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39話 侵食、そして凡人は扉を叩く。

 

 ……

 …


 〜味山只人が目覚めるよりも少し前。


 〜9月14日、遠山鳴人捜索任務の翌日〜


 〜探索者組合、管理病棟、902号室、あたしの部屋にて〜



「アレタ、もう加減はいいのか?」




「大丈夫よ、アリーシャ。ごめんなさい、今回はあたしが足を引っ張っちゃった」




 清潔な白に満ちた病室、アリーシャがベッドの近くに腰掛ける。



 夕日が部屋をオレンジ色に染め、もうすぐ夜がやってくる。



「……現在、お前の身体に起こった事は調査中だ。すまないがしばらくは検査のためにこの病棟にいてもらう事になる」




「ええ、分かってるわ。アリーシャ。"ストームルーラー"があたしの意思に反して起動したんだもの、調査は必要よね」




「それもあるが一番はお前の身体だ。號級遺物の所持者には何が起こるかわからないのだからな」




「ふふ、ありがと、アリーシャ」




 あたしの唇が、にこりと笑顔の形を象る。



 違う。



「そういえば、アリーシャ。グレンの容態は? あたし達の中で1番重傷って聞いたけど」



 違う。


 あたしの唇が、喉が、勝手に言葉を繰る。



「ああ、安心しろ。昨日無事、グレンは目を覚ました」



「そう、よかった。大事な仲間だもの。本当に安心したわ」



 違う。貴女の仲間じゃない。あたしの仲間だ。



 あたしじゃない誰かが、あたしの代わりにアリーシャと話し続ける。



 目が覚めてから、すぐに異変に気付いた。あたしの身体の中に、あたし以外の何かがいる。




 それが、あたしの代わりに笑い、話し、微笑う。


 あたし以外の誰かが、アレタ・アシュフィールドをしている。



 あたしはそれをただ、眺める事しか出来ない。



「ふむ、アレタ、今は休め。遺物の調整や、本国とのやり取りは休養を取ってからだ」




「ふふ、ありがと、アリーシャ、ああ、そうだ。あの人…… あじ山タダ人は目を覚ましたのかしら」




 やめて、貴女があたしの顔で、あたしの声で振る舞うのをやめて。



 ねえ、アリーシャ、お願い、気付いて。これはあたしじゃない…… あたしじゃないの。



 そんな願いは言葉には出ない。アリーシャがあたしじゃないアレタに向けて言葉を返す。




「味山はまだ眠っているようだ。身体はボロボロのようだが、彼も丈夫な男だ。すぐに目を覚ますさ。お前も休め、アレタ」




 違う、アレタじゃない。ここにいるのはアレタじゃない。アリーシャ、わからないの……?



 あたしの願いも虚しく、アリーシャが手を振りながら退席する。



「そ、わかったわ。また教えてちょうだい」




「ああ、そうしよう。アレタ、お前が無事でよかった。また顔を観にくる」



 ああ、ああああ……。アリーシャが柔らかな微笑み、あたしの好きなお日様みたいな笑顔を、向ける。



 違う、ちがう。



 アリーシャ、ちがうよ、お願い、気付いて。



「ふふ、ありがと。アリーシャ、おやすみなさい」



「ああ、おやすみ、アレタ」



 プシ。自動ドアが開き、アリーシャが居なくなる。



 夕日のじわりとした暖かさが、薄い病衣の中の身体を暖める。


 感覚も、視界も全てあたしのもの。なのに、言葉が、動きが、誰かに奪われていて。




 ドアが、閉まった。



 夕日、黄昏の世界の中、あたしは1人になる。




「あは、うふふ、気づかなかったね。貴女じゃないのに」



 あたしの唇で、誰かが微笑う。



「あ、監視カメラは壊しておかないと。1人で喋ってたら精神鑑定受けるハメになるね」




 パチリ。あたしの指が鳴る。



 途端に部屋のあちこちから、小さな破裂音が響いた。





 誰、貴女は誰。



「ふふ、アレタ・アシュフィールド」



 違う、 それはあたしだ! 誰?!



