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19話 和服美人と遊ぼう!

 


「おお、入ってくれえ。つーか、味山、グレン、てめえらがそこにいたら邪魔だろうがぁ、早く適当に座りやがれえ」



「あ、はい。鮫島さん」


「わかったっす、鮫島さん」



「お、おお…… なんだ、お前らそんなに素直な奴らだったか? 気持ち悪いんどけどよお」



 クリクリしたつぶらな瞳、本人たちはそう信じている目をしながら味山とグレンは、ちょこんと長机を挟み、鮫島の対面に座る。




 ……やべ、めっちゃいい匂いする。この部屋。甘いくだもののような香りが味山の鼻をくすぐる。



 味山は、端的に言えば緊張していた。


 ぶっちゃけ、あまり遊び慣れていないのだ、味山もグレンも。



 こんこん、



「お、悪い、入ってくれえ、問題ねえ」



 ノックの音に鮫島が声をかける。その様子は落ち着き払っており、借りてきた猫のように大人しくなっている味山達と比べるべくもない。




 やばい、鮫島がなんかかっこよく見える。シスコンで姪コンをこじらせているどうしようもないやつなのに。



 味山が複雑な面持ちで、目の前で和服美人をあしらいながら酒を飲む友人を見つめた。




「あ? 味山ぁ、なんかお前失礼な事考えてたか?」



「いえ、滅相もないです、鮫島さん」



 ならいいけどよお、と鮫島が流す。


 そして、



「失礼いたします」


「失礼しまーす!!」




 ふすまが開かれる。



「うお」


「わあ」



 味山と、グレンが声を上げた。




 可憐。


 和服を着たエライ美人が2人、正座した状態でふすまを開けた。




「こんばんは、本日はご来店誠にありがとうございます。はじめまして、雨霧と申します」



「こんばんは!! えっと、ご来店マジ……じゃないや。まことにありがとうございまーす! 朝日っていいます! よろしくお願いします!」



 味山とグレンはポカンと口を開いて固まっていた。


 アレタやソフィと言った美人と普段チームを組んでいるために、2人ともそれなりに美人耐性はあったはずだが、それでも2人とも、ダメだった。




「ああ? おい、朝霧ちゃんや。雨霧に朝日って言えばよお、この店のナンバー1とナンバー3じゃねえか。いいのか、こんな連中にそんな良い女の子つけてよお」



「ふふ、私のお気に入りの鮫島さんのお友達が来るって聞いたからね。まあ、でも雨ちゃんと、朝ちゃん2人共と仲が良いんだ、私」



「おお、マジかぁ、そりゃ、こいつらには勿体ねーよな気がするなあ……」



「ふふ、鮫島さんも2人の方が良かった?」



「けっ、意地悪いなあ…… 俺ぁ、アンタが好きだぜぇ、朝霧ちゃん」



「鮫島さん……」



 味山とグレンをほったらかしにして、鮫島が和服のアンニュイな美人といちゃつく。



 え、なにあれ。いつもの鮫島じゃないじゃん。


 味山がぼーとその様子を眺めていると。



 ふわり、良い匂いが。




「お隣、失礼してもよろしいでしょうか? 味山様」



「じゃあ、朝日は灰色の髪のグレンさんの隣っ! いーい?」



 いつのまにか、音もなく味山、グレンのそれぞれ隣に女性が侍る。



 グレンについた女性は、幼い顔立ちに金色のツインテールの活発そうな子、しかし顔立ちに似合わず、豊満な胸が着物の胸を押し上げていた。


 その美少女の着物はヒヨコの刺繍があしらわれたシンプルなピンクの着物、よく似合っていた。



「ももも、もちろんっす! グレン・ウォーカーっす!よろしくお願いしゃす!」


「あははー、知ってるー、店長……いや、月川から聞いてるよー、あたし、朝日! よろしくねー!」



 グレンに侍る活発な美人、いや美少女の距離はやけに近い。



 味山は横目で、どんどんグレンの顔がにやけてとろけていくのに気付いた。



