<< 前へ次へ >>  更新
33/178

31話 ホットスポット

 



 つくづく。



 つくづく、思う。



「世の中、不公平だよな。なあ、お前もそう思わね?」



「きげ……」



「お前一匹狩るのによ、こっちはライフかけてんのに、見ろよ、俺の仲間を。無双ゲーじゃん」



 喉に突き刺した槍を抉りながら、引き抜く。致命的に、確実に死ぬように傷を広げる。



 倒れた化け物の死骸に、念のためもう一度槍を突き刺す。スーパーで買ったステーキ肉にフォークを突き入れるのと同じ感覚がした。




「お、いたいた」



 大草原の草花の上、倒れるいくつもの猿の死骸の中に手斧を頭に生やしたものを見つける。


 味山は白目を向いて倒れている死骸から、手斧を引き抜く。ぐぐっ、骨につっかえているからか、すぐには抜けなかった。




「アジヤマ!! 頭を下げろ!」



「あい!」



 ソフィが叫ぶ。味山が素直にその場にしゃがみ込む。



 瞬間、音もなく、姿も見せずに近付いていたオオザルの腕が味山の頭のすぐ上で振られる。




「うっお?!」



「よく避け、た!!」



 スパン!! 空気を叩く。ソフィの探索者道具、鞭の形をした"遺物"がサルの首に巻きつき、それを180°逆にねじ曲げた。




「サンキュー!! クラーク、愛してるぜ!」


「それはどうも、アレタに聞こえるからなるべく小さな声でささやいて欲しいものだけどね」



 混戦の中、怪物を捌くソフィがにやりと笑った。



「善処する、よっと!!」



 斧を引き抜く。味山は右手に斧を、左手に槍を構えて化け物の群れの中に進んだ。




「あら、タダヒト、斧見つかったのね」



「おかげさまでな! うわ、またきた!」



「けけ!!」



 大振り。



 連中の攻撃はまずどれも腕だ。腕を振り回し、そこから敵に組みつこうとしている。



 味山は自分と同じサイズのオオザルへ向けて、斧を振る。



 狙うは



「げき?!」



「ビンゴオ!」



 ぶりん。振り下ろされた腕に対して、斧を振り上げる。



 鍛えられ、油を塗った刃が猿の手を絶った。




「キキキ…?!」



「どっこいしょ!!」



 手首を無くしたサルの化け物が恐怖か、痛みかその足を止めた。




 味山に躊躇いは、ない。




 両手で持つには短い柄を握りしめ、そのまま思い切り脳天目掛けて振り下ろす。



「キビ?!!」



 どっちゅ、とハマグリ刃が化け物の頭蓋を割る。



 化け物が死骸となり倒れる。



「よっし!! 3匹目!」




「あら、やるわね、タダヒト。あたしも負けてられないわ」




 ガッツポーズする味山の近くでアレタが笑う。


 長い手足が躍動し、槍が振るわれる。迫る怪物種、毛を逆立たせ、牙を剥くも星に届くことはない。



「ワン、ツー、スリー、フォー!!」



 槍を投げる、怪物が死ぬ。槍を振るう、怪物が死ぬ。



 怪物の身体に突き立った槍を、怪物の身体が倒れる前にアレタが引き抜く。



 背後から迫る怪物に対して、身体を回転させ一息にその顔面を貫く。



 飛び掛かる怪物、空いた手に備えられた槍が無造作に真上に投げられ、怪物を射抜いた。




「フィフス、まあまあね」



「背中に目でもついてんのかよ」



 味山が1匹殺す時間で、アレタは5匹以上殺していく。



 これが指定探索者、味山が決死の覚悟で動きを見極め、死線を潜るその間にまるでスポーツのように怪物を狩っていく。




「さあ、進むわ!! ゴーアヘッド、ゴー!!」



 アレタが槍を振り回しはしゃぐ。


 あいつの酔い方は明るすぎて怖いんだよな、味山は倒れた死骸から状態の良いものを選んで目玉をくり抜いていた。



「全分隊に告ぐ!! 星が道を切り開いた! 作戦行動を継続、続け!」



「すげえ、生アレタ・アシュフィールド、やっぱすげえ」



「ああ、私のお星様、なんてゆうかんなの」



「アルファやブラボーの連中に見せてやりたいぜ! 後で自慢してやろう!」



「「「アシュフィールド! アシュフィールド!!」」」



