18話 和服美人に会いに行こう
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〜 午前2時 メキシコ湾北部 海上プラットフォーム”エリア52”にて
「聞いたかい、アレタ? アジヤマの自由探索のことを」
施設に用意された広いプールサイドのほとり、ビーチクッションに身体を埋めていたアレタに、ソフィが声をかけた。
深夜だというのに施設内はまだ明々と照明に照らされ、真昼の如く明るい。
「うん? 何のことかしら? 何かあったの?」
白いセパレートタイプのビキニに短いホットパンツ姿のアレタがジュースを飲むのをやめた。
「ああ、なんでも彼に自由探索中に、指名依頼が発生したらしい」
ラフなタンクトップにサンダル履きのソフィが端末を振りながら、アレタの隣に座る。
赤い両目、プライベート用の義眼に換装ずみだ。
「またタダヒトは厄介ごとに巻き込まれたの? オハライ、だったかしら、それ行ったほうがいいんじゃない?」
「おや、あまり心配していないんだね。アジヤマにご執心のキミのことだ、もっと焦るかと思ったよ」
「ふふ、タダヒトがその程度のことで死ぬわけないもの。あの"耳"との戦いでも生き残ったんだから」
「にわかには信じがたいけどねえ。アレタ、キミですら仕留めきれず、そして他の指定探索者ですら葬る存在に、アジヤマが生き残っているなんて」
「でも、それが事実よ。ねえ、それはそうとソフィ、ここでの調整はまだ続くの? あたし、そろそろ飽きてきたのだけれど」
アレタがむくれたようにジュースをすする。青い色をした液体が目に見えて減っていく
「諦めたまえよ、我らが星。ストームルーラーは定期的にキミと同期しないと拗ねる。今日のぶんはもう終わりだ。また明日も頼むよ」
「ふー…… なかなか面倒ね。ま、これもあたしのやるべき事だから仕方ないのだけれど。でも、あんまりあたし達が留守にしてるときっと、タダヒトもグレンも寂しがるわ」
「ふむ、一理あるな。一応彼らにはバベル島で合衆国のマークがついてある。今、何をしているか確認させてみようか」
「それいい考えね。ふふ、もしタダヒトが暇してるようだったら電話でもしてあげようかしら」
アレタがわかりやすく機嫌が良くなる。尻尾がついていたらきっとゆらゆらと揺れていることだろう。
「くく、それはいいね。星からのコールだ。アジヤマも喜ぶだろう。さて、我らが不肖の相棒たちは元気かな? ああ、ワタシだ。アレフチームの監視と繋げてくれ…… やあ、仕事の調子はどうかな? ああ、そうだ。今彼らは何をしてる?」
「ふふ、どんな指名依頼だったのかしら。あ、タダヒトきちんとご飯たべたのかな?」
アレタはアーモンド形の瞳をニヨニヨさせて、端末をくるくると玩びながらソフィの通話に耳を傾けていた。
「……ああ歓楽街か、くくく、ワタシたちがいないことで羽でものばしているのだろうさ。ああ、構わないよ、大方ベルの酒場にでも… なに? 花魁バー? ”あめりや”にウキウキしながら入店した……っあ、すまない、あとでかけなおす!」
ソフィがぎぎぎと背後のアレタの様子を確認する。
癖がつき、それでも繊細な黄金の絹糸を思わせる髪、海で染め上げたような瞳に小さな顔。
アレタの美貌はこれでもないほどに、にこにこしていた。
「あー…… アレーー」
「ソフィ」
ソフィのアルビノ、神秘的な美しさが人間的に歪んだ。げっ、といわんばかりに。
英雄の顔には満面の笑み、しかし恐ろしいことにその笑顔は目だけ笑っていなかった。
「花魁バー、あめりやってなに?」
「さ、さあ? そ、それよりもアレタ、少し泳がないかい? ほら、ここのプールは温水だし」
「ソフィ、一週間分の調整をいますぐ一気に終わらせないかしら?大丈夫、安心して、あたしは大丈夫よ」
「何も安心できない!」
立ちあがるアレタをソフィが必死に止める、そこへ
「失礼いたします!! アシュフィールド特別少佐、クラーク特別少佐! 管理室から”ストームルーラー”とのハーモニクスが乱れていると通信がありました! 何かお気に召さないことがありましたでしょうか?!」
軍服の男がプールサイドに駆け込み、見事な敬礼を行う。
「キミ! すぐに、増援を呼べ! バカ星が暴走している!」
「大丈夫、あたしは大丈夫よ。なによ、花魁って。なによ、あめりやって」
裏腹にぶつぶつと言葉を漏らしつつ、ソフィを引きずりながら進む妙に目の座った英雄の様子を確認した兵士が、すぐさま無線で増援を呼んだ。
結局、アレタを引き止めるのに18人ほどの人員が動員されていた。
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「いらっしゃいませ、おや、これは鮫島の旦那。今日はご友人と一緒ですか?」
「ああ、同じ探索者だぁ、まあ素人だからよお、優しく案内してやってくれよ」
歓楽街の大門を潜って、5分。バニーやら、水着やらの誘惑をかいくぐり、味山達は目的地に到着していた。
屋敷、それこそ時代劇に出てきそうなつくりの武家屋敷のような大きな家の門戸を開いた玄関に男3人はたまっていた。
ハッピ姿の狐目の男がじろりと味山とグレンを見つめ、相好を崩した。