「うふ、だから、アレタ・アシュフィールドよ? アリーシャ・ブルームーンは少なくとも、私をアレタと呼んでいたよ?」



 違う!! あなたはあたしじゃない! 返して!




「うふふ、返して…… 返して、かあ……」



 それがあたしの顔で嗤う。



 どうして、どうやって! あたしに何をした?!



「あはぁ…… さすが、ね。こんなふうになっても自我が残ってるんだぁ」



 ソレがあたしの指で、あたしの顔を撫でる。気持ち悪い、自分の指なのに、他人に触られているような感覚。



「何を、したか。うーん、まあ、シンプルに言うとね。時間切れ、タイムアップってやつなの」



 タイム、アップ……?



「そう、タイムアップ。貴女は、ストームルーラーの耐用期間を過ぎてしまったのね。器としてはもう限界なわけ。だから、私が見えた、私に見つかっちゃったの」



 夕焼けの中、ソレが嗤う。何を言っているのかわからない。なのに、ソレが嘘を言っているとは思えなかった。




「綺麗な金色の髪…… 夕日に透かすと輝くのね…… 光が伝わって垂れるみたい…… あは、いいなあ……」



 背筋が冷たくなる、でもその感覚すら徐々に遠くなっていくような……




「これは代償よ、貴女は遺物から力を得た。遺物に近づきその力を利用した。貴女は器に適してるから出来たのね…… でも限界がきたの。コップに入れて溢れた水みたいにね」



 遺物…… ストームルーラーに関係があるの? 何者…… 貴女は……



 あたしが問いかける。あたしの身体であたしを模すそれに。



「あは…… そうね…… んー、今は、今回の私の名前は……アレタ・アシュフィールド……もしくは、ストームルーラーでもいいわ。貴女が私の手を握ってくれたから、私はここまで侵食出来た…… 感謝しなきゃ、ありがとう」



 ストーム……ルーラー…… まさか、遺物に人格が……、そんなわけ、あるわけがない。



「あは、でも事実よ。厳密には遺物に人格があるというよりは…… まあ、いいわ。その辺は説明が面倒だし、今の貴女にとってそんな事どうでもいいだろうしね」



 あたしの髪を弄りながら、ソレか呟く。自分のものように。



「ああ、そうだ。こうしようよ、誰かが貴女に気付いたらこの身体返してあげてもいいよ」



 黙れ、お前に提案される事などないわ。どれだけ強い言葉を選んでも、あたしの唇はその言葉を紡がない。




「あは、自分の立場がわかってないのね…… 貴女このままだと消えるよ?」



 消える……?



「そう、消えるの。誰にも観測されないモノは忘れ去られて、消える。そういうものでしょ?」



 何を、馬鹿な……



 あたしはつぶやきながら、気付いた。何か、あたしの中の決定的な何かが薄れていっていることに。



 ソレがあたしの唇で、あたしの顔で、あたしの身体で話すたびに、あたしが薄れていく。




「気づいたみたいね…… でも、大丈夫、きっと貴女に気付いてくれる人はいるよ。だって、貴女はアレタ・アシュフィールド。この世界の英雄なんだもの。今まで貴女は、他人の為に闘った、自分以外の誰かの為に戦い続けた。大丈夫、安心してよ。貴女は、お星様なんだから、きっと、みんな気づいてくれるよ」




 ……貴女は、何をしようとしているの?




「うふ、探し物…… いや、違うね、人を探してるんだ。ずっと、ずぅっと昔に別れた人…… もう一度、会いたいんだぁ」



 恍惚な声、ソレがあたしの指で、あたしの顔を撫で回す。




「似てる人は、何人か見つけた。でも違う…… あの人じゃない…… ああ、もしかしたらもう、いないのかも…… あは、いないんなら、造ってしまおう…… あはは、うふふふ」




