<< 前へ次へ >>  更新
52/178

50話 神秘の残り滓、"鬼を裂くモノ"

 


「きゅ、キュウセンボウ!! ほら! こっちに戻ってきなさい! 危ないから、その首切りがいこつから離れなさい!」



「ま、まあまあ落ち着きたまえ、人間。彼は安全だ。キュウセンボウに危険はないよ」



「やかましいざます! そんな事言ってうちのキューちゃんに何かあったらてめえ、責任取れるざますか!?」



 怒り肩になりながら、味山がガス男に詰め寄る。珍しく味山がガス男を圧倒していた。



「人間、ホントに落ち着きたまえ。色々おかしくなっているから」





「きゅきゅ? きゅっきゅ!!  きゅきゅきゅま!」



 キュウセンボウがこちらに気づいたらしい。骸骨のそばから離れてぺたぺたとこちらに駆け寄ってくる。


 何度かコケながらも、キュウセンボウがよたよたと味山の元までやって来た。



「やだ、このカッパ…… 呼んだら来る。可愛い」



「キュッキュッ!」


 しゃがみ込み手を広げた味山の胸の中にキュウセンボウがよじ登ってくる。ひんやり、柔らかい。



「……仮にも彼は、大陸から一族を率いて神秘の海を渡った偉大なる水の族長なんだがね。馴染んでいるようで何よりだよ」



「キュ?」



「ふはは! なんだガス男、やきもち焼いてんのか? みろ、キュウセンボウが俺の頭に登ったぞ」



「キュッ!」



 腕を組んだ味山の頭の上に張り付いたキュウセンボウが短い親指をサムズアップさせて鳴く。



「ああ、まあキミたちがそれでいいなら構わないさ、さて、私はそろそろ火おこしの準備をしてくるよ。キミたちは彼と会話でもしておいてくれ」


 しゅぼり。火が消えるようにガス男が姿を消す。恐らく川の向こうの藪で薪でも拾いにいったのだろう。



「あ、消えやがった。アイツホント何者だ? ……彼?」



 ガス男の言葉に味山が首を傾げる。



 その瞬間、背筋にびりっと痺れが走った。


「ほう、死の体験をしたばかりというのに然程応えてないように見える。クク、貴様やはり胆はそれなりに座っているようだな」




「っ?! ……離れてろ、キュウセンボウ」



 背後よりの声、振り向き、目を見開き、そして頭の上からキュウセンボウを降す。



「キュ」



 素直にキュウセンボウが一声鳴き、川にザブザブと潜っていく。



 その様子をがいこつが興味深そうに見守っていた。



「ふーむ、ふむふむ。水神の子をそこまで手なづけるか…… 凡夫のはずだがなかなかどうして…… 徳が高いわけでもなしに何故だろうな」



「てめえ……」



 味山はそれ、がいこつを睨みつける。


 奇妙な姿だ。部屋には現れた時のはだかのガイコツではない。今回は服を纏っていた。



 着流し、着物? 相撲の行司服に似たそれに袖を通し、頭には縦長の帽子、烏帽子をかぶっている。腰の帯には鞘、刀を帯びている。




 おじゃ○丸か、てめえは。その一言を味山は我慢した。



「くく、そう睨むな。今はもう貴様を斬る気はない故に。先ほどのは、そうさな、挨拶代わりの試し斬りという奴だ」



 器用に、口を開かずにガイコツが喋る。



 味山はじりじりと後退しつつ、言葉を返した。




「試し斬り……? 骨野郎、人の首チョンパしといてその態度はねえだろ」



「くくくく、貴様こそ、首を飛ばされたというのに、俺にあまり恐怖していないな。距離をとるのも正解だ。あるのは思考と殺意と悪意…… ほう、胆も中身もどうして、なかなか。怪物狩りに適している…… 人にあって人ではない、人でなしよな」



「誰が人でなしだ、カルシウム。……ホントにもう斬らない?」



 睨みつつ、ビビリの本音が現れる。



 コイツには勝てない。先程のやりとりでそれはわかっていた。



「斬らん。そもそも俺が斬るのは怪物、怪異。この世に溢れ、人に害なすモノだけよ。先ほどのは試しと言ったろう。俺の知らぬ呪に繋がっていた貴様を測るためのモノだ。しかし、ここまで弱いとは思わなかったがな」



