35話 TIPS€
「教えろ、その有効打を」
耳がフラフラしているうちに、味山は己の耳に問いかける。
できることを、やる。味山にはグレンのような白兵戦闘力はない。
グレンが身を逸らす程度で躱せる攻撃も、味山は地面に身体をなげだしたり、転げたりしなければ躱せない。
それが能力の差というものだ。今更、味山はそれを嘆く事はない。
出来る事を、できることを、やる。
それだけしか、生き残る道がないことを知っていた。
TIPS€ "耳"非公開情報 耳への有効打、スマートランチャーによる攻撃、及び"耳の大力"による攻撃
「ああ、はいはい、やっぱりね、そうなるね」
味山は頭を回転させる。だめだ、ろくに考えがまとまらない。
シンプルに行こう。
「グレン!! スマートランチャーの撃ち方わかるか?」
「へ? ええ、一応センセイに一通りの銃火器の扱いは叩き込まれてるっすけど」
「それ頼む!! お前が殴って無理ならもう無理! アレにちまちま攻撃しても無理だ!」
「了解っす、……アタッシュケースを拾う。タダ、時間稼ぎ頼めるっすか?」
「任された…… なる早で」
味山が瞬時に判断する。"耳の大力" 、これまでの探索で何度か使った正体不明の力。
それを使えば、耳に届く。ヒントはそう告げていた。
使い処を誤るわけには行かない。おそらく斧を大力で振るえばまた壊れる。
TIPS€ 耳の大力を使えばお前の斧は1度で砕ける。しかし、大力を以ってふるわれた斧の一撃は耳の生命すら脅かすだろう
その予想を肯定するかの如く絶妙のタイミングでヒントが聞こえる。
「そりゃいい事聞いた。……じゃあ斧は最後の切り札だ」
「タダ?」
グレンが怪訝な声で味山の名を呼んだ。その問いかけを無視し味山が斧をホルスターにしまい込んだ。
「グレン、スマートランチャーの準備が出来たら迷いなく撃て。それまでは俺がアイツを足止めする」
「……タダ、お前の土壇場でのクソ度胸は信頼してる。いいんすね」
確認を促す言葉、それはフレンドリファイヤのリスクを示している。
「……大丈夫だ。作戦がある。お前はただ、やる事をやってくれ」
「了解っす」
「おう、じゃあ行くわ」
どくん、どくん、どくん。
心臓がうるさい。死地、命を少なくとも2度差し出さねばそこに到達出来ない。
あの日と同じ恐怖が味山の足を鈍らせる。
ふざけるな、今動かないんであれば切り捨てるぞ、あの日を擬えるように恐怖を眺め、それを超える。
酔い酔い酔い酔い酔い酔い酔い酔い酔い酔い。
そしていつのまにか、一歩踏み出していた。
「幸運を、味山只人」
「お前もな、グレン・ウォーカー」
友人の声を背に、味山が駆ける。同時にグレンが動き出したのを感じた。
走る、ホルスターにしまい込んだ手斧がガチャガチャと弾む。
"耳"が、獲物を選ぶように耳穴を味山、グレンと順順に向ける。
「こっちだ!! クソ耳!!」
叫び、耳が反応し、味山を見つめた。
耳をくねらせた"耳"が、かかってこいとばかりに手のひらをくい、くいと曲げていた。
TIPS€ 耳との近接戦闘は危険だ。お前はなす術もなく殺されーー
「やっかましいわ!! ボケ!!」
ぱちん。
「oh」
地面を蹴り、ひねった身体から繰り出された拳が耳を叩いた。
あまりにも情けない音、味山にはグレンのような白兵戦闘力はない。
手に装着している手袋もグレンのような戦闘のための機構はないただの滑り止め用の革手袋だ。
「かってえな! クソ!」
「coming coming coming coming」
革ごしに粘土を殴りつけたような感覚、耳が近い。その耳穴のシワまで判別できるほどに。
もう1発、腰をひねって拳を繰り出す、ぱしり、驚くべき速度で短い耳の手が味山の拳を受け止めた。握りつぶされる。そのおぞましい姿に秘められた膂力は人間の身体をごみに変えることを味山は知っていた。
耳穴がまるで笑ったようにゆがむ、みしりと骨がきしむ音がして。
「CLASHーー」
耳が、味山の拳握りつぶそうとした瞬間、耳鳴りが聞こえたーー
TIPS€ ”耳”の部位保持者は”経験点100を消費することにより”耳の大力”を再現することができる。耳の大力を使用するか
「しゃす!!」
「をw」
めきり。耳の赤ん坊のような手のひらが無理やりに開かれる、味山の拳が耳の手のひらを強引に押し開けた。
「よう、どうした、そんな驚いた顔すんなよ」
「Gute Leistung」
ぐぐぐ、拮抗する力がゆっくりときしみあう。人間の身体を容易に引き裂く大力に味山があらがっていた。
味山が耳の手首をつかみ、その場に押しとどめようとする。振ぎり払うために振るわれる大耳、恐らくそれは食らってはいけない攻撃、しなやかで固い耳が味山の身体を横薙ぎにとらえようと
