26話 裏ミーティング、主人公は呑気に海釣りしてます。割と釣れたのでその場で捌いて食べてました。
ばたり。
ドアが閉まる。
2人の足音が離れていくのを確認してからアレタがドアから離れた。
「アリーシャ、同窓会の相談って、少し嘘が下手すぎない?」
「教官、こんな言い方はしたくないが、あの2人だから誤魔化せたようなものだよ。今度から内緒の話がしたければもっと、クールに言葉を選んでくれ」
アレタとソフィがじとりとした目で、アリーシャを、2人の軍人時代の教官であり、上司であった女を見つめた。
眉間に手を当てながら、アリーシャが唸る。
「ああ、悪かったよ。今のは我ながら呆れた。腹芸の類は苦手なんだ。勘弁してくれ」
アリーシャがソファを指差す。アレタとソフィは黙って再び座り直した。
「……タイプコード、ラジエル」
[音声命令を認識しました。一定時間、音声記録を停止します]
アリーシャが呟く、同時に部屋のどこかから機械音声が響いた。
「で、タダヒト達に聞かせたくない話って何かしら? 本国関係か、組合の上層部か…… 出来れば、組合からの意向だと嬉しいのだけれど」
アレタがおどけて足をぶらぶらと揺らし、笑う。
味山が見れば、小さく悲鳴をあげるであろう綺麗な笑顔を貼りつけて。
「残念ながら、本国からだ」
アリーシャがスーツの胸ポケットからタバコを取り出す。
「吸っても?」
「えー、我慢してよ」
「一本くれるならワタシは構わないよ、教官」
「ふふん、アレタ。2対1だな。ほら、クラーク。裏切りの報酬だ」
アリーシャがソフィにタバコを渡し、満足げに火をつける。
ふわりと紫煙がくるり、天井の吸気に吸い込まれていく。
「ふー…… やはり紙がいい。電子やらニコチンレスやら巷には溢れているが、やはり紙だ、紙」
「タバコ吸う女はモテないわよ」
「タバコを吸う女すら許せないような男はいらん。なあ、クラーク」
「ふむ、教官がモテないのはタバコを吸うからではなく、そんなセリフがスラスラ出てくる傲慢さにあると思うがね」
流れるように3人がやり取りする。
しばらく薫る紫煙が部屋を満たした。煙が混じり、照明がそれを透かす。
「……本日付で合衆国から、指定探索者、アレタ・アシュフィールドとソフィ・M・クラークに命令が発行された」
じりり、咥えたタバコが縮む。
同時に、アリーシャが言葉を漏らした。
「組合は通してるのかしら?」
「いいや、組合は関与していない。……これはまだ合衆国でも一部の人間しか知らないことだが、トオヤマナルヒトには、違法遺物所持者の疑いがかけられている」
「……組合が見逃すとは思えないがね」
クラークが静かに呟く。タバコはまだ余裕があった。
「ああ、その通りだ。事実、探索者組合はこれまでに5回の査問、19回の極秘の身体検査、そして24回の記憶洗浄をトオヤマナルヒトに施している」
「それ、凄い回数ね。それでも見つからなかったの?」
「その通りだ。トオヤマナルヒトの探索における戦果ははっきり言って異常だ。いくらガンスリンガーとは言え、単独での指定怪物種の討伐など常人に出来ることではない」
「ふむ、確かに。戦果だけ見れば指定探索者として登録されていてもおかしくはないか…… だが、確定なのかい? トオヤマナルヒトが遺物を所持しているというのは」
アリーシャが懐からパッド端末を取り出す。モニターに移すことはなく、それをそのままアレタとソフィに手渡した。
「……これは半年前、たまたま合衆国のステルスドローンがダンジョン内で記録した映像だ」
「……へえ! やるわね」
「これは…… なるほどね」
それは上空から撮影された映像だった。
故のわからぬ怪物に囲まれた1人の男、ノイズのかかった映像ではそれしかわからない。
突如、男を囲んでいた怪物が一斉に苦しみ始め、倒れた。
男は何もしていない。ただ、立っているだけ。
それだけで10は下らない怪物種はもがき始め、やがてぴくりとも動かなくなった。
「映像を解析してもなんの説明もつかない、わかっているのは映っているのがトオヤマナルヒトということだけだ。この映像を確認した合衆国はトオヤマナルヒトを未登録の遺物所持者として断定している」
「よく分からないのは全部、遺物の仕業…ね。あたし達の国は分かりやすくていいわ、情報部はさぞ、楽な仕事をしているようね」
アレタが背もたれにからだを預けため息をつく。
「そういうなよ、アレタ。この現代ダンジョンの時代、2025年から、いや、厳密に言えば2022年より、各国の上層部は遺物の収集を最重視している。少しでも可能性があれば当たりをつけるものなのさ」
ソフィがアレタを嗜める。
