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60話 夕焼けのこちら側で&アレフチーム女子パジャマ会

 


 ……

 …

 〜アレフチーム、控室にて〜




「う、ぐす…… ごべん、ごべんねえ、ただひとお……」



「………」


「………」




 どんな状況だ。



 味山は鼻にまとわりつく女の甘い匂いに気をとられながらも頭を回転させる。



 アレタの金色の髪が耳にこすれてくすぐったい、何故か。



 先程のなんやかんやがあった後、涙目のアレタに引きずられて控室に戻っていた味山は身動きすら出来なくなっていた。



 ぐずるアレタがこどものように味山の首に抱きついているからだ。



「……………」


「……………」




「あ、あのう…… アシュフィールド、そろそろ離れてもらってもいい? やばいと思うんだけど。具体的になにがやばいというと、お前の友達と妹のね、目つきがね、もう怖くて仕方ないの」



 味山が早口になりながら懇願する。



「ぐす、いやなの……? あたしが、あたしがだいとうひょうをとめれなかったから…… おこってるんだ」



 ぎゅうっと、更に味山を抱きしめる力は強くなる。アレタの方が身長が高いため、より密着感が増す。




「違う違う違う!! 怒ってるのはね! キミのファン達ね!! ほら、クラークがなんか義眼を探索用の戦闘義眼に入れ替えたよ?! クラーク!!? ここに敵はいないから、それ必要ねえよ!!」