「あ? 怪物…… 呪…… その刀に、その着物…… お前、鬼裂か?」



 味山に閃きが走る。



 貴崎の話だと、鬼裂は武士だったはずだ。


 少し味山の武士のイメージと違うが、刀を持ってたら武士だろうという雑な考えが正解へと辿り着いていた。



「ふむ、やはり俺の名を知るか。ああ、なるほど、貴崎の者と友誼を結んでいるわけか。

 あの奇妙な遺言、なるほどあれを条件にして繋げたわけだ。 ……卵が先か、鶏が先か。奇妙な話もあったものよな」



 ぶつぶつとガイコツが喋る。敵意は感じられない。



「何言ってるかはわかんねーが、敵意はないんだな? ホントのホントに斬らないんだな?」


「くく、ああ、斬らんとも。貴様には斬る価値もない故に」



「じゃあいい。根には持つが、水に流す。残念ながらお前を俺がどうこう出来そうにないしな」



 骨に首を斬られたやりとりを思い出す。手も足も出ないとはまさにこの事だ。絶望的なまでに強さの格が違うことを理解していた。



「ほう」


「なんだ?」



「何、少し感心していた。なるほど、貴様凡夫ではあるが、退屈ではないな。血に親しみ、死に慣れ、残酷で投げやり、悩んでも最後には殺せる人種だ。しかし一方、人としての道から外れていない。狂気と正気、それらを相反させず併せ持つ、性根の部分はしっかりと怪物狩りに向いておる」



「お褒めの言葉どーも。貴崎の先祖の鬼裂さん」



「ふむ、貴様だけ俺の名を知るというのが気に入らない。名乗れ、貴様は誰だ?」



 鬼裂の言葉に味山はわずかに眉を潜める。



 こいつ、俺のことを知らないのか? でも貴崎の話ではーー



「どうした、名乗れぃ。貴様も和人なれば礼を見せてみよ」


 鬼裂がうつろな眼窩でこちらを見つめる。



 まあ、たしかに。それは一理ある。


「すまん。そりゃたしかに失礼だったわ。俺は味山只人、29歳独身、出身地はヒロシマの北ヒロシマ町。職業は探索者。趣味は釣りと自炊とTVゲーム。長所は首チョンパされた相手にでも礼儀を欠かさない所だ」



 味山の言葉に、わずかにガイコツがぽかんと黙る。



 すぐに、どこを震わせてか知らないが笑いつつ返事をした。


「くく、そう根に持つなよ。改めて俺は鬼裂。人であった頃は別の名があったろうが、俺は鬼裂として残っている。平安の世にて闇に巣食う怪を殺し、殺して、殺し尽くし、いつかは怪に成り果てた愚か者よ」




「だが、アンタの伝説はアンタの一族の中に残っている。俺の知っている貴崎は、アンタの話をする時に、どこか嬉しそうに話してたぞ」



「くく、そうか。愚か者なりに誰かの物語に残っているのならそれは出来過ぎな話だな。だがしかし、味山、味山只人か…… ふむ、やはり、皆目検討がつかぬ。やはり、俺は貴様など知らん。味山只人なる人物になんの記憶も残っていない。知る由もなしか」



 鬼裂が骨の指で、骨の顎を撫でる。きしり、と骨と骨が擦れる乾いた音が鳴る。




「貴様、俺とどうやって縁を結んだ? 呪をいつ混ぜたのだ?」



 かさり、きしり。骨がかすれる。赤黒い骨の指が、着物帯に刺された刀の柄を撫でた。



 鬼裂の言葉に味山は違和感を言葉にした。



「どうやって? いや、待て、鬼裂。それはおかしい。お前、俺のこと知ってるんじゃないのか?」



 あの遺言。どう考えてもあの話だと鬼裂は少なくともこちらのことを知っているはず。



 しかし、当の鬼裂を名乗るがいこつは、


「知らん、貴様の名も顔も何も知らん。だが俺と貴様は奇妙な線で繋がっている。呪だ。俺が死ぬ瞬間、突如として俺に呪がかけられたのだ」



「アンタが死ぬ瞬間って言えば」



 貴崎の話。鬼裂の最期とは確かーー



「ああ、我が最愛の子孫、貴崎景光に、心の臓を貫かれ、あの忌々しい熊次郎に腹を裂かれたあの瞬間だ。俺の死の間際に遺した遺言、アレが俺に流れ込んで来たのだ」



「あー、つまりこういうことか? 俺が貴崎から聞いたアンタの遺言…… アレはアンタの言葉じゃないということか?」


 味山の言葉に鬼裂が首を振る。きしりきしりと音を立てながら。



「いや、それも違う。たしかにアレは俺が言い残しだ言葉だ。俺を討った景光にも、伝えよとたしかに言った。奇妙なのは、死の間際まで俺はあのようなことを言い残すつもりはなかった」




