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32話ボス戦

 


 思った以上に死体というものは運びにくい。味山は息を吐きながら、さらに足に力を込める。



「急げ、急げ!! 1分もしないうちに回復すんぞ!」



「言われなくても分かっている!! それよりきちんと持っていてくれ! ヘイムズが落ちる!」



 ガスマスクの大男が叫ぶ。もう物言わぬ部下の身体を支えながら。



「あっはは!! そりゃやばいな! よっと! これで大丈夫! 急げ!」



 味山が死体の足を深く抱え込む。力の抜けた身体は重い。それでも、ここに置いていく事はしない。




「見えた!! やべ、襲われてんじゃん!」



 アレタ達が視界に入る。予想通り、オオザルの化け物達と交戦していた。



 腹に響く銃声、化け物の叫び。戦闘の昏い興奮が酔いの呼び水となる。



「ぎげ……」



 アレタ達を襲っていた化け物の最後の1匹が銃弾によって倒れる。



「油断するな! ウエーブが1つ終わっただけだ! 分隊を崩さず警戒を続けろ!」



「隊長は必ず戻る! それまで我々が星と女史を生かすのだ!」



 ガスマスクの部隊が1つの生き物が如く機能する。


 化け物の死骸を避けながら味山とチャールズは皆のもとに辿りついた。



「タダヒト! 良かった…… 状況を」



 いち早く気付いたのはアレタ。一瞬安堵によって緩んだ顔はすぐさまに引き締まる。



「見ての通り。1人やられた。終わったら弔う。隊長は無事」



「……アシュフィールド特別少佐、申し訳ございません、貴方との作戦で犠牲者を出してしまいました」



 ゆっくりと味山とチャールズがここまで運んで来た死体を柔らかな芝生に寝かせた。



「……ヘイムズ軍曹ね。ごめんなさい、少し時間を。彼のために祈ってもいいかしら」




「ありがとうございます、星に祈られるのであれば、奴も穏やかに眠れます」



「……ありがとう」



 アレタがその場に跪き、小さく胸の前で十字架を切る。



 ああ、なるほど。こういう時特定の宗教を信仰していれば割りかしパニックにならないで済むのか。




「いと慈しみ深き主よ、今貴方のもとに召された子にどうか安らぎを。貴方の光の元で憩わせてください」



 皆が、浮かされたようにアレタを見つめていた。



 深い闇に覆われ、先の見えない道を照らす光を見つけたかのように、英雄、"52番目の星"その光を、ぼうと見つめていた。





「綺麗……」



「ヘイムズ…… お前の為に星が祈ってるぜ」



「ああ、お星様……」



 只1人の凡人は、その光景、その言葉から早々に意識を離していた。


 味山は、自分でも驚くほどにその光景を見てもなにも感じない。



 青い返り血だらけのソフィやグレン、ガスマスクの部隊全員がアレタの祈りの言葉に耳を傾けているというのに。




 いや、いいけど全員お悔やみモードになんのかよ。味山はその場から離れて、周辺の警戒を始める。



「そろそろ追いかけてくるよな、絶対……」



 味山の興味はもう、死者への弔いには向けられていない。頭に占めるのはあの怪物種。通常のソウゲン一つ目オオザルよりも大きく、強そうな個体。




 TIPS€ 箱庭では死者への祈りは届かない。その死は全て箱庭の女へと捧げられる。




「今そういうポエミーなヒントはいらねえ。怪物は今どうしてる?」



 突然響く耳のヒントに味山は小さくツッコミを入れる。



 TIPS€ 奴らは死を理解しようとしている。ああ、奴らの礫がお前を狙う




「っ!!」



 味山が反射的に地面に伏せる。


 ほんと、お前、そういうのはもっと早く言え!


