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43話 トーク・トーク・トーク

 


「………………………」



「…………….…………」




 そこにはただ、ただ、沈黙がある。



 電灯のぶうんという音、島特有の呑気な海鳥の声。




 それでも、それは沈黙だった。





 足音もなく動いたのはアレタ。



 すとん、貴崎の隣、味山が先ほどまで座っていたベッドに腰掛ける。長い脚を組みなおし、金色の髪を耳にかけた。



 金色の髪と、黒色の髪が並び合う。



 肩の等距離、拳3つ離れたそれが埋まる事はない。




「……味山さん、照れると口が開くんです。知ってましたか?」


 口火を切ったのは黒色の髪。2人を繋げる凡人の名前を告げる。



「……ああ、あの顔照れてたの? あたしと会ってる時いつもしてるから納得ね」



 顔も合わせない。ふたりはまっすぐそれぞれ真正面を向いて言葉を交わし合う。



「……どうして、味山さんなんですか?」



「それ、こっちのセリフ。貴女こそ、タダヒトにこだわりすぎじゃないかしら? 貴女なら男なんて他にもよりどりみどりでしょ?」



「ふふ、こっちのセリフ……ですね」



 言葉の1つ1つ、やり取りの中に目に見えない刃が光る。



 怖じけたほうが、負ける。ここにも争いがあった。



「……1度捨てたモノを他人が拾った途端に惜しくなるなんて、幼いとは思わない?」



 アレタが切れ長の瞳をわずかに開いて呟く。



「捨ててなんていませんよ。少し自由にさせてみたら、手癖の悪い人が盗っちゃったんです」



「それはご愁傷様。本当に大切なモノなら、もっと大事にしておくべきだったわね」



 ふー、アレタが小さな唇から息を漏らす。アンニュイな1人の美人と、1人の美少女が決して交わらない視線の中、言葉を交わす。




「……アレタ・アシュフィールド。私、貴女には実のところ感謝してるんです」



「しなくてもいいわ。あたし、あなたに何もしてないもの」



「いいえ、してくれました。貴女は貴女として振る舞ってくれた。自分の力を振りかざし、私から味山さんを奪った。……その事に実は感謝してるんですよ」



「あは、なにそれ。人聞き悪いわね」



 アレタがからりと、笑う。しかし、その目は一切笑っていない。嵐の前の海のように静かに凪いでいた。



「私…… あの日から、アレタ・アシュフィールドという存在を見せつけられた日から、すごく、調子がいいんです」



「調子……?」



 鈴を鳴らすような貴崎の声、アレタがそこで問うた。



「はい、調子。貴女のことを考えるだけで、刃の冴えが違うんです。今まで稽古でも、試合でも、実戦でも近づけなかった領域に、簡単に踏み入れる。怪物の革も、爪も、殻も、貴女に刻まれた屈辱を思い起こせば、簡単に斬れる」