 味山はこちらを静かに見つめる2人、ソフィ・M・クラークとアリサ・アシュフィールドの様子にビビり倒す。




 アリサはニコリと綺麗に笑いつつ、その青い目はまったく笑っていない。



 ソフィに至っては静かに義眼を取り替えて、無表情でこちらを見つめ続けていた。




 2人とも、なにも喋らないのが余計に怖い。




 味山が唯一の味方であろうグレン・ウォーカーに助けを求めて視線を送る。



 グレンが意を決したように椅子から立ち上がり、



「あの、センセイ、アリサさん、その辺でーー」




「なんだ、助手」



「なんですか、グレンさん」




「すみませんした。なんでもないです」




 すぐに座り直して動かなくなる。ほんとコイツ役に立たねえ。




「ううう、ごべん、ごめんねえ、ただひとお…… あんな目に合わせて……」



「お前ほんとどうした、アシュフィールド。メンタルぐたぐたじゃねえか」




「……チッ、どうやら例の力を使った後は精神が少し不安定になるようだね。新しい発見だよ」



「チッ、ほんとならお姉ちゃんはこんな一面をターー アジヤマさんに見せたりはしないわ。ありがたくお姉ちゃんに抱かれることね」




「舌打ち…… いや、てかもうクラーク、これどうしたらいいんだ。次第に力が強くなっていってる気がするんだけど、ねえ、これほんとに大丈夫なのか?」



「チッ、アレタ、そろそろ離れた方がいいんじゃないかい? アジヤマも苦しがっている」



「チッ、お姉ちゃん。そろそろ離れましょ。ほら、人恋しいならわたしに抱きついてもいいわよ」




 2人の言葉にふるふるとアレタが首を横に振る。



 同時に、ソフィとアリサから感じる圧が強くなる。



「殺気を出すのやめろ!! マジで怖えんだよ!! ほら、アシュフィールド、このままじゃ多分俺ひどい目に会うから!! だから早く離して!! 頼むから!」



「ううううう、やだあああ。やっぱりタダヒト怒ってるんだわ!! あたしのこと嫌いになったんだわ」




「アレタを」



「お姉ちゃんを」



「「泣かした?」」




 あ、だめだこれ。



 味山はもう、考えるのがめんどくさくなったので何か言うのをやめていた。







 ………

 ……

 …




 夕暮れの風が、気持ちいい。



 味山は堤防の淵に座り、色を変えつつある海の向こうを見つめた。



 すっかり、秋だ。


 海から柔らかく吹く風はしっかりと冷たく、しかし体の芯を冷やすようなものでない、どこか心地よいものだった。





「………ぐすん」




「アシュフィールド、いい加減正気に戻れよ。控室に戻る時にまだその調子でいられるとぼちぼちクラークに撃たれそうで怖い」



 収拾がつかなくなった部屋に現れた救世主。


 アレフチームの公認サポーターで、アレタとソフィの軍人時代の上官にして、教官、アリーシャ・ブルームーン。



 ーーアレタは今、ダンジョン酔いの状態にあるから夜風にでも当たって、酔いを抜いてこい。


 この鶴の一声のおかげで、味山はあの部屋から抜け出すことに成功していた。




「ブルームーンさんにゃ頭があがんねえな、ほんと」



 味山が空を見上げる。



 冗談のように赤くなる空。ある一定の部分からは紫が混じり、徐々に暗くなっていくのがわかる。



 夜でも昼でもない時間。無性に寂しくなるのは何か理由があるのだろうか。




「……ねえ、タダヒト。ほんとに怒ってないの?」



「だから、なにがだよ」



「今日のこと。大統領が、まさかあなたや総理にあんなことするなんて、あたし、思ってもみなくて……」



 アレタがしゅんと呟く。軍服は目立ちすぎるためジャケットは脱いでいる。



 人通りはほぼない。アリーシャが恐らく人払いしてくれているのだろう。



 ただ海鳥だけだ。味山とアレタが並び座って夕焼けを眺めているのを知っているのは。




「いいよ、別にもう済んだことだ。俺も割とノリノリで色々やっちまったしな。てかなんか今更やばいことしたような気がしてきた」



 味山が座り込んだまま、頭を抱えはじめた。え、そういえば相手は大統領だったよな。やべえ、全国放送で調子に乗りすぎたか?



 味山は自分の言動や行動を振り返り焦り始めた。





 とんでもないことをしてしまったようなーー



 ぎゅ。



 ふと、香り、近く。



「あ?」



「だいじょうぶ、だいじょうぶよ、タダヒト」



 アレタが近い。


 堤防の淵で、味山とアレタの距離はゼロになる。恐ろしく華奢な肩が、味山のゴツゴツした肩と触れ合う。



「あなたはだいじょうぶ。だって、あたしが選んだ人だもの」



「妙な母性の出し方は勘弁しろよ。つーか、お前もう酔い覚めてるだろ」




「ふふ、バレちゃった。タダヒトもなかなか鋭いのね」



「お前に付いていく為に気を張ってるからな。これくらい余裕だ」



 味山が目線を水平線に沈みゆく夕日にむけたまま答える。



 ニホンにいた頃は夕日なんて眺める余裕もなかったな。ぼんやりと味山は考えた。


「ふふ、タダヒト。貴方と組んでから1ヶ月と少し経つのね。あの日あなたを誘った日からすごく時間が経ったような気がするわ」



「あー、まだそんくらいなのか。時間の感覚がおかしいな。たしかにすげえ時間が経ってるような気がする」



 夏。


 あの日を2人とも少し思い出す。


「1ヶ月の間、いろいろなことがあったわね」



「あー、ここ最近は特にあったな。いや、でも組み始めた時からなんかわちゃわちゃあったよ」



「え? そうかしら?」



「そうだよ、アレフチームで初めての探索。今でも覚えてる。ダンジョン内での移動にサポートチームついてるのマジで驚いてよ。今まで1人の探索の時は寄り合いの無人バスだぜ?」




