、君。先に喋った方」




 固まる双子、先に話した片方へ、味山が人差しを向けた。




「君が、夕顔だ」




 はっきりと、告げた。



「そして、いつも朝は夜の後にやってくる。応えるのはいつも朝だ。だから、君が朝顔だ」




 左の双子へ指を差す。




「自己紹介の時もそうだった。話すのはいつも夕顔が先、朝顔が後。それが理由、俺の答え!!」





「「あ……」」




 双子が同時に、漏らした、声を。





「言ったぞ! 君が夕顔で、君が朝顔だ!! 答えはこれだ! 答えてもらおう、正解か、不正解か!?」




「決着を!!」




 味山が指差す。背後で鮫島とグレンがそれぞれの宗教の祈りを、手を合わせ、胸に十字架を飾り捧げていた。






 双子が、そんな男達を見つめ、ふっと、唇を綻ばせた。










「「ピンポーン!! だいせいかーいでーす!!」」






「「「ーーーよっしゃあああああああああああああああああああああああああ」」」




 汚い歓声と、綺麗な笑い声が部屋に響く。




 味山只人はまたしても、あめりやの誇るクソゲー、かぐや姫ゲームに勝利していた。




 テンションが上がりすぎて、すっかり双子から感じていた違和感を忘れる。



 歓声を上げる中こちらを見つめて笑う2人からはもう、あの威圧感にも似たモノはすっかり消え去っていた。






「ううう、悔しいです。ね、朝顔」



「ああああん。雨霧お姉さん以外にノーヒントでクリアされたのは初めてです。ね、夕顔」



 双子達がよよよと、抱き合いながら声を上げる。


 グレンと鮫島は席に座り、ジョッキを鳴らしながら改めて酒盛りに戻っていた。




「あらあら、すごいわね、味山さん。ほんとに朝顔と夕顔のかぐや姫ゲームをクリアするなんて」



「いやー、びっくりしました。ほんとにクリアしちゃうなんて! あめりやの誇る2大クソゲーの雨霧さんと双子ズのかぐや姫ゲーム、2連勝ですね!」


 朝霧と朝日が小さくパチパチと拍手する。



「あぁ、よかったぁ、ほんとによかったぁ」



「うう、酒が、酒がうめえっす」



 男2人が安堵した表情で、鼻水を吹きながら酒を呷り始めた。




「ふふ、はい。鮫島さん。飲み過ぎちゃだめよ? あーあ、でも少し残念だったなあ」



 朝霧が自分のジョッキを鮫島に渡す。グレンがそれを受け取りぐびびと飲み干す。



「どうぞ、グレンさん。……今回は我慢してあげますね」



 グレンは朝日から受け取った梅酒を、かっと、一息で飲み干した。




「いやー、ギリギリだった。いい戦いだったわ」



 味山は自分の席にどかりと、座る。スカッと爽やか。そんな爽快感だけが背中から頭に上る。


「むむむ、なんか余裕です、余裕しゃくしゃくです」



「むむむむむ、さっきまで顔を白くさせたり青くさせたり面白かったのに」




 いつのまにか味山の両隣に侍る双子がほっぺを膨らませる。絶対触ったら柔らかい。





「ふふ、あら? じゃあそうすると罰ゲームしないといけないのは私たちの方ね」



「あ、ほんとだ。グレンさーん。朝日にどんなお願いがありますかー?」




「朝霧ちゃんにぃ?」



「朝日ちゃんに?」




「「お願い?」」



 グレンと鮫島が目を見開き、酒を傾けるのを止める。



「ふふ、あまりエッチなのはだめよ、鮫島さん」



「グレンさんならー、紳士的なお願いしてくれるよねー?」



 流し目を送る朝霧、少し胸元を引っ張りそれを仰ぐ朝日。




 鮫島とグレンが、また固まって。



「「総員集合!!」」




