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36話 分岐点α→

 


 グレンが怪物に肉薄する。繰り出される拳、蹴り、耳の肉が凹んでいくがおそらくダメージはない。



「声紋認証、パワーグローブ出力最大!!」



「SO SO」




 耳の攻撃の全てをその天才的な白兵能力で捌き、グレンが拳を大きく繰り出す。



 戦闘用のグローブ、怪物種の素材と最新の科学兵器の融合により生み出されたその武装は、殴りつけた対象を内部から音波により崩壊させる。




 き、いいいいいん。



 耳穴に打ち込まれたグローブが響く、本来であれば怪物種の頑強な外骨格や、ケラチンでさえも壊すその音波攻撃。



 しかし、"耳"とは致命的に相性が悪かった。




「OH nice」



 身悶えする耳、短い腕で己の肩を抱きしめて耳が悦ぶ。音波、音、それらは全てその耳穴に聞き吸い込まれる。



 味山が"耳"の音波に干渉するように、耳がグレンのパワーグローブの機構を無効化していた。


「」




 超近接戦闘での致命的な隙、耳の腕が、生命を容易く壊す剛力を湛えた腕が、グレンへと伸びた。





 TIPS€ グレン・ウォーカーは死ぬ気だ




「グレン!!!」



 味山に聞こえるヒントは仲間の真意を伝える。だが、無意識かどうか。味山はすでに攻撃の準備を始めていた。





「タダ、ためらっ……! ぐぶ……」



 耳の腕が、グレンの腹に食い込む、食い破る。


 ぼたぼたと垂れ落ちる赤い血、腹から、グレンの口から溢れる。




「タ……ダ…… や、れ……」



「wow」



 ぐ、腕を引き抜こうとした耳が動きを止める。深々と腹に突き刺し、臓腑をかき混ぜた腕が引き抜けない。



「……ごぼ。待て……よ。人の腹に腕ぶち込んで…… すぐ帰れると思うなよ」



 致命傷を負ったグレンが、耳を押しとどめる。



 37秒。



 TIPS€ 耳の大力を使用するか



「ーー馬鹿!」



 手斧を握り締める。味山の身体に"耳"の大力が降りる。凡人の牙、仲間の生命を賭けた好機にそれが閃く。



 短い柄を両手で握り締め、大上段に構え、




「野郎が!!ーー」




 ずぐ、るるるるるるるる。



 手斧の刃が大耳に食い込み、食い破る。大力によって振り下ろされた刃は止まらない。赤い血が噴水として噴き出し、味山とグレンを赤く染めた。




 "耳"の大耳が、真っ二つに裂ける、辛うじて残っている繋ぎ目、味山はさらに力を込め




「死ね」




 それを刃で思い切り引き裂いた。すべるすべる刃が滑る。化け物の肉の中で、刃が削れ、そしてその大力に耐えられずに、砕けた。




「go……」



 胴体まで、引き裂かれたキノコみたいに真っ二つになった"耳"が真後ろにパタリと倒れる。反動でグレンの腹を抉った腕が抜ける。



 砕けた斧、捻れた柄を投げ捨てて味山がグレンを支える。


「おい、グレン!! お前! なんって事を!」



 なるべくゆっくりひきずりながら味山がその場を離れる。



 まずい、出血が多すぎる。まずい、まずいまずいまずいまずい。



「へへ…… タダ、お前は……土壇場では、やるときはやる奴だって、信じてたっすよ」




「おま、なんで、ワザとやられたろ?!」



「それが……一番確実だったんすよ…… アレだけは……ここで、始末しとかないとヤバい…… センセイでも、多分、アレには勝てない……」



「だからってお前!! こんな致命傷……!!」



「……へへ。酔いが回ってたんすよ…… 怖かったんだ…… センセイが、アレと出会って、戦うことになるのが、怖かった……」



 うわごとを続けるグレン、やばい、目の焦点が合っていない。



 味山は傷を確認し、小さく唸り声を漏らした。



 どう見ても致命傷、手の施しようがない。ベルトに備えている希釈されたイモータル薬液でも、これではもう……