 貴崎ががくりと首を落とす、まっすぐ向けていた視線を床に、長いポニーテールがだらりと、重力に手折られる。



「私、上級探索者になりました。どの探索者よりも早く、貴女よりも、早く」




 ねろり。


 貴崎の言葉に混じる粘着質なもの。味山がもしこの場にいたら間違いなく逃走していただろう声音。



「ねえ、今、私と貴女にはどれほどの距離があるんです?」



 貴崎の目、血走り、開いた瞳孔が、星をとらえた。


 その細い身体から放たれるのは剣気。数多の生命を斬り殺してきたモノにしか出せない殺気。



 それが、星へと向けられて。




「あは」



「っ……」



 漏れた笑い。


 ただ、漏れた笑い。それだけで、貴崎が本気でぶつけた殺気が霧散した。




「リン・キサキ。私、実はヒトの名前覚えるの苦手なの。すぐ忘れちゃうこと多いのよ。でも、もう多分、貴女の名前は忘れないわ」



「っ…… ふふ、光栄、と言っておきます。アレタ・アシュフィールド」



「あは。久しぶりに人間に本気で殺気向けられたかも知れないわ。……うん、気分が良いし、さっきの質問答えてあげる」



 アレタが始めて、貴崎を見た。日に照らされた金色の髪が、光を湛えて、それが筋となる。




「味山さんのことですか?」



「そう、タダヒト。あの変なニホン人のこと」



 アレタが天井を見上げる。




「彼は、変だわ」



「変……ですか」



「そう、変。タダヒトはね、おかしいのよ。まともで、凡人で、普通なはずなのに、根っこが変なの。臆病なはずなのに、時に誰より蛮勇で、常識人のはずなのに、時に誰よりも簡単に狂う。うん、そうね、見てて飽きないわ」



 アレタが楽しそうに、本人は決して気づかないが声のトーンをいくらか上げて語る。




「思想はない。彼には守るべき正義も神もない。あるのはほんの少しのプライドと、変なルールだけ。そんなちっぽけなモノで彼は戦う事を選べる人間なの。正直、イかれてるわ」



「貴女よりも?」



「あは、リン・キサキ。口が悪いのね。ええ、ぶっちぎりであたしよりタダヒトの方がイかれてるわよ。あたしには守るべきモノがある。こうするべきという思想も、信じる神もいる。逆に言えば、これらがあるからあたしは戦うことができる。でも、彼にはそんなモノないの」



 アレタがすっと、自分の頬を撫でる。



「何もないのに、彼は戦う。殺せる。生まれた時から訓練されたわけでもない民間出身。才能もない。なのに、生き残る。死なない、殺せる。あは、彼って一体なんなのかしら。見てて、飽きないわ」



