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30話 銃撃戦

 



「あー、いいなー。フルオートマのアサルトライフル。俺も欲しーなー」



 腹に響く、リズム。



「くく、アジヤマ。残念ながら許可を得た探索者でも単発式のライフルがせいぜいだ。彼らのはもはや武器ではなく兵器だからね」



 たたたたん、たたたたん。たたたたたたん。



 心地よいリズムが聞こえるたびに、青い血と共に肉が飛び散る。




「ブラボー、次、10秒後にリロード開始、チャーリー、同時に隊列を組みかえろ、近づけるな」



 チャールズ隊長の指揮のもと、ガスマスクの部隊がそれそのものが武器のやうに銃撃を繰り返す。



「……カッコつけて号令したけど、あたし達驚くほどに暇ね」



「ぶっちゃけ、訓練された最新鋭の装備で身を固めた部隊の戦闘力は半端ないっすからね。銃が規制される理由がわかるっすよ」




 アレフチームのメンバーは銃撃をBGMに呑気に語り合う。



 ガスマスクの部隊が円形にアレフチームを中心に囲む。


 タイミングを合わせ、リロードしながら四方八方から迫る怪物種を撃ち続けていた。




 たたたたん。



「びいぎゃっ?!」



 鉄の弾、弾頭が一つ目の化け物の頭蓋を砕く。



 草原の緑の絨毯がまた、青い血を吸った。




「あーあ、勿体ねえ…… 5万円もするのに」



 味山が力なく呟く。



「まあまあタダ。全部殲滅した後に、形の残ってる奴だけ剥ぎ取りましょ」



 そう言いながらグレンが先程、味山が仕留めた一つ目ソウゲンオオザルの単眼にナイフをさしこんでいた。



「あ、てめ、グレン! それ俺がぶっ殺した奴だろうが!」



「まあまあタダ、お前剥ぎ取るの下手なんすから、かわりにやってやろうという親切心っすよ、親切心」



 銃撃の舞う修羅場で、探索者たちは呑気にいつもどおりのやりとりを続ける。




「隊長…… 連中、イかれてるんでしょうか?」



「黙って手を動かせ。今わかるのは、俺たちはそのイかれた奴のおかげで部隊行動を取り戻せているという事実だけだ」



 カートリッジを投げ捨て、チャールズが自動小銃を構える。



 たたたたたたたん、たたたたたん。銃口から迸る光、星の明滅にも似たそれが瞬くたびに、化け物が倒れる。



「さすがね、一瞬は乱れかけたけどもう立ち直ってる」



「ふふん、アレタ、キミの前だからだろうね。誰しもが星の前ではその光に飲まれないようにするために背伸びするものだ」



 アレタが腰のベルトを触りながらソフィと会話する。



 彼女達の視線の向こう、よだれを振り乱しながら迫る怪物種が、銃弾によってまた倒れた。




 たたたたたん、たたたたたん。



 銃撃が踊る。



 腹に響く低音が鳴るたびに、化け物が死んでいく。


 こりゃ、楽だ。味山はグレンから渡された化け物の目ん玉をベルトの保管ポーチに放り込みながら考えた。




 撃たれても、撃たれても、仲間の死骸を乗り越えて怪物種は迫る。



 一つ目を見開き、茶赤の毛皮を逆立たせ、化け物が迫る。




 ああ、これ、なんかいやな予感すんな。



 透明になって近付いてくる、そして襲撃前にわざと姿を表して包囲したことを示してくる知能を持つ連中。



 それがこんな単純なことを繰り返すか?



