27話 集まれ! あじやまのゆめ
………
……
〜味山の部屋、9月12日PM11時頃〜
「あー、ねっむ。アシュフィールドの野郎、自分が夜遊びすんなっつーくせに酒に付き合わせやがって……」
時刻は23時25分、味山は熱いシャワーで汗を流し、そのままベッドになだれ込んだ。
あー…… 疲れた。
朝はアシュフィールドに呼び出されて、昼は気の張るミーティングと、大物釣り、夕方はまたチームミーティングと探索者道具の買い出し。
「よく働いたわ、ほんと」
電気消すの面倒くさい。味山は1度目を瞑り、少し休もうとして。
「………が」
そのまま意識がふっと、途切れた。
幼い頃、夏休みにプールで遊びまくった日の夜と同じように、なんの抵抗もなく眠りへと落ちていく。
………
……
ちちちちち。
ざあああ。
木々の上で小鳥が鳴く、森の奥から姿の見えない鳥達の歌が聞こえる。
流れる河、水が砕け、集まり、さらい、そして流れ続ける。
渓流のほとり、味山は横たわっていた。
いつもの、夢だ。
「きゅ、きゅー」
「んが?!」
息が!!
味山は顔面に感じる重さに悲鳴を上げた。何かが顔に張り付いてーー
「は?」
「きゅー?」
跳ね上がり、顔に張り付いていたヤツを剥がす。
両手で挟み込むように持ち上げたそれは、
「きゅ、きゅきゅきゅー!」
「……河童?」
河童だ。
アヒルみたいなクチバシ、水かきのついた手のひら。ツルツルの頭、皿。背中にひっくり返すと亀の甲羅みたいなもんまでついている。
「河童だ……」
「きゅー」
味山が首を傾げる。するとそれを真似するようにくりくりのつぶらな瞳をした河童が同じく首を傾げた。
手足の短い、赤ん坊サイズの河童を味山は見つめていた。
「ああ、君。また妙なモノを身体に取り込んだようだね。順調に準備をすすめているわけだ」
男の声と女の声、それから老人の声が混じった音が響いた。
黒いもやが人の形をなしたモノ。味山の夢によく出てくるなんだかよくわからないやつだ。
「出たな、ガス男」
「……待て、まさかそれは私の事を言っているのか? ガス男?」
「黒いガスみたいな姿だろ。俺の夢なんだから、俺が名前つけてもいいだろうが」
味山があぐらをかいて手足の短いカッパを抱えたままつぶやく。
「む、一理あるな。まあ好きに呼ぶといい。人間、元気そうでなによりだね」
ガス男が味山と同じくあぐらをかく。かがみ合わせに2人は向かい合った。
「まさか、ここに訪れることのできる存在を取り込むとはね、少し驚いたよ、人間」
「ここ?」
「君の夢さ。君がその身体に取り込んだ彼は、溶けて消えるのではなく君の夢の住人として形を残したようだね」
「きゅきゅきゅ?」
「おっと、暴れんなよ、取り込んだ? ……もしかしておまえ、あのカッパカレーのカッパのミイラか?!」
「きゅっきゅ!」
遊んでもらっていると思っているのだろうか? 抱えられたカッパが愉快気に鳴いた。
「ははははは、カレーか! そうか、食べたか。君は人間の能力を有効に活用しているようだ」
「あ? なんだそりゃ?」
能力。なんとも魅力的な言葉だ。味山は自分の夢の住人の言葉に食いついた。
「君たち人間の能力だよ。食べて吸収して、己の血肉に変える。人間、君たちほど他者から何かを奪って進化していくことが得意な生命はないからね」
ガス男が目も鼻も口もないのに、笑った、ような気がした。
「人間、拝領を続けろ。それは君の力だ。人間だけがほかの生命から力を拝領することができる。それは君たちが気の遠くなる時をかけて手に入れた進化の成果なのだから」
「きゅきゅきゅきゅ」
いつのまにか、味山が抱えていたカッパはガス男に抱きかかえられていた。
「ほう、君はキュウセンボウというのか、ほう、驚いた、大陸から? さぞ大変だったろう、勇敢なるこの星の生命よ」
「きゅっきゅ!」
カッパとガス男がじゃれあう。もし起きてこの夢のことを覚えていたら、夢占いを調べてみるかと味山は考えた。
「……ガス男、お前はなにを知っているんだ?」
「君の知らないことさ。人間、君には人間の力がある。その調子で集め続けろ、力を蓄えろ、新たなる部位を迎えることができるほどに強度を増せ」
「ふっ、とうとう俺にも俺だけの力が芽生えたということか」
夢ではあるが、そういう特別とか、自分だけとかそんな言葉に味山は弱かった。
