37話 Eルート
……
…
〜味山只人、グレン・ウォーカーが撤退戦を行っている頃、混合部隊、ハンヴィー車内にて〜
「だから!! "耳"だ! 至急討伐隊を、編成しろ! アレフチームの2名がまだ戦場に残っている! 勇気ある彼らを見殺しにはできない!」
揺れ動く車内、跳ねるシート。
遠い運転席から聞こえるのは、チャールズ隊長の声かしら。
あたしは、薄く目を開いて車内を見回す。身体が熱い、熱に浮かされて、考えがまとまらない。
「アレタ、起きなくて良い。目を瞑っているんだ」
ひんやりとした掌が、あたしの頰に当たる。冷たくて気持ちいい。真白な、雪が積もったような肌の色。
ソフィだ。
「ソフィ…… 今、どんな状況なの…… 」
「……落ち着いて聞いておくれ。今、我々はベースキャンプに到着し、そこから帰還ポイントへ向かっている。あと15分もしないうちに安全圏につくんだ」
その言葉を聞いて、あたしは身体の細胞が一斉に湧き上がる感覚に襲われた。
「ま、まっ……て、ソフィ。それ、おかしいわ…… 帰還……? だって、まだ、任務は…… え……?」
ーー俺のビンタも躱せねー雑魚はいらねー。邪魔だ。
白昼夢にいるようなおぼろげな感覚、でも彼の言葉だけははっきりと覚えていてーー
「あ、う、あ…… ダメ、ダメダメ…っ、タダヒト、タダヒトが、まだ残ってる!! ねえ!! ソフィ!! タダヒトは?! 一緒なのよね?! グレンもよ!! 2人は?! 2人はどこ?!」
記憶、記憶、記憶。
夢から覚めた直後、朧げに消えかけの夢のように記憶が、瞬く。
残ってる。そうだ、思い出した。
タダヒトとグレンだけが、殿として残ってしまってる。
何のために?
あたしのせいだ。
耳。そう、あの化け物が現れた。だめ、タダヒトとグレンだけじゃ、絶対に勝てない。あたしがいないと、絶対に。
「お願い…… お願いよ! ソフィ、戻して!! あたしも戦う! 見捨てれない! あたしが救わないと!!」
言うことを聞かない身体を無理矢理に動かす、痺れが手足の先に伝わる。
「ねえ!! 聞いてるの?! ソフィ!! 貴女、グレンが大事じゃないの?! 貴女のパートナーでしょ?! ソフィ!! ソっ……?!」
プシッ。
え?
首元に、ソフィの手が伸びていた。避ける事は出来ない。炭酸の気が抜ける音と、ひんやりした痛みが、首元を走る。
「アレタ…… ごめんね。それでもワタシはキミが一番大事なんだ。死なせるわけにはいかないんだよ。ワタシの光を」
「あ…… ソ、フ…… タダ…… ヒ、グレ…… あたしが、た、すけ……ないと…… あたしは、じゃないと、生きて……意味が」
身体に走る血管が冷える。麻酔だ、麻酔が、広がっていく。
なんで、こんなに早くあたしに、薬が効くわけが……
「やはり…… ストームルーラーが逆流しているね。本調子のキミがこの程度の麻酔で眠るわけがない。……グレン、アジヤマ、すまない」
ソフィのひどく、ひどく寂しそうな目だけが、あたしの視界に残る。
身体中に冷たさと、倦怠感が周り、そしてーー
真っ暗になった。
闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇ねえ、いいの?闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇このままじゃあ、2人とも闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇死んじゃうよ?闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇
闇の中、声が聞こえた。
その声にたぐられるかの如く、あたしの意識は元に戻る。
眼が開いた。
「え」
あたしを見つめるソフィの赤い瞳、窓の外、車輪に巻き上げられ飛び散る泥、跳ねる車の振動に合わせて揺れた座席のストラップ。
「なんで」
それらすべてが、
静止した世界、まるで誰かが世界の一時停止ボタンを押したみたいに。