 あいつ、巨乳に弱いからなあ。


 味山が友人の微妙に情けない姿に内心、ため息をついた。



「もし、もし……」



 か細い声に気づく、そうだ、俺の隣にもド級の美人が。


 味山はその声、横に顔を向けてーー


 息を、呑んだ。




 小さな顔に張り付いたパーツはどう見ても神様が贔屓して作ったとしか思えないほど整っている。


 溢れそうな瞳、右目の下についた泣き黒子がやけに色っぽい。


 鴉羽の濡れた長い髪はロングのポニーテールに縛られて彼女の小さな顔が映える。



 そんな美人の目が潤んでいた。



「もし、もし。味山様、やはり私のような暗い女よりも、朝日のように明るい子がお好みでしたでしょうか? 宜しければ、他の明るく可愛らしい子と代わりーー」



 味山は反射的に、黒髪の美人の手を握ろうとし、そしてびたりと動きを止めた。



 やべ、お触り禁止だった。


 味山が固まる。


 ひたり、固まった味山の手にひんやりした感触が。




 え。



「……あ。申し訳ございません…… その、お嫌でしたか?」



「いいえ!!! お嫌なわけがごっざいません!! 貴女がようございます!」



 手を握られたまま、味山が頭を下げる。


 社会人時代から頭を下げる事だけは得意だった。



「まあ…… ふふ、ありがとうございます。改めまして、私、雨霧と申します」



「あ、雨霧さんですね、お…… いや、僕は味山と申しますです、はい」



「ええ、存じておりますとも。味山様…… お噂はかねがね……」



 濡れた瞳、しかしその中に光が宿る。味山は一瞬違和感を覚えたが、きゅっと握られた柔らかな手のひらの感触に、全てを忘れた。




「……まあ、私ったらはしたない。失礼いたしました」



「あら、雨霧ちゃんが男の人に触るの初めて見たかもねえ」



「あ、ほんとだ! 雨っち、普段そんなにひっつかないのに!」



「あ、う。失礼いたしました……」



 まわりの女の子が雨霧の様子を見て驚いたり、はしゃいだり。



 おずおずと味山のゴツゴツした手を握っていた小さな手が離れる。



 ええー、なんかいい。


 この感じ。なんかいい。



 味山はもうすでにはしゃぎ初めていた。




「あれ、僕の名前なんで知ってるんですか?」



「あめりやの主人、月川より伝えられております…… ただ、その味山様のことは前より存じ上げておりました……」


「え? 前から?」



「はい…… 私、探索者様に憧れておりまして、かのお星様…… アレタ・アシュフィールドのファンでございますので…… かの星が補佐を選んだとの報を聞いてより……存じ上げておりました」



 頰を染めてにこりと笑う雨霧。わお、なにこれめちゃ可愛い。



「んふふ、雨っちは探索者さん好きだよねー、朝日も好きだけどさー。わ、グレンさん、すごい筋肉!」


「えっ?! そうすか? 分かるっす?」



「ふふ、鮫島さん…… 約束守ってまたきてくれたのね」



「おお、美人との約束は守るって決めてんだよ、俺ぁ」


 味山の隣ではグレンが、正面では鮫島が。それぞれの美女と仲睦まじく、酒を舐めながら、交流している。



 味山も目の前の美人との会話に意識を傾けることにした。




「意外ですね、雨霧さんのような上品な方からは探索者っていうのは嫌われているかと」



「いいえ、とんでもない。まるでお伽話の存在のように、地下に広がる戦場で、怪物相手の大立ち回りをなされる…… 私のような弱い者からすれば、あなたがたはまるで、お伽話に出てくる勇者達と同じです」



「褒めすぎですよ、でも雨霧さんにそう言われると、嬉しいです、まあ俺は残念ながらそんな眩しい存在でもないんだけど」



「まあ…… なにをおっしゃいますか。あなた様はあのアレタ・アシュフィールドが嵐を堕としたときからずっと空席だった座を勝ち取った英傑でございます。そんな謙遜などしないでくださいまし」