「へえへえ! さすが鮫島の旦那のご友人だけあって、ご両人ともに男前な御仁ですね」
「え、まじっすか」
「鮫島、なんか俺もう気分がよくなってきた」
「お前らの普段の周りからの扱われ方が気になるなあ…… まあいいか、今日は3人だぁ、座敷は空いてるか?」
「ええ、もちろんです。鮫島の旦那に会いたいと朝霧が申しておりました。いつも通り朝霧から鮫島の旦那への指名が出ております」
「ああ、そりゃ光栄だあ」
鮫島が慣れたやり取りを番台と続ける。味山とグレンといえば、はえーとばかりに口を開けてそのやり取りを見守っていた。
なんだか、鮫島がいつもよりかっこよく見えた。
あれ、今の会話おかしくね? 味山がふと違和感に気づく。
「鮫島、今聞き間違いか? まるで女の子のほうから指名があったように聞こえたぜ?」
「ああ、その辺は主人から説明をうけろや。まあ最初はお前らも俺と一緒の座敷へ行こうぜ」
鮫島が番台に近づき、探索者端末を渡す。狐目の番台は恭しくそれをうけとり、レジカウンターに通した。
「はい、確かに。それでは鮫島の旦那は月の間へご案内させていただきます。これ、こちらの旦那を月の間へ」
「はい!」
奥の廊下から現れた若者が鮫島を案内していく。
「主人、こいつらも説明が終わったら月の間に案内してやってくれや。じゃあな、味山、グレン。説明受けたら早く来いよ」
「お、おお」
「了解っす」
「では改めまして、この度は当店あめりやにおいでいただきありがとうございます。当店は探索者組合により営業許可を得ている探索者様御用達の酒場でございます。美しい花とのひと時で探索者の皆様のお疲れをいやせれば光栄です」
「えーと、店長」
「どうかわたくしのことはあめりやの主人とお呼びいただければ」
「あ、はい。主人。よくこの店のシステムがわかんねーんだけど。要は和服のきれいな子がお酌してくれるキャバクラってこと?」
「大方の認識は間違いありません。ただ、普通のお店と違うのは、当店は女性側から男性客を指名する逆指名システムを採用しております。基本的に、女性側から選ばれない限りは意中の女性と任意で遊ぶことは出来ない仕組みとなっております」
「ほ? じゃあもしかして女の子に好かれないと指名すら出来ないって事っすか?」
「おっしゃる通りです。しかし、ご安心を。私の見たところご両人の旦那でしたら、うちの女の子はすぐに夢中になってしまうでしょう。うちの女性は節度ある紳士がタイプなので」
狐目の主人が笑う。
いやらしい笑いだが、不思議と嫌悪感はなかった。
「お代は座敷代が1時間で1万円。あとは中でのご飲食代が別途です。まずはご両人の探索者端末をお借りしても?」
身分の証明や、電子決済において端末の登録を要求する店は多い。
味山とグレンはとくに抵抗なくそれを渡した。
「ありがとうございます。味山只人様と、グレン・ウォーカー様ですね。それでは味山の旦那に、ウォーカーの旦那…… どうか、探索の疲れをごゆるりと、美しい花との一夜の語らいでお癒しくださいませ」
狐目の案内に従い、味山達が廊下を渡る。
すげえ、中には日本庭園みたいなのもあるのか。
ぴよ、ぱよ。ウグイス鳴りになっている廊下を静かに渡る。
「こちらが月の間です。鮫島の旦那はすでに中でお待ちでございますので、どうかごゆるりと」
狐目の主人が、深く頭を下げ、襖を開ける。
「ああ、それと最後に旦那方。あくまで当店はお酒を嗜み、遊戯にふける場所です。女性に指名されたからと言って、どうかお触りの程は厳禁でございますので」
狐目の冷たい目が、味山達を舐める。
すっかり緊張して大人しくなっていた探索者達は、コクコクと素直にうなずいた。
敷居を跨ぐ。
部屋は広く、どこか懐かしい畳の匂いがする。
高級旅館の部屋のようだ。
「おう、来たかぁ。まあ、入れよ」
「あら、鮫島さん。こちらの方々がお友達の方?」
どかりと座布団にあぐらを書き、背の低い長机の上に置いてあるお猪口を摘んだ鮫島と、その鮫島にしなだれかかっているエライ和服美人がそこにいた。
その白魚のような手が、鮫島の首に這っている。
鮫島はそんなこと当たり前だと言わんばかりに、お猪口をぐっと、傾けた。
……。
味山とグレンが顔を見合わせる。
「あー…… ご主人、お触りは厳禁じゃなかったの?」
「ええ、お客様側からのお触りは厳禁でございます。ただ、花の女性が魅力的な男の身体に触れてみたくなる、ええ、ここにはなんのいやらしさもなく、ただ風流というのが組合の判断にございますので。それでは、失礼します」
ぴしゃり。
襖が閉まる。
グレンが無言で手のひらを広げて、掲げる。
なにも言わず、味山がその手のひらにハイタッチをかました。
言葉はなくとも、男の詩がそこにあった。
イエエエエエエエエイ!!
ふウウウウウウウウウ!!
歓喜の声を微塵もあげずに、味山とグレンは見つめ合っていた。
探索者になって、良かった。
この思いだけは嘘ではない。
こんこん。
無言で、見つめ合う2人、その背後、木のふすまから小気味よいノックの音が響く。
お楽しみはこれからだ。
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