時が動きを止めていた。
夢、じゃない。それだけはわかった。視界は動く、でも身体は動かない。何が起きているの? あたしは無理やりにでも身体を動かそうとして
「ねえ、いいの?」
「っ?!」
声。
細胞が竦む。頭の中に直接響くその声はどこかで聞いたことがあるような。
「ねえ、いいの?」
居る、目の前に。その子はいた。
混合部隊の隊員が座っていたはずの助手席、そこにいる。ゆっくりと助手席から身体を乗り出し、あたしを見つめている。
「ねえ、いいの?」
金色の髪がしなだれる、簡素な灰色のワンピースに身を包んだ女の子だ。なんで、いつ、どうやって? さまざまな疑問が頭をめぐる、でも考えがまとまらない。
怖い。こわい。
なにこの子。いつ車に乗っていたの? いやそれより、おかしい。なんでこんな子が……
あたしはその子の顔を見て
「ひっ」
悲鳴がのどの中でくぐもる。顔、顔に、顔が見えない。初めて画用紙を触った小さな子が黒いクレヨンっでめちゃくちゃに線を引いたようなナニカに、その子の顔は塗りつぶされていた。
「まだ見えないのね。ねえ、いいの?」
「な、なにが」
「わかってるくせに」
鈴を鳴らす声、小さな小さな妖精がそれを鳴らしたように。
「このままじゃあ、2人とも死んじゃうよ。”耳”に殺される。灰色の髪の人は気絶したまま腕と足全部引き抜かれて死んじゃう。あの人も、戦って死んじゃう。貴女を守るために、死んじゃうよ」
「なにを、言って……」
「ぜええんぶ、いなくなるよ。あの日のお父さんとお母さんと同じ。もう二度と会えなくなるの」
息が、苦しい。
その子の塗りつぶされた顔が、近い。
「貴女はいつもそう。肝心な時に間に合わない。本当に大事なモノはいつも手に入らない。貴女の周りに残るのは、貴女の光にすがるどうでもいいモノだけだもの」
違う、違う。
「違わないよ。貴女は大切なモノを選ばない。貴女は自分にとっての大切なモノを選ばない。だって、貴女には大切なモノなんてないんだもの」
うるさい。
「ねえ、いいの。もう会えなくなるよ。もう2度とあの人は笑わない、あの人に笑えない、あの人と会えなくなるよ」
………いいわけがない。
「だよね。あの人は貴女の光に惑わされない。だってあの人には自分の火があるから。貴女の光は必要ないものね。だから、貴女はあの人に価値を示し続けなければならない」
ふ、ふふふ、あなた何者なの? 悪魔? 怪物がいるんだもの、悪魔がいたっておかしくないわ。
「ふふふ、悪魔、うん。それもいいかもね。ねえ、それでどうするの? 2人をこのまま放っておく?」
……いいわけがない。見捨てるわけがない。
「じゃあ、どうすればいいか、分かるよね。貴女はもう、なにをすればいいのか、わかっている」
その子が、笑った気がする。
細く、白い腕が差し出された。あたしが握るのを待っている。
「さあ、始めましょう。貴女のやりたい事をしてしまいましょう。貴女には、その力がある」
あたしには、力がある。
あたしの手がその子の手に伸びる。動く、身体が動いて。
ぐしぐしに塗り潰されたその子が、また笑った。
「おかえりなさい」
その子の手と、あたしの手が重なった。
嵐の音が聞こえる。
時間の止まった車内に、雨が、風が、雷が、嵐が沸き起こる。
その子の唇と、あたしの唇が同時に、同じ言葉を呟いた。
イブツ、ケンゲン。
「始めて、ストームルーラー」
「さあ、始めましょう。あの人を助けなくちゃ。ねえ、あーー」
その子の顔にまとわりつく塗り潰しの線が少し、薄れて、顔が見えかけた瞬間。
嵐が、世界を閉ざした。
………
……
…
〜大草原、嵐が通過した後〜
「う、げ…… 身体、痛……」
味山が地面を這いながら声を漏らす。ヒントに抗い、無理矢理に"耳の大力"を利用した反動が身体を襲う。
「すー…… すー… ぐおお」
「てめえ、呑気に眠りこけやがって…… は、はは」
笑えてくる。こみ上げる笑いを味山は抑えない。やった、やったぞ。生きてる、俺も、グレンも、生き残った。