「……味山さんのこと好きなんですね」



「………あはは。好き、ね。それはわからないわ。でも1つ言えるのは、貴女に渡すつもりはない。彼はあたしの補佐探索者なんだから」



「ふふ、それは味山さんが決める事です。……私は、指定探索者になる。"52番目の星"だろうがなんだろうが、私の願いを邪魔するのなら、超えるだけです」



「……あは」



 アレタがまた笑う。楽しくて仕方がないと言わんばかりに。



「あたしと張り合おうとしてくれる人間は少ないわ。リン・キサキ、貴女、1ヶ月前より強くなったのね」



「強くないと、勝ち取れませんから」



 あは、うふふ。色の違う笑い声、2人はまるで友人同士のように声を鳴らす。でも、決して両者は混ざらない。



 笑い声が、止まる。






「アジヤマ タダヒトはあたしのよ。貴女にはあげないわ」



「味山只人は私のです。くれなくても結構、奪いにいきますので」




 2人の女の視線が交わる。互いに互いの瞳が移り、にいっと唇が吊り上がる。




「……貴女がもし、酔いに呑まれたら、その時はあたしが会いにいってあげるわね」



「うふふ、それは光栄です。私も貴女が酔いに呑まれたら、真っ先に会いにいきますね。安心して、あとは任せてください」




「……あは」




「うふ」





 病室から笑いが響く。美しい女の声で。美味いものが大抵身体に悪いように、綺麗なモノも大抵、ろくでもないモノである事が多い。



 その笑い声もそういうものだった、ただ、綺麗なものだった。




 ………

 ……


 〜休憩室にて〜





「ナタデココタピオカお汁粉…… これの企画を通す会議ってどんな連中がやってんだ?」




 味山は病室から退散し、休憩室に移動していた。自販機をのぞき込みぼうっと呟く。




「………まずい」




 しばしの逡巡の後、結局味山は好奇心に負けて奇妙な飲み物を選んでしまっていた。




「うわ、なんだこれ。混沌?」



 口の中で雑る甘さの雑さに味山は首を落とす。味山以外誰もいない休憩室のソファに深く腰をかけた。



 あー…… そろそろ戻ってもいいかな……。味山が恐らく恐ろしいことになっているだろう自分の病室を思い、目を瞑る。



 2人とも美人なんだけどなあ…… 割とマジで俺より強くて、怖いからなあ……。



 味山の脳裏に美しく恐ろしい笑みがうかんで、消えた。






「ああ、ここにいたのかい。アジヤマ…… 何かあったのかい?」



 聞きなれた高めの声。味山が休憩室の入り口に目をやる。


「あ? クラーク?」



 赤い髪に、白すぎる肌。ウサギのように光る紅の瞳。


 ソフィ・M・クラークがそこにいた。



「やあ、アジヤマ。昨日ぶり……。うわ、それ飲んだのかい?」



 ソフィが目を細める。戦闘用の小さな望遠鏡のような義眼は外れ、日常用の義眼が、その顔を彩る。


「……ああ。ユニークという言葉ではフォロー出来ない劇薬だった。多分もう飲まない」



 味山は空き缶をゴミ箱に捨て、またソファに座り直した。ソフィがくくくと笑いを噛み殺しながら味山の対面のソファに腰掛ける。




「くく、ここはバベル島だからね。探索者という好奇心の強い連中を新商品の実験台にしてるのかもね」



「やめろよ、どこかのオカルト雑誌に載ってそうなこというのは」



「くく、悪かったよ。その様子だとだいぶ正気に戻ったようだ。安心したよ、昨日のキミたちの様子は、なんていうか、その……」



 いいよどむソフィ、味山はため息をついた後に、


「……いかれてたか?」



「ああ、それ、それそれ。いかれてたよ。塩漬けプレイを公営の病室の中でするとはさすがに予想していなかった」



 くくくと笑うソフィ。愉快げに喉を鳴らす笑い方は妙に似合っている。




「……色々あったんだよ。割とヤバかったんだ。マジで」



「……そうか。ワタシはわからなかったんだけどね」



 ふと、ソフィの視線が下がる。


「クラーク?」



「アジヤマ、アレタに聞いた。詳しくは話してくれなかったが、アレタはここ数日、"遺物"による影響を強く受けていたんだろう? アレタが言うには、キミの塩漬けプレイのおかげで助かったと言っていたが」



「……塩漬けプレイじゃねえよ。……信じるのか? かなりお花畑な内容だと思うが」



 味山が目を細めてソフィに問う。ニセフィールドの存在、いや、そもそもアレがなんだったか、結局味山にもわかっていない。



 それをどう説明すればいいものか、味山が考えているとーー






「信じるさ」




「え?」




 短い言葉、ソフィの紅い目が真っ直ぐ味山を捉える。




「アレタ・アシュフィールドが言うことならワタシは信じる。ワタシにとって彼女とはそういう存在なんだ」



 声量は大きくない。しかし、その言葉は何かの力を秘めているのでないかと思うほどに、重たく、伝わる言葉だった。



「ま、まあ、凄いヤツってのは認めるけどよ」



 味山がソフィのノリについていけず、よくわからない返事をして、



「アジヤマ、感謝を」





 ふと立ち上がったソフィ。すぐさまそこで深く、深く、頭を下げていた。



 誰に、俺か。


 味山が目を剥く。あのソフィ・M・クラークが頭を下げている。


「いや、待て待て待て。お前、なに、なんだ急に」



「礼を尽くそうとしているのさ。ワタシは彼女が苦しんでいることにすら気づかなかった。すんでのところでワタシは彼女を喪うところだった。でも、キミがいた。キミがワタシの大切なものを守ってくれた」