「つもりがなかった? そりゃどういうことだ?」



「わからん、気づけば俺はあの言葉を紡いでいた。長ったらしい顔も知らぬ者への賛辞と、そうさな、別離の惜しみを」




「まるで俺ではない俺が、あの瞬間だけ俺として在ったかのような感覚。そして、用意よく呪まで練られていた」



「呪?」



「貴様と俺を結んだ縁のことだ。貴崎の血に連なるモノが対象となった人物に俺の話をしたと同時に、道が繋がるように設定されていた。はじめは貴様が仕組んだモノとみたが……」



「いや、俺そんな世界観が違う不思議なことできねえぞ」



「はあ、見ればわかる。貴様ごとき凡夫が行えることではない。少なくとも、俺と同等の式が扱える者にしかこんな複雑な呪は組めん」



 式、呪。


 封印していた中学2年生が詳しく話を聞きたそうにし始めていたが、味山は必死にそれを聞き流す。



「……だが、重要なのは現実だ。俺は何者かが仕掛けた呪により貴様と廻り合った。愛しき子孫達に口伝を遺し、それを目印とした。ふむ、意味がわからんな」



「あー…… なんかよくわからんけど、悪かったな。なんか、無理やり連れて来たみたいで」



 味山は話のほとんどよくわかっていなかった。しかし、素直に頭を下げる。



 どうやらこの鬼裂の話を聞いていると、コイツもよくわからないことに巻き込まれているらしい。



 なんとなく、頭を下げたくなったので、ぺこりと味山は座ったまま視線を下げた。




 ポカンと、がいこつが口を開く。肉がないから今にもアゴが外れそうなほどに。




 しばらくの沈黙、川の流れる音と、小鳥のさえずりだけが響く空間。



 がいこつの笑いが沈黙を終わらせた。



「く、くっくっく。なるほど、お前の人間性はそれか。首を斬った相手を慮るとは、思わなかったぞ」


 烏帽子を触りながら鬼裂が言葉を続ける。



「まあ良い、よいよい。貴様の人となりを見ていると毒気が抜かれた。それよりも、人生において重要なのは今だ。再び蔓延るのだろう? 奴らが」



「奴ら?」




 味山の呟き、骸骨がうつろな眼窩を向けた。





「人でないモノ。闇に巣食うモノ、人を食うモノ。当たり前に明日を望む子を、子の明日を見たいと願う母を、それらを守らんとする父を、まるで己が餌のように食らう怪物どもよ」