「はい、よいしょおお!!!!」
どぎ。
大耳がとどめられる、味山が両手で振るわれた大耳を受け止めていた。味山のブーツが草原に食い込む、三センチほど後退し、そこで止まった。
味山は賭けていた。TIPSが教えなかった自分の力の可能性に。
これまで幾度か使った斧を握りつぶし、刃を砕く人外の力、しかしそれを扱った己の身にはほんの少しの筋肉痛がのこるだけ。斧は砕けても、骨が肉がそのあまりある力で壊れることはなかった。
だから、賭けた。大力を使用すれば一時的にその力に耐えうる頑強な肉体にかわる、”耳”の暴威に逆うことができるのではないかと。そして味山は賭けに勝った。
「ぐ、ぐぐぐぐぐぐ」
「LLLLLLLLうううう」
拮抗する力、片や世界に突如現れた異形、人体の姿をした理外の存在。片や只の人間、しかしその身にはとある冒険の報酬、ダンジョンのヒントを聞き、”耳”の力を模す耳くそが宿る。
化け物の一撃を、人の両手が押しとどめる。味山の手の甲、血管が膨張し、噛み締めた奥歯が少し砕けた。
「タダ!」
味山の前方、耳の背後から声、視界に移るのはグレンが鈍色に輝く大筒、スマートランチャーを構えた姿だった。
「撃て!グレン」
ためらいのない味山の叫び、グレンもまたためらいなくその兵器の引き金を引いた。
TIPS€0.5秒後、耳をたたきつけて、右へ飛べ
「っおら!!」
「おw」
ヒントがささやく通りに、味山は両手につかんだ耳を思い切り洗濯物をはたくように地面へたたきつけ、勢いそのままに右へ飛んだ。
「HOT」
どじゅう。
HEAT弾、運動エネルギーによらず化学エネルギーで作用する成型炸裂弾が耳の胴体をとらえる。白兵戦が主体になる探索者との共同作戦を前提に開発された携行歩兵兵器の弾頭は爆発しない、着弾地点を溶かし貫く。
「HHHHOOOTTTT」
でっぷりと太った腹が溶け、向こう側が見えるほふぉの風穴が開く、溶けた肉が水あめのように地面にほろ落ちた。
「ダイエット成功だな」
立ち上がりながら味山が笑う、化け物の肉が焼ける、無性に焼肉が食べたい、味山がまた笑う。
「タダ! まだ死んでない! そこどけ!」
二発目、グレンは好機を逃がさない。照準に収めた大耳、引き金をひき、HEAT弾が射出された。
死ね、死んでしまえ。味山はだめおしの有効打が耳へ直撃するのを確ーー
TIPS€ 当たらない、耳はその攻撃をすでに覚えた
「は?」
「げっ」
味山とグレン、同時に間抜けな声が漏れる。
回転、腹に風穴があき、生物として致命傷を負っているはずの耳がなんのダメージも感じさせない挙動を見せる。
バク転、短い手足、大きな耳が翻り、その場で耳がバク転でHEAT弾をかすめつつ避けた。当たらなかった有効打がむなしく草原の地面を焼くだけ。
耳が音もなく地面に着地し、大耳に短い手を添えた。
「やばい」
TIPSが聞こえるより先に味山は予感する、なにかがやばい。グレンに注意を呼びかけようとしたが、間に合わなかった。
「あ」
無音、一瞬、静謐が世界を染めて、それがすぐに破られた。
きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん
音、どこから、耳から。
なんの音、わからない、聞いたことがない音だ。それが世界を満たす。
人が耳を澄ますようなジェスチャーをした耳から音が再生される。味山が耳をふさいでも指の隙間から音が入り込む。
音が身体を蝕むようだ、なんの音だ、わからない。でも味山にはその音が、なぜだろうか、声に聞こえた。
「あ、あああああああああああああ!!!??」
耳をふさいでもたついていた味山がグレンの悲鳴を聞く。耳が再生する音が支配する世界、しかし仲間の悲鳴がそれを押しのけて聞こえた。
「おい、グレン?! どうした?!」
「あああああああああああ???!!! 音、おとおおおおお。音を、やめてくれええええ‼!!!違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うううううう! 俺は、おれはしっぱいさくじゃないっ! おれはあああああああ」
味山が地面にのたうつグレンにかけよる。スマートランチャーを放り出し、グレンが四肢を振り乱し頭を地面に押さえつけてのたうち回る。
「おい、グレン!! グレン! くそ、どうしたんだ急に?!」
耳を押さえながらグレンの様子を確認するも、落ち着く様子はない。
確かに耳障りで、めまいのする音だがこんなになるようなものとも思えない。効き方に個人差があるのか?
