34話 アレフチーム撤退戦 その2
「タダ! 簡潔に奴の注意点を!」
「怪力、不気味、固い! あと身体からなんか腕とか生やす! それで、あとなんか耳から音を出してくる! そんでもって不死身! あと変身するぞ!」
「なんすか!そのインチキは?! ぼくのかんがえたさいきょうのもんすたーじゃねえんだから!!」
「仕方ねえだろ!! マジなんだから!」
味山が喚きながらアタッシュケースから自動小銃を取り出す。
えーと、これどうやって撃つんだ、銃所持免許ん時の散弾銃と勝手がまるで違う。味山はあの時かっこつけてガスマスクの部隊に使い方を聞かなかった事を後悔していた。
「タダ! 貸して!」
「お?」
グレンが味山の手から小銃を奪いとる。慣れた手つきでマガジンを装填し、安全装置を解除した。
「よっ……と!」
バババババ!! バババババ!
連続する銃声、吐き出される薬莢。タイピングライターの音にも似た破裂音と同時に、耳の化け物の身体にいくつもの風穴が空く。
「nice Guter Arm」
耳穴から音が鳴り響く。赤い血を身体から垂れ流しつつも化け物の歩みは止まらない、それどころか
「げえ!! 嘘! 傷が……!」
「ほら! だから言ったじゃん! だから言ったじゃん! 不死身だって! アイツクソ耐久に再生待ちなんだって!」
「クソボスすぎるっすよ! タダ! お前あんなの1ヶ月前どうやって撃退したんすか?!」
グレンの泣きそうでやけっぱちな叫びに味山は返答をつまらせた。
8月の記憶が蘇る。
灰ゴブリン、それから、えっと、それから……
それから、なんだっけ?
あれ、おれどうやってアシュフィールドが来るまで時間保たせたんだ?
「……じゅ、し、か」
つぶやきは無意識、自分が何を言ったかももうおぼえていない。
「は? なに?!」
「……たまたまなんかうまくいったんだよ! なんか、確か、遺物……みたいな? あれ? つーかこの話何遍もしてるだろが!」
「あんなの飲みの席の話でしょうが! ……え? マジなんすか?」
「マジだよ! あの時はアシュフィールドもいた! 今はいない! あるもんでやるしかないだろうが!」
「クッソ! こんなん特別ボーナス貰わないとやってらんねえす……よ…… あれ、タダ、野郎は?」
「は?」
唾を飛ばしながら叫んでいた味山とグレンは身体の動きを止めた。
いない。
目の前に迫っていた耳の化け物がいつのまにか消えている。
馬鹿な、目は離していなかった。こんな広くて見通しのいい場所、姿を隠すところなんてーー
TIPS€ 上にいる
「グレン!! 上だ!」
「っ! うお!」
味山とグレンが咄嗟にその場から飛び退く。確認などしない、していたら間に合わなかった。
ず、ん。
影が広がる。
2人がその場から飛び退いた刹那の後、耳の化け物がその場に、墜落した。
「くっ….」
「う、あ……」
体勢を戻した2人が言葉をうしなう。
草原、地面が凹んでいる。耳の化け物がめり込んでもがいていた。
アタッシュケースが衝撃で遠くへ飛んでいく。
もし、ヒントを聞くことが出来なかったら、もしあの場から飛び退くのが少しでも遅かったら……
味山は口の中にいつのまにか溜まっていた唾を飲み込み、認識を改めた。
そうだ、コイツは普通の怪物とは違う。
「グレン…… ふざけた姿だがコイツはマジで化け物だ。ちょっとしたことで殺されるぞ」
「……みたいっすね」
グレンは小銃を構え直しもがき続ける耳の化け物へと銃弾をたたきこむ。
「タダ! そろそろ弾が切れるっす! どうする?」
グレンの叫びに味山は吐き捨てる。
「どうするも、こうするもいつも通りにやるしかねえ!! 俺が囮! お前が火力! 生半可な攻撃じゃ通用しないぞ!」
味山は手斧を握りしめる。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!! いくらなんでも早すぎる! 耳との再戦のプランはいくつか考えていた。
だが、まだ準備が足りない。決定的に、足りないのだ。それだけは味山にもわかる。
「落ち着け…… 落ち着け…… やるしかねえだろうが…… 」
自分に言い聞かせる。早鐘を打つ心臓が辛い。
カチっ、カチっ。
銃声が止む。腹の底に響いていたリズムが途切れる。
「っくそ! 弾切れ!! タダ、戦闘準備!」
「……了解」
もがいていた耳の化け物、身体の銃槍がみるみる再生していく。肉が紡がれ、穴が塞がれる。
その身体から垂れるのは、味山達と同じ赤い血。垂れていた赤い血が、傷口に吸い込まれるように戻っていく。
「round 1」
耳穴がこちらを見つめていた。
選択を誤れば死ぬ。あれほど考えていた作戦、耳との再戦のプランもいざ実際に相対してみれば、どうだ。
頭が真っ白になる。味山は今ほど自分の凡庸さを呪った事はなかった。
でも、もう、
「やるしかねえだろ」
そう、やるしかない。凡庸でも無策でも、予定外でもやるしかない。
それが、仕事だ。
「グレン…… 狙うなら耳穴だ。あそこだけは柔らかかった」
「オッケー、タダ。死ぬなよ」
「お前もな」
ぬらり、耳がゆれた。
同時に、味山の足は一歩を踏み出す。
頼む、耳。ヒント、ヒントヒントヒント、ヒントくれ。
教えろ、ダンジョンのヒントを。
踏み込む。手斧のつかを短く握る。
耳が動いた。
ただその短い腕を何かを求めるように伸ばして
TIPS€ ……条件達成 ”耳”との再戦を確認…… 非公開攻略情報を解禁
きいん。
あ? なんだ、いつもとヒントの声が違う? 味山が妙な違和感に気を取られかけたその時。
TIPS€ せいけんづきがくる
ぼん!!