 潤んだ瞳が味山を見つめる。


 ヤベ、普段こんな感じの美人とは接していなかったからテンションが定まんねえ。



 味山が必死にポーカーフェイスを保つ。



 雨霧の艶かな黒髪は黒い生地に金の刺繍模様の着物とよく似合う。



 わずかに、はだけた首から覗く白い肌が眩しい。味山はそこに目線が集中しないように、なるべく雨霧の顔を見続けた。




「あ、う。味山様、そうまで無言で見つめられると、恥ずかしゅうございます……」



「あ! す、すみません!! 失礼しました!!」


「い、いえ、嫌でございませんので…… どうぞ、まずはご一献……」



 雨霧が裾に用意していたお猪口と、徳利を差し出した。



 辺りを見れば、グレンも鮫島も飲みながら談笑している。



「あ、どうも」


 お猪口を受け取り、差し出す。


 おずおずとなれた手つきで雨霧が白い徳利を傾けた。



 澄んだ水のような酒が音もなく、お猪口を満たす。



「いただきます」



「ふふ、召し上がれ」



 ぐびり。


 口内を満たす酒の味。


 飲みやすい、癖がまったくない。



 なんの抵抗もなく喉を通り、胃に落ちていく。



「美味しい…… あまり酒は飲まないんですけど、これは、うまい」


「ふふ、私もです。このお店のお酒はとても飲みやすく…… あまり他では売っていないお酒らしいですよ」



 へえ、こりゃいいや。味山は二口でお猪口を飲み干す。



 その様子を雨霧が穏やかに見つめていた。



「味山ぁ、グレン、そろそろ慣れてきたかぁ?」



 不意に鮫島から声がかかった。



 見れば何かメニュー表のようなものを覗き込みながら鮫島がこちらを見ている。



「あ、ああ。よくしてもらってるけど」



「あめりや最高っす!!」



「はっ、そりゃ良かったぜえ…… なあ、ここいらでよお、1つ余興で遊ばねえか? あめりやの名物なんだよ」



「あ? 余興?」


「いいっすよ! もう楽しければなんでも!」



 味山が首を傾げ、グレンは満面の笑みで首肯する。



「あらぁ、鮫島さんたち、アレをやってくれるの? なににしようかなあ」


「えー! 本当に? あたしもグレンさんに何してもらおうかな?!」



「まあ、……味山様、よろしいのですか?」



 三者三様。


 なにをするつもりだ、こいつ。



「で、タツキ、何するんすか!? まさか、王様ゲーム的な??!」



「バカ、違えよ。こういう店でそんな遊び方はなしだ。いいか、グレン、味山。ここでは俺らは確かに客だが、選ぶ側の存在じゃねえんだぞ」



 鮫島がお猪口を飲み干し言葉を続ける。



「お前ら、いま楽しいだろお? そりゃそうだ、何の幸運かお前らと今一緒にいるのはこの店の1位、2位、3位と最上級の女性ばかりなんだからよお」



「えへへー! ありがとー、鮫島さん! ちなみに朝日が3番目ね!」



 朝日が明るい声で応える。



「おお、どういたしまして。それでなあ、味山、グレン。お前らは今、品定めされてんだ。この男はこれからも指名していいのか? この男は自分に見合った存在なのか、とかなあ」



「やだなあ、鮫島さん。そんな偉そうなことは考えてないよ。私達」



「朝霧さんはこう言ってるが、まあ、察しろ。ようは俺たちはなんとか彼女達にアピールしなきゃなんねえんだよ。他の男とは違う! てなあ。それが出来なきゃあめりやで遊ぶことは出来ねえ」



 鮫島が確かな口調で呟く。


 酔い初めているのか、三白眼が赤くなってより凶暴だ。



「なるほど…… つまり踊りでメスを呼び寄せる鳥! 巣をあしらえ、メスを呼ぶ魚のように俺らも何か甲斐性を見せろってことっすね!」


「おお、珍しくグレンが正しい事を言ったなあ、その通りだ。俺らはこれからの余興をクリアしなけりゃならねえ。なあ、朝霧さん」




「あは、鮫島さんの素敵な所はぁ、そういう所よねえ」



 朝霧がうっとりした顔で鮫島を見つめる。



「なるほど…… 一理ある…… 確かにこんな美人に金を払っただけでお酌してもらえるというのは…… ムシが良すぎる」



 味山がつぶやく。たいがい、こいつも酔い始めていた。



「それで、俺らは何するんすか? 朝日ちゃんに逆指名されるためなら俺、ちょっと本気出すっすよ!」




 味山とグレンが身を乗り出して鮫島に詰め寄る。その様子を女性達はニコニコと見守っていた。




「ああ、これより、逆指名を取るためのあめりや名物、その名も"かぐや姫ゲーム"の開始だぁ」


「「うおおおお!!」」



 味山とグレンが叫ぶ。周りの迷惑にならない程度に。




 かぐや姫ゲームって、なんだ?



 味山の脳裏に小さな疑問、しかしそれを口に出すことはなかった。




バベル島の歩き方〜


歓楽街、"あめりや"について


みんな大好き和服美人が集められた組合公認の飲食店。


武家屋敷のような広い店舗にいくつかの座敷部屋を設け、そこで接客を行う。



特徴的なのは、逆指名システム。客が女性を指名するのでなく、女性が客を指名する独自のシステムが人気の秘密。


男どもは意中の美しい和服の女性に気に入られようと知恵と金と色々なものを絞る。


あくまでお触りは厳禁、しかし女の子側から触るのはあり。この緩い決まりがさらに男達の財布の紐を緩ませる。



人気ナンバー1の女性の名は"雨霧"。雨に紛れて漂う霧、すぐに晴れて消えてしまいそうなほどに儚く、しかし美しいが故にその名前を与えられた。



名物は"かぐや姫ゲーム"


竹取物語でかぐや姫が求婚者に無茶な試練を与えたという話から、あめりやの主人月川が考案。



女性達が、男性側に何かの試練を与え、それをクリアした男性はある程度のご褒美をもらえるというたのしい遊び。



今宵も浮かれた探索者がお財布を握りしめてその座敷へと向かう。

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