 ガスマスクの部隊も士気は充分のようだ。



 グレンとソフィが互いをカバーし合いながら順調に化け物の群れを切り崩す。



 アレタは腰に備えた伸縮可変式の投槍を何本も消費しながら、化け物を刈りとっていく。




「うわ、勿体ねえ」



 味山はたまに孤立気味の化け物と一対一を繰り返しながら、せっせと死骸の目ん玉をくりぬく。



「アシュフィールド、これまだ使えるって!! 勿体ねえよ!」



 余裕が有ればアレタが投げっぱなしの刺しっぱなしにしていた投槍を死骸から引き抜き回収していった。




「……あの日本人、ある意味やべえよな」



「普通じゃねえよ、化け物との殺し合いの最中に、死骸から目玉くり抜いてやがる」



 小銃を構え、分隊行動を続ける彼ら混合部隊が味山を見て呟く。



「ふん、彼は探索者、という事なのだろうな。……紳士淑女諸君、我々も仕事を続けるぞ! 星の尾を追え!!」



「「サーイエッサー!!」」





 進む、大草原を、酔いに任せて化け物の群れの中を突っ切る。



 甘い血の匂い、斧から伝わる肉を裂く感触、目玉をくりぬき、感じる儲けの予感。




「ははは、あははははは!! まだ、まだ。ゆく!! 次だ! 次こい!」




「タダヒト、あまり酔いすぎないの。大人ならほろ酔いで我慢しなさい」




「うわ、タダ、お前ちゃっかり目玉めちゃ集めてんじゃん」



「グレン、キミは集めなさすぎだ。怪物種から取得物を剥ぎ取るのも立派な探索者の仕事だろう」




 世の中不公平だ。



 特別なやつと普通なやつの差は歴然、開くばかり。



 でも、別にいい。それには慣れてるし、普通だからといって、何も出来ないわけじゃない。



 味山はピクピクと震え、痙攣して倒れている化け物にトドメを刺し、まだ開いている目玉を引きちぎった。




 進む、進む、生命を、青い血を流させて探索者と兵士が進む。




 目的地まで、後もう少し。


 ………

 ……



「あちゃー…… これは……」



「うーん、厳しそうね」



「うわ、範囲広いっすねえ、今回の沈殿現象は」



「ふむ、事前の調査データよりも恐らく面積が広がっているようだね」




 アレフチーム、そして混合部隊は結局、1人たりとも脱落者を出さずに目的地、ロストポイントまでたどり着いていた。




 草原に湖ができたようだ。



 草原の地面を材料にどろどろのシチューをこさえたような。



 味山は端末を起動し、目の前の風景と符号する。


 遠山鳴人が、消息を絶った地点は前方、つまりどろどろに溶けて今まさに、沈みゆくポイントだった。




「いや…… これは、もう無理じゃね?」



 味山が目の前に広がる惨状を眺めて呟く。



「……うーん。さすがに今回はここに飛び込んでも助けられる自信がないわね……」




「アレタ、分かっていると思うが先月のように飛び込むとかはやめておくれよ?」




「つーか、沈殿現象に沈んで生還したタダとかアレタさんがヤバいだけっすよね? 多分、これ、トオヤマはもう……」



 沈殿現象に沈んだものがどこに行くか、それは未だに判明されていない。



 例えば1階層で沈んだもの全てが、単純に下層に行くわけでもないのだ。



 前例を挙げれば、以前EUが設立した二階層の前線基地は設立して1週間で、沈殿現象に沈んだ。



 その前線基地の残骸は、1週間後、突如バベル島近海に出現している。




 要は、沈殿現象に呑まれたモノの行く末は予想もつかないのだ。




「まだ沈殿現象は続いているようね。隊長、すぐに組合に連絡してもらえるかしら、付近の探索者にも伝えないといけないわ」



「了解です、ダンジョン内短波通信にてすぐに知らせます」




 アレタと混合部隊が通信作業を始めている。


 味山はどろどろになっている地面に触れないように少し周りを歩き始めた。





 もし、ここで遠山鳴人が死んだのなら、もしかすると"耳"がそれを拾うかもしれない。




 味山が静かに耳を澄ました。






 TIPS€ 箱庭に消えた探索者の声が聞こえる。お前はそれに耳を傾けた




[楽しかった…… 俺は楽しかったんだ……]