「クラークの言う通りだ。次に起きる世界戦争の勝利者はバベルの大穴からより多くの"遺物"を取得していた国である、と本気で考えている連中は多いからな」
アリーシャが一息つき、紫煙をその柔らかそうな唇からぽわりと吐き出した。
「……合衆国の懸念は1つ。このトオヤマナルヒトの遺物が、"病を司る遺物"ではないかという懸念だ。……もし、そうなのであれば我々はなんとしてもこの遺物を回収せねばならない」
「はあ、偉い人たちの代理戦争をやらされるのはムカつくわね」
ぼそりとアレタが呟く。
天井を見上げるその瞳には、暗い光が灯っている。
「いっそのこと、そうね…… くだらないワールドゲームができないよう、すべてめちゃくちゃにしてやろうかしら」
アレタのつぶやき、部屋には一瞬で重たいガスのごとき緊張感が広がる。
それは笑えない冗談だった。
ストーム・ルーラー。世界から嵐を消し去り、その操作権を有する”號級遺物”の所持者、アレタ・アシュフィールドにはそれができる。
その気になれば世界に再び嵐を、好きな時に、好きな場所に、好きなタイミングで熾すことができる。それはこの現代において世界の均衡を保つ強大なる力の一つだった。
「……ちょっと、ちょっと、冗談よ。アリーシャ、それにソフィもよして」
ジャキ。
アレタの眉間には一瞬で、黒い鉄の筒、拳銃の銃口が突きつけられていた。
「貴様の冗談は笑えんのだ。すぐに撤回しろ、アレタ・アシュフィールド特別少佐。"52番目の星"」
「おっとその前に、教官殿。アレタに向けた銃を下ろしてもらおうか。ワタシの銃は骨董品だよ、引き金が思いの外に軽いからね」
アレタの眉間に銃を突き付けるアリーシャ。しかし既にソフィ・M・クラークのリボルバー銃はアリーシャに向けられている。
さんすくみ。
眉間に銃口を向けられつつも、ふてぶてしい笑みを浮かべながらソファに身体を沈めるアレタ。
テーブルを足蹴にし、無表情に銃口を振り下ろしたアリーシャ。
ソファに座ったまま腰だめにリボルバー銃を向けるソフィ。
「リラックスしましょうよ。アリーシャ。今は仕事の話の最中でしょ」
「これが私の仕事だ。アレタ、忘れるな。お前の役割は英雄という名の合衆国の兵器だ。貴様の力には責任が伴う。言動には注意しろ」
「教官、そろそろ銃をさげてくれないか? ワタシは非力でね…… 指がしびれて、引き金にあたりそうだ」
ソフィが赤い片目をしばたたかせながらつぶやく。アリーシャの銃口はピクリとも動かない。
アレタがじっと自分を狙う銃口を見つめていた。
黒光する銃口よりも、もっと深く暗い、夜の海を映した瞳をじっと。
「ふう、わかったわよ。ごめんなさい、アリーシャ。あたしの自覚がたりなかったわ。発言を撤回する」
アリーシャがゆっくり銃口を下ろし、無骨なオートマチック銃をふところにしまい込んだ。
「……理解に感謝する、アレタ。それだけお前は世界にとって非常に強い影響力のある人間だと自覚してくれ」
「ええ。久しぶりにアリーシャと会えたからちょっとはしゃぎすぎちゃったみたいね。反省してるわ」
アレタがアリーシャに手を伸ばす。しっかりと2人が握手をした。
「わかってくれたのならいいさ。それでアレタ、このいまだに私に銃口を向け続けている小娘を説得してくれないか?」
「ああ、そうね。ソフィ、ありがと、今のところあたしがアリーシャに撃ち殺されることはないとおもうわ」
「ふむ、そうか。今日こそは訓練兵時代の借りを鉛玉で返せると思ったのだがね、次の機会を待つことにしよう」
ソフィがケロリとした顔で、リボルバーをくるくるとスピンさせながらホルスターへと戻す。人形の美貌がいたずらげにゆがむ。
「ふん、まだまだお前ら小娘にやられる私ではない。……話がそれたな。本題に戻ろう」
アリーシャが再びソファに座り込む。その所作は洗練されている。アレタと同じくらいに長くそして筋肉質が足が組みかわる。
「指定探索者、”52番目の星” アレタ・アシュフィールド。指定探索者、”女史” ソフィ・M・クラーク。両名にアメリカ合衆国軍、アメリカ陸軍、ダンジョン攻略対策室よりの命令だ」
アリーシャの言葉を2人の指定探索者、遺物所持者が不敵な笑みを浮かべて聞く。
「違法遺物所持者、トオヤマナルヒトがロストした遺物を他国に先駆けて回収せよ。作戦行動中における障害はすべて排除だ。サポートチームもすべて合衆国の協力者を派遣する。彼らと連携し、任務に当たれ。何か質問は?」
「トオヤマナルヒトが生存していた場合は?」
アレタの質問にアリーシャが答える。
「合衆国の国益を最優先せよ」
端的な、あまりにも端的すぎる答え。それがこの時代の国家の在り方だ。