 いかれてるわ、貴女。さっさと身体を返しなさい。



「あは、だーから。貴女が貴女じゃないって誰かが気付けば返してあげるって。……ふああ、眠くなってきちゃった…… 疲れてるのね、もう寝るわ。あなたも寝なさい」




 待って、まだ話は……



 それがあたしの身体を動かしベッドに潜り込み、目を瞑る。



 あ…… 途端に襲ってくる眠気、普段と同じ眠気のはずなのに、今日はそれがやけに恐ろしかった。





 ……

 …

 〜9月15日〜


 〜わたしの部屋〜




 それから、翌日。




 みんな、お見舞いに来てくれた。




「いやー、すんませんっした、アレタさん、 センセイ、独断で残っちゃって、大怪我して! でも、この通り、グレン・ウォーカー大復活っす!」



「あは、グレン、よかったわ、元気そうで。もう身体は大丈夫なの?」



「アレタ、この男は丈夫さだけが取り柄の存在だ。それより、キミの方がワタシは心配だよ」



「ふふ、なあに、ソフィ。やけに優しいのね。こんな事ならいつも検査入院してた方がいいのかしら?」




「バカな事を言うなよ、アレタ。キミは我々の要だ。無理はせず、今はゆっくり休んでくれ」


「そーそー! タダもすぐに目覚ましますから、そしたらみんなで祝勝会しましょ! 祝勝会!」



「ふふ、そうね、楽しみにしてるわ」



 みんなが、微笑っている。元気になったグレン、いろいろな後処理をしてくれてるソフィ。みんな大事なあたしの仲間。



 でも、みんな気付かない。ソレがあたしではないことに。



 あたしじゃないアレタ・アシュフィールドに皆が優しく声をかける。



 あたしじゃないアレタ・アシュフィールドが、その声に応える。



 何も、問題はない。誰も気付かない。




 みんなが、お見舞いに来てくれた。次の日も、次の日も、次の日も。



 〜9月16日〜


 〜もう、私の部屋〜



「やあ、アレタ・アシュフィールド、気分はいかがかな」



「ええ、もう、問題ないわ。ごめんなさいね、大統領。ストームルーラーの件、国連に色々言われてるんじゃないの?」



 病室に広がるムスクの香り、撫で付けられた金髪に、白い歯を見せながら壮年の男が、笑う。



「ははは!! 気にするな、我らが52番目の星よ、キミの功績に比べれば今回のことなど痛手にはならんよ。それより大事な身体だ。何か必要なモノがあれば遠慮なく言ってくれ! 合衆国は英雄に報いる国だからな」




「あは、いいのかしら、そんな事言っちゃって、後悔するかもしれないわよ」




「おっと、これは失言だったかな、どうも大統領選から数年が経った後でも癖は治らないらしい。それか、星と久しぶりに会ったことで、舞い上がってるのかもしれないな」



「あら、お上手ね、大統領。ふふ、また頼らせてもらうわ。ありがとう」



「ああ、そうしてくれ。ラズウェル! 今の会話を記録したか? ホワイトハウスでのシアターでまた流そう」



「かしこまりました、大統領。アシュフィールドコレクションに入れておきます」



 皆が、アレタ・アシュフィールドのもとへ集まる。ソレが、アレタ・アシュフィールドとして、振る舞う。



 誰も気付かない。今笑っている女が、あたしじゃないことに。



 あたしじゃない? あれ、あたしって、私?


 その次の日も、また次の日も。



 〜9月17日〜


 〜あ?$$2しのへや〜



「アレタ」



「アレタさん」




「アシュフィールド特別少佐」



「我らが52番目の星」




 〜9月18日〜



 〜?#/&2 Sh¥☆a$$har)のへ@$$〆や〜




「アレタ・アシュフィールド」






 違う、違うの。みんな、おねがい、気付いて、気付いて。



 ソレはあたしじゃない、あたしじゃないのに……




 ……あたしって、だれ?