 一つ目ソウゲンオオザルは確か、知能が高い怪物種の筈だ。普段ならもう、逃げていてもいいはずなのに。




「お耳さん、お耳さん。なんか嫌な予感がするんですが何かご存知じゃないですか」


 味山が投げやりに、"耳"に語りかける。まさか答えなど返ってこないだろうと思っていると。




 TIPS€ 彼らは学ぼうとしている。人間の銃の脅威を調べている




「はい?」



 TIPS€ 彼らは槌と轟音、見えない刃を扱う人間を恐れた。人間の力を恐れた。だから人知竜の提案を受け入れた



 TIPS€ 彼らは人間を学ぼうとしている。一族を犠牲にしてすら、それを為そうとしている




「う、げえ…… やべえ、やべえ、やべえ。それはやべえ! アシュフィールド!」



 なんだ、それ。いつもいつも空恐ろしいヒントばっかり伝えてきやがって!


 味山が異変を伝えるために叫ぶ。




「アシュフィールド!! 辺りの様子を確認してくれ! なんか様子のおかしい化け物がいないか?!」



「え? ど、どうしたの、タダヒト、そんな慌てて」



「すまん! 上手く伝えれねえ! けど、あれだ! あいつらもしかしたら銃を学習しようとしてるかもしれねえ!」



「ちょ、ちょっとタダヒト、落ち着いてよ」



 アレタが形の良い眉をへの字に曲げながら首を傾げた。



 どうやってアシュフィールドにこのヤバさを伝えればいい?