それは事実上の遺物所持者の抹殺指令とも言えた。
「先日EU主導で行われた“耳”の討伐作戦において、連中は指定探索者2名、
「ふふ、いずれくるワールドゲームにロシアと中国が一歩リードってとこかしら」
「そうはさせんさ。お前たちが遺物を回収すればな。合衆国は貴様らの働きに期待している」
アリーシャが立ち上がり、鋭い目で2人を見下ろした。
「返答はいかに?」
アレタとソフィは互いに顔をあわせ、肩をすくめた。
そして、やるべきことにうなずいた。
「「イエス、マム」」
彼女たちは指定探索者。
国家に覇権をもたらさんとする役割をもつ、現代の英雄にして、人の形をした兵器だった。
「宜しい、諸君らの奮闘に期待する。……加えて合衆国からの報告だ。アジヤマタダヒトに対する警戒レベルが引き上げられた。様子見、監視のCレベルから、介入、接触のBレベルへとな」
「……あたし達がついてるだけじゃ足りないの?」
「そんな事はないさ。ただ、先日の彼が行ったソロ探索。あの日、ホットスポットにて彼のみが帰還したという実績を合衆国は注目している。引き続きアジヤマタダヒトの監視のため、アレフチームを継続せよ、とのことだ」
「どうしてソフィも、ステイツもそんなにタダヒトを構うのか、理解できないわ」
「アレタ、お前もわかっているだろう。アジヤマタダヒトは
その言葉にアレタがふふふと、笑みを溢した。
てっきり不機嫌になるかと想像していたアリーシャは、いぶかしげに眉を潜める。
「誰も彼も、タダヒトを買いかぶりすぎよ。彼は今も、そしてこれからも、変わらない。只の人だというのにね」
………
……
~バベル港、埠頭にて~
空高く、されど波穏やかなり。
海鳥が呑気に鳴き、遠くの空では薄い雲の隙間を塗って光のはしごが降りていた。
穏やかな空間、しかし男のはしゃいだ声が海に届いた。
「う、うおおおお、ふぃ、フィッーッシュ‼ やべええ、これは、これは大物っすよ!」
「うおお、すげえグレン! 釣竿離すなよ!」
「お、折れるううう! なんで埠頭でこんな大物釣れるんすか!?」
「バベル島だからな!! 本土の常識は通じねえ!」
「味山ぁ! たも網だ、たも網! 網どこだあ!?」
「や、やべええええ。釣竿がみしって、みしっていったああああ!?」
「鮫島、だめだ! 網はまにあわねえ! 俺が潜ってとどめを刺す!」
「よしっ! わかったぁ!! 網は俺が持つ! 銛持っていけ! 銛!」
「ぐぬぬぬぬおお、タダ! タツキ! マジでこれ竿折れる! てか何が釣れてんすかこれ!」
「大物だ! よし、行く! キュウセンボウの大海渡りいいいい!!」
どっポーン。
パンツ一丁になった味山が、海に飛び込む。
「ぎゃはははは! アイツバカだ! バカ! タダ! 溺れんなよ!」
「あじやまあ! 風邪ひくなよお!」
男3人は笑っていた。夏休みに好き放題に遊びまわる小学生のような輝いた笑顔で。
9月の海は、思ったよりもまだ暖かい。海水の感覚が気持ち良い。
あの星の瞳の色と同じ、深い蒼の中味山は目を開いた。
こぽり。こぽり。
海の音が聞こえる。砕ける白い泡、海面を刺す光。
味山は、釣り糸を飲み込みもがく魚影に銛を構えた。
探索者組合データベース閲覧開始……
~”遺物”について~
”遺物”とは現代ダンジョンにおいて発生する現代科学の理解、物理法則の常識から外れた現象を起す取得物である。その形はさまざまで現在、確認されている物でもてのひらサイズの人形から、直系30メートルを超える球体まである。
データベース閲覧……”號級遺物”について
クリアランスレベルが足りません、注意、クリアランスレベルブルー以上のIDでのみこの情報は閲覧できまままままままままままままままままま……—――――――――――
クリアランスレベルブルーを確認
”號級遺物”とは”遺物”の中でもことさらに致命的な現象を引き起こす遺物の名称である。現代において主要7か国、およびロシア連邦においてこの號級遺物の収集競争が水面下において繰り広げられている。
アメリカ合衆国、”ストームルーラー”所持者、指定探索者アレタ・アシュフィールド、中華人民共和国、”龍昇”所持者、指定探索者曹宇辰、ドイツ連邦、”シュバルツヴァルト”所持者ロイド・アーダルベルドが一般公開されている”號級遺物所持者”である。
ラドーM**による遺物調査の結果、これらの號級遺物は*****に本来存在しない:::・・・
エラー。不正なログインを検知、本端末のデータを消去。ただちに探索者組合警邏本隊への出頭を命じます。24時間以内の出頭が確認されない場合、端末にて検知した顔データをもとに追跡部隊が発足されます。