 味山はそれでもベルトから取り出した無針注射器を、グレンの腕をまくり突き刺す。ほんの一瞬、グレンが身体を揺らし、目に力が戻った。



「……あ、あり、がとな…… タダ、お前がいたからきちんとアレを始末出来た…… あ、やべ…… なんか眠たくなってきたかも」



 ダメだ、また瞳孔が開き始めた。


 焦点の合っていない軸のぶれた眼が、薄く閉じられる。



 やばい。





「おいっ、グレン! 起きろ!」



 ダメだ。



 腹にぽっかりと開いた穴からどんどん、どんどんどす黒い血があふれてくる。




「死ぬな!」


 味山の悲鳴に似た叫びが、むなしい。


 大草原の草花がグレンの血を吸っていく。



 仰向けに倒れた灰色の髪の仲間を、決死の()()()()にともに残った仲間が、その役目を終えて死にかけている。



「だめだ…… ダメだめだだめだ! おい、起きろ! お前こんなところで死んでる暇ねえだろうが! あめりやに行くって約束したろうが、おい!」




 ひゅー、ひゅー。いのちの灯が消えかける音が、グレンの口から洩れる。うつろに開いた瞳が味山をとらえていた。




「た、だ…… もう、いいっす…… みんなと合流を」



 ごぽり、グレンの口からこぼれる、血が、命が。



「くそ、とまれ、とまれ、とまれとまれとまれとまれよ! 頼むからとまってくれ!」



 傷口を手で押さえる。それすらも滑稽なほどに、抑えた指の隙間から血が、あふれてくる。


「もう、いいって…… ただ、頼みが、頼みがある……っす」



「なんだ、何言って……?」




「た、だ…… せんせい……を、あの子を…… 守ってくれよ…… おれはもう、だめ……みたいだから……」




「っバカいってんじゃねえ! お前が守れ! クラークの相棒はお前だろうが! クラークに言われたんだろうが、死ぬなって!」



 だめだ、グレンが死ぬ。



 こんなところで、こんなことで、死ぬ。いなくなる。



 冗談じゃない、こんなところで、死んでいいわけがない。




 ごぽり。



「っ!?」



 ()()()()()()()()()



「お、おい。もうかよ、ふざけんな、てめえ、空気読めよ…… おい! 空気、読めよ…… 頼むから」




 ごぽり、ごぽり。



 肉があふれる。



 グレンが命を懸けて奪った生命が、なんのこともないように、再生していく。



 その不条理はわかっていた。


 その恐怖は知っていた。




 なのに、なのに。




「ずるいだろ、こっちはよお、仲間の命使いつぶしてここまで来たのに…… ずりい、ずるすぎるぞ、お前」



 声が震える。


 自分の命を懸けるのには慣れていた、でも知らなかった。



 仲間の命を懸けるのがこんなにも恐ろしいことだったとは、知らなかった。



「こっちは、俺たちは1つしかねえライフを使ってたたかってんのに! なんなんだよ、てめえは!」




 こんな言葉になんの価値もないことはわかっている、それでも味山は叫ばずにはいられなかった。



「ごぼ、ごぼぼぼ……」



「おいっ! グレン グレン! ダメだ! 血を吐いたらだめだ!」



 堰が崩壊したように、グレンの口から血が流れる。



「……ごめん、せん……せ…… そ……ィ」



「お、おい!」




 ごぽぽぽぽ。



 グレンの首がゆっくり横に傾く。手のひらがゆっくりと開く。まるで部屋の片隅であおむけに死んでいる虫けらの死骸のようだ。



「グレン?」



 その問いかけにもう、誰も答えない。




 ごぽぽ。


 肉が沸く。



 奴が再び目覚める。



 味山とグレンが命を懸けて足止めしていた奴が、その肉があぶくをたてて形を取り戻そうとしていた。あの()()()()()()()







 どうすれば、いい?  


 味山は満身創痍の体で、大草原の地面を踏みしめる。地面をきちんと踏めているかがわからない。


 答えのないグレンをもう一度見るのが怖かった。



 ここで、終わり?


