44話 集え! あじやまのゆめ!
「あー、疲れた…… 寝よ」
グレンとの合コンの段取りを終え、時間を潰した味山はその後、アレフチームの全員で軽い夕食を取った後、自室に戻っていた。
目覚めてからの経過も順調、味山は明日退院の予定だ。
「アシュフィールドやグレンが退院した後に、祝勝会か。今回の幹事はクラークだし、丸投げしてよかろ」
枕に後頭部を預け、うつら、うつらと船を漕ぐ。時刻はまもなく21時半、部屋の照明もまもなく消える。
ねむ…… 味山は眠気に身を任せて目を瞑る。
意識が遠のくと同時に、いつもの、河の音が耳に蘇っていた。
………
……
ちちちち、サー。
河の音、水がはじけて、あぶくになる。
林の奥、鳥たちが小さく鳴いている。
涼しい風がここちよい。森林の匂いが、味山の鼻をくすぐった。
いつもの、夢の中だ。
「いやはや、キミもなかなかに引きが強いというか、なんというか」
「うお! ガス男、近え、ちけえよ」
目を開く。眼前に現れたのは渦巻く黒いガス。ガス男が、仰向けに眠る味山を覗き込んでいた。
飛び退くように起き上がった味山が慣れたように近くの切り株に腰をかける。
足元から鳥でも、獣でもないモノの声が聞こえた。
「きゅ!」
「おう、キュウセンボウ、昨日ぶり。毎夜会ってるからそうでもないのか?」
「きゅきゅっきゅ!」
味山の膝に登ろうとする小さな河童。キュウセンボウを抱えて膝に乗せる。満足げにキュウセンボウが鳴いた。ひんやりしてて、気持ちいい。
「ふふ、キミの時間の感じ方と我々では少し差があるからね。まあ、かけたまえ、人間。今回はお疲れだったね、塩はよく効いたかい?」
ガス男が味山と向かい合うように切り株のイスに座る。うわ、こいつ、俺より足なげえ。感じ悪。
味山がガス男の意外なプロポーションの良さに舌打ちした。
「あー…… そういやお前も塩持っていけって言ってたな。お前、ほんと何を知ってるんだ」
「キミはキミの夢の中の住人の言葉を真に受けるのかい?」
「やかましい。事ここに至って、つーかキュウセンボウが俺の身体に影響を与える時点で、お前らは俺の脳内の中だけの存在じゃねえだろうが。キュウセンボウはいいとして、ガス男、 てめえはほんとに何者だ」
キュウセンボウが味山の膝を離れ、ガス男の膝を登る。しかし、滑って登れないらしい。ガス男は味山と話しつつ、キュウセンボウを抱き上げた。
「私は私だ。それはそうと人間、なかなかにやるじゃないか。まさか本当に、"彼女"を追い払ってしまうとはね」
彼女。その言葉に味山はため息をついた。
「ニセフィールドな。はあ、アレについてもお前、俺に教える気はないんだろ」
「ははは、そうふてくされるなよ。ふむ、"彼女"については、そうだね、語るのが難しいのさ。長い時間が経っている、もはや"彼女"は私の知るところの彼女ではないし、私も彼女の知る私ではないからね」
「またそういう重要そうなことを分かりにくい表現しやがって…… はあ、もういい。ひとまずはお前のアドバイスのおかげでアシュフィールドを取り戻せた。そう考えることにするわ」
「良い心がけだね、人間。なかなかに自分が今持っているものの確認とは難しいものだよ。その点、キミは心得ているようだ」
「ないものねだりの多い人生でな。諦める方がラクってのが身にしみてるだけさ」
ちちち。林の上、小鳥が唄う。長閑な光景の中、味山は一度深呼吸した。
「きゅ」
「キュウセンボウ、あまり遠くへ行くのではないよ。そら、気をつけて泳いできなさい」
キュウセンボウがガス男の膝からぺちょんと降りて河へ向かう。やっぱカッパだから水が好きなのか。