「ざまあみろ」
それが誰へ向けた言葉かは分からない。だが、味山はグレンのそばで同じく仰向けになり、笑い続けた。
はははははははは。あー、ウケる。
しばらく自分の笑い声を他人事のように聞いて、それから自分の端末を取り出す。
ひとまずの危機は去った、はずだ。知らせ石はひんやりと冷たいただの石ころに戻り、頭に響くヒントもない。
「救援を呼んで、グレンを運んで…… アシュフィールドに謝って、そんで、 あー、しんど」
端末の救援アプリのアイコンを親指で押す。画面が、切り替わり短波通信が発せられた。
[emergency call emergency call]
[emergency call emergency call]
画面が真っ赤に切り替わる。キュイン、キュインと焦りを促す警告音とともに、端末から音声が鳴り響いた。
「これ……、まさか」
[Precipitation now Precipitation now]
[Precipitation now Precipitation now]
アレフチームに支給された端末は指定探索者が持つモノと同じ、ある特殊な機能がついた端末だ。
味山の端末が、グレンの端末が同時に同じ警告を発する。
この警告音の意味するもの、それは。
[Please immediately away from this place]
[Please immediately away from this place]
「沈殿現象……!」
どぷり。
気付いた時にはすでにそれは始まっていた。味山達が寝そべっていた地面が突如、固体から液体へと変化し始めていた。
「ちょ、おまえ、うそおおお?! それ、そんなりありか?!」
やべえ!! べっちょべちょじゃん! 地面。
味山が立ち上がろうと手を支えにすれば、ずぼりと腕が地面に沈み込む。
「は?! マジ?!! いや、ほんと、やめて、まじで」
反射的に身体を寝返りを打つように反転させる。身体が沈みながらも態勢が入れ替わる。
だめだ、これ。支えにした手とか足が全部沈み込んでいってる。
底無し沼にはまってしまったように、味山は動けない。こんな状況で沈殿現象に巻き込まれて、沈んだらどうなってしまうのか。
そんな事予想しなくても分かる。
「やべえ、やべえやべえ、これはマジでやべえ。考えろ、考えろ、なんか手がないかー…… ああ!! もう!! くそ! あともうちょいだったのに!! くそ!」
やけになりながら味山が叫ぶ。勢いよく肺を上下させた為さらにまた身体が沈んでいく。
辺りを見回せば、目測50メートルほど先の低木や、嵐にさらわれなかった怪物の死骸、それら全てが傾き、地面に飲み込まれるように沈んでいく。
俺も、このままじゃあ、沈む。
「ぐおおおお…… すー…… ……ふがっ? んん? っあー……」
寝息のリズムが変わる。そうだ、忘れてた! グレン!
味山がグレンの方へ視界を傾ける。
「おい!! グレン!! 起きろ! マジでそろそろいい加減起きて! やばいから!」
「っふあああ…… あれ、俺…… 生きてら…… ん、タダ……? なんで、お前地面に寝転がってんの?」
「はい、おはよう!! 寝転がってるように見える?! 寝起きで悪いけど周りの状況見てくれるかな?!」
「あー……… え、タダ、おまえ…… なんか沈んでない?………なんじゃあああ、こりゃああああああ?!!!」
「腹刺された時にしろ!! そういう反応は!! ジーパン!! 沈殿現象だ!! このままじゃあ沈む!!」
「誰がジーパンっすか! はあああああ?! 沈殿現象?! なんで?! 耳は?! え、てかなんで俺生きてんすか?!」
「耳はもういねえ!! お前はなんか知らんけど腹の風穴が塞がった! はい、説明終わり!!」
「説明になってねえっすよ!! いや、てかこれ俺生き帰ったのに、これ、死ぬくね?」
男が2人、ドロドロになっだ地面の上もがきながらギャーギャーと喚き続ける。
余裕もなにもない。ダンジョンの自然現象に人はあまりにも無力だった。