 嘘だろ、だってまだやんねえといけねえこと山ほどあるのに……





 なんで、グレンがこんな目に、なんで、なんで。



 膝はつかない。でも、それが限界だった。



 きいん。



 ふと、耳鳴りがした。あの肝心な時に役に立たないヒントの音。



 TIPS€ グレン・ウォーカーは死ぬ



 うるせえ。




 耳の肉があぶくを立てる、戻っていく、戻っていく。



 おそらく今にも動き出す。



 味山の頭の中で、囁く声。


 TIPS€ グレン・ウォーカーは死ぬ



 だから、置いていけ。イキタイノナラココカラニゲロ。




 黙ってろ。



 置いていけ、置いていけ。



「黙れ、仲間は見捨てない。俺は、あいつの補佐探索者なんだ」


 TIPS€グレン・ウォーカーは死ぬグレン・ウォーカーは死ぬグレン・ウォーカーは死ぬグレン・ウォーカーは死ぬグレン・ウォーカーは死ぬグレン・ウォーカーは死ぬグレン・ウォーカーは死ぬグレン・ウォーカーは死ぬグレン・ウォーカーは死ぬ




「黙れ!! 今考えてんだ!! うるせえ!!」




 味山が叫ぶ、頭の中で響き続ける声をかき消すために。



 考えろ、考えろ、考えろ。だめだ、ここでグレンを死なせたらだめだ。




 それをしたら全部終わっちまう。



 終わる?  何が?



 唐突に現れる思考のノイズ。味山が何かの違和感を覚えた。






 TIPS€ グレン・ウォーカーの死は、ソフィ・M・クラークのタガを外す



 TIPS€ お前は知っている。己の大切なもの全てを世界に奪われたソフィ・M・クラークが何をするかを




「ぐ…… なんだ、これ、何が……」



 味山が頭を抱えてその場にうずくまる。痛い、痛い、ヒントが聞こえるたびに頭痛が現れる。



 TIPS€ 分岐点αに到達 グレン・ウォーカーは死ぬ。




 なんだこれ、なんだ、これ。



 まただ、何か、何かいつも聞こえるヒントとこれは違う。


 息をしていないグレン、悶えるように動き始めた"耳"の死骸、カオスな状況の中、ヒントが続く。




 TIPS€ 分岐点αに到達、グレン・ウォーカーと撤退戦を行う。グレン・ウォーカーは死ぬ、グレン・ウォーカーは死ぬ、グレン・グレングレングレングレングレングレングレンウォーカーウォーカーウォーカーウォーカーはシシシシシシシシヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ






「やかましい。本当のことを教えろ」




 何故、その言葉が出たのかは味山にはわからなかった。



 ただ、壊れたラジオのように響いていたヒントがピタリと止んで。










 TIPS€ 条件達成 ニ…ュduo lapウ メ 特典 









 TIPS€ 条件確認、アレフチーム全員が9月13日の時点で生存している。"腑分けされた部位の一部"を所持している。"神秘の残りカス"を最低でも1つ以上所持している。"人知竜"との直接的接触を果たしていない。"遺物、キリヤイバ"が世界から消失している。ラドン・M・クラークが世界にいない。"L計画"が進行している。"星雲の堕とし子"の3体が世界から消失している。




「なん、だ、何が聞こえてんだ?」




 TIPS€ 条件達成、グレン・ウォーカーを置いて行かない事を選ぶ




「……誰だ、誰がこれを話している……?」




 TIPS€ 特典解放、グレン・ウォーカーについての最深度情報公開




「……あ?」





 TIPS€ グレン・ウォーカーはラドン・M・クラークによって調整を施された"宿主体"だ。"L計画"のプラン2、星雲の堕とし仔との結合に最適化されるように調整されている。



 TIPS€グレン・ウォーカーは現在、生命維持の為に意識を手放している。身体への重大なダメージの回復機構が起動している。



 TIPS€ グレン・ウォーカーは"宿主体"として強い薬物耐性と、薬物への最適化調整が施されている。再生メディカル"イモータル"原液の注入により、仮死状態から復帰する事ができる。