味山はキュウセンボウを横目で確認しつつ、ガス男にぼやいた。
「……でたらめだなあ。でも、あの時、エラとか生えたのもキュウセンボウのおかげなんだよな」
「その通りさ。キュウセンボウの大海渡り。彼の偉業がキミの身体に一時の変質をもたらした。素晴らしいじゃないか、キミはこの現代において、滅びた神秘を再現することに成功したのだから」
「滅びた神秘……ねえ。お前この前の夢で、その神秘とやらを集めろって言ったよな。キュウセンボウみたいなのがまだいるってことか」
「ああ、その通り。人の世において駆逐された神秘、その残り滓はキミに箱庭の化け物と戦うための力を与えるだろう。それは元よりこの世界にあったものだ。"腑分けされた部位"や"彼女"にすら届き得るかもしれない牙だよ」
「……あれが?」
味山がふと、河を指差す。キュウセンボウが涙目になりながらもがくように岸辺に向けて泳いでいた。
「きゅ、きゅーー!!?」
「いかん! キュウセンボウが魚に追われている!!」
「牙はどうした!! 牙は?!」
味山とガス男が同時に切り株の椅子から飛び上がり河へと駆け寄る。
魚に追われていたキュウセンボウをガス男がキャッチし、味山が河辺に置いてあった棒で魚を追い払う。
でかい! 魚影が濃く、水の唸りとともに泳いでいるようだ。
「キュ、きゅぎうー!!」
「おお、よしよし、キュウセンボウ。大丈夫、キミの誇りは失われていない。あれはキミですら1人では手に負えない、おそらくこの河のヌシだ」
涙目のキュウセンボウをガス男があやす。
俺の夢の中ヌシいんのかよ、味山は溢れるツッコミを我慢して焚き火の準備をする。
夢の中だから便利なものだ、焚きつけも、薪も、ライターも欲しいものは欲しい瞬間に存在していた。
「ふむ、なかなか火おこしも板についているものだ。さすがは探索者というところかな」
「これは探索者になる前から得意だったよ。たまの休みに気合入れてキャンプ行ってたからな」
「きゅきゅ」
「お前、かっぱなのに火大丈夫なのか? サンキュ」
キュウセンボウがどこからともなく持ってきた枯れ葉を味山が受け取る。
麻紐をほぐしたものや、開いたまつぼっくり、松の枯れ葉から煙が上がる。
もくもくと広がる白い煙、その中に赤い火が現れる。松の枯れ葉が赤熱し、麻紐が溶けるように燃え尽きた。
「キュウセンボウ」
「キュッキュッ」
キュウセンボウが細めの薪を焚きつけの上へ置く。勢いを増していく煙が薪を飲み込み、舐めるように火が広がっていく。
「きゅきゅきゅ!!」
「キュウセンボウ、煙吸うぞ、気を付けろよ」
「ぎゅー……」
鼻? を摘みながらキュウセンボウが味山の膝に飛び込んでくる。煙を避けるために味山がキュウセンボウを抱えたまま風上へと位置を変えた。やっぱり、少し濡れているがひんやりしている。
ぱち、ぱち。弾ける火を囲み、味山とガス男が切り株のイスに腰をかけて向かい合う。
「なあ、キュウセンボウみたいな神秘の残り滓を集めろって言ったよな? 他にどんなやつがいるんだ?」
膝の上で味山の服をよじって遊ぶキュウセンボウをあやしながら味山が問う。
「いくらでもいるさ。元よりこの世界は人間だけのものじゃなかった。人が力をつけ世界の支配者となる過程で、その殆どが亡ぼされ、駆逐されていったものの、中にはお伽話の存在として未だに語り継がれているものも存在する」
「お伽話…… 河童とかの怪談みたいにか?」
「ああ、その通り。それは例えば水より生まれし大いなるモノ。西洋においては悪魔、東洋においては神と呼ばれたモノ、"竜"あるいは、"龍"、または"ドラゴン"」