「タダヒトは1人で全部やろうとしすぎなのよ。もっと人に頼ることを覚えなさい」



 味山の言葉にアレタがどこか得意げに答える。


「うわ、最も言われたくない相手に言われた。人に頼るべきなのはお前だろ、今日のことだってお前1人で決めてたからよ、クラークの機嫌の悪いことわるいこと」



「ふふ、ソフィは心配性だからね。でもあの子はあたしの味方だもの。きっと許してくれるわ」



 そうして笑うアレタはとても優しい顔をしていた。


 ああ、アレタ・アシュフィールドは少し近づいてその個人に目を向ければ、友人を思ってこんな顔が出来るただの1人の人に過ぎないのかもしれない。



「うわ、悪ぃ女」



「悪い女は嫌い?」



 味山の呟きにアレタが流し目で答える。




「恐ろしいから嫌いだ。理解を超えたもん相手にすんのは怪物で充分」



「そっか」



 アレタが顔を伏せる。少し、味山に寄り添っていた肩が離れてーー




「でも」



 味山は言葉を紡ぐ。



「でも?」



「アシュフィールドは別だ。お前のこと正直たまに怖い時あるけど、それでもやっぱりアシュフィールドはかっこよくてすごい奴だよ、お前は」




 あのスピーチの内容を味山は反復する。人のために、と謳うアレタの言葉は味山にとって気持ち悪いことだった。


 その気持ち悪さの正体をぼんやりと考える、憧憬が浮かぶ。




「俺はお前みたいに、誰かのために戦うこととか、自分を差し出したりとかはできない」



 そうだ。アレタ・アシュフィールドはこういうやつだ。あの夏もそうだった、アレタに初めて出会った時もそうだった。



 アレタ・アシュフィールドはいつも、いつも自分以外の誰かのために命を懸けてきた。




「ああ、ほんとにすごい、俺には真似できねえ」


 噛み締めるようにつぶやく、波間に声が混じる。



 味山只人は利己的な人間だ。


 人生へのスタンス、外界からの刺激への反応は常に、自分という第一優先事項が存在する。



 他人よりも少しだけ良い人生を送りたい。他人よりも少しだけでいいから優れた存在でありたい。



 他人よりも、自分が。



 これが味山の根幹、根っこの部分の本質だ。



 だから、味山にはアレタの在り方が真似できない。



 味山はどこまでも利己的な人間だ。



 だから、アレタの在り方は眺めていて、とても気持ち悪く、理解しがたく、どこか哀れで、しかしどこまでも尊いものだった。




「ふ、ふふふふ、あはははは」


 アレタが噴き出し笑い出す。遠くの夕焼けに向かう海鳥の声とその笑い声が重なり合う。


 我慢ならないといった様子で笑うアレタの金色の髪が黄昏の光を受けて輝いていた。




「なんだよ、笑うことないだろ」



「ふふふ、ごめんなさい。タダヒトがおかしいこと言うから、なんかおかしくてさ。もうどの口が言ってるのって感じ」



「はあ? どういう意味だ?」


 味山が眉をひそめてアレタを見つめる。青色の瞳が優しくその視線を受け止めた。




「タダヒトは頑張ってるわ。あなたは誰かのために、ううん、違うわね。仲間のために恐怖に立ち向かえる人だもの」



 味山が訝しげな視線をアレタに送る。



 それを見て、またアレタが笑った。


「もう、頑固ね。初めて会ったときもあなたは自衛軍を逃がすためにあの耳に立ち向かった、この前の探索もあなたはあたしたちのために死地に残った、そして今日も、あなたは目の前にいた誰かの無念のために立ち上がった。すべて、事実よ」



「いや、あれは――」



 違う、あれは全部それでも結局、自分のためだ。



「ううん、あなたがなんと言おうと、あなたが自分のことをなんて思ってようが関係ないわ。味山只人は誰かのために戦うことができる人間だって、アレタ・アシュフィールドは知ってるんだもの、だからあなたがなにを言おうと聞いてあげないわ」