 味山が自分の伝達力の乏しさを呪っていたその時、




「お、おい、あれ、なんかおかしくないか?」



「た、隊長!!  ば、化け物が!」



 隊列を組んでいた混合部隊のメンバーが叫ぶ。


 味山はその騒ぎを確認し、思わず笑った。




「ははは、おい、まじかよ」



 盾にしている。



 銃弾に倒れた仲間の死骸を拾い上げ、それを盾に猿の姿をした怪物が迫りくる。




「な、なんだと……? カバープレイ…? 怪物が、まさか、射線を理解しているのか?」



 隊長が呆然と呟く。


 理解、味山が反射的に叫んだ。



「あいつら、銃を知ってるんだ!! 遠山鳴人との戦いで、銃を覚えてやがる!」



 ダンジョンのヒント、槌と轟音、見えない牙を操る人間。味山の頭の中でヒントが組み立てられていく。



 間違いない、こいつらは遠山鳴人と交戦した怪物種のグループだ。



「そんなバカな、怪物種だぞ?!」



「で、でも、隊長、あいつら仲間の死骸を盾に!! 他のやつも真似し始めてる!」




 ガスマスクの部隊は浮き足立ちながらも引き金は緩めない。プロだ。リロードのスピード、照準の正確さは変わっていなかった。




「はあ…… タダヒトの嫌な予感はよく当たるわよね、ホント。えーと、隊長、そこ少し開けて貰ってもいいかしら、ソフィ、双眼鏡ある? 貸してくれない?」



「コピー、デルタチーム、間隔を広げろ、星の視界を通せ」



「ほらよ、アレタ。壊さないでくれよ」



 アレタの言葉に皆が従う。すげえ、あれが発言力か。味山はその様子に素直に感心した。




「ありがとう、隊長。何よ、ソフィ。いくらあたしだって双眼鏡覗くだけで壊すわけないじゃない」



「うるさいよ、前科者め。ほら、双眼鏡だ」



 口を尖らせるソフィからアレタが双眼鏡を受け取り、銃を構える隊列に加わった。



「どれどれ…… うーん…… あ、あの辺り、なんかヤな感じするわね」



 双眼鏡を地面に置き、アレタが笑った。



 ぺろり、赤い舌がその薄い桜色の唇を這う。



「ごめんね、みんな。もう少し離れてくれるかしら?」



 アレタの言葉に、ガスマスクの部隊が瞬時に反応する。



 ポカリと空いたスペース、アレタ・アシュフィールドがその業を振るう。



 薄手の迷彩服に巻かれたベルト、そこには懐中電灯ほどの大きさの筒が何本も、何本も備えられている。




「3本、くらいかしら」



 アレタの腕がベルトをかすめる。マジックのように次の瞬間にはアレタの手に、黒い槍が握られていた。




 アレタ・アシュフィールドの英雄譚、嵐を堕とした投げ槍だ。



「す、たーと!!」



 振りかぶる、長いた手足がしなり柔らかな肩関節から投擲が始まった。



 びゅおん。


 空を切る。大草原の青々しい風景の中、槍が弧を描き、ある場所へと吸い込まれていった。




「ホバ!?!」



 ボン。


 押し寄せる怪物達、それよりももっと遠くの地点に槍は降った。



 瞬間、青い血が破裂したように舞った。




「だんちゃーく! 今! YES! 大当たりね」



 アレタがガッツポーズしながらはしゃぐ。


 放り投げられた槍が虚空に潜んでいた化け物の首を消しとばした。



 隠れていたのだ。姿を現し突撃してくる猿達とは別に、離れたところで透明なまま、こちらを観察する個体がいた。



「す、すごい!! 星がやったぞ!」



「ああ、お星様。なんて綺麗なの」



「見ろ! 化け物どもの足が止まってる! 鴨撃ちだ!」



「「「アシュフィールド! アシュフィールド!! 我らが52番目の星!」」」




 ガスマスクの部隊が一気に湧く。



 ええ、あれで盛り上がるの? 


 透明になってる化け物に遠距離の投擲を成功させるのって割とドン引きポイントなんだけど。


 味山は今にもUSA! と叫び出しそうな連中との空気感の違いを感じていた。





「まじ、お前ホントどうやって見つけるわけ?」



「ふふ、女の勘ってやつかしら」



 空間と同化して透明になろうとも女の勘には敵わないらしい。


 味山は極力、アレタに対してはやましい隠し事はしないでおこうと感じた。



「むー、あと2匹…… まだ見られてる感じするわね。でも不気味…… 襲ってくるでもない、これは、観察してるのかしら」



 アレタが首を傾げながらも、腕を再びベルトに伸ばす。



 懐中電灯サイズの筒が、アレタの手に収まる途端に、槍へと変化する。



 オカルトじみた科学により造られたアレタ・アシュフィールドの探索者道具、"星の槍シリーズ"。


 それが何気なく、また放り投げられる。



 ああ、勿体な! あれ、一本100万以上するのに!


 味山は自分の年収の数割ものが金額が息継ぎのついでに放り投げられるのを冷や冷やしながら見守る。




 ぼん!


 また遠く、草原の丘陵線の上で青い血が破裂した。



 再びガスマスクの部隊達が盛り上がる。銃声がまた一際響いた。



「セッカンドー。これでタダヒトとスコア並んだわね」



「そですね」



 うしし、と笑うアレタに味山は乾いた笑いを返す。



 銃を学習する怪物種に対する恐れも、指定探索者のでたらめぶりの前には薄れてしまった。




「アシュフィールド、もし遠山鳴人が生存してた場合、こいつらにここで足止め喰らうのはまずくないか?」




 パチリ。アレタが指を鳴らした。




「隊長!! 作戦を変えるわ! このまま怪物種の群れの襲撃の中を進みます!」



「……了解! 総員、傾聴! これより進行を再開、フォーメーションを各分隊規模で編成する。……アシュフィールド特別少佐、円形で立ち止まってのフォーメーションを崩すと貴女達を危険に晒すことになりますが」