「いや、君ができることは人間であればだれでもできるぞ。それは人間という生命がもともと持っている当たり前の力だからね」
ガス男の言葉に、味山ががくりと首を落とした。
「ガス男、てめえ俺の夢ならもうちょい気持ちよく持ち上げたまま終わらせてくれよ」
「善処するよ、そろそろ目覚めの時だ。死ぬなよ、人間。使えるものはなんでも使って生き残れ、君にはその義務がある」
「きゅきゅきゅ!」
短い腕を振り回しかっぱが鳴いた。つぶらな瞳をみひらき力強い視線を味山に向けた。
「ふふ、キュウセンボウも君に力を貸すとのことだ。夢の住人を増やすのもいいかもしれないな」
うつら。
味山の視界がかすむ。
ガス男の、カッパの姿があいまいになっていく。河の流れる音だけが心地よい。
「ああ。それとさいごに。経験点を集めておきたまえ。世界にその仕組みが生まれる前に、部位を宿す君はそれを扱えるのだからね」
てめ、そういう重要そうなことはもっと余裕があるときに、味山がガス男に文句を言おうとしてーー
ざあああ。
河の音がすべてを塗りつぶしていった。
………
…
「さてと、荷造りもこんなもんでいいかな……」
当たり前に目を覚ました味山は、歯を磨いて顔を洗ったのち今日の探索の準備を行っていた。
用意していた最後の予備の手斧、刃に赤いペイントの施された消火オノだ。
ぽちゃん。
新聞紙を引いた床の上、ビンに入った油を綿棒に染み渡らせる。
刃に沿って、綿棒を滑らせ油をなじませる。仕上げに乾いた布で刃を拭き、照明にかざすと鈍く輝いた。
「よし」
ベルトにいくつかの即効性のある無針医薬品、安心と信頼の爆竹セットに、ハバネロボール、そして。
「ふふふ、通信販売で買ってしまったぜ、閃光弾。払い下げ品でも結構したなー」
無骨な手のひらサイズの閃光榴弾。組合に申請してあらかじめ使用許可は取ってあった。
今回の探索において予想される障害、遠山鳴人がロスト前に交戦していたとされる怪物種、一つ目草原オオザルへの対策アイテムだ。
「知らせ石もパッケージに入れたし、後は……」
味山はいくつかの探索者道具を揃えた後、ふと部屋の戸棚に入れてある、透明な石のかけらを見つめた。
「……王さんのオカルトグッズ。一応持っておくか」
味山は戸棚から欠けた水晶を取り出し、小さな袋に入れて懐にしまった。
時刻は9時30分、そろそろ出発の時間だ。味山はベルトを腰に巻き、手斧をホルスターにしまった。
………
……
…
〜アレタ・アシュフィールドの邸宅、9月13日、AM7時頃〜
タダヒトは熱いシャワーが好きらしい。その意見には賛成だ。
あたしは、あたしの身体を流れて床の吸水口に吸い込まれていく熱いお湯の行く末を見つめる。
しゃああああ。
バスルーム中に広がるのは真白な湯気。乾燥した肌を潤わせてくれる。
「……気持ちいい」
毛穴、肌の奥に熱い湯がしみていく。それは血管を熱くさせ、身体に熱をもたらす。
大丈夫、大丈夫。
あたしは今、生きている。きちんとあの日の延長線上に立っている。
あたしには価値がある。大丈夫、きっとこのまま頑張ってれば大丈夫。
ざあああああ。
流れる水が、吸水口に落ちていく。グルグル回りながら消えていくそれは、嵐に似ていた。
ーーそろそろ変わってよ
「っ、誰?!」
振り向いても、誰もいない。広いバスルームには湯気が満ちるだけ。
熱いシャワーを浴びているはずなのに、あたしは気付けば自分の肩を抱きしめていた。
「気のせいね……」
ダメだ、最近、何かがおかしい。アリーシャにも言われた、すこし変わったって。
すこし、ほんの少しだけ探索が怖い。
でも、あたしは何が怖いのかが分からない。
いつからこわいのかだけは分かる。
彼と組み始めてからだ。こんなふうに探索の当日、あたしはすこし怖くなる。
「……今日は探索の日なんだから。切り替えないと」
久しぶりにタダヒトとの探索なんだ。失敗は許されない。
ざああああああ。
シャワーの音が、流れるお湯があたしの身体に流れる。
その音は、どこかあの日堕とした嵐の音に似ていた。
ーーあと、もう少し
頭の中に、突如沸いた呟きは湯気に紛れて消えていった。
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