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15話 酔い

 


「あー、もしもし、菊池さん。とりあえずなんかセーフハウスの前で待ち伏せしてた怪しいヤツを捕縛しました」



[……マジ?]



「マジ」



 味山は端末で話しながら、仰向けになってピクリ、ぴくりと痙攣ている女の手足をセーフハウスに常備しているロープで縛る。



[……ごほん、失礼致しました。その女性の写真を送って頂いてもよろしいですか? 通話しながらカメラアプリを起動していただければ]


「あいっす」


 70万円、70万円。


 酔いにより外されたタガ。目の前の恐怖の存在もこうして見ればただの獲物だ。



 味山は端末のカメラを倒れた女に向ける。



 黒髪に探索者風のアウトドアスタイル。顔立ちはニホン人。


 特徴的に裂けた口がだらりと垂れ下がっていた。



[ありがとうございます、すぐに人物の照合と解析を行います。味山さん、この人物に心当たりはありますか?]


「ないっすね、初対面です。多分こいつがインターホン鳴らし続けてたヤローでしょうね」



[……状況から考えてこの人物はこの事態となんらかの関わりがあると考えても良さそうですね、何か聞き出せそうですか?]



「あー…… こいつ、同じ言葉を繰り返すだけなんすよ。バービー人形みてえなんです。目が覚めたら尋問してみますよ」



[すみません、味山さん。貴方にばかり負担を…… なに? どういう事だい、それは…… 味山さん、少しお電話一度失礼致します、その人物はこちらから回収の探索者か自衛軍を回してもらいますので]



 端末の反応が切れる。



 味山は拘束した女の観察を始めた。



 目立った外傷はない。外見の異常もあの裂けた口ぐらいだ。不気味ではあるがそれくらいだ。



「あ……?」



 違う、なんだこりゃ。



 女の頭、仰向けに倒れているからすぐには気づかなかった。



 後頭部に何かが付いている。


 味山が女の後頭部に手を伸ばし、わずかに頭を起こした。




「……ホース?」



 それは黒いホース。



 植木に水をやる時に使うビニールのホースのようなものが女の後頭部に繋がっている。



 ホースの行く末を味山が無意識に探す。


 それは、地面に繋がっている。



 地面と、女の後頭部がホースによって繋がれていた。




 ピピピ、ピピピ。



「味山です」



 端末からの通信、応答する。



[……その味山さん…… あまり、いい知らせではないし、私も未だににわかには信じられないのですが……]



「えー、またその感じの話ですか?」



[はい、その感じです。一応確認させて頂きたいのですが、本当に彼女が味山さんに向けて話しかけて来たのですよね?]



「ええ、インターホン越しに。壊れたラジオよりポンコツな事しか言ってませんでしたけど」



 端末の向こう、沈黙が溜まるのがわかる。




[……彼女の名前は、樹原希(きはらのぞみ)、日本人探索者です。……データによると2ヶ月、探索中行方不明、そして今月には死亡判定が出ている探索者です……]




「……ワオ、なるほど」





 菊池の言葉を、言葉として認識するのに少し時間がかかった。


 しかし思ったより驚きはない。


 TIPSとして伝わったヒントを思い出す。


 死骸、コレクション、肉人形。


 ロクなヒントじゃないが、少しづつパズルのピースがハマっていく。



 歯痒いことにこのヒントを自分以外と共有出来ないのが難しいが。



 ああ、嫌な予感が半端ない。









 そして。





「アバブブブブブブ、べべべ」




 じゅう。



 女が白目を剥き、あぶくを吹き出し、そして懐の知らせ石が熱を持つ。



 それらが同時に起きた。




「はいはい、それね、そっちのパターンね」



[味山さん? どうしました? 味山さん!]



「ベろろろろろろ」




 黒いホースが女の体を持ち上げる。どくん、どくんとホースが脈動していた。何かが地面からホースを通じて送られているようだ。


 みるみるうちに女の身体は起き上がり、ついにはその足が地面から離れた。




 吊られた。ホースに。


 ジャラジャラつけられたキーホルダーのように黒いホースに女が吊られていた。




[もしもし!! 味山さん!! 聞こえますか?]


「あー、菊池さん。すいません、今緊急事態でして。拘束していたその死んでるはずの樹原さんが起き上がりました。いや、起き上がるってよりは、吊られてる?」



[え、あの、仰る意味が…… ご無事なのですか?!]



「いやー、ご無事かどうかは今からわかるっていうか…… まあいいや、菊池さん、現時刻を以って、探索者、味山只人、怪物種との戦闘に移りまーす」



[え、味ーー]



 端末を切り、ポケットに仕舞い込む。



 地面から生えたホースに吊られ、首吊りのようにプラプラと揺れる樹原からはもう、正気の雰囲気は感じられない。




「ドドドうして、キヅイタ、気づいた、気づいた」



「うるせー、おい、あんた、樹原のぞみだな。一度だけ質問する。まだ意識はあるのか?」



「ドドドどうして、気づいた、なぜわかった、わかった、わかった」




 味山の問いかけに、後頭部からホースを生やした樹原はまともに答えない。


 白目を向き、にへらにへと笑いながら同じ言葉を繰り返す。




「……残念だ。介錯はしてやるから安心しろ」



 味山は息を吐く。


 己の胸の中にある火を見つめた。



 アシュフィールドが、クラークが、グレンが居ればまた別のやり方があるかも知れない。



 上手く無力化し、事を収める方法もあるかもしれない。



「クソ耳、教えろ。アレはどうやったら殺せる」




 でも、ここには味山しかいない。できる事の限られた、何にも選ばれることのなかった凡人しかいない。



 なればこそ、耳は唄う。





 TIPS 3階層に潜む人知竜は、寝床から管を伸ばしている。仮初の命を与えるその管を断てば、肉人形はその動きを止めるだろう、しかし、心せよ、それは肉人形にとって2回目の落命となる




「はいどうも。……じゃあな、探索者」



「アババババ、オバべべ。知りたい、シリタイ、なぜわかった、なぜなぜなぜ」



 どくん、どくん、どくん。



 樹原に繋がっているホースがびくりと脈動し、次の瞬間、そのまま繋がっている樹原を振り回し始めた。




「は? いやいやいや、そういう戦闘スタイル? 雑すぎない?」



 普通そういうのって操り人形みたいな感じで戦わせない? 


 味山があまりにもな樹原の扱いに驚愕していると



「オシえて、人を、あなたを、シリたいいいいいいい」



「うお!!?」


 ホースがたわみ、繋がった樹原を、人間をそのまま味山に向けて叩きつける。


 間一髪でその場から飛び退く味山、すぐさま態勢を立て直し相対する。



 ぐしゃりと潰れた女の身体がまたぶらりとホースに吊られる。


 ゆっくりそれはホースによって振られ始めた。


 ぶんぶんぶんぶん。


 扱いの雑なキャラもののキーホルダーみたいだ。



 コイツも、またロクな化け物じゃないな。



 味山とは何の関係もない人物だが、こうまでぞんざいに扱われているのを見ていると来るものがあった。



「……人間様を舐め腐りやがって」




 味山が手斧を掲げる。


 はまぐり刃が鈍く光った。




 探索者、味山只人、2028年9月5日、午後14時25分。詳細不明怪物種、及び探索者 樹原希……の成れの果てとの交戦を開始。





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