 骸骨が帯から、鞘に収まった見事な刀を取り出す。



「理由はわからん、仕掛けも不明、義理も思い入れもなし。貴様に与する理由はない。だが、世に、人の子の世に怪物どもが揺蕩うというのならば、話は別ぞ」



「何がいいたいんだ?」



「ふん、今の俺は残り滓なのだろう? 大抵の話はあの黒い影に聞いた。貴様が、今世の怪物狩りの1人で、力を欲しているのだと。より強く怖ろしき怪物を狩る為に」



「まあ、確かに。目下のところ力を貸してくれるやつ探しまくってるけどよ」




「そうか、ならば話は早い。今世の怪物狩り、味山只人、貴様に鬼裂の狩りの尖兵となる栄誉をくれてやろう」



「それは平安風の、協力してくれる的な意味の言葉か?」



「ああ、そうとも。何故、俺が死の間際に呪の混じった遺言を遺したかはわからぬ。何故その呪の先に貴様がいたかはわからぬ。しかし、1つわかっていることがある」



「ここに、鬼裂が存在し、狩るべき怪物がある事よ。これが重要、これだけが重要なのよ」




「すでにこの身朽ち果てど、俺が狩るべき獲物は全て冥土におくれど、未だ怪物狩りは終わらず。よい、よい、些末なことなど一切よい、全て許す、どうでもよい」



 鬼裂が笑う。肉がない、皮がない。なのにたしかにこの男は笑った。


「怪物狩り、味山只人、只の人よ。怪物あらば、呼べ。叫べ、俺の名を」



 刀の柄を味山に向ける。




「さすれば始まらん。伊予守、らいこうの化けじじいにすら並ぶ鬼裂、その狩り、その業をご覧に入れよう」



 烏帽子に行司の着流し姿。ニホン最古の怪物狩りが、骨を鳴らし笑う。




 耳の化け物の耳クソ、ガス男にカッパに、がいこつ。


 己の力になるモノたちのイロモノさに味山は一瞬、色々なことを考えそうなる。


 もっと、こう、ほら。聖剣とか、選ばれた血筋とか、なんか、こう…… ほら。


 しかし、頭を振り払い自分の頬を叩き、同じく笑った。



「……なんだかよくわからんが、ヨシ!! つまり力を貸してくれるってことだな! よろしく頼む、鬼裂先生!」



「ほう、先生とな…… ふむ、これは面妖な。しかし不思議と不快ではない。よい、許す、俺のことは先生と呼べ」



「へい! 先生! 出番になったら呼ばせてもらいやす!」



 早速味山がふざけ始める。


 過去存在した怪物狩り、曰く人から鬼に堕ちたモノ。1000年の時を超え、オカルト的な力を以って巡り合う。


 真面目に考えていると頭がおかしくなりそうだ。




「やあ、すっかり打ち解けたみたいだね。どうだい、鬼裂の。キュウセンボウがたくさん魚を捕まえてくれたようだから、いかがかな」



「きゅ、きゅっ!」



 どこからともなくガス男が薪を抱えてやってくる。傍らにはキュウセンボウ、魚が溢れたビクを引き摺りながら鳴きながらちょこちょこ歩いてくる。




「ほう! これは水神の子が捕まえた魚とな! 縁起物だ。頂こう!」



「先生、飯食えるんすか?」




 わちゃわちゃと、奇妙な面子が焚き火を囲み、魚を焼いて摘み出す。



 小さなカッパが魚を踊り食いすれば、行司服に似た着物姿のがいこつが手を叩き、真っ黒な影法師の紳士が、薪を放り投げて火を起こす。



 味山は、もう深く考えるのをやめて、ガス男がいつのまにか内臓を取り出していた魚を手につかむ。



 都合よく手元に現れる竹串をぽかりと開いた魚の口に突き刺し、縫うように通していく。



 それを焚き火の側に突き刺し、遠火で炙り始めた。


 よく乗った脂が、ぱちり、弾けた。





「あ、そういや、先生。俺、ほんとに首斬られてないよね?」



「安心しろ、峰打ちだ。呪で見せた夢のようなモノ。まあもっとも身体は死なぬが、心は死ぬかもしれんかったがな」


 心が生きているのは大したモノだ。骸骨がのたまいながら、焼き魚にかぶりつく。



 平安の武士やべえ。それとコイツは必ずコキ使ってやろう。



 味山はそう思った。







 TIPS€ 神秘の残り滓、"九千坊"に懐かれた。彼は彼の物語を知るお前を、守るべき同胞の1人だと考えその神秘の力を貸すだろう



 TIPS€ 神秘の残り滓、"鬼を裂く者"が力を貸してくれるようになった。それはお前も、そして鬼裂ですら知らず、しかし確かな言葉により結ばれた古い盟約に依るものだ。目が覚めた後、テーブルを確認しろ


TIPS€ 勢力、人物好感度、公開。




TIPS€ "神秘の残り滓" 九千坊。好感度B + きゅきゅ! キュッキュキュ!! (我が物語を知る好ましい人間。よかろう、貴殿の探索には水神の加護ぞある。眷属としての力を貸してやろうぞ)



TIPS€ "神秘の残り滓" 鬼裂。好感度D 奇妙な縁、知らぬ呪。全てよい。怪物あらば、呼べ、只の人よ。




TIPS€ ¥+☆♪¥ ガス男? 好感度? キミはキミの成したいようにするべきだ。願わくばキミが全ての部位を平らげる未来を願っているけどね。



読んで頂きありがとうございます!


よろしければ是非ブクマして続きをご覧くださいませ!

<< 前へ次へ >>目次  更新