 誰に向かって叫べばいいかも分からない文句を抱えて味山は頭を押さえて這いつくばる。


 そのすぐ上をボーリング大の岩が通過していった。



「っ、来たぞ!! 怪物種だ!」



 味山が叫ぶ、お祈りをしていたカトリックの連中もすぐに気付いてくれたらしい。



「総員! 分隊行動を続けろ! 探索者と白兵戦の怪物には銃を向けるな!」



「「「イエッサ!!」」」


 部下を失った大男が、喝を飛ばす。部隊が仲間の死を悼む人間から、最新鋭の装備に身を包んだ殺戮兵器に戻る。切り替えは早い、それでいい。




「くそ、化け物猿どもめ。しおらしいアレタなどなかなか見れないのだぞ」



「センセイもたいがいアレタさんのファンっすよね」



 ソフィとグレンがそれぞれの武装を構えて前線に戻る。ああ、いつも通りで心強い。




 そして、






「……安心して、ヘイムズ。あなたの仲間は死なせない。あたしが救って見せる。いつか、同じ場所に行くときまで、さようなら」




 死者への祈りを済ませた星が、静かに立ち上がった。




 脳の後ろ、うなじに向けて頭蓋骨から何かが垂れたような感覚。



 じゅわり、びりびり。


 酔いが回る。




「げききききき」



「ウケケケケケケケケ」



「ホホホホホホホホホ!!」



「ギケエエエエ」




 怪物種43号、ソウゲン一つ目オオザル。大草原に棲まう家族単位で狩りを行う青い生命。




 透明が解ける。目を爛々と輝かせ、人間を取り囲む。




「ギ」



 一際大きな個体が、ぬるりと空間から現れた。傷は、ない。


 ただ王冠の如くあしらえられたタテガミは怒髪天をつき、金色に輝く単眼は、引きちぎれんばかりに涙を流しながら見開かれていた。





「なんか、タダ。お前、あのでかいサルにめちゃ睨まれてないすか?」



「気のせいだろ」



 気のせいではない。その個体は覚えている。目の前にいる人間が投げたモノから目を焼き付くした輝きが溢れた事を。



「ふむ、あのオオザル…… 面白いね。他の個体とはまるで筋肉のつき方が違う。解剖してみたい、グレン、綺麗に殺せよ、アレは」



「ええー、またそんな無茶言うんすから。でもなんかアイツタダをめちゃ睨んでますけど」




「ふむふむ、ああ、分かった。あの眼の涙。味山、キミあの化け物にフラッシュバンか催涙弾を使ったか?」



「おお、さすがクラークセンセ。その通り、逃げる時にかましてやったぜ」



 味山が一応残しておいたフラッシュバンのピンを指でくるくると回した。



「アジヤマぁ、悪手だな、それは。ソウゲン一つ目オオザルに目くらましを使ったならばその場で殺すべきだ。無駄に怒らせるし、もうアイツには効かないぞ」



「え、マジ? でも、組合のデータベースにはフラッシュバンが有効って書いてあったぞ」



「組合のデータベースは半年前の情報を基に構成されているからなあ。ワタシの1ヶ月前の実験で判明したんだよ。まあそのうち修正されるだろ」



「ええ、マジかよ、ミーティングん時に言ってくれよ」



「ああ、それもそうだね、反省しよう」



 微塵も反省してない様子でソフィが味山へと流し目を向ける。追求しても仕方ない、味山は頼むよと小さくつぶやいた。





「キキキ」




「おしゃべりはもういいかしら、タダヒト、ソフィ」



 ぞくり。



 味山とソフィ、それからグレンがばっと背後を振り返る。化け物から目を晒すというやってはならない事をやってしまうほどに、その言葉にはプレッシャーが込められていた。




「囲まれているわ。このままじゃあ、誰かがまた死んじゃう」




 アレタ・アシュフィールドがいつのまにか槍を2本、両手に備えてゆっくりと歩いている。



 蒼い瞳には、何の色も映っていない。



 あ、やばい。



「お、おい、アシュフィールド。落ち着いてるよな?」



「あ、アレタ?」




 味山とソフィがアレタへと確認の意味を込めて声をかける。