 まっすぐに見つめられる。味山はその視線を受け止める事が出来ない。



 オレンジ色に瞬く波に目線を逸らして呟いた。


「……ほんと、お前人の話きかねえよな」



「そんなことありませーん。聞くときは聞くわよ」



 ざぶん。



 波が堤防に砕ける。



 寄せて返し、返しては寄せる波の音は永遠に続くものなのだろうか。



「ほんとかよ」



「ほんとよ」



 顔を見合わせる。笑うアレタの顔はきれいだった。夕焼けに染められていく白い肌がただ美しくあっただけ。




「アシュフィールド、ほんとに大丈夫なんだな」



 味山のつぶやき、アレタの力、あのニセモノの存在、不気味な同じ顔をした金髪碧眼のナニカ。



 聞きたいことは山ほどある。



 でも、味山の問いは一つだけだった。




「大丈夫、なんだよな」



 聞いたところで、答えはわかりきっていたけど、それでも聞かずにいられなかった。




「ええ、もちろん。あたしは大丈夫よ」



 決まり切った、当たり前の笑顔がそこにある。



 星の光を追い求め、すがるだけの者は決して見ることのできない、アレタ・アシュフィールドを只一人の人間として扱う者にしか見えないもの。



 それは確かに味山の探索者としての報酬でもあった。




「ねえ、タダヒト。これ見てくれない?」



「あ? 端末?」



 差し出されたアレタの端末、それを受け取り画面を眺める。




【差出人 スカイ・ルーン 件名 先日の件だが……】



【差出人 ルイズ・ヴェーバー 件名 味山只人の補佐探索者資格引き受けの件について】




「これは……?」



 端末を返しながら味山が問う。


「あなたの次の指定探索者の候補よ。前から打診してたのだけど。どうやら二人ともあなたのこと気に入ったみたいね。すごいわ、タダヒト。スカイもルイズも補佐探索者を持たないことで有名な指定探索者なのよ?」



「は? いや話が見えねえ、何言ってんだ、アシュフィールド」



「え? だから次のあなたの仕事よ? アレフチームとしての活動はしばらく休止になるし、ソフィやグレンはそれぞれの指名依頼も増えるだろうから常に一緒ってわけにもいかないだろうし」