 TIPS€ オプション条件達成、"神秘の残りカス、清水晶"を所持している。



「……救えるのか」



 TIPS€グレン・ウォーカー生存ルート、条件開示、イモータル原液の注入、および"清水晶"の使用。清水晶を所持している、"耳"の肉片を利用する必要はない




「っ、グレン! 勝手に使うぞ!!」



 味山の行動は早かった。そのヒントの真偽、聞いた事のない言葉に惑わされることはない。



 イモータル原液の注入、そして自分がなんとなく持って来ていた王龍で購入していた欠けた水晶。



 それを使えばグレンは助かる。味山の頭の中にあるのはその2つだけだ。




「くそ、男の身体まさぐるのは趣味じゃねえのに!」



 グレンのジャケット型戦闘服をまさぐり、ベルトをあらわにする。



 どれだ、どれだ。



 上級探索者であるグレンにはイモータル原液の所持が義務付けられている。ずぼらなコイツでも絶対にそれは持っている筈だ。




 味山はグレンのベルトホルダーに目をやる。救援信号、粉末栄養剤、剥ぎ取り小型ナイフ、そして、青白く光る薬液の入った小さな筒。



「イモータル原液…」



 味山が、グレンの首元に筒を、無針注射器の先端を押し当てボタンを押す。



 プシっ、炭酸の栓が抜けたような音が鳴り、薬液がグレンの身体に染み込む。



「起きろ、起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ」



 グレンはぴくりとも動かない。戦闘の興奮とはまた別の動悸が味山の心臓を襲う。




「なんで…… くそ!」



 味山が無針注射器を地面に叩きつける。



 起きない、グレンが目を覚ます事はない。



 クソ耳、いい加減な事言いやがってーー




 TIPS€ グレン・ウォーカー最深度情報公開、仮死状態からの復帰には、ラドン・M・クラークが調整した再生機構の起動が必要。再生機構のパスワードはーー




 味山は目を剥いて、ヒントに耳を傾ける。



 そして、その耳のTIPSを呟いた。




「……タイプ、プロメテウス」




 どば。



 反応はすぐにあった。



「うわ」



 グレンの口から血が噴き出る。吐血が血の煙になり、味山の黒い髪を濡らした。




「あ、あああ…… ああああああア……ああああああ!!??」



 バタバタとグレンの手足が痙攣する。これ、大丈夫なやつか? やばくね。



 味山がその反応にまごついていると




 TIPS€ グレン・ウォーカーは結合を果たしていない。だがその身体には"星雲の堕とし仔"との結合に耐える為の再生機構が調整されている。



「うお、まじかよ」



 そして味山はそれに気付いた。



 グレンの腹に空いた傷穴、傷口からまろび出た血が、踊っている。



 アツアツのお好み焼きの上に振りかけたカツオ節みてーだ。味山はこんな時にふと呑気な事を考えた。




 グレンが白目を剥き、手足をばたつかせる。腹の周りの血が蠢き、それがまるで傷口を埋めるように集まっていく。




「はは…… おい、グレン、お前もやっぱり、とんでもねえ奴じゃねえか」



 半笑いになった味山が、ベルトから取り出したのは、ジップロックに入れていた欠けた水晶。



 TIPS€ "清水晶"、失われたお伽話のカケラ。神秘の残りカス。最後の皇帝が臣下に送った水晶のカケラ、それは滅びゆく国へ最後まで尽くした忠に報いる為のものか、それとも気まぐれに贈られたものか。今はもう、誰も知らない。強く握りしめ使用すれば一度だけ、賦活の奇跡を得る。