「……許さないわ、モンスターども。あたしの目の前で人を、仲間を殺した……。また、救えなかった、また見殺しにした…… また、死なせてしまった」




 アレタ・アシュフィールドは、英雄だ。


 その手のひらはあまりにも大きい。その力はあまりにも強大だ。



 だからだろうか。彼女は目の前で起きる他人の死が許せない。


 自分なら救えたはずなのに、自分には救える力があった筈なのに。




「あたしが、いながら…… あたしの責任だ。化け物…… 清算させてやる……」




 大草原に風が吹く。


 地下に広がる空間、その風がどこから吹くのかはまだ誰も知らない。それでも、そこに風が吹いた。




 メサイアコンプレックス。他者を救うことでしか自分の価値を認められない心理状態。



 アレタ・アシュフィールドのそれが、彼女を星にまで押し上げた。



 しかし、それは呪いにも似ている。




「ああ、アレタ・アシュフィールドが私達のために怒ってる」



「ヘイムズ、ヘイムズ、ヘイムズウ!! お前のために星が、戦ってくれる!」



「「アシュフィールド! アシュフィールド! 我らが英雄! 合衆国の星!」」



「な?! おい、お前ら落ち着け!! くそ、想定よりはるかに酔いが回るのが早い!」



 部隊が湧く、必死に隊長がそれを抑えようとしているが一度浮いた熱狂はそう簡単には治らない。



 呪いが、アレタを英雄へと変えていく。星の光に魅せられたモノの声援が、アレタを戦場へと押していく。




「行くわ、全部あたしが片付ける。万が一撃ち漏らしたのは、まかせたわ…… アレフチーム」



「っ待て! アレタ、キミは今日本調子ではない!ストームルーラーとの調整が合っていないんだろう?! 混合部隊がいるんだ! 彼らをーー あっ……」



 ソフィが口をつぐむ。普段話すその不敵さは鳴りを潜め、口をつぐむ。



「彼らを…… 何?」



 アレタが綺麗すぎる何も映さない蒼い瞳でソフィを見つめていた。



「……いや、なんでも、ないよ」



 ソフィの表情はまるで、親に叱られるのを恐れる子供のようでいて。



「……貴女の判断は間違っていないわ、ソフィ。でもね、ヘイムズと一緒にあたしがいればきっと、彼は死ぬことはなかった」



 は? なんだその言い方。俺に文句あるんなら俺に言えや。



 味山はアレタに向かって文句を言おうとした、しかしちらりと見えた目がとても怖かったので、辞めた。



 うん、怒ってる奴に対して怒ったらだめだよね。冷静な俺が大人の対応しないとね。決してね怖いからじゃないんだ。



「誰も死なせない。救う……」



 そんな声が出せるのか。


 甘いモノを食べてはしゃぐ声、気に入らないことがあって拗ねる声、どれとも違う。




 味山とソフィの静止……にすらなってないそれを、アレタが超える。



 誰よりも前に英雄が歩み出た。その在り方に魅せられたモノ達の声援に押されて。




「嫌な光景だ……」



「まったくだ、アジヤマ…… だが、もう我々にアレタを止める術はないよ」



 味山がその背中を見送りながら呟いた。



 並び立つモノはいない、その背中に比類するものなどいない。彼女の成した事は星の偉業。



 嵐堕としの英雄がその身に燻る怒りを、化け物へとむけていた。



 TIPS€ 奴らは恐れている




 ああ、だろうな。指定探索者は、怪物よりも、はるかに怪物だ。



「キキ?!」



「1つ」



 アレタの腕が翻る。槍が瞬き、1番近くにいた猿の化け物の顔面へと突き立った。



「け?!」



「2つ」



 顔面に槍を生やした化け物の身体が崩れ落ちる、それよりも先にアレタが跳ぶ。崩れ落ちる化け物の顔から槍を引き抜き、それをまた別の化け物へ。



「3つ、4つ、5つ」



 嵐だ。



 ソウゲン一つ目オオザルどもの群れの中に嵐が生まれていた。嵐が槍を振るえば1つ生命が消える。



 サルが嵐に襲いかかろうとするも、行動を始める前にその単眼に槍が突き立つ。



 倒れる前に足蹴にしながらその槍が抜かれ、青い血を吸った槍はまた別の青い血を吸う。