「アハ、ありがとう、隊長。でも大丈夫よ。ちょうど退屈していたところだし、それに」




 アレタがちらりと流し目をこちらに向けた。




「あー…… やるしかないでしょ」



「いつでもいけるっすよ! アレタさん」



「やれやれ、楽はさせてもらえないものだね。報酬分は働くとするか」



 アレフチームが答える。生命を賭けることに慣れすぎてしまった連中の答えは軽い。




「あ、やべ。アシュフィールド、俺その場のテンションで斧投げちゃった」



「もう、バカ。はい、これ。あたしの槍貸してあげるから、早く死骸から引き抜いてきて! あの辺に転がってるのだと思うわ」



 アレタが自分のベルトから筒を取り出し、それを振るう。まるで魔法のように筒は一瞬で大きくなり、槍へと変化していた。



「あ、どうも。うわ、結構重い」



「くく、よかったじゃないか、アジヤマ。アレタが自分の武器を他人に渡すなど初めて見たよ」



「あら、ソフィ。それどころかあたし、タダヒトがニンポーで作った武器を使ったことも…… あ、今のなしね。秘密だったわ」




「なんすか、タダ? ニンポー?」



「……気にすんな。アシュフィールドのいつものテキトーな話だ」



 味山は手頃な大きさの投げ槍を肩に乗せて、大股で歩き始めた。



「……」



 無機質なガスマスクの視線がいくつも味山を捉える。


 味山はその視線を無視して、彼らの陣形の外、怪物の前に進み出た。




「よし、仕事だ。仕事。張り切ってぶっ殺していこう」



 TIPS€ 銃弾に倒れた友の、子の、親の亡骸を盾にし、怪物は駆ける。一族のために命を懸けて戦に臨む




 目の前には、じりじりとこちらへ迫る猿の怪物、銃を、アレタを警戒し、慎重に様々な方角から迫りくる。



 TIPS€ 彼らは叫んでいる。何故、住処を冒すのか、何故、家族を殺すのか




 味山は星から渡された槍を大雑把に素振りする。怖え、コレそういや爆発するんだよな。誤爆とかしないよな。



 TIPS€ お前に問う。何故、お前は怪物を殺す? なんのために、なんの権利があって、生命を奪う?




「ゲゲゲ、ギギギギィいい!!」


威嚇するサルの化け物、その牙は、その腕は容易く人間を殺す。



しかし、味山は進む。酔いが、その足を進ませる。




 TIPS€ 何故お前たちは奪う、何故お前達は殺す。




 耳のささやき、そのヒントに味山は




「ぶはっ!」



 吹き出した。その表情には哀れみも躊躇いも優しさも何もない。心底愉快なものを見たかのように、笑った。




 何故、だと?


 味山は大笑いするのを堪えて、答えた。




「1匹につき、5万円だからだよ、お前らが」




 味山が地面を蹴る。



 味山にこの槍を使って、アレタのように戦う技術も力も才もない。



 だからシンプルに、ただ切っ先を構えて、1番近くにいたオオザルに突っ込む。




「げっ?!」



 大振りに下される腕の一撃。当たりどころが悪ければ死ぬ。



 たまたま。


 今回はたまたま、その腕が味山の顔に直撃するよりも



「きげっ?!」




「しゃあ!! ごっ、まんえん!!」




 味山が突き出した槍先がその喉を抉る方が早かった。




「おっと、アジヤマ。運が良かったな」



 赤い髪、抱きすくめれば折れてしまいそうな細い身体が味山のそばに。


 その手に握るはほのかに光る鞭、反対の手にはその身に似合わぬ鈍色に輝くリボルバー銃。



「げ?」



 鞭がしなり、オオザルの首が妙な方向にねじれた。




「うわ、センセ。相変わらずその鞭、反則っすよね。いいなー、俺も遺物欲しいっす」




 ぱきゃ。



 灰色の髪の美丈夫が赤髪の少女の背を守るように侍る。味山とは違う、怪物の攻撃を、偶然ではなくその才気を持って捌く。



 拳が、怪物の顔面を砕いた。





「アハ! じゃあ始めましょ! トオヤマナルヒト捜索任務、スタート!」



 星の両手に握られた投槍、それが瞬くたびに、怪物はその数を減らしていく。






 ガスマスクの大男、チャールズが部隊に指示を出す。



「彼らに続け! 探索者を死なせるな!」



 アレフチームが、怪物の群れを裂き始めた。




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