 聞こえる。


 味山の中に植え付けられた"耳"が、ダンジョンで散った人間の残滓をヒントとして拾う。




 楽しかった。


 耳が拾う探索者の最期の言葉で、楽しかったという言葉は初めて聞いた。


 今まで聴いたのは全て、どれもが苦痛と後悔に満ちた怨嗟の声だったから。



「ふう……」



 息を吐く。安心した、遠山鳴人はどうやら人間として死ねたらしい。



 遠山、鳴人。お前はいったいどんなヤツだったんだ? 自分の最期の瞬間、そう言える人間に、味山は今更興味を持った。





「アジヤマ? 何をしているんだい?」



「ん? ああ、悪い、クラーク、少し…… そうだな、考え事してた」



「考え事…… トオヤマナルヒトについてかな?」


 ソフィの隻眼、赤い瞳が味山を見つめる。その色は血の赤によく似ている。



「全部お見通しだな、クラーク先生は。ああ、ちょっと考えてた。こんなところで、化け物に襲われて、1人で戦って、沈殿現象に巻き込まれる。その時、そいつはどんな気持ちだったんだろうな」




 楽しかった。遠山の声なき声は味山にしか聞こえない。だから、ソフィには尋ねるしかなかった。



「くく、そうだね。……ああ、大丈夫さ。きっと、理由は言えないが彼は割と満足して逝ったんじゃないかな」



 味山は思わずソフィを見た。その瞳は遠く、どこか遠くを見つめている。



 味山には決して見えない何かを、視ている。そんな気がした。



「クラーク?」



「おっと、すまない。らしくない事を言ってかな? そんな気がしただけさ。トオヤマナルヒトの生存は厳しそうだが、せめて遺留品が残っていないか調べようか」



「残ってりゃあいいけどなー、装備だって多分身体ごとしずんでるんじゃねの」



「可能性は高いね。しかし、それはやらない理由にはならないよ。……時にアジヤマ、1つ聞いてもいいかな?」



「ん? おお、別にいいけど」



 珍しいな、クラークが遠慮がちに何かを言ってくるなんて。味山は何かにひっかかりながら返事をする。



「……アレタの事だ。何かいつもと様子が違ったかい?」



「アシュフィールド……? いや、いつも通りの素敵に無敵なアメリカンヒーローだったーー」



 反射的に軽口を返しながら、味山は次の言葉を紡ぐ事が出来なかった。


 違う、明らかに今日のアシュフィールドは何かが変だ。



「……いや、違う。なんかおかしかった気がする。理由はわかんねえだけど、いつもと違う」



「……5本だ」



「あ?」



「アレタが本調子の時に一呼吸で投げる投槍の数だよ。普段なら5本投げる所を3本しか投げていなかった」



「あ、さようですか」



 やべえ、こいつ。アシュフィールドの事好き過ぎでしょ。どんだけ普段あいつの事観察してんだよ。


 味山はクラークの隠れたヤバさに内心舌を巻きながら言葉を返した。



「アジヤマ、無いとは思うが不測の事態の時の対応は、覚えているね?」



 ソフィのつぶやきは確認、しかしその響きの中に強要を見つける事ができた。



「……ああ、もちろんだ。それが補佐探索者の仕事だからな」



「ならいい。まあ、そんな事は起きるはずもないけどね」



「それを祈っとくよ、クラーク」



「ああ、ワタシもだ。キミが来てからアレタはずっと調子が良い。願わくばーー ……いや、なんでもない」



 それ以上、ソフィは口を噤んだ。味山も聞き出そうとはしない。



 ソフィがアレタ達の方へ戻る。



 ……あいつ遠回しに物事言う癖あるよな。味山はアルビノの少女の背を追いながら首を傾げた。






「ソフィ、タダヒト。組合への報告が終わったわ。……残念だけど、生存の可能性は薄そうね」


隊員達と話していたアレタがこちらに声をかける。


「おつかれ、アレタ。ふむ、そうか。怪物種の襲撃が再びないとも言えない。早めに周辺をチェックして遺留品を探した方が良さそうだね」



「アシュフィールド、クラーク。人手を分けるか? 俺は知らせ石があるからある程度やばくても1人で動けるぞ」


味山が腰のベルトから心臓の形をした石を取り出した。



「うーん、でもそれまだ組合による検査を受けていない取得物よね、精度はたしかなの?」



「問題ないだろう、先程の襲撃に気づいたのは味山だ。それのおかげなんだろう?」



「おお、クラークの言う通りだ。大丈夫、遺留品の捜索は得意だしな」



「むー…… まあ、これだけ広い区域ならそうした方がいいかしら。メンバーはどうわけようかしら」



アレタはそれでもなにかを言いたげだったが、納得したようだ。


「ワタシとアレタはここで怪物種の警戒をした方がいいだろう。グレン、アジヤマ、キミ達は二手に分かれて周囲を探ってくれ。見たところ沈殿現象は円形に広がっている、ほとりをぐるりと一周してみてくれ」



「え、ソフィ、あたし達いかなくて大丈夫なの?」



キョトンとしたアレタに、ソフィがため息をつき、じっとアレタを見つめていた。



今、何か合図をした?