 ……

 …


 〜9月18日〜



 〜アレタ・アシュフィールドの病室にて〜


「あは、誰も、気付かないね。貴女が今までやって来た事って、なんだったんだろうね」



 もう何度目かの、夕焼け。面会時間が終わった後、ソレが呟く。



 あたしは……



「きっと、みんな誰でも良いんだよ。アレタ・アシュフィールドは貴女じゃなくてもいいんだ。だから、誰も気付かない。星がすげ変わっても、明るくて、足元を照らしてくれたらそれでいいんじゃない?」



 そんな、わけ……



「仲間でも、国でも、今まで貴女の光に魅せられていたモノでも、結果今日まで誰も気づかなかったし、貴女ってほんとは誰からも必要とされてなかったんじゃない?」



 ……なんで、誰も……



「それはね、貴女が1人だから。貴女は誰も届く事の出来ない高くて狭い塔の上で1人、踊り続ける人生を歩んで来た…… 誰も理解しようとせず、誰にも理解されていない。だから、貴女が消えても、誰も気付かない、悲しまない」



 あたし…… あたしは、アレタ・アシュフィールド……?



 ほんとに…… ? あれ、どうだったっけ……



 あたしは指定探索者'52番目の星"



「でも、星条旗の国の王は貴女に気づかなかったよ」



 …あ、たしは……、嵐を堕とした……みんなのために…… 人類の更なる発展のために




「でも、その偉業に魅せられた子たちも貴女には気づかなかったよ。私が微笑むとみんな喜んでくれた」




 〜$€1たし……は、アレフ……チームの、リーダー……




「でも、ソフィ・M・クラークも、グレン・ウォーカーも、私を心配してたよ。貴女には気づかなかった」




「ううん、彼らだけじゃない。アリーシャ・ブルームーンも、テレビ電話で話した貴女の妹も、組合の人間も、いきつけの店の主人も、誰も、誰も、誰も、貴女に気づかなかった。ねえ、貴女」




 夕焼けの中、それの…… アレタ・アシュフィールドの唇が動いた。





「貴女って、一体だぁれ?」




 ……あたしはーー




 ……あれ、あたし…… あたしって、誰だったけ?



 アレタ・アシュフィールド? でも、アレタ・アシュフィールドはイル。だって、誰も心配してない、あたしがいないのに、アレタ・アシュフィールドがいるから、誰も。


 アレ、あれ?


 アレタ・アシュフィールドって……誰?




「あは、私…… ううん、あたし。あたしが、アレタ・アシュフィールド。もう、貴女はいらないわ」



 ああ、そっか。



 そうだよね、あたしがいなくても私が、あたしがいる。


 誰も悲しまない、誰も気付かない。


 なら、もう…… いっか……




 あたしの輪郭が消えていく、酷く眠くて、寒い。


 でも、視界だけははっきりしていて





「おやすみなさい、もう、誰でもない誰かさん……」



 最期に聞いた声は、あたしの声だった。酷く冷たい、ああ、ほんとにひどい声。



 ーーーーに、会いたい。そう言えば、彼にだけは結局、まだ会えていなかった。



 でも、あたしじゃなくても、私がいるから大丈夫。



 きっと、彼も悲しまない。なら、いっか。


 もう、名前も思い出せない誰かの事を思いながら、あたしはその冷たさの中に、消えて。









 こん、こん。



 ノック、面会時間は過ぎている。





「あっ、す、すいませーん。アシュフィールドさん、起きてますかー?」




 誰かの声、とても懐かしい、声がした。



「……ふうん、思ったよりも早く起きたんだ、流石はあの人のーー」



 アレタ・アシュフィールドが小さくつぶやいた。その姿だけ、初めてソレが人間らしく見えた。





「すまーん、味山でーす。アシュフィールドさんのー、お見舞いに来ましたー」



 呑気な、声、とても呑気な声で、ドアの向こうの人間は、アジヤマと名乗った。



 その響きは、あたしにとって、とても懐かしく、夏の匂いがする声だった。









 ………

 …



「あれ、もしかしてもう寝てる? 出直すか?」



 味山は、こそこそと自分の病室を抜け出た後、書き置きに残されたメモに従って、アレタの病室の前にいる。



 エレベーターの1番上、二つしか部屋のないそのフロアの1つ、902号室に味山はたどり着いた。



 自動ドアから反応はない。どうしたものかと味山が考える。


 あれ、冷静に考えるとこの格好、病衣にスリッパ、傍りには食塩の袋。



 もしかして、かなり怪しい?