 頭を下げたまま、ソフィが話す。赤い髪に隠れた表情は見えない。




「あ、ああ、はい、てかもう、頭上げてくんね」



 味山の言葉にソフィが顔を上げる。真っ直ぐな目でこちらを見つめていた。



「あの時もそうだ。耳と遭遇した瞬間、キミは真っ先に命を投げ捨てた。アレタを守るために、キミは自分の役割を成し遂げ、あまつさえ帰還した。すごいヤツだよ、アジヤマ」



「"女史"に褒められるってことは、俺も捨てたもんじゃないのか?」



 少し調子を取り戻した味山が努めておどけてみせる。ソフィがその意を汲んだように、柔らかく微笑んだ。



「……くく、誇っていいよ。ワタシが本心から感心することは多くない。そして、助手…… 重ねてグレン・ウォーカーを連れ帰ってくれたことにも感謝を」



「ありがとう、アジヤマタダヒト」




 そして、もう一度下げられる頭。味山は思わず一緒に頭を下げていた。




「あ、え、こりゃ、どういたしまして……」



「くく、味山、キミが頭を下げてどうする? ニホン人は礼儀正しいというが、それはどうなんだい?」




「あ、ああ、悪い。癖みたいなもんだ」



「癖! くく、そうか、なら仕方ないな。癖、ときたか、はははは!」



 ソフィが形の整った顔で笑う。その笑いがひと段落ついた後、味山はわずかに唾を飲み込んだ後に、ソフィに向けて話しかけた。





「なあ、クラーク一ついいか?」



「なんだい? 今なら大抵の事は話すと思うが」


 目尻に溜まった涙をぬぐいながら、ソフィが答える。どういう笑いのツボしてんだ、こいつ。味山は言葉には出さない。



 聞きたいことだけを、聞いた。



「お前にとって、あいつ。アシュフィールドはなんなんだ?」




 難しい質問だろう。



 だが、気になった。どれだけ難解な答えが返ってこようと、頑張って理解しようとしてーー






「全て」



「す」



 予想以上の答えに思わず間抜けな一言が漏れる。




「全てさ。味山。ワタシは彼女がいるから世界を見ていられる。こんなクソに満ちた世界でも生きていこうという気になる。キミはアレタを救ってくれた。つまり、ワタシを救ってくれたんだ」