味山は2人の様子に何かを見つけたが、まあいいかと流した。



「……ワタシとアレタなら例え透明な怪物でも気配が探れるだろう。ここを中継点としておいた方が安全だ。チャールズ隊長、分隊を1つ、捜索に出る彼らに随伴させてくれないか?」



「了解です、クラーク特別少佐。デルタ、グレンウォーカー補佐官へ随伴しろ」



「ウィルコ」



「味山補佐探索者への随伴は、ヘイムズと私がつこう。残りの分隊員は両特別少佐の護衛をせよ。これでよろしいでしょうか」



「うん、ありがとう、隊長。グレン、アジヤマ、無理はするな。少しでも危険を察知したらここへ戻ってくるように」



「了解っす、センセイ」


「わかった、クラーク」



うへえ、でかいガスマスクと一緒か。



味山は少し嫌な予感を感じながらも、チーム行動のため素直にうなずいた。



 ……

 …



「味山補佐探索者、まずは感謝を」



 歩き始めて数分、味山の斜め後ろからかかって来たセリフは意外なものだった。



「え、えっと……」



「先程の襲撃時、誰もが予想だにしない状況の中、あなたは部下を救ってくれた。彼らの命を預かる者として礼を言っておきたい」



「それはご丁寧に…… 意外だな、あんたらには嫌われてると思ってたけど」



「ああ、嫌いさ。だがそんなものは感謝の念を伝えることになんの関係もないことだ」



「外国人は正直過ぎてびびるわ」



「日本人が正直じゃなさすぎるのさ、自分に対してね」



「ああ、そりゃ言えてる……ん?」



 TIPS€ 遠山鳴人は出し惜しみをした、組合にも誰にもばれないように遺物を扱うときは細心の注意を払っていた



 これは…… どういうことだ?



「どうかしたのか?」


「悪い、ちょっと待ってくれ」



 急に立ち止まった味山に対してチャールズが声をかける。



「何かがあるのか……」



 味山はその場にしゃがみこみ、ささやきが聞こえるように耳に手を添えた。




 TIPS€ 遠山鳴人はこの箱庭に何も遺さなかった。ただ友への軽口と、反省のみを遺して箱庭に溶けた。その身に空気を蝕む刃を取り込んだまま。



 TIPS€ 遠山鳴人は”部位”を取り込む資格があった、だからこそ、その最期の瞬間にあの女が現れた。郷愁と悔恨、それと醜い嫉妬に溶けた女が現れた



「なんだ、このヒント……」


 味山は耳が拾う主語のないヒントを聞き続ける。それに集中しすぎているが故に気づかない。背後の2人、混合部隊の2人がその様子を固唾をのんで見つめているのを、それは実験動物の様子を観察するような。