 グレンと鮫島が、同時に味山の首元を引っ張り引き寄せる。暑い、臭い、うざい。そして無駄に力強い。



 味山は途端に不機嫌になりつつ、




「臭い。やめろ、男が俺の首に抱きつくな」




「うるせええ、元はと言えば全部てめえの、いや、良そう。なにはともあれ、よくやったぁ、味山ぁ」



「ははは、朝日ちゃんに、お願いを聴いてもらえる? おいおい、そんなんアガるじゃねえっすか」



「鼻の下伸びてんぞ、お前ら」




「ばかやろう! グレンの童貞野郎はそうだとしてもなあ、俺がんなことで浮かれるわけねえだろうがよお」



「誰が童貞っすか、このシスコンにして姪コンの倒錯者。いや、今はこんな野郎のことより大事なことがあるっす。タダ、お前も考えろ」



「あ? なにをだ」




「きまってるだろうがよお、どうやったら好感度下げずにそれなりにエロいお願い出来るか、だよ」



「まったく、これだから恵まれている人間は…… 普段からアレタさんや、凛ちゃんのような美人と戯れあっている奴はこれだからっす」



 鮫島が真剣な目を、グレンはプヒーとため息をつきながら首を振る。




 ダメだ、こいつら。こいつは、ダメだ。




 味山が心底酒に酔ってダメになっている友人達に哀れみの目を向けて。





「ふふ、鮫島さんがそんなにはしゃいでる所初めて見たかも。かわいいんだから」




「グレンさんのお願いたっのしみだなー」




 ニコニコと笑う美人。



 朝霧が何かに気づいたように片目をつまり、朝日へ声をかけた。



「そうね、朝日、朝顔、夕顔。男性陣の方は少しお話があるみたいだから」




「あ、わっかりましたー! ほら、夕顔、朝顔! 行くよ!」



「どこにです? 朝顔?」



「あ、きっとトイレです! 連れションですよ! 夕顔!」




「こら、可愛い顔して下品なこと言わないの。じゃあ、鮫島さん、少し外すから、作戦会議頑張ってね」



「はぁーい、あんがとお、朝霧ちゃん」




「グレンさん、いいこにしてまっててくださいねー!」



「はーい、待ってるっす!」




「いやあ、朝日ちゃん、可愛いなあ。ちょーっとダーク入ってるすけど、それもまたスパイス的な?」



「ああ、そうだなあ。まあ、俺は朝霧ちゃんが最高だなあ。あのなんでもお見通しって感じがたまらねえやぁ」




 美人軍団が部屋から出ていく。彼女達が前を通るたびに、ものすごくいい匂いがした。



 え、ほんとに同じ生き物? 味山は女性の神秘に目を瞬かせる。


 こいつら、先ほどまであんなに追い詰められていたのにもうそれを忘れてやがる。



 鳥…… 多分カラスの方がよっぽど記憶力が良さそうだ。味山は、だらけた顔をしている2人を眺めていた。




「んでよお、まじでどんなお願いにするぅ? あんま過激なのは、ダメだよなあ」



「難しいラインっすね。おれたちの求める刺激と、彼女達からの好感度、両方欲しいところっす。え、グレンさん、そんなお願いをしてくれるんですか? 貴方みたいな人、初めて…… 的な! その辺タダはどう思うっすか?!」




「単純にグレンの声真似がキモい、あと発想もキモい」




「んだとお! このムッツリ野郎! お前だってあの超絶美少女、2人にお願い聞いてもらえるんでしょーが! サンドイッチか?! 2人に挟んでもらおうとか考えてるんすか?!」



「落ち着けえ、グレン。瞳孔開いてんぞ。だが、実際どうするか。あめりやの女の子達はあれで百戦錬磨だあ。こっちの下心、下手に好かれようとすると逆効果かもしれねえ、その辺、味山ぁ、お前はどう思う?」