 当然のこと、とばかりにアレタがすらすらと語る。



 すらすらすぎて練習でもしていたかのような口ぶりだ。



「あ?」



「え?」



 互いに動きが止まる。



 ざざーん。



 夕焼けの向こう側から流れてきていそうな波がまた大きく音を立てた。


「まさか、クビってことか?」



「ええ?! 違う、違うわよ。だからあたしが探索に出なくなるからタダヒトをあたしの都合に合わせるわけにはいかないじゃない、だから――」



 アレタが大げさなリアクションをしながら答える。


 味山が何度かうんうんと頷き、



「あー、いや気を遣ってもらって悪いんだけどよ、だいじょうぶだ」



「え、大丈夫? 何が?」



 キョトン、アレタが大きな瞳を開いて首を傾げた。


「俺は誰の補佐探索者だ?」



「え、あ、あたしよ。あたしの補佐探索者……」



「お前、探索者はやめるんじゃなくて休むだけだよな」



「え、ええ。そうだけど」



「じゃあなんの問題もなくね?」



「え?」



 味山がアレタを見つめる。今度は目を逸らさない。



「俺はアレタ・アシュフィールドの補佐探索者、味山だ。待つにきまってるだろ、え、待って今のもしかして遠回しのクビ宣告? だったら――」



 言っていて、途中で味山がはっと、気付いた。



 やべえ、その線は考えてなかったーー



 味山が自分の言動に焦ったその時、ふわり。アレタの香りが強くなった。



 味山の肩に、アレタがコテンと頭を傾けて預ける。


「あ、アシュフィールド? あのいい匂いがして俺としてはありがたいんだけど」



「タダヒトの変態……  ほんとにいいの? だって指定探索者の補佐はあなたのキャリアにとっても重要よ?  それにあの二人は高名な指定探索者だわ。こんな話普通なら」



 ゼロ距離で伝わる言葉。


 金色の髪の毛が心なしか押し付けられているような。



「アシュフィールド以上の探索者はいねえよ。キャリアのこと言うんならお前以上の就職先はないな」



「ふふ、ひどい、打算的なこと言うのね、バカね、ほんと、ばか」



「ま、ソロも慣れてるし、食い繋ぐことぐらいできるだろ。あー、でも探索者保険の支払い近いな…… まあ、気合い入れてハック&スラッシュよ」



「そう、ありがとう、タダヒト。うん、ありがとう、あたしにできることならなんでもするわ。あ、もういっそのこと一緒に住んじゃう? 家賃はいらないわよ」



 恋人の距離で、恋人ではない2人が話す。



 その言葉は軽く、しかし確実に2人を繋げている。


「おっ、……魅力的だが、ヒモ一直線になりそうだからやめとく」



「そう、残念ね。気が変わったらいつでも言ってちょうだい」




「はは、そーする、まあ仕事はそうだな。グレンやクラークと組めないときは臨時で誰かと組んだりするさ」



「ふーん、そう。例えば?」



「あー、そうだな、まあ貴崎……は無理か、上級だし、なによりチームの奴らとなじめるわけねえしな」



「リン・キサキ?」




 あ、やべ。



「あ、やべ」



 アレタが離れる。



 じっと、見つめられるとその場所に穴が開くのではないかと味山は錯覚する。


「やべ? なんでやばいの? なんでリン・キサキの名前が出てくるの?」



 夕焼けが落ちる、腐りかけの果物が木から落ちるように。



 もうすぐ、夜が来る。



「待って、アシュフィールド。間違えた、なんでもない。違うんだ」



「あら、どうしたのタダヒト、やましいことでもあるみたいね。ふふ、かわいいものね、リン・キサキ」



「違う、違うからそういうんじゃあねえよ、この前温泉で―― あああああ、違う! 今のなし!」




「オンセン? タダヒト?」




 アレタの目からどんどんハイライトが消えていく。あれほど美しかった瞳が、陽光に照らされた海のようだった青い瞳はいまや、どこまでも深い夜の海がごとく光を失っている。




 TIPS€ 鬼裂の技の過剰使用によるデメリット発生。筋断裂、炎症、関節痛の発生まで、3秒




「は? デメリット?! ぎゃあ?! 痛! え、待って身体痛」



「タダヒト? 痛いの? でもその話、あたしまだ聞きたいわ」



 詰め寄るアレタ、味山は全身に回る強烈な痛みとアレタ、両方に対処しなければならなかった。




「いや、ほんと、なんでもない。待って、まじ身体痛い、すごい、すっごい筋肉痛、ほんと」




 夕焼け小焼けでまた明日。



 波が堤防に触れる、砕ける。



 オレンジ色に輝く海の側、秋の少し冷たい海風が2人に吹き付ける。



 秋の絵の中に、たしかに味山とアレタの2人は存在していた。



 この時2人は確かに、夕焼けのこちら側に。










 TIPS€ 条件達成 :誰かの為に"鬼裂の技を使う"



 TIPS€ 鬼裂との繋がりが強くなった。"鬼裂の血"が使用可能になった。




 TIPS€ "鬼裂の頭蓋の骨粉": 忘れられたお伽話のカケラ。食せば、平安最恐と謳われた最古の怪物狩りの業を得る。たとえ濃い血の繋がりや宿命がなくとも継がれるモノもある。これはきっと今はもう誰も知らない古い盟約により現れたモノだろう。



 TIPS€ 新TIPS解放 その男は自分以外の誰かのために己の人としての平穏を捨てた。明日を待ち望む牙なき人々の安寧のため鬼を狩り、殺し続けた。永い戦いの中その思いはかすれて消える。後に残ったものは暗い戦いへの愉悦だけだった。それでも男は力をふるい続ける、その結末が例え悲劇で終わると知っていても。