 背後から襲いくるサル、アレタには見えていない、はずなのに。



「12」



 ふわり。バク転、宙返り。重力など知るものかと言わんばかりの動き、その最中槍が無造作に投げられ、サルの脳天を貫く。



「ゲァ?!……」



「失礼」



 そのままアレタはサルの脳天に突き刺した槍に着地した。その重みで槍がサルの化け物の身体を縦に食い込む。



「あら、これはもう再利用できないわね」



 首がねじ曲がり、それでも槍が添木のようになって歪なモノになり果てたサルの死骸を踏みつけながらアレタが首を傾げた。



「くけ!!」



「ホホコ!!」




 隙だらけのアレタにサルが同時に飛び掛かる。人などよりも遥かに優れた肉体、瞬発力、狩る側として造られた肉体が躍動し……




「遅いわ」



 一挙動。



 アレタがふわりと地面を蹴る。先に飛び掛かっていたはずのサルの背後に回り込み、槍をうなじへと突き入れる。


 そのまま槍を支えにぐるりと回転、する頃にはもうベルトから新たな槍をつがえていて。




「げっ?!あ??」



「ホホ?」



 悲鳴が遅れて響く。うなじに直接槍をねじ込まれたサルと、こめかみを投げ槍で貫かれたサルが地面に落ちてからようやく、自分の死に気付いた。



 時間にして数秒。たったそれだけで化け物の群れは半壊していた。





「アハ、まだ動きのイメージが合わないわね。でも、それで充分だわ」




 アレタが死骸から槍を引き抜きつつ、笑う。返り血すら浴びていないその姿、そのあまりに圧倒的な力に高揚すら感じる。



 味山はただその戦いを見送る。背後で聞こえる混合部隊の声援、歓声。



 それらは味山には酷く無責任なものに聞こえた。きっとそれらがアレタを英雄にしたのだ。並ぶモノのいないまぶしく、歪で、そして寂しい存在に。




「グウオオオオ……」



「アハ、あなたがアルファね。いいわ、終わらせましょう」




 立ちはだかるは、あの化け物。



 味山が相対した瞬間、即座に撤退を決め込むしかなかった強大なる生命。



 それと英雄が相対する。



 周りのサルの化け物が波が引くように距離を取り、皆が平伏する。



 ああ、奴らも俺たちと同じだ。味山は決して並ぶ事のできない戦いを遠くから見つめていた。



 体格の差は歴然。英雄の両手には細身の黒い投槍が二振り。化け物の王の大きな手のひらには無骨な岩が2つ。




 互いに円を描くごとくゆっくりと動き始める。


 アレタの手に握られた槍先が草花の敷き詰まった地面を掻く。




 5月の雨上がり、青い匂いが鼻につく。風が吹いてそれから、決着がついた。




「アハ……」



「ご、ボォ……」



 喉元に槍を生やした王の口から、青い血が溢れる。



 勝負は一瞬でついた。



 その手に岩を握った化け物が地面を飛ぶように走り、岩を叩きつける。


 英雄がそれを当たり前に躱して、叩きつけられた腕を踏み抜く。



 それで終わった。2振りの槍が、猛牛の角が如く構えられ、王の喉元をえぐり貫いた。




「さようなら」



 喉から引き抜かれた槍、それが顎を下から貫き、脳天を串刺しにした。



 一瞬の間、槍が引き抜かれると同時に、王の巨体が前のめりに倒れ、2度と動かなかった。




「う……」



 じわり、背後、雰囲気が膨らむ。



 やめろ。



「「「ああああ!! アシュフィールド!! アシュフィールド!! アシュフィールド!!!」」」



 歓声が上がる。



「「我らが星!!! USA!! USA!!」」



「みたかよ、ヘイムズ!! お前の仇を星がとったぞ!!」



「ああああ、私、もう……」




 星の輝きに人々が、歓びの声をあげる。



 やめてくれ。味山はその歓声に耳を塞ぎたくなる。



 隣でソフィが、目を瞑っているのがわかる。最初は祈りをささげているように見えた、しかし違う。まるで嵐が通り過ぎるのを怯えて待つような表情。



 歓声は続く。



 その耳障りなら声に押されるように、王を失った化け物達は散り散りになっていく。