「なんだよ、鮫島。タラシのお前らしくないな。本気でお願いを何にしたらいいのか悩んでんのか?」



「ああ? なんだぁ、お前なんかいいアイデアでもあるのか?」



「タダ、隠し立てするとお前のためにならんっすよ」



「だから瞳孔とじろ、グレン。こんなん一択だろうが。お前らは下手に夜の店で遊び慣れてるから無意識に、このお願いを避けてるんだよ。正解は1つだけだ」




「聞かせろお、味山」



「聞くっす、タダ」




「それはだなーー」





 3人、暑苦しい男3人が密室で身を寄せ合い、ヒソヒソと話す。



 味山がその策を全て話し合える。




 その策は、青天の霹靂。


 グレンが目頭を抑えたあと、味山と静かに握手した。



 鮫島は、タバコに火をつけ深く吸う。紫煙をポワリと吐いたあと、味山に向けて静かに手を合わせた。



「味山ぁ、お前はすでに、味山を超えたぁ。今日からお前は富士山だ」




「あえて、呼ばせてもらうっす。恋愛番長と呼ばさるを得まいっ」



 怪しいクスリをやっているようなテンションの2人に味山はどうも、と頭を下げる。


 奇妙な儀式が静かに始まり、静かに終わる。



 誰からともなくジョッキをかかげ、がちんと酌み交わす。



 暑苦しい空間の中で、男たちの喉がごくごくと動くだけ。





「そりゃあ、そうだ。そりゃあ、そうだよ、味山。俺は大切なことを忘れていた」




「タダ、流石。流石は52番目の星の右腕っす。アレフチームにはお前みたいな男が絶対に必要っす」



「ふ、褒めるな褒めるな。あとは彼女たちが帰ってくるのを待つだけ。ばしっと決めるぞ!」



「おう!」


「ああ!」





 がしりと3人が手を組み合う。ゴツゴツした感覚、暑苦しく、見栄えが悪い。



 でも、3人は確かに友達だった。この年齢、この世界じゃ得にくい男友達がガキのような顔で笑い合いーー






「それにしてもよお、女の子たち遅くねえかぁ?」



「たしかに、言われてみれば」



「ははっ、2人とも慣れてないっすねえ。女の子ってのは色々と準備がーー」




 グレンがしたり顔でジョッキを舐める。空になったそれを机に置いた。











「きゃあ!!?」




「や、やめてください! 朝霧お姉さんに触らないでっ、きゃっ!?」



 個室の外、廊下からドア越しに響いたのは女の悲鳴。




 朝霧の、声。


 鮫島竜樹の目が、鋭く。



 朝日の声。


 グレン・ウォーカーが椅子を弾いて立ち上がる。




「っおい、2人とも! 落ち着け!」



 味山が声を上げ終わるその頃には、血の気の多い探索者2人が部屋を飛び出していた。



「ばかが!」



 追いかける、半開きの引き戸をあけて、廊下に飛びでた。


 薄暗い照明の長い廊下、向こう側から酒場の喧騒がBGMのように。




 そこで、味山は目にした。



「そんな態度はねえだろう? 朝霧。アンタになんぼほど払ったと思ってんだ?」




「朝日ちゃーん、冷たいなあ。いつもみたいに笑ってよ。そんな怖い声出すなって、店員さんが勘違いしちゃうでしょうが」




「……っ。今はプライベートです。瀧川社長。手を、離していただけないかしら?」




「痛いです! 失礼ですよ! いきなり道を遮ったりして! 今は私たちお休みなんです!」



 恰幅の良い中年男性が2人。歳の割に落ち着きのないアロハみたいなシャツに無駄に額にかけたサングラスが光る、どことなく裕福そうな服装。




 おっさん2人に、朝霧と朝日が壁に押しつけられ、手を無理やり掴まれている。





「あ、鮫島さーー ……ごめんなさい。こんなところ……」



「グレンさ、ん…… やだ、見ないで……」




 男に手を掴まれている2人が、鮫島とグレン、それぞれを見つけて安堵の表情を浮かべる。しかしそれも一瞬、恥いるように顔を伏せた。




「あ? なんだ、お前ら。見せ物じゃねえよ。さっさとーー ……あ? まさか、プライベートって、こいつらと?!」



「おいおいおいおい、朝日ちゃん朝日ちゃん朝日ちゃん。趣味悪いぜ、こんな貧乏そうな連中と?! あ! わかった! 遊びかサイフだろ? でもよ、サイフにしてももーちょい選ぼうや!」




