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24話 アリーシャ・ブルームーン

 

 〜探索者組合本部 2F ミーティングルームにて〜








「ほう、お前たちのほうが早かったか。感心だな。特にアレタ、最近お前は待ち合わせに遅れなくなったな」



「だって、アリーシャ怒るんだもの、あたしがちょっと待ち合わせに遅れるだけでげんこつするんだもの」



「お前のちょっとは長すぎる、そもそもお前の遅刻は、待ち合わせの時間になったタイミングで、今起きたとかだろうが」



 探索者組合本部の一室、貸し切りにされた広い応接室で、アレタともう一人長身の美女が軽口をたたきあう。



 高級な調度品に、ふかふかのカーペットが敷かれたシックな部屋で、軽口を叩き合う外国人の美人2人。



 海外ドラマのワンシーンのようだと味山は呑気に考えた。



 アレタと言葉を交わす褐色のエキゾチックな美人の名前は、アリーシャ・ブルームーン。



 アレタ・アシュフィールドの専任サポーターだ。



 スラリとした長身に腰までかかる長い黒髪、アレタの白い肌と対照的に、彼女の肌は日に焼け、しかし美しい褐色をしていた。




「ふう、まあいい、今回は定刻通りに来たんだ。小言もこれくらいにしておこう。ああ、味山君、久しぶりだね。元気にしていたか?」



 ダークブルーのスラックスにサスペンダー付きのワイシャツ姿のアリーシャがふと味山へと声をかけた。



「どうも、ブルームーンさん。おかげさまでなんとかやってます。ブルームーンさんもお元気そうで何よりです」



「ふふ、アリーシャで良いと前から言っているだろう? この小娘に苦労させられてるもの同士、遠慮はいらん」



 しゃなりと、アリーシャと呼ばれた長身の女が味山へと近づく。アレタとよく似た切れ長の瞳が怪しく歪んだ。




「ちょっと、アリーシャ。あたしの補佐探索者にちょっかいかけるのはやめてよね。そんなだからすぐ男にフラれるのよ」



「おや、アレタ、珍しいな。お前が個人に対して執着するなど。別にいいじゃないか、なあ味山くん、今、恋人はいないんだろう?」



「へ、へえ、いないです。あはは」



 ずずいと、アリーシャが味山へと迫る。味山よりも頭一つ身長の高いスタイルはなかなか迫力がある。



「そうか、なかなかキミの周りの女は見る目がないな。探索者でありながら常識を持ったままの人間というのは貴重なのに。時に、味山君、キミは身長の高い女は嫌いか?」



「褒めすぎっすよ。えっと、そうですね、カッコいいと思いますけど」



 近い、美人に迫られるのは嬉しいがやはり人種が違うと迫力がすげえ。


 味山は愛想笑いを浮かべた。



「そうか、味山君、どうだろう。仕事の話が終わったら少し時間はあるか? 良い店を見つけたんだ。年齢も近いことだし、一緒にどうだろうか?」



「良い店…… ブルームーンさんがそう言うんなら高いんでしょ?」



「なに、こう見えても稼いでいる。お金のことは心配しなくていい」



 やだ、カッコいい。


 胸を張るアリーシャに味山はときめきを感じつつーー



「タダヒト?」



「はい、すみません、調子に乗りました」


 刺すような視線と短い言葉に味山は反射的に頭をさげる。しみ込んだ小物根性は簡単にはがれるものでもない。



「アリーシャもあまりタダヒトをからかわないで。タダヒトはあまりモテないからそういう冗談は通じないの」



「ははは、アレタ。冗談じゃないと言ったらどうなるんだ? ん?」



 心底愉快だと言わんばかりにアリーシャが挑発的に首をかしげる。肉食の獣がゆらりと体をうごかすように。



「笑えないと言ってるの。アリーシャ」





 アレタの端正な顔から表情が抜け落ちる。


 ひえっ、なにその無表情。こわ。


 味山はそれが自分にむけられたものでないのに、下腹がひゅんと怖じ気た。




「はっ、一丁前の顔をするようになったな。アレタ」



 しかしアリーシャは意に介した様子もない。エキゾチックな美貌に挑発的な笑みをはりつけたままだ。



 雌の豹と雌の虎のケンカに巻き込まれたみたいだ。味山は決して言えない感想をのどの奥にしまい込んだ。



 頼む、だれでもいい。