 そう語るソフィの目に味山は映っていない。ここにはいない星を見ている目だ。





「なんか…… すげえな」



 感想はそれしかなかった。1人の人間、他人に生きる理由を見出すという価値観を味山は持ち合わせていない。



 だから、その言葉しか出てこない。



「くく、聞かないのかい? 何故ワタシがここまでアレタに想いを寄せる理由とか」



「ああー…… まあ気になるけどよお、回想とかダれるからまた時間があるときでいいや。そういや、グレンはもう大丈夫なのか? なんだかんだで、まだ見舞いに行けてねえ」



 だから、これは心からの言葉だった。



 一瞬キョトンとソフィが表情を忘れて、それから笑う。面白くて仕方がないと言わんばかりに。


「くく、キミ…… ああ、アレタがキミをそばに置きたがる理由が少し分かった気がする。なんか、キミ、アジヤマ。楽だね」



「え、微妙にディスられた?」



「いいや、褒めたのさ。……アジヤマ、ワタシからも1つキミに質問をいいかな」



「なんだよ、改まってからに」



 味山はつぶやき、そして息を呑んだ。



 ソフィの瞳、赤く輝くその紅玉の目。それが味山を貫くように見つめる。




「ふふ、そんな身構えないでくれよ。他愛無い仲間内のテキトーな話さ。ゴジラとキングギドラどっちが好き、とかそんなレベルのね」



 いや、そんな顔じゃねえだろ、それ。味山は無粋なツッコミを押さえて、ただ、ソフィのことばをまつ。



 電灯のぶうんという音だけが聞こえる沈黙の中、ソフィの声がふと現れた。



「キミはアレタの味方でいてくれるかい?」



「あ? なんだそりゃ」




「言葉通りの意味さ。アレタ・アシュフィールドになにが起きても、キミは味方でいてくれるのかい?」



 味山はすぐには答えることが出来なかった。なんでもないくだらない話、そのはずなのに、ソフィの顔が、あまりにも。



 穏やかな笑顔、アルビノに彩られた美貌。それが何故か味山には、今にも泣き出しそうな小さなこどもに見えた。




 続く沈黙、味山は赤い瞳の視線から目を晒し、磨かれた床をぼうっと見つめながら、言葉を紡ぐ。




「……探索者法5条、補佐探索者従事義務」




「え」



 訥々と漏れた味山の言葉、ソフィが赤い瞳を大きく開いた。




「全ての補佐探索者は、己の補佐するべき指定探索者、これの保全を最大限目指すものとする。指定探索者の意思、目的の保全、探索の完遂こそを目的とするべきである」



 つらつらと語られる味山の言葉、そして




「というわけだ。クラーク。俺が補佐探索者である限り、俺にはアシュフイールドをいい感じに助ける義務がある。常識とルールの範囲内で、きちんとアイツの味方をするさ」




「ああ、なるほど。くく、それは口約束よりも固いものだ。うん、キミは信用出来そうだね。ありがとう、アジヤマ、真面目に答えてくれて」



 満足したようにソフィが頷く。思い出したように指を振りながら口を開いた。




「ああ、そうだ。グレン。この時間ならグレンも暇しているだろう。顔を見せてあげておくれよ。助手にはワタシが伝えておく」



「おお、どうも。まだ病室には戻れそうにねえしな。じゃあ少し行ってくるわ」



「ああ、行ってらっしゃい」



「アジヤマ」



「あい?」



「……いや、すまない。なんでもない。近いうちにまたキミと話がしたいな。アレタの快気祝いついでにね」



「おお、了解」




 味山は席を離れる。そういえばチームを組んでからクラークと2人で話すのはこれが始めてだったかもしれない。



「じゃあまたな、クラーク。アシュフィールドの退院の日が分かったら教えてくれ」



「ああ、わかった。またね、アジヤマ」



 ソフィに手を振り、味山が休憩室を出て行く。確かグレンの病室は近い。様子だけでも見にいっておこう。




 清潔な廊下を、医療関係者に会釈しながら味山が進んでいく。グレンの病室はすぐ、近くだ。




 ……

 …


「アジヤマ…… キミから話してくれるのをワタシは期待しているよ。ワタシにはキミのように出来の良い"耳"はないのだからね」



 1人、休憩室に残ったソフィが机に突っ伏しながら、小さく呟く。


 その言葉は休憩室の外には決して届かない声量だった。











 ………

 ……



「いやー!! そうなんすよー!! うん、でも、もうだーいぶ回復したし! 特別手当も出そうだから今度遊びに行くときは奮発しちゃうっす!」



「うわあ……」



 そいつはそこにいた。



 味山より少し広い病室。ベッドに腰掛け、満面の笑みで通話中のグレンがいた。



 身体には所々まだ包帯やガーゼが巻かれている。外傷がおおかったのだろう。




「っおっと!! うん、じゃあそういう事で! え、ダイジョーブ、ダイジョーブ!! その辺はなんとかするっすから。え、すげえ、なんで分かったんすか? うんうん、オッケー! タダもきちんと連れてくっすから、うん、楽しみにしてるっす!」