「はは…… 王さん、あんた凄え店主だな」



 味山がばたつくグレンの右手を押さえ、手のひらにその水晶のカケラを握らせる。



「頼むぜ、オカルトグッズ。現代ダンジョンなんてもんがあるんだ。化け物だっている、ならよお、エリクサーや世界樹の葉みてえな水晶だってあるよなあ!!」



 ぽう。グレンの手のひらから淡い紫色の光が漏れた。




 ーー努、忘れるな。清は終わる。だが、我らに終わりはない。いつかこの水晶のもと再び集まり、なくしたもの全てを取り戻すのだ。




 ふと、聞こえた声、耳に届いた声は誰のものだろうか。水晶から聞こえた声はしかし、幻の如く二度と聞こえなかった。





「あ……… ラド…… 博士…… ソ、センセ、俺は、オレは…ああああ……」



「グレン!! 気合入れろ!! ここまでやったんだ! 還ってこい!! グレン・ウォーカー!!」




「あああああああああああ」



 破壊と再生、死と生。その両極を今、グレンは行き来している。



 歪めたのは運命、本来ならばここで終わっている筈の生命を味山は貪欲に拾おうとしている。



 決められた宿命、変えてはならない結末、そんなもの知った事か。



 味山はグレンの身体を押さえつけ、強欲に貪欲に世界へ対して反逆する。




 TIPS€ 変えてはならない、救ってはならない。生かしてはならない。



「うるせえ、うるせえ、うるせえ、うるせえ!!」




 グレンの傷が血で塞がる。暴れる身体、少しづつ動作が落ち着いて来てーー






 熱。



 知らせ石が、燃えるように熱を持った。







「i.m coming」




 どろり、身体をいつのまにか繋げていた、耳が倒れ伏すグレン、味山の元に現れその大耳を振るわんとーー




 TIPS€ 警告、耳の大力のクールダウンが終わっていない。無理に使用すればお前の身体はーー



「今いいとこなんだよ!っ!! クソ耳が!!」




 ガン無視。


 振るわれた耳より先に、"耳の大力"により振るわれた味山のアッパーが大耳の穴に吸い込まれた。



「飛んでけ!!」



 みしり、みしり。無理矢理に振るわれた拳、腰がねじ切れかけ、足の爪が砕ける。




 耳の身体を持ち上げて、なお、その拳の勢いは止まらない。




「うw」




 ボン。



 音が遅れる。


 大耳が、味山の拳で吹き飛んだ。ロケットのように吹っ飛ぶ大耳、スーパーボールのように何度も草原の地面をバウンドしながら転がる。




 ぼちゃん。




 沈殿現象により、液状化した地面、湖になったそこに耳が落ちた。





 溶けた地面に波紋が広がり、静寂が広がる。




「う、げ」



 膝が砕ける、背骨が痛い、折れてないこれ。



 酔いの中にいても、動けなくなるほどの激痛が味山の全身を走る。




 その場にうずくまる味山、そして




「スー…… スー……」



「っは、 てめえ、帰ったらマジで奢れよ」




 安定したグレンの寝息、振り返ればそこには何の問題もなく胸を上下しながら呼吸するグレンの姿がある。



 腹に空いた傷穴は、血がブヨブヨのゼリーになって固まっている。それ以上の流血はない。



 顔色も戻り、呼吸も安定していた。




「は、はは…… 生きてる…… お前も、俺も」



 痛む身体をひきずり、グレンのもとへ這いずる味山、端末だ、端末ですぐに救援を。









 TIPS€ 第二形態






「え」





 どぱん。




 大瀑布。



 溶けた地面が、膨らみ、弾けた。



 大海原の海面から鯨の潮が噴き出したごとく、溶けた地面が噴き出す。



 べた、ぼと。


 味山達のもとに、弾けた地面の飛沫がとんだ。





「……そういやそんな姿もあったよな」



 味山がどっこらせと、あぐらをかく。もういいや、まじで動けない。



 そして、その溶けた地面から現れた怪物を見た。





「ラアアアアウンドオオオオオ痛ううううううううううううううううううううううううう」




 馬鹿でかい。



 膨らんだボンレスハムみたいな胴体、至るところから歪に伸びる人間と昆虫の特徴が混じったような沢山の足。



 そして、その先端に雄々しく掲げられた大耳。