「ふっ!!」
緩慢な動きから信じられない速度で突き出された腕、空気が破裂した音とともに、短な腕による攻撃が始まる。
その攻撃が来る前に味山は大げさに地面に飛び込みそれをかわす。違和感を、今は無視する。これはヒントを聞くこの耳は大きな武器だ。
味山の中に埋め込まれた"耳クソ"はヒントを聞き逃さない。ヒントがなければ終わっていた。
酔いはその恐怖をごまかす。死の恐怖は怒りへと歪められる。
怒りは人の原動力となる。
「オラ!!」
倒れた勢いそのままに味山が立ち上がり、斧を両手で握り、そのま真横に振る。
耳の化け物の小さな胴体、斜め上に切り上げた。
がき。鉄に固いモノが食い込む音。
短な腕、機敏に振り下ろされた肘鉄が、脇を狙った斧の刃を食い止める。
「てめえ、本当に有機物かよ」
「Type and pull pull」
耳穴から聞こえる再生音声、味山はそれを無視して、
TIPS€ ”耳”非公開攻略情報 ”耳”は記憶している、これまでに殺した生物の音を。耳はあるとき気づいた、一部の生物から漏れ出す音には規則性があることを
斧を引く。もう一発食らわせようと身体をねじりーー
TIPS€ ”耳”非公開攻略情報 ”耳”はその音声が言葉であることを知った。耳の穴から漏れ出す音はすべてこれまで殺した人間の声を録音したものだ
「っ! とに悪趣味だ、てめえは!」
叫ぶ、味山の耳がヒントを、コツを、いつもとはなにかが違うTIPSを拾い続ける。たとえそれが知らなくてもいいおぞましいことであっても。
がん! 渾身の二度目の振り上げ、肘鉄のガードごと崩そうと力を入れた一撃も”耳”には届かない。
耳が片方の手を味山に向けた、それは人などごみのように屠れる膂力を秘めた腕、それが味山をとらえれば終わり。
ソロ探索ならここで終わり、だが今回は違った。
「おっと、こっちもいるんすけど」
軽薄げに声とともに、銅鑼を殴ったような爆音、鍛え上げられた腕、固められた拳が味山とは反対方向から耳を殴り飛ばした。
「AOW!!!」
がっ、っ
耳が吹き飛ぶ、大きな耳がたわみながら草原を転がった。
「い、ってえええええ!! なん、なんすか! このバケモン?! 鉱石系の怪物種ぶん殴ったときよりもいてええ!!」
「ナイス! グレン!」
拳に息を吹きかけながら耳を殴り飛ばしたグレンが騒ぐ。
やっぱり、こいつも伊達じゃない。
味山がグレンと並び、耳へと向けて斧を構える。
「Von gra」
「あ」
耳がすぐさま起き上がる。邪魔なはずの大きすぎる耳を振り回し、浮き上がるように立ってーー
ぼん。
地面を蹴った。
TIPS€ グレン・ウォーカーを狙っている
「グレン! お前に来るぞ!」
味山が叫び終わる前に、耳がもう腕が振れそうな位置まで来ていた。
「!」
雑に振るわれる大耳
TIPS€”耳”非公開情報 耳の外側は固い
迫るそれを味山は斧をぶつけながら背後に自分から倒れることでその場を回避する、みしり、消化手斧がきしむ、頼むまだ壊れないでくれと願いながら味山は顎をひいて受け身をとった。
味山はその攻撃から逃れるだけで精一杯、
「あら、よ!」
しかし、上級探索者グレン・ウォーカーは違った。
しゃがむ、なぐように振るわれたその大耳を躱す。耳が瞬時に振り下ろした腕の攻撃を猫のようなみのこなし、最小限の動きで躱す。特別な目と選ばれた身体能力が可能とする怪物に迫る白兵能力。それがグレンという探索者の武器だ。
「そこ!」
低姿勢から繰り出された足払いが、耳の短い両足をとらえ掬った。
「ぶっとべ!!」
同時にバネがはじけるようにグレンの身体がしなる。固く握られた拳は体制の崩れた耳に直撃した。
「OH」
耳がグレンの流れるような連撃にあとずさりする。くらくらと耳を揺らす姿はその攻撃が聞いているようにみえーーー
TIPS€ まるで効いていない。耳はしかしその練り上げられた技術に感心した
にべもないヒント、しかしそれは正しかった。
拳を突き出した姿勢のまま固まるグレンが、乾いた笑いを漏らした。
「……はは、手ごたえ、なし……っすか。えー、かなりショックなんすけど」
TIPS€”耳”非公開攻略情報 この戦闘において”耳”への有効打は2つしかない。それを活用しなければお前たちはあと数分で耳に壊されて、死ぬ
「まじでくそ」
味山が味山だけに聞こえるヒントにむかって、吐き捨てた。
「教えろ、その有効打を」
だいたい予想はついてるけど。味山は立ち上がり絶望の撤退戦へと臨む。
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