 下卑た笑い。



 味山は2人を観察する。ジャケット越しにもわかるでっぷりと肥えた腹。筋肉太りではなく、単なる内臓脂肪。



 素人だ。だとすると、鮫島とグレンを止めないと、まずい。



 下手すると殺してしまう。



「っ、ええそうです。このお方達とたのしい時間を過ごしていたんです。申し訳ないですが、お手を離して頂けませんか?」




「さ、サイフ?! 謝ってください! グレンさんに、謝って!」




「あ? なんだ、その態度は? お水の女風情が身の程知らんのか?」




「謝ってとか! 本当のこといっただけじゃん! ほら、いいからこっちきて一緒に飲みなおそう、ほら、ね!」




 ぐいっと、男が朝日を強く引っ張る。小柄な身体が男へと引き寄せられた。




「おい、グレン、鮫島。わかってるよな」




 味山が2人を制するように前に出る。手を出してしまうのだけは防がなければならない。一般人に手を出せば2人の探索者資格は終わる。




「わかってるよお。あのデブ腹を蹴りぬきゃあいいんだろお?」



「グラサン叩き割ると指が痛いんすよねー。まあいいけど」



 鮫島が革靴の先を地面にコンコンとぶつける。


 みしり、ぽきり。グレンの指が軋んで音をたてた。



 なにもわかっちゃいねえ。こいつら。



 味山がどうやってこの場を乗り越えようかと必死に考える。そういえば双子がいない。ああ、もう、いつもこんなんだ。



「お?なんだ、やるのか? ガキども。お前らその育ちの悪そうな顔、探索者だろ? 知ってるぞ、お前ら堅気に手出せないんだろ?」



「ぶはっ、まあ、喧嘩しても負けないけどなあ。お前らにあめりやのこの子達はもったいねーよ!」




 ヘラヘラと、おっさん2人が笑う。目つきがどこかおぼろ。



 酒の酔い方じゃない。味山は気づいた。



 こいつら、まさかーー




 TIPS€ 前方、人間。男。2人。状態異常、"ダンジョン酔い"、"????"による理性低下状態。




 耳鳴りが、味山の予感を確実にする。



 こいつら、ダンジョンに酔っている。最悪だ。表層でこんなに酷く酔うのは珍しい。






 味山は背中に庇う鮫と灰狼の怒気が膨らんでいくのをひしひしと感じる。



 メタボ2人はそれにすら気づかず、未だに女の子たちの細い腕を汗ばんだ汚い手で掴んだままだ。




 ーー早くなんとかしないと。




 味山が何か言おうとした、その時。




 がらり。



 個室の扉、味山達の個室と少し離れた向かい側の扉が開いた、






「瀧川社長、原田専務、何か揉め事ですか?」




 爽やかな声だった。


 声優か、俳優か、聞いているだけで爽やかない風が吹いたような感覚。



「おお、キミか! すまんね、少し知り合いと偶然会ったところを、そこの兄ちゃん達にいちゃもんつけられてんだ」



「そうなんだよ、彼らが威嚇してくるものだから、ほら彼女たちもおびえちゃってさ」



 メタボ2人が、その男を見上げて、どこか媚びるように声を出した。



 柔和な笑顔、端正な顔立ち。たくましい身体。


 雄として完成された、そんな男だった。




「なんとか話してくれないか? ほら、どうやらキミと同じ探索者らしいからさ」




「頼むよ、坂田くん!」





 味山が目をみひらいた。




 男も、気付いたらしい。メタボ達に向けていた柔らかな優男スマイルは、蒸発するように消え、本来の酷薄な表情が現れる。





「お、まえ……」



 味山はその男を知っていた。


 お前はいらない、そう告げられたあの路地裏のゴミ箱の匂いを思い出す。




「味山…… 只人……」


 男が、目を見開いた。それは、それは強く。激しく。瞳孔が揺れていた。



 本来の顔、この男の本性、傲慢、嫉妬、怒り。さまざまな暗い光が男の目に灯る。





 坂田時臣。


 あの世界最速の上級探索者昇格者、貴崎 凛の幼なじみにして、味山只人の、元仲間。




「やあー、久しぶり、だな。味山……さん」




 味山只人の元チームメイトの整った顔、筋の通った鼻が、薄暗い照明に照らされた。




ご覧頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧ください!

<< 前へ次へ >>目次  更新