 ………

 ……

 …



 〜休業記者会見お疲れ様兼、アレタとグレン退院おめでとう会の後、味山や グレンが帰った後のアレタ邸、夜〜





「ねえ、お姉ちゃん、ソフィもう寝ちゃった?」



「どうしたの、アリサ」



「う、うう、頭が痛い…… ワタシは寝ている…… 寝ているんだ……」



 美しい容姿をした女が3人。広いベッドに川の字になって寝転んでいる。



 中心に長い脚を投げ出し仰向けに寝転ぶアレタ。



 姉の右隣に同じく長い脚を姉の白い脚に絡めているアリサ。



 そして左には2人に背を向けて横向きになってうなされているソフィ。



 男が見れば、色々な反応をしてしまいそうなパジャマパーティがそこにあった。




 アシュフィールド姉妹は2人ともボディラインがはっきり分かるキャミソールに薄手のホットパンツ。



 ソフィはお気に入りの三角帽子にボタンがたくさんついたパジャマに身を包んでいる。




「ソフィ…… グレンと張り合ってカクテルの一気飲みなんかするから……」



「ソフィ、大丈夫? ほら、タオルケットまくれてるわよ」



 似た顔をした金髪の美女が交互にソフィへ話しかける。


「う、うう、アレタとアリサがワタシを介抱してくれてる…… ここが、ヘブン? うう…… ぐー、ぐー」



 うなされつつ、ソフィが気合で身体を起こそうとするもその小さな身体に回ったアルコールには逆らえなかったようだ。




「放っておいた方が良さそうね。アリサ」



「そうだね、お姉ちゃん。ソフィたまにだけど、私たちを見る目が怖い時あるしね」



 2人の姉妹が顔を見合わせて笑う。どちらからともなく自分が寝ていたスペースに戻る。



 広いベッドは華奢な3人が並んで寝てもまだ有り余る。


 すみっこで唸っているソフィに配慮した小さな声でアリサが呟いた。



「……お姉ちゃん。今日楽しかったね」



「そうね。一時はどうなるかと思ったけど…… ニホンの総理に感謝しないと。大統領にもいい薬になったんじゃないのかしら」



 困ったように笑うアレタをアリサが嬉しそうに見つめる。



 姉妹がまだ一緒に暮らしていた時、ウエストバージニアの小さな田舎町の一軒家での暮らしと同じように、2人は寝る前の会話を楽しむ。




「あー、あの人、お姉ちゃんにこだわりすぎてたもんね。モテる女も大変なのね」



「からかわないでよ、アリサ。あたしはもう控室で映像見ててヒヤヒヤよ。タダヒトもほんと、バカなんだから」



「ふっふっふっ、お姉ちゃぁぁん。嘘はいけませんなー。タ、じゃないアジヤマさんが大統領に立ち向かった時の顔、ばかを見る顔じゃなくて、オトコノコを見る女の子の顔だったよー」



 アリサが口元を押さえながら目を爛々と輝かせて余裕ぶる姉に声をかける。




「な、なによ、それ。そんな顔してないわ」



 思わず、言葉の始まりをつまらせたアレタが必要以上に大きな声をあげた。



「あ! その顔! その顔よ! 可愛い!! お姉ちゃんそんな顔できたのね! 超可愛いわ!」



「かわいい…… アレタ、かわいい? う、うう、みたい、頭いたいいい」




 はしゃぐアリサの声にソフィが再び息を吹き返す。


 アシュフィールドコンプレックスを拗らせた天才は頭痛に負けてばたりとベッドに沈んだ。




「アリサ、ソフィが反応して寝れなくなるからやめてちょうだい。もう……」



 アレタがソフィの赤い髪を撫でながらアリサ


「……良かったね、お姉ちゃん」



「なにがよ、アリサ」




「アジヤマさんのこと。補佐探索者やめないんだってね。さっきのパーティで、酔っ払ってたけどきちんとみんなの前で言ってくれたじゃない。'アシュフィールドの補佐はこの俺だあ!!'って。ふふ、完全にベロベロだったけどね」



「そ、そうね。タダヒトにも困ったものだわ。まったく、あたしほかの指定探索者に彼の補佐探索者を受けてくれないかってお願いしてたのよ。なのに、彼ったらすぐに断るんだもの。ほんと、困った人だわ」



「むふふ、お姉ちゃん、言葉の割に声が弾んでるわ。嬉しかったのね」




「別にそんなじゃないわ…… ねえ、アリサ」



「なあに、お姉ちゃん」



「タダヒトを視たのでしょう? あなたの目にはどう映った?」



「……気になるの?」



「ええ、どんな答えでも怒ったり、悲しんだりはしないわ。だから教えてちょうだい」



 アリサにはアレタにはない力がある。



 人を視る才能。他者から抜きん出て、他者を必要とせずに星として完成しているアレタ・アシュフィールドには絶対に備わらない才能。



「……あの人はね、お姉ちゃんを必要としない人だよ。寝ても覚めてもあの人の頭の中、心の中には自分だけ。自分だけが見える火を育て続ける変わり者…… そこに他人は関係ない。本質的に他者に依存せずに生きていく、ううん、生きていけてしまう人」