味山が”耳”をにらみつける。
くそ、アレを殺すのには絶対にグレンの力が必要だ。
おい、おいおいおい、こんな時のためのヒントだろうが。いつもロクなこと言わねえんだからたまには役に立て。
味山は”耳”が鳴らし続ける音波の中、ひとりごちた。
やべえ、マジで怖い。
鳴り続ける心臓を理解する、しびれ始めた手足を理解する、自分の恐怖を見つめる。
1人だ、自分の恐怖は自分でなんとかするしかない、誰も助けちゃくれない、今までそうだった、これからもそれは変わらない。
それを味山は知っていた。
恐怖は自分が殺すしかないことを。
「聞かせろ」
仲間の悲鳴、化け物の音、声。
その中で、味山は自分にだけ聞こえるそれを求める。
「ダンジョンの」
それが味山のできることだ。
「化け物を殺す、ヒントを」
TIPS€ ”耳”非公開攻略情報 耳の部位保持者は、”耳”の音波を録音、再生することでそれを打ち消すことができる
ヒントが、味山の耳に届いた。
「そう、そういうのが欲しかった」
TIPS€ 耳の部位保持者は経験点50を消費することにより”耳の業”を再現できる
「録音音声」
無意識、味山が自分の耳に手を添える。その所作は”耳”と瓜二つ。
TIPS€ ”耳の業”を使用するか
「再生開始」
それは通り雨がすぎたように、薄い雪が朝日にさらわれ溶けるように、”耳から響く音を味山の耳から鳴る音が打ち消した。
ーーワすrNe obいscariでs
なにかが聞こえた。TIPSではない、何かのささやき、それは耳から漏れ出ていた音のようななにか。
同じ音、まったく同じ音が互いに互いを食い合い消える。世界に只の静寂が戻る。
”耳”が、味山を見つめている。
「あ…… ああ…… おと、おとが、やんだ…… タダ、お前が?」
「起きたか、グレン、悪いがまだ終わってない。お前がいなきゃ勝てない、やべえマジでどーしよほんと」
味山が妙なテンションで首を傾げた。もう非常に疲れた、帰って寝たい。
「は、はは、ほんっとお前、それ、帰ったら説明してくれるんすよね」
「ああ、生きて帰ったらな、……あれの音は俺が消せる、それと動きさえ止めればたぶん、殺せる」
淡々と味山が事実だけを、TIPSのヒントを共有する。味山はグレンが少し昏い笑みをたたえたのに気づかない。
「……タダ、お前アレの音聞いてなんもなかったんすか」
「あ? 立ち眩みしたけど」
「……へっ、そうっすか……」
グレンがふらつきながらも立ち上がる。まだその眼からは闘志は消えていない。
味山が仕切り直そうとしたその時、聞きたくないヒントが響く。
TIPS€ ”耳”は少し飽きてきた。お前たちの叫びはどこかつまらない、そうだ、遠くへ逃げようとしている声を引き裂き、叫ばせてみよう
「は? やばい、それはやばいって。グレン、やばい、アイツここから逃げようとしてる」
「それ撃退成功ってことじゃないんすか、てかなんでそんなことわかるんすか」
「聞け、あいつ、アシュフィールドとクラーク達に気づいてる、そっちに行こうとしてんぞ」
味山の言葉にグレンが身体を震わせた。
「……だめだ。それは、それだけはだめっす。アレを、あんなのをセンセイに近づけるわけにはいかない。あれだけは、センセイに会わせちゃだめだ……」
「まあ、あの化け物は大抵のやつが会ったらまずいよな」
うわごとをつぶやくように漏らすグレンへ味山が腕を組んでうなづく。
「タダ…… 方法は? アレをここでぶっ殺す方法が知りたいっす」
「あー……動きさえ止まればな…… 躱されなけりゃたぶん、大ダメージは確実なんだけど」
「…わかった、タダ、お前を信じる。動きを止めればいいんすね」
「どうする気だ? たぶんお前の力でもアレを押さえんのは無理くさいぞ」
「……さっきのやりあいで理解してるっすよ。アレにダメージ与えれんのは兵器か遺物ぐらいっす。でも、タダ、お前ならできるんだろ?」
グレンが味山に視線を向ける。草がこびりついた精悍な顔立ちが味山を見つめる。
味山は静かに答える、”耳”が味山たちの背後、アレタたちの退却していったベースキャンプの方角に身体を向けていた。
「やる。ぶちのめしてやるよ。……止めれんのか?」
「俺はお前を信じる、だからタダも俺を信じてくれよ」
グレンの静かな言葉に、味山は返事をせずにただうなづいた。
グレンがやると、できるといった。ならもう、任せるほかない。
味山が黙って、ホルスターにしまった手斧を引き抜いた。それを見てグレンが小さく笑い、耳へ駆け出す。
「ためらうなよ、タダ」
「ああ、グレン」
背中を見送る。仲間に任せる。
味山は、TIPSを聞く。わずかに手斧を握る手が震えた。
TIPS€ グレン・ウォーカーは死ぬ気だ。グレン・ウォーカーの決死の行動は”耳”の動きを51秒止めるだろう
だから、探索者はイかれてる。味山はしかし、引き留めはしない。
グレンに遅れて、斧を構えて駆け出した。
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