「やべえ、アシュフィールド! アレタ・アシュフィールドさぁん! お見舞いでええす! お見舞いに来まっーー」



 焦り始めた味山がドアをノックしようとしたその時、



[もう、タダヒト、騒がないで。他の人の迷惑になるわ。今開ける、入って頂戴]



 むくれたような、それでいてわずかに跳ねた声、インターホンからアレタの声が響くと同時に、ドアが開いた。



「あ、どうも、騒いですいません」



 味山が頭を下げながらドアの中、部屋を見通す。


 すげえ、なんか俺の部屋の2倍くらいありそうだ。清潔な白い部屋には様々なものが置かれている。



 見舞いの品であろうなんか木みたいな花とか、高そうな調度品、あ、なんか透明な冷蔵庫みたいなんもある。



 味山が目を奪われた広い病室、その中央奥からいつもの声が届いた。



「ハァイ、タダヒト。久しぶり。ずいぶん寝坊助さんだったのね」




 アレタ・アシュフィールドがそこにいた。



 ベッドの上に腰掛け、手を振っている。



「入って、タダヒト。ドア、閉めれないわ」



「ああ、悪い、悪りぃ」



 味山が、部屋に踏み入る。





 TIPSー#2$€€€€€ in$v€idi€a



 あ?


 TIPSが、耳がいつもどおりにヒントを拾おうとして、それが途切れた。



 なんだ、これ。



 味山が足を止める。クソ耳?


 思わず右耳を何度かポンポンと叩いていると、



「あら、どうしたの、タダヒト。耳、調子悪いの?」



 アレタが話す。


 うお…… 味山はその姿に目を奪われた。



 その金色の髪、黄昏れの光を讃えて怪しく光る。


 彼女の蒼い瞳、濡れているそれ。味山は自分の中身を見通されている気分になる。




 神秘、神が秘された美しさがそこにあった。頼りない薄さの病衣に包まれたその肢体が、長い脚が組み変わる。



「お…… おお。いやなんでもねえ。良かった、アシュフィールドお前も元気そうだな」



「……っふふ。そうね、ええ、元気よ、すこぶる元気…… まるで生まれ変わったようにね。ねえ、タダヒト。話したいことが沢山あるの。近くに来て」



「近く?」



「そ、ここ」



 大きなベッド、自分の寝床を女がぽんぽんと叩く。その動作一つ一つに、味山は目が離せない。




「ねえ、タダヒト。私の近くに来て」




 了解、アシュフィールド。



 いつものやりとり、アレタの言葉に2つ返事で応える味山。いつしかそのやりとりが心地よくなっていた。




 了解、アシュフィールド、了解、アシュフィー了解、アシュフィールド、了解、アシュフィー了解、アシュフィールド、了解、アシュフィー了解、アシュフィールド、了解、アシュフィー了解ーー




 だが、








「いや、お前だれ?」




「…………………え?」




 だが、今回は違った。味山は足を止める。長い沈黙の後、その女がキョトンと声を漏らした。




「いや、え、じゃなくて、お前、誰だ? アシュフィールドじゃないだろ」



 え、ていうかマジで誰? 見た目はアシュフィールドそのものなのに……



 味山は身体中に鳥肌が立ち始めるのを感じた。ポカンと口を開いてもなお、整った顔立ち、間違いなく、アレタ・アシュフィールドの貌だ。




 でも、違う。




「……何言ってるの? タダヒト、私……あたしよ、あたし。アレタ・アシュフィールドよ」



 ケラケラと笑うその声、その仕草。


 全部、アレタ・アシュフィールドのものだ。でも、違う。




 アシュフィールドじゃ、ない。



 それだけ、味山にはそれだけがわかった。




「違う、お前はアシュフィールドじゃない。お前は」



 なんの根拠もない。



 証拠も、理由も、確信も、何もない。



 ヒントすら味山の耳に届く事はない。それでも、味山は自分の言葉に絶対的な信を置き、その女に向けて問うた。




「お前は、だれだ」




「………あは」




 女が、笑った。



 夕焼けの空、しかしその病室には外で浮かぶように飛ぶ海烏の声は聞こえなかった。




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