 TIPS€ 遠山鳴人は強かった。殿を務めた際、一族の中でも最も強い戦士のうち8つを道連れにした。



「そりゃすげえ、ほかにも聞かせろ。何か遺してないのか?」



 TIPS€ だからこそ、遠山鳴人は生みだしてしまった。青い血を追い詰めすぎた。未完の仕事だ。遠山鳴人はーーー



「待て、報告を繰り返せ。それは本当か?」



 ヒントの続きを、背後のチャールズの言葉が遮った。その声にはわかりやすく焦燥が見えた。



「いい、すぐに組合に救援を呼べ。けが人を車両へ移動させ防御陣形を整えろ。ハンヴィーのM134も惜しみなく使え」



「……何かトラブルですか?」



 味山は地面にしゃがみながらチャールズに尋ねる、ガスマスク面も見慣れてくるとなんとなく感情がわかってくる。



「……ベースキャンプが怪物に襲われた。先ほど襲撃を受けた怪物種43号のようだ。味山補佐探索者、申し訳ないがすぐに、アシュフィールド特別少佐たちと合流するべきだ」



「くそ、まじかよ。捜索任務できる環境じゃねえな。賛成です、すぐに戻りましょう」



 味山が立ち上がる、きいいんと耳鳴りがした。そういえばヒントが途中で止まっていた。




 TIPS€ 遠山鳴人は、王を生みだしてしまった。青き血は一族の滅亡の危機に王を生みだした



 TIPS€ お前たちは切り抜けたのではない。誘い込まれた、王の狩場に




「どうした、味山補佐探索者」



 熱。腰、熱い。




「っ! しゃがめ!」



「は?!」


 一番近くにいた大男、チャールズの腰めがけて味山が突っ込む。きれいなタックルが決まり地面に押し倒した。



「隊長?! この! 日本人、何を?!」



「バカ、お前も!」



 味山が倒れながらも、手を伸ばす。



 でも、間に合わなかった。




 ガン。


「ぶ」


 固いヘルメットガスマスクがぶれた。突っ立ていたままの隊員の首がそのまま90度折れ曲がっていた。



 ばたり。そのまま横倒れになる隊員、ぴくりとも動かない。



「ヘイムズ?!」



「ばか! 起きるな!」



 もがく大男を味山が抑える。石だ。いや岩? サッカーボール大の岩がどこかから飛んできた。


「おい、ヘイムズ! 答えろ、ヘイムズ!」



 味山をおしのけチャールズが倒れた隊員に駆け寄る。



「あっ」



 ぐらり。チャールズが思わずといった様子で小さく漏らした。隊員、ヘイムズの首は生まれてまもない赤ん坊のようにぐらいと揺れて、曲がっていた。折れている、即死。誰の目にも明らかだった。



「けっけけ」



 ねりん。空間がよじれる、透明になっていた化け物、怪物種43号、ソウゲン一つ目オオザルが至近距離に現れた。



 その姿は先ほどまで戦っていた同種とは違う。赤茶色の毛皮の上からもわかる筋骨隆々の姿は人ではたどりつけない金剛体。頭にはまるで王冠のごとき鬣が備わる。



 金色に染まる単眼が、半月のようにゆがんだ。




「ば、ばけものめ」


 チャールズがヘイムズの亡骸を抱えながら茫然とつぶやいた。小銃を構えようとするも、怪物の長い腕が銃を叩き落した。



「は?」



「ゲオウ」



 大腕がチャールズに向かって振りかぶられてーー






「録音音声、再生開始」




 [ビおおおおおおおおおおおおおおおおん]




 それは第一階層の空を支配する怪物の咆哮だった。怪物種は食物連鎖のルールに敏感だ。だから奴もこの咆哮を知っていた。



「ゲオ?!」



 チャールズへの攻撃をやめ、奇妙なソウゲン一つ目オオザルが飛びのいた。上を見る、彼は知っていた、空から響き襲い来る死の翼を。


 それは連鎖によって継承された生きるための恐怖。しかし、上を確認しても何もいない。



「ゲオ?」



 彼は首を傾げ、前を見る。



 獲物がいるだけだ。あの咆哮の主は、本来の主はいない。


 だが気づいた、目の前にいる獲物から、あの咆哮は響いていた。




「あー、くそ、ソロ以外の時に使っちまった。くそザルめ。やっぱ逃げねえか」



 味山が経験点を消費し、”耳”を使っていた。チャールズが攻撃される瞬間、気づけば使ってしまっていた。




「あ、味山補佐? 今のは?」



「隊長、退却だ。退路は俺が確保する。……そいつも連れて帰ろう」



「へ、ヘイムズは……」



「あんたの部下なんだろう。置いては帰らせない、化け物の餌にはさせない。その人はきちんと帰らなければならない」



 味山はチャールズの前に、もう何も言うことはないヘイムズの前に立つ。



「げっげっげ」



「化け物が。お前のやり方はなあ、偉大なるルイズ・ウェーバー先生がもう完成させてんだよ」



「味山?」



「隊長!! 目えつむれ!! ヘイムズは、もういいか!」


 味山がこの探索のために大枚はたいて用意していたそれをベルトから取り外し、ピンを抜いた。




「逃げるぞ! 隊長! アシュフィールドとクラークとグレンがいなきゃ無理だ!」



「はっ??」



 チャールズにとって味山の行動は何一つわからなかった。だが、それでも今回は素直にその指示を聞いた。



 味山が下手投げで、その筒のようなものをふわりと投げた。手のひらで押さえられていたベルトが踊りはね、大草原の地面に、落ちた。





「怪物種43号、一つ目ソウゲンオオザルは目が良い。だからこれはお前らにぴったりだ」




 しゅ、ぼっ。





 閃光が、世界を白く染める・



「よっしゃ! 逃げるぞ! 隊長、足は俺が持つ! 頭のほう持って!」



「あ、ああ! くそ、ははは、もう、めちゃくちゃだな!」



「げああああ?! ああああ?!」



眼を焼かれた王がもがく。



味山たちは、逃げ出した。物言わぬダンジョンの犠牲者を抱えてそれでも生きるために逃げ出した。




読んで頂きありがとうございます!



宜しければ是非ブクマして続きをご覧ください!

<< 前へ次へ >>目次  更新