いや、やべえでしょ、これ。
味山は沈みゆく中、端末を必死にいじり救援信号を発信し続ける。
回線が重い。通話がまったく繋がらない。
「グレン!! 端末!! 救援を!!」
「もうベルトが全部沈んでるんすよ!! ほら、べっちょべちょ!! 水浸しで使えないんす!!」
グレンが沈みながら、端末を振りかざす。溶けた地面がこびりつき、その端末の電子画面は暗転していた。
「耐水性!! なんで、肝心な時に使えねえかな! ほんと!」
「うわ…… ああ…… タダ……、やべえ、身体が冷えてきた。しずむ、くそ、ドロドロして泳ぐこともできねえっ……す。あ、やべ、腹の傷開きそう……」
「動くな、死に損ない!! 暴れたらその分早く沈むぞ」
ずぶ、ぐ。
また、身体が沈んでいく。沈殿現象にハマるのはこれで2度目だがおそらくこの前のように生き残る事は期待しない方がいいだろう。
身動きがとれない。なのに、身体は沈んでいく。
あれ、これ詰んでね、本格的に。
やばい、やばい、耳もやばかったけど、これもやばい。こういう地形ギミックはハマったらもう打つ手がない。
味山はいよいよ、死が現実的になってきたことを感じつつーー
ずぶぶ。また、身体が沈んだ。
いつのまにか重たい下半身がほとんど沈んでいる、カーゴパンツに液体になりかけの地面が染み込む。
それは、ひんやりと、冷たかった。
「ん?」
何かが、引っかかった。それは無意識が探した走馬灯か、それともひんやりと冷たい液体の感覚か。
「あ」
TIPS€
味山が気付いたと同時に、ヒントがきこえた。
「キュウセンボウ!!!」
TIPSーー キュキュキュー!!!
ヒントを遮り、聞こえたのは呑気な甲高い生き物の鳴き声。
味山の中に潜むのは、"耳"だけではない。それは運命でも、宿命によるものでもない。
水は、冷たく、気持ちよい。
それは、まだ世界に神秘が残っていた時代の残りカス。
だが例え残りカスであろうとも、人はそれを喰らい力とすることが出来る。
あの日、あの時、あの場所で、味山が選び、食した選択による力。味山只人の取得物により、この窮地に対する活路が見出された。
TIPS€ 水は冷たく心地よい。キュウセンボウの大海渡りを経験点20を消費し、使用するか。
「キュウセンボウの大海渡り、はっつどう!!」
TIPS キュキュキュー!! キュー!!
耳を通じ、キュウセンボウの声が聞こえる。その言葉の意味はわからないが、力を貸してやる、味山にはそう聞こえた。
とぷん。
ドロドロとした地面は、水だ。
味山は瞬時に、その水の中に沈んだ。
闇、冷たい。
しかし、今の味山にはそれはとても怖いものとは思えない。
水は、冷たく、心地よい。
「うそ?! タダ!!?」
グレンの声、溶けた地面、水のような地面の中味山は追いかけてきたその声を見つめる。
水の中、味山は態勢をくるりと入れ替え、水面のような地表を眺めた。
そこには闇などない。
あるのは、圧倒的な光。
溶けて水のようになりつつある地面に、光石の光が刺す。複雑な、屈折を経てその目に映る光景、くねり、揺れる光のカーテンがとても美しい。
「すげえ…… これが、現代ダンジョン……」
呟く味山の身体に変化が訪れる。
TIPS キュキュッ! キュ!
手袋に包まれた手のひらが痒い。溶けた地面の中、器用にそれを脱ぎ捨てる。
ぎち、ぎちちちち。
それは、水かきだ。味山の両方の手のひらに水かきが現れる。
息苦しさはまったくない。
味山はしばらく、その水の冷たさに身を委ね、そして一気に水かきを掻いて、水面へと跳ね上がった。
「サンキュー!! キュウセンボウ!!」
TIPS キュー!!!
自由だ。
味山は溶けた地面を自由に動き回る。
「グレン!! 帰るぞ!!」
「は?! タダお前どうやって動いてっ?! うえっ!!?」
もがくグレンを引っ掴み、味山が沈殿現象の中を泳ぐ。
TIPS€ キュウセンボウの大海渡り、残り10秒
TIPS キュキュキュ!! キュキュキューキュキュキュー!!