 まずい。



「おい、見ろよ!! 化け物どもが逃げていくぜ!」



「恐れをなしてにげていくんだ!! 俺たちの勝利だ!!」



 違う、逃したらだめだ。ここまで追い詰めた怪物種を再び逃したらどうなるか想像がつくだろう。



「違う!! 混合部隊、早く追撃を!」



 味山は思わず振り返って叫ぶ。



 そして愕然とする。



 だめだ、こりゃ。どいつもこいつも浮かれている。銃を手放し、互いに抱き合い、死者を囲んで歌い出した。




 酔い。



 人間を探索者に変える祝福、あるいは呪い。耐性を持たない彼らはそれに呑まれていた。



 嘘だろ、早すぎないか? 確か混合部隊は酔いへの対策装備をつけてるんじゃ…… 明らかに様子がおかしい彼らをみて味山が何か嫌な予感に囚われる。




「……アレタ?!」



 ソフィの悲鳴。



 は?



 味山は身体の動きを止めた。



 アレタ・アシュフィールドが膝を付いている。化け物の死骸のすぐ近くで蹲っていた。



「おい、アシュフィールド?!」



 味山も駆け出す。



 ソフィがアレタの容態をチェックしていた。



「アレタ、アレタ! どうしたんだい?! 戦闘でどこか痛めたのか?」



「アハ…… 大丈夫よ、ソフィ。ごめんなさい、ちょっとめまいがしただけ…… もう、心配性なんだから」



「……クラーク、俺とグレンで周辺を警戒する。アシュフィールドを頼む」



「ふふ、なあに、タダヒト。顔色……悪いわよ。あなたも心配しすぎだってば」



「やかましい、真っ白な顔したやつに言われたくねえ。とにかく今回の捜索任務は一旦中止だ。周囲の安全を確保したあとすぐに撤退しよう」



 味山がグレンを呼びながら静かに告げる。混合部隊がこちらの様子に気づき何人かが駆け寄ってくる。酔いに呑まれていないのもまだ何人かはいるらしい。




「……ダメよ。タダヒト」



「あ?」



「ダメ、撤退は認められない。あたし達はまだなんの成果も持ち帰っていないもの。……犠牲者を出している、彼の犠牲は無駄には出来ない……」



 ふらふらとアレタが立ち上がりかけて、そしてがくりと崩れる。


「アレタ、お願いだ。今は落ち着いてくれ……」




「アシュフィールド、クラークの言う通りにーー」



「ダメよ!! 撤退は許可出来ない!! 何度も言わせないで!!」



 味山が目を剥く。


 なんだ、こいつ。様子がおかしい。




「聞こえるでしょう……彼らの声が。あたしは輝く星でいなければならない…… 彼らを照らす星であり続けなければならないの…… 救わないと…… 持ち帰らないと…… なんの意味もない……」



 背後の星を称える歓声は止まない。酔いに呑まれた人達が、高らかに沸き続ける。



「……あたしの価値は……それなの。あたしはアレタ・アシュフィールド…… 価値を示し続けないといけない… じゃないと見つけて貰えない、ずっと置いてかれたままじゃない……」



 アレタが蹲り、身体を震わせる。


 なんだ、これ、普通じゃない。こんなアレタを味山は見たことが無かった。




「くそ…… 本国の無能どもめ。逆流が起きているじゃないか…… ワタシのアレタにいい加減なことしやがって」



「クラーク、アシュフィールドはどうしたんだ、これ」



「……ストームルーラーとの調整ミスだ。遺物は深く所持者と繋がる。細かい説明は省くが、その繋がりがアレタに悪影響を与えているんだ…… おまけに、今日は、酔いがひどい…… アジヤマ、キミは平気なのか?」



「今のところ俺はなんともないが……」



「そうか…… アレタ、今のキミは冷静じゃない…… ここはアジヤマの言う通り体制を整えよう、お願いだ……」



「帰りたければ…… あなた達だけ帰ればいいわ、ソフィ」



「アレタ……」



 ソフィの幼い顔立ちがはっきりとうろたえた。



「は? お前、アシュフィールド、何様だ

 おい」



「なに……?」



 やべ。思わず口に出しちゃった。目、怖!!