 この空気をなんとかしてくれ。もう探索者の女怖いのが多いよー、普通の女が威圧めいてもなんともないけど化け物を殺せるような女の無表情とか殺気はこわいよー。



 味山は静かに目をつむり、あまり信じてはいない神様か仏様に祈りをーー







 がらり。




「すまない、少し遅くなってしまったよ。ソフィ・M・クラーク、並びに補佐探索者のグレン・ウォーカー、今到着した」



「失礼しまーすっす」




 神はいた。


 味山がぐるりと首を開いた扉へ向けた。



「マジ神、信じてたぜ。クラーク、グレン」



「お、おう。どうした、アジヤマ。いきなりテンションがめんどくさいぞ」



「あー…… センセ、たぶんあの2人が原因じゃないんすか? あのメンチきり会ってる淑女2人……」




 グレンの指さした先に、無言でにらみ合う美女が2人。そして助けを求めるように瞬きし続ける味山がいた。


「ふむ、ワタシの知る淑女という存在からは遠く離れているとは思うが…… グレン、どうやら取り込み中らしい。もう少し時間おいてからまた来るとしようか」



「ういっす。そういや組合の酒場に新しいスイーツがでてましたよ」



「むっ、それは聞き捨てならないな。調査の必要がありそうだ」




 くるりと見事な反転をかます指定探索者と上級探索者。



「まあまあ、せっかく来たんだから、ここにいましょうや。クラーク先生にグレン君」




 逃がさん。絶対に。



 味山が瞬時に出口の扉に先回りし、ゆっくりと確実に扉を閉めた。


 その雰囲気には指定探索者や上級探索者をもってして何も言わせない迫力があった。




「いやいやいや、タダ。ほら、お前の仕事っすよ。アレタさんとアリーシャさんが待ってるっすから」



「いやいやいや、グレン。これはチームの問題だろ。ほら、クラークもソファに座ってくれよ。紅茶いれるからさあ」



「いやいやいや、アジヤマ。ワタシはほら、こう見えても緑茶派でね、お気持ちだけで十分さ」



「うるせえ! そんな右目にちっちゃな望遠鏡みたいなのつけたやつが緑茶派なわけないだろうが!」



「これは義眼だ! なんだその偏見は! ワタシはさんざんこの一週間アメリカでアレタのお守りを果たしたんだ! もうしばらくは面倒はごめんだよ」



 無言でにらみ合う長身の女2人、そして部屋を出ていこうとする指定探索者と上級探索者、それを引き留める凡人探索者。



 厳かに依頼内容を打ち合わせするための部屋はなかなかに、カオスだった。







 ………

 ……



「ごほん、全員楽にしてくれ。今日は急な呼び出しにも関わらずよく集まってくれた」



 結局あれから、15分ほどしてようやく部屋は落ち着いた。味山の必死の引き留めに観念したソフィとグレンがアリーシャとアレタを説得しなんとかことは収拾した。



 テーブルを囲んだソファにみなが腰掛け、部屋の中心にある大型のモニターとその傍に立つアリーシャに視線を向けた。



「ええ、気にしないでいいわ。アリーシャの招集を無視したらどんな目にあうか分かったものじゃないもの」


 アレタが長い脚を組みかえながら軽口をたたく。白いシャツとカーキパンツのシンプルなスタイルが嫌味なほどに似合っている。



「こら、アレタ。あまり教官を刺激するな。アジヤマがストレスで死ぬぞ」



「どうも、クラークさん。気を使っていただきありがたいです」



 味山が力なくソフィに頭をさげた。



「はーい、わかったわよ」



「くく、お前たちがチームとして機能しているようでなによりだ。さていきなりだが本題に入ろう。本日、2028年9月12日付でお前たち、”アレフチーム”に向けて探索者組合より指名依頼が発行された」




 空気が変わった。


 アレタが組んでいた長い脚を静かに戻し、グレンは体重をやや前景に、ソフィはじっと赤い片目と無機質な義眼でモニターを見つめた。




「内容は二階層でのとある行方不明探索者の捜索依頼だ」



「捜索依頼? 討伐や調査ではないの?」



「ああ、アレタ。お前が疑問に思うのも不思議ではない。本来であれば捜索任務はお前たちアレフチームに降りてくるような依頼ではないからな」


 最もな言葉だ、うちには指定探索者が2人、上級探索者が1人と戦力的に考えて単純な捜索任務にはオーバースペックのはずだ。ソロ時代に捜索任務で食いつないでいた味山は黙って思考する。