 耳の化け物、その2つ目の姿。




 TIPS€ 耳は歓喜している。この姿になるまで追い詰められたのは1ヶ月ぶりだと。




「結構最近じゃねえか」




 味山が息を吐く。痛む身体に鞭をうち、どっこいせと立ち上がる。



 背には呑気に響く友の寝息を受けながら、味山はふらふらと立ち上がった。




「お耳くん、お耳くん。これは流石にもう死ぬかね」




 やけぱちに、己の中に有る耳糞に語りかける。




 TIPS€ お前は死ぬ。グレン・ウォーカーを置いて逃げれば、ここまで耳を追い詰める事はなかった。お前は死ぬ。結末を変えた事で、お前は死ぬ。



「あっそ。で、本当は?」



 死の感覚、死の宣告に顔色を変えずにただ、味山は語りかける。




 TIPS€ 条件、未達成。経験点の不足、神秘のカケラの不足。"耳の化身"は使用出来ない。




「本当は?」



 TIPS€ お前の存在全てを犠牲にすることにより、経験点、条件を無視してお前は"耳"を開放出来る。"耳"を使用するか





 存在全て。ろくなもんじゃないな。でも、もう考えるのもめんどくさいな。




 溶けた地面の上を、全てをまき散らし、足を振り乱して、ボンレスハムか芋虫みたいな胴体をひきずりながら、"耳"が突っ込んでくる。



 何もしなけりゃ、仲良く挽肉か。



 もう、いいや。



 ぐにぃ。



 味山は気付かない。自分の頰の肉がよじれる。よじれて現れた肉の歪み、それはまるで、耳穴のようなーー


 味山は、静かに、特にあんまり深く考えずに、頷き










 TIPS€ 分岐点α突破。"ストームルーラー"の限定使用、発生。









 風が、吹いた。






「え」




 轟音、轟音、轟音。遠くから吹いた風の音、それが音だと気付いた時にはもう、味山の目の前にそれは現れていた。




 嵐。



 草原の草花を、低い木を、銃弾に倒れた数多の怪物の死骸を。



 全てを巻き込んだ嵐が、味山とグレンの前に現れた。何故か、2人を避けるように吹く風、この空間、全ての風が。




 世界が、嵐を創り出す。



 嵐が、光石から濯ぐ光すら飲み込む。



 味山は嵐の中にいる。台風の日だ。台風の光景の中にいる。




「ONE!! HERええU U?!!む」



 大耳が、嵐に揺れる。その嵐に威嚇するようにその醜く歪な身体を震わした。



 嵐、嵐、嵐。



「……アシュフィールド?」



 気付けば、味山は彼女の名を呼んだ。



 嵐がそれに応えるごとく勢いを増し、そして、耳の巨体に襲いかかった。




「うお」



 味山はそのまま後ろ倒しに転げる。吹き飛ばされそうになりながらも草原の土を掴んで、うつ伏せでその様子を見た。





「まじかよ」




 嵐が、耳に絡みつく。嵐? 違う、あれは、龍だ。



 龍の姿を象った嵐が、大耳の胴体に噛み付く。耳がその身体を震わし、それを振り払おうともがく。




 TIPS€ 耳はお前との戦いで、"腕"から奪った触腕を失っている





「あ、そうなん」



 風の音、嵐の中、味山は神話の戦いを見た。




 耳の巨体が、浮いた。嵐の龍のアギトに囚われた耳の巨体が空を舞う。大耳から響く声は、悲鳴や叫びのそれだ。




「ONE ONE ONE ONE ONE ONE ONE!!!」




 嵐が大耳を引きずり。振り回し、そして、




「MMMMMWMMMMMMMMMMW」




 その叫びの中、溶けた地面、湖の穴に耳を押し付け、落ちていく。




 大耳が、一度、沈殿現象の湖から浮かびあがり、その溶けた地面に波紋を起こして、それからまた沈んだ。





 うつ伏せになったまま、味山はしばらく動けなかった。


 草花の剥げた地面、綺麗に消えた怪物の死骸、それ以外はもうなにもかもが元通り。



 嵐が、耳を沈めて消えた。




「なんじゃ、そりゃ」




 味山は忘れていた身体の痛みが戻ったと同時に、ばたりと顔を地面に伏せて、身体の力を抜いた。



 身体が、痛い。



 生きてる。



 味山の背後、グレンの呑気な寝息が、穏やかな光の降り注ぐ草原に流れていた。




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