ヒントに混じり、応援しているようなキュウセンボウの鳴き声が味山を押す。
今度あの夢見たときは、きゅうりの報酬が必要だな。
味山は、かっぱカレーの味を思い出しながら、溶けた地面を進む。
あと数十メートル。
TIPS€ 残り7秒
TIPS キュ!!!
時間がない。
多分間に合わない。味山の決断は早かった。
「グレン!! 歯ぁ食いしばって、腹に力を入れとけ!!」
「は?! 何する気っすか!? タダ!?」
TIPS€ "耳の大力"クールダウン終了
「アシュフィールドに、ぶん殴って悪かったって伝えてくれ!! “耳の大力"!! ほんのちょび、っとおおおおお!!」
ひっつかんだグレンを勢いそのまま、味山は投げた。
耳の大力をほんの少し宿した身体が、180センチ以上のグレンの大柄な身体を水面、になった地面から引き抜き、宙に放り出した。
「ターー」
「あばよ」
残り10数メートル、弧を描いたグレンがふわりと投げられ、地面に落ちた。
岸辺となったそこに、グレンがバウンドしてたどり着く。雑に扱われたものの、腹の傷は開いていなかった。
「ぐうえ、…… いって…… タダ!? おい、タダヒト?!!」
かぶりを振るったグレンが、岸辺から液体化した向こうへ声をかける。
己をひっぱり、放り投げた仲間の姿は、ない。
沈殿現象に、沈んでーー
「タダ!!!」
腹の傷が、開くのもかまわないとばかりにグレンが叫ぶ。
返事はなく。
こぽり。
こぽぽぽ。
「え」
岸辺からすぐそこの地面から、泡が湧き上がった。
「キュキュキュー!! オラァあああああああああああああ!!」
どっばー。溶けた地面が、膨らみ、撒き散らし、味山が沈んだ地面から飛び上がった。
手には水かき、首にはエラ。水に生きる神秘の姿の残滓を身体に宿し。
どっちゃ!!
身体中に溶けた地面をまばらつかせた味山が、地面に着地した。
瞬く間に、水かきやエラは消えていく。まるで、それが夢だったのではないかとばかりに。
「シャアオラァアア!! 見たか、ゴラアああえあ!! これがかっぱカレー!! キュウセンボウの実力じゃああああ!! ドグサレダンジョンがああああああ!!」
味山が、固体化した地面の上に立つ。
大きく、両手を振り上げ、歓喜の叫びを上げた。
「タダアア!!」
「見たかあああ!! グレン!! 生き残ったぞおおおお!! 金じゃああああ!! 飯じゃあああああ!! 女っ……は、許可を得てからじゃああああ!!」
グレンが味山に駆け寄る、突き出した腕をお互いクロスさせ、互いの生存を称え合う。
2人は叫び、そして大笑いし始めた。
「ふ、ふっふふふふ、は、はははははははっ!!」
「ぐふ、ひひひ、あはは、あっはっはっはっ!!」
大草原に、男2人の笑い声が響く。緩い風がそれを拐い、広げていく。
「ーーっあ……」
「あ、もう無理」
同時に仰向けに倒れ込む2人。
体力の限界、身体の限界を容易に超えていた2人の探索者はどちらからともなく、この危険な現代ダンジョンの中で寝息を立て始めた。
……
…
30分後、駆け付けた救援チームと、討伐チームにより味山 只人、グレンウォーカーは無事回収される。
アレフチームは結局、チーム内にて誰1人の死亡者を出さずに接触禁止指定怪物種"耳"との遭遇を切り抜けた。
味山只人、グレン・ウォーカーの緊急搬送後、ソフィ・M・クラークから探索者組合へ、上級探索者"遠山鳴人"の捜索任務の打ち切りが報告される。
結果は、生存の可能性極めて低い。遺留品は現場の沈殿現象の進行具合から全てが逸失。探索者組合へ、死亡報告が提出された。
アレフチーム、味山 只人、グレン・ウォーカー。重傷者2名。
検査入院、1名。
任務より、1日が経ち、グレン・ウォーカーが意識を取り戻す。
そして、それから3日間が経っても、味山只人は意識を戻さなかった。
"上級探索者、遠山鳴人捜索任務" 完了。
……
…
あーあ。
やっちゃった。
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