「だが今回の捜索依頼、その対象が少し訳ありでな。全員モニターかテーブルの立体映像をみてくれ」



 ぶうん。



 味山たちが囲むテーブル、その真上に光が投影されみるみるうちにそれが人の形を成していく。AR技術を利用した立体映像だ。


 世の中もいよいよSFじみてきたもんだ、味山は内心舌を巻いた。




「これは…… ニホン人かい? 教官」



「ああ、クラーク、その通りだ。味山君と同じニホン人探索者、名前を遠山鳴人という」



 クラークの問いにアリーシャが答える。



 テーブルの上に投影された映像、それは無表情で立っている人間の映像だった。



 癖のついた手入れされていないぼさぼさの髪に平凡な薄い顔立ち。目は眠たそう半目、体つきは細いが芯はしっかりしている。細身ではあるが探索者の体つきだ。




「んん? トオヤマ、トオヤマ…… あれ、アリーシャさん、もしかしてこいつ、カナヅチのトオヤマじゃないっすか? 上級探索者っすよね?」



「おや、グレン君、しっていたのか」



「ええ、去年の上級探索者昇給試験で同じ組だったんすよ、てかこいつ結構有名な上級っすよね」



「ああ、その通りだ。目立った功績としては、自衛軍と協力しての怪物種97号スナモグリカゲロウの群れの掃討、灰ゴブリンの5グループ共同の巣の掃討、また接触許可制指定怪物種87号、ソウゲンオオジグモの単独討伐などが挙げられる。戦闘に秀でたタイプの探索者だな。半年前チームを組んでからは、取得物についてもいくつかの新発見が報告されている」



「へえ、なかなかやるのね。ソウゲンオオジグモを単独で狩るなんてガンスリンガー(銃所持許可者)なのかしら?」



「ふむ、そのようだな。探索者になった3年前に組合から銃所持の許可を受けている。戦闘力だけで言うなら指定探索者と比べてもそう引けはとらんだろうよ」



 珍しくアレタが手放しで他人をほめた。じいっと立体映像の日本人を眺める。



「あはっ、少しタダヒトと似てるかも」



「え、俺もうちょい目大きいだろ。こんなチベットスナギツネみたいな目じゃねーよ」



「そう? なんか雰囲気が似てるわよ」



 けらけらとアレタが笑う。あれか、やっぱり白人種からみりゃアジア人は見分けがつかないようなもんか。



 味山は目の瞼を触りながら、遠山の映像を見つめる。




「さて、その戦闘力に秀で、銃所持の許可も出ている腕利きの上級探索者だが残念ながら今回はツキに見放されたらしい。昨日10時34分、端末反応が完全にロストした」



「あらら、それは残念ね」


「ふむ、昨日か」


「あちゃー、RIPっすね」


「こら、グレン勝手に殺すなよ、組合からの依頼はまだ生存の可能性がある前提だったろ? 確か文面は行方不明探索者の捜索でしたよね」



 三者三様ならず四者四様の反応、味山が早々に胸で十字を切るグレンをたしなめる。



「その通り、味山くんの言った通り、現状組合においては遠山鳴人はまだ生存している可能性があるとして動いている」



「……あまりこんな言い方はしたくないのだけれど、端末反応はロストしてるのよね?」



 アレタが静かに問いかける。救援任務を好んで請ける傾向のあるアレタだが、その実助けることのできる命と助けることのできない命の取捨選択に対してはシビアな部分がある、そのことを味山はこの一か月で知っていた。



「アレタの意見も最もだ。しかし今回行方不明になっているトオヤマについては以前も同様にロスト状態からの帰還を果たしたという実績があるのさ。その時は救援チームも捜索チームも発足してなくてな。その生存力を買われて上級探索者に選出されたという背景もある」




「ああ、そうそう。昇級試験の時もあいつ確かにその辺すごかったすよ。なんかよくわからん草とか、怪物種の肉とかでキャンプしてましたし」


 グレンが思い出したように指を鳴らした。どんな試験だよという突っ込みを味山は飲み込む。



「組合としては以前は半ば見捨てた形の探索者を二度も見捨てるわけにはいかないというわけさ。おまけに数少ないニホン人の上級探索者だ。政府からの圧力もあるだろうがな」




 なるほど、要は組合のメンツが大きくかかわった依頼というわけか。


 味山は立体映像の男を横目で眺める、似ていない、はずだ。



 だがなぜだろう。あったことも話したこともないはずなのに味山はこの立体映像の男を見ているとどこか妙な気分に駆られる。



 それはまるで、小さな水路を備えるあぜ道、セミの鳴き続ける林、丸橋のかかった小川、原風景を眺めた時のような感覚、郷愁?


 なぜだ?


 味山は小さく首を傾げた。

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