 味山はこちらを睨みつける英雄の眼力にびびりながらも、もう止まらなかった。




「てめえ、何様だっつったんだよ。なんだ、お前、マジで。勝手にキレて、勝手に無双して、勝手にぶっ倒れてよお…… あげくに何また仲間にキレてんだ。意味わかんねえんだけど」



「……貴方も、気に入らないのなら帰ればいいわ。あたし1人でも、任務を続行する」



「馬鹿が。お前自分で何言ってんのかわかってんのか? 仕事舐めんじゃねえ、お前1人気に入らないから帰りますとか通用するわけねえだろうが」


「なに、なんなの、貴方…… あたしのやることに文句があるの?」



 空気が粘着質になった、錯覚。見下ろしている女から発せられた確かな感情は、おそらく怒りだ。




 知ったことかよ。



 味山は腕を組んで英雄を見下ろす。



「あるわ。ボケ。てめえの独断専行には付き合わん。そのザマでどうやって任務を続行するんだ」



「なめないで、こんなのいつものことよ。これよりもっとハードな事もこなしてきた。あなた達なんていなくたってーー」



 アレタが口をつぐむ。おそらく残りわずかな理性が、それを言いとどめたのだろう。



「言えよ、アシュフィールド。つづきを」



「あ…… う……」



「喚くお前の肩を抱いてるクラークを見てから、言えるなら言えや、英雄」



 凡人が、英雄を見下ろす。



 やべ、なんかノリノリで言っちゃった。どうしよ。


 内心の焦りは絶対に見せない。味山は顔に力を入れて平静を保つ。




「だって…… 声が…… ほら、聞こえるもの……」




 TIPS€ 奴らは恐れていた。だから家族を増やし、一族を大きくしようとした




「あたしは…… みんなの星だから……」



 英雄が凡人を見上げる。力強く、身勝手な怒りではなく使命感を以って凡人を見上げた。



 味山には、それがやはり呪いにしか見えない。



 TIPS€ だから人知竜の提案を受け入れた。滅びを避けるために。奴に抗うために




 先ほどから聞こえるヒントに味山は首を傾げた。



[アシュフィールド!! アシュフィールド!!]




 TIPS€



 TIPS€



 TIPS€




「あたしは52番目の星…… 彼らの歓声に応える義務が、ある!」



「アレタっ……」


 歓声に押されるように英雄が立ち上がる。友人の支えを振り払い、その声も捨て去り、ただ人々のためのシステムとして立ち上がる。





「アレタ・アシュフィールド!!! ヘイムズの仇を取ってくれた!!」



「ついていきます!! この奈落のどこまでも!!」



「我らを導いてください!! 合衆国の星! 52番目の星!!」




「「「アシュフィールド!! アシュフィールド!! アシュフィールド!! アシュフィールド!!」」」




 呪いの歓声に、少女が答える。



 凡人の我慢がキレた。





「ーーーーーー!!」



 うるせえええ!!











 え?



 味山は叫んだ。


 たしかに歓声は止んだ。



 え?


 今、声が。


 しかし、味山の叫びも止まった。違う、声を出したのに、なにも聞こえない。





 身体の中で、動く心臓が、大きく打つ。



 知っている、脳が思い出すよりも先に、身体が思い出した。




 世界に音が響かない。世界から音が、声が奪われた。



「ーーーーーーー?!」



「ーーーーーーー??」




 誰しもが、その状態に混乱している。


 グレンが、大きく目を見開き、口を開く。しかし、その声はとどかない。


 呆然と立ち尽くすアレタに、ソフィが必死に声をかける。でも、その声は空気を揺らさない。





 耳を澄ませども、澄ませども。



 あの耳障りな歓声も、ダンジョンの息吹も、仲間達の声も、何もかもが聞こえないーー













 TIPS€ だから彼らは人知竜の提案を受け入れた。奴に抗うために。




 TIPS€ 動き出した"耳"に滅ぼされない為に










 ぽちゃん。




 水の音。


 それは味山だけに聞こえて、その音を追う。




「ー」




 あ。




 ぽつり。




 いた。



 大きな、大きな、お耳が畑に生えた野菜のように。




 味山はその"耳"の事を良く知っていた。





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