「終わったか?」



 味山は病室に入り、スツールに腰かけた。




「ふふふ、終わったっす。いよう!! タダ! 面向かって話すのは久しぶりっすね。お互い、生き汚いようで何よりっす」



「はっ、お前もたいがい頑丈だな。生きててよかったよ、グレン」



 どちらからともなくあげた手のひら、パチンと小気味良い音が鳴り響く。



 へらへらと笑う男2人、その笑顔は怪物と相対した時と同じものだった。



「まあ座れよ、タダ! つーか、お前昨日のアレなんすか? アレタさんに塩ぶっかけてたヤツ!! ヤバイっしょ!」



「ああ、さっきクラークにも言われたよ。精神鑑定も受けさせられたしな」



「イッヒ!! 精神鑑定!! アッハハハ! そりゃそーすよね! アレタ・アシュフィールドに塩ぶっかけりゃそりゃそーなるっすよ!! やべえ、バカがいる、バカが」



「うるせえ、切羽詰まってたんだよ。それよりグレン、さっきの電話は?」



 味山の問いかけ、瞬間、グレンが目を見開き辺りを見回した後、にたりと口角を吊り上げた。



 うわ、人相悪。



「ふ、ふふふ、タダ。その答えを聞いた後のお前のセリフはもう決まってるっす。"マジかよ!! グレン様すげえ!"お前は必ずこう言う」



「うわ、めんどくさ。で、なんの電話だったんだ? 俺の名前も上がってたけどーー」



「あめりやの女の子たちとの仕事抜きでの飲み会、合コンのセッティングの話っす」



「マジかよ!! グレン様すげえ!!」


 がたん! スツールを倒す勢いで味山が立ち上がる。やっほう!! 美人との合コン! しかもあのあめりやの女の子。


 約束された勝利の宴じゃん!!



 味山のテンションが急に上昇する。


「はっはっは!! 転んでもタダでは起きない。探索で死にかけしかし生還する、美女軍団との合コンもセッティングする、これを同時にやるのが上級探索者ってもんすよ!」



「やべえ、上級…… 一味違うな」



 ごくり、味山が唾を飲み込み、笑う。グレンも釣られて笑った。



 防音の部屋の中で、男2人が遠慮なく笑い合う。腹の底から響く笑い声、しかし片方の笑い声は小さくなる。




「あっはっはっは…… は…… なあ、タダ」



 笑いを止めたのはグレンだ。しんと、静まり返った表情を味山へと向ける。



「あ? 何だ」



「……聞かねえんすか? 俺の身体の話」



 少し詰まった後、それでもグレンはことばを絞り出した。



「あー……」



 "グレン・ウォーカーはラドン・M・クラークによって調整を施された"宿主体"だ"



 味山はあの時、TIPSがささやいた内容を思い起こした。具体的なことは分からないが、どうやらグレンにも色々事情があるらしい。



 まっすぐこちらを見つめるグレンの顔を味山は眺める。何緊張した顔してんだか。味山は一度目を瞑って、それからグレンの顔を見た。




「っ……」



 グレンが追求を覚悟したように、唇を噛んでーー




「グレン、俺の身体の中にはよお、クソ耳の耳糞が埋め込まれてんのよ。おまけに夢の中には真っ暗なしゃべる人影、通称ガス男に、この前カレーにして食べたカッパのミイラ、キュウセンボウが棲みついてる」



「は? タダ?」



 突如始まった味山のぶっちゃけ話にグレンが目を白黒させる。


 味山は構わずベラベラと話し続ける。



「クソ耳の耳クソは相変わらず役に立つかどうか微妙なヒントしかよこさねえし、ガス男も俺の夢の中で魚釣りばっかしてやがる。キュウセンボウは…… まあ、可愛いからいいか」



「いや、タダ、お前何言って……」




「あー…… つまりだな、その、グレン。お前いちいち男のそんな身の上話っつーか、隠し事みたいな話聞きたいタイプか?」



「あ……」



「そう言うことだ。悪いがグレン。キョーミねえよ。……だから、聞かねえし、説明もいらねえ、頑丈で良かったな」



「……ははっ、なんだよ、こっちは色々……考えてたんすけど」



「キョーミねえよ、だから。つーか今はそれよりも! 重要なことがあるだろ」



 ニヤリと味山が笑う。その笑顔にグレンも釣られて笑う。




「「どうやってあの2人にバレずに合コン行くか!!」」




「ぶはっ!」



「ひひっ!」



 2人が笑い合う。下品に、大口開いてそれぞれの傷口が痛むのも構わずに笑う。



 死地より戻りし、2人の男。互いの事情を全て知らなくても2人は友達、悪友だった。




「てか、マジな話。どうやって合コンいく?」



「タイミングを間違うわけには行かないっすからね。アレフチーム全員が退院してわちゃわちゃしてる時を見計らうのはどうっすか?」



「ふむ……」




 味山とグレンは互いに首を捻り、頭を回転させる。その表情は、探索の時よりもよほど深刻なものだった。







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