 姉を支えるため、姉を見守り続けるために妹は他人を評価し、値踏みする能力に秀でていた。


「そう……」



「だからこそ、だからこそね、お姉ちゃん。わたし、嬉しいんだ」



「どういうこと?」



「だって、本質としてお姉ちゃんを必要としないアジヤマさんはそれでもお姉ちゃんを選んだんだよ。それはほんとにわたし、素敵なことだと思うな」




 アリサが鈴を鳴らすように笑う。アレタはその言葉に青い瞳を見開き、しばらくして小さく、自分を納得させるようにうなずいた。



 なんども、なんども。



「そっか、必要としないのに、か。そういう考え方もあるのね」



 その言葉を噛み締める、小さく呟く。



「そうだよ、大多数の人にとって、お姉ちゃんは必要な人。わたしにもソフィにも、お姉ちゃんがいなければ多分、存在しない笑顔や人生なんていくらでもあると思う。でもアジヤマさんは違う。お姉ちゃんがいようといまいとあの人は、あの人のままなんだよ」



 アリサが隣で唸って寝ているソフィの髪を撫で、それから自分の髪を撫でた。



「そうね、彼は、そういう人間よね」



 アレタが目を閉じて、少し笑いながらうなずく。



 まぶたの裏に広がるのは、表情に乏しいようで、色々な反応を見せる1人の凡人の姿。




 星があろうとも、なかろうとも只生きる1人の人間。



 その姿をアレタはずっと見てきた。




「うん、ふふ、お姉ちゃん、趣味悪ぅい」



「あ! 言ったわね! アリサ、あなただって人のこと言えないわ。オンラインゲームで知り合った男の子、しかも外国人に会いにいくなんて無茶苦茶よ。ウミハラ……だったかしら? ほんとに会っても大丈夫なの?」



「大丈夫よ、わたし、お姉ちゃんと違って経験豊富だもの。ねえ、お姉ちゃん」



「なによ、生意気な妹」



「うふふ、怒んないでよ。……お姉ちゃん、全部がさ、全部がうまくいって、少しお休みとれるようになったらさ、アジヤマさん連れてニホンに観光行こうよ。わたしもウミハラヨキヒトにヒロシマ案内してもらって詳しくなってるからさ」



 その言葉は、何気ない姉妹のやりとり。



 しかし、なぜだろう。アリサの言葉はまるで願いのようにアレタには聞こえた。





「……そうね。それいいわね。ニホンはまだ行ったことがないものね、うん、それ、素敵ね、アリサ」



「そうでしょ、お姉ちゃん」





 それきり、2人はもうなにも言わない。



 薄いぼんやりしたオレンジ色の光が部屋をわずかに照らす。



 いつしかソフィの呻き声も止んでいた。寝息がひとつ、ふたつと重なっていく。



 すー、すー。


 ソフィとアリサが目を瞑って、寝息を立てる。



 アレタはわずかに身を起こし、愛しい妹と、愛すべき友人の寝顔を見つめる。



 それは確かにアレタが護りたい、この世界に残しておきたいものだった。




「ええ、アリサ。ほんとに素敵ね」




 そのつぶやきはきっと、誰に届けるものでもない、祈りの言葉。



 目を瞑り、想像する。



 ソフィとグレン、言い合いしながらも楽しそうにニホンの街並みを歩いている。グレンの両腕にはソフィの買い物袋がたっくさん。



 アリサが、顔も知らないニホン人と歩いている。ウミハラという人物についてはよく知らないけど、アリサが気に入ったのならきっと善い人なのだろう。



 そして自分の隣には只の人。ぼんやりとした無表情か、それとも少し緊張した変な顔か。それはきっと想像では分からない。



「1つ、わかるのは」



 1つ、わかるのは、はっきりしていることは1つだけ。



 きっと、自分は笑顔だ。みんなのなかに、みんなと一緒にいればきっとあたしは笑っている。



 このメンバーとなら心の底から笑っていられる。




「ああ…… それは」



 それはなんてーー





「「素敵なゆめなんだろう」」



 決してそれが叶わないものだとしてもアレタは想像せずにはいられない。






 夜が進んでいく。



 アレタはふと、初めから部屋のなかにいたそれに目を向けた。



 アレタの視界の隅、部屋の隅にはあの子が1人。




 顔の見えない女の子。ぐしゃぐしゃに顔を塗りつぶされた女の子が、座っている。



 アレタは目を瞑り、身体をベッドに預ける。



 叶わぬゆめを、せめて夢として見れるように願いながら。



 しかし、そのささやかな願いすら叶わぬことをアレタはもう知っていた。




 その夜、アレタが見たのは嵐の夢だった。





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