ガス男が、タクトを振るように人差し指を揺らす。黒いガスの軌跡が空中に残り、それは竜の形の絵となった。
「うお」
「それは例えば、人の血に寄り添う貴種。吸血鬼、"ヴァンパイア"と呼ばれ、ある時は人の世に紛れ、ある時は人と共に戦い、そして、人により滅ぼされた存在。この星の夜の具現化」
コウモリと踊る、マントを被った人の絵、黒いガスを絵具にして、空中にまた絵が描かれる。
キュキュ、とキュウセンボウが目を輝かせながら短い手を絵に伸ばす。コロンと体勢を崩して、そのまま転んだ。
「ふふ、それは例えば、自然の力の具現。頭に角を誂えし、力強きモノ。東洋において、"鬼"と呼ばれた彼ら。東洋最強の化け物狩り、源頼光と、東洋最恐の化け物殺し、"鬼裂"により討たれたモノたち」
角を誂え、金棒を振るうその姿が描かれる。昔話でもなじみ深い鬼の姿がそこにあった。
「他にも多数、世界中の言い伝え、お伽話、それらを読み返してみるといい。それは創作だけではない。中には今日まで残っている実話も存在するのだよ。人間、キミはそれを集めるべきだ」
「またカレーにして食うわけか。凡人はやること多くて困るな」
「それが唯一、キミが耳に呑まれずに、この箱庭の探索を全うするための方法だよ。キミという人間の成長限界はとうに訪れている。キミに才能はない。戦士として純粋な成長はもうないだろうからね」
「わかっちゃいるが、他人にこうまではっきり言われるとぐさりと来るな。やっぱり俺、才能ねえの?」
「ああ、ない。才能だけでなく、キミには成すべき宿命も、選ばれし運命も、貫くべき信念も、何も無い。只、生きて、只、死ぬだけのどこにでもいる凡人、大凡の人間だよ」
「………ショック」
「何を落ち込む必要がある? 宿命、運命、信念、それがない。ただ、それだけのことだ。だからこそキミは多くの神秘の残り滓に適応する。持たざるモノには持たざるモノなりの利点もあると言うことさ」
「オカルトだな。ま、実際キュウセンボウに助けられた身とすりゃ信じるしかないか」
「きゅ!」
元気に手を振り上げるキュウセンボウに手を振り返し、味山はガス男に話しかける。
「ヒントを聞くこの耳、これもお前の言う神秘の残り滓なのか?」
「いいや、違う。似ているが、"腑分けされた部位"と"神秘の残り滓"は全くの別物だ。起源が異なるのだよ」
「ふーん…… まあ、今のところは俺の役に立つんならそれでいいや。おっと、火が弱くなった」
味山が足元に置いてある細い薪を焚き火に放り投げる。ぱし、木が軋んで、あっという間に火に飲まれた。
「バベルの大穴の中で手に入る取得物、アイテムやら、遺物と同じようなものってことか」
その質問にガス男が、また小さく首を横に振る。
「神秘の残り滓は元よりこの惑星とともにあったものだ。星が時を重ねるにつれ、現れ、消えたもの。キミ達がダンジョンと呼ぶ箱庭由来の遺物はまた別のものなんだよ」
「ややこしいな…… つーかお前、やっぱりバベルの大穴についても何か知ってるな。バベルの大穴、アレはなんなんだ?」
「人間、キミは探索者なんだろう。それはキミが自ら降りて、探すべき答えだよ」
「……へいへい。わかったよ」
味山が、大きめの薪を適当に炎の上に置く。蓋をされたように炎が一度その勢いを弱め、しかし徐々に、薪の表面を舐めていく。
「ふむ…… 人間が火を熾す所を見ていると、アレを思い出すな」
「あれ?」
「キミの集めるべき神秘の残り滓の1つさ。アレはキミ達人間の源流に近いモノであり、この世界で1番初めに火葬を行なったものだった」
「へえ…… そいつなにもんだ?」
「猿、あるいはヒトに近いモノ。のちにつけられた学名はホモ・エレクトス。はじめに火を扱ったとされる存在だよ。彼は、小規模の群れのリーダーだった」
「名はない。そして残すものもない。誰も彼の成した偉業を覚えるモノはいない。だが彼は残り滓としてまだこの世界に残っている」
「そいつなにした奴なんだ?」
「言ったろう? 彼はこの世界で初めて弔いに火を用いた存在だ。はじめの火葬者。群れの長だった彼は、生存競争に敗れ滅びゆく同胞の亡骸を火で手厚く葬った。誰も覚えていない偉大なる業だよ」
「ほーん、なんか凄えな。それ見つけたらどうなるんだ?」
「適応さえすれば、彼の業の一部をキミは扱う事になるだろうね。どのような形でこの世に再現されるかは、わからないな」
「探索の手段が多くなるのはありがたいな。現状、次耳と出会えば無事で済む気はしねえし」
「ふふ、よく考え、よく集めることだ。ああ、そうそう、目覚めた後にTIPSに耳を傾けたまえ。キミの近くに存在する神秘の残り滓について聞かせてくれるはずだ」
「そりゃどうも。お前なんかゲームのチュートリアルみたいな奴だな」
何気なく放った一言。ガス男の動き、その全てが一瞬止まった。
「……ふふ、そうかい。ああ、それは今回のキミがそう望んだからだろうね」
「あ? なんだそりゃ」
「……もう目覚めの時間だ。次の探索まで力を集めたまえ。探索を全うするために」
「おい、まだそうやって誤魔化しやがって。俺が望んだ? どういう意味…… あ、くそ……眠……」
頭とまぶたに直接来る強い眠気。逆らうことは出来ない。ここでの眠りは現実への帰還を意味する。
「これはアドバイスだ。"鬼裂"の子孫とキミは縁を紡いでいる。"鬼裂"、東洋最恐の化け物殺しの残り滓を探したまえ。キミの探索の助けとなるだろう」
「お、に……さき?」
微睡む脳に、ガス男の言葉を刻む。
「うん……? ああ、今は読み方が変わっているみたいだ。"鬼裂"、キサキの遺骨はおそらく近くに在る」
「く、そ…… 次の夢で、きちんと説明してもら、うぞ」
「ああ、また会おう。ほら、キュウセンボウ、彼に挨拶を。我らが生家の主人の出立だ」
「きゅきゅきゅ!! キューバイ!!」
「はは、キュウセンボウ…… なんだ、そりゃーー」
まぶたがどうしようもなく重たい。身体から力が抜ける感覚がどうしようもなく心地よい。
味山はそのまま、目を瞑った。
………
……
TIPS€ あと2年と11ヶ月
ちゅん、ちゅぴ、ちゅピピピ。
窓の外から聞こえる小鳥の鳴き声。海を渡ってここまで来たのだろうか。
「……朝……」
むくりと味山が身体を起こす。病室の窓から入ってくる朝日に脳が痛む。
朝が来た。
1日が始まる、やることも多そうだ。
「……退院手続きしねえとな……」
味山が背伸びし、動こうと布団を払いーー
TIPS€ 鬼裂はその血を各地に遺した。長く続いた戦乱でその殆どの血筋は消え失せたが、長く遺ったモノもある。
ガス男が夢の中で言ってた、TIPSか。味山は動くのをやめてそのヒントに耳を傾けてーー
TIPS€ 鬼裂、雪白、白面。人と交わった神秘は未だ、その血を遺している。
TIPS€ 鬼裂は名前を変え、生き残った。鬼裂の一族は今や、貴崎と呼ばれ化け物殺しの業を剣術として遺している。
「え」
TIPS€ 貴崎は"鬼裂"の手がかりとなる。
「……まじかよ」
探しモノは意外なところに現れる。味山はいろいろ考えた後、とりあえず退院手続きのために病室から出ていった。
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