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13話 セーフハウス・イン・ホラー

 


「あー、疲れた……」



 簡素な作りのベッドに味山は身体を投げ出す。がしゃり、装備を何も外さないままだったので反動で音が大きく鳴る。



「相変わらずなんもねえな、セーフハウス」



 味山は身体を起こしてベッドに腰掛ける。真っ白で簡素な室内、土足OKの床をルンバ5という掃除ロボが這い回る。





 味山は先程手に入れた取得物をおもむろに取り出す。



「えぐい形してんな、自然に出来るもんか? これ」



 心臓の形をした石を眺めぼやく、凄いリアルだ。まるで本物の心臓を石で固めたような……



「こんなんが本当に役立つのか?」



 味山が取得物を再度ポケットに仕舞い込んだ。







 ピピピピピピピピピ



 ピピピピピピピピピ



 端末、着信音。


 味山は端末を取り出し画面を確認する。



「サポートセンターからか。なんの用だ?」



 セーフハウスの使用で何か行き違いでも発生したのか?


 味山はそのまま電話に出る。




「もしもし?」



「ピー……ガガ…… コちら探索者組合さポートセンターデす。アじやま様、セーフハウスデの休憩中申し訳ございません、少しよろシイでしょうか?」



 電波が混戦しているのだろうか。端末からの反応が悪い。サポートセンターからの音声がかすれている。



「え、ええ。大丈夫です。どうしましたか?」



「ありがとうゴざいます。実は付近にイる探索者カら救援依頼が入っています。味山様の滞在シテいるせーふはうすへの避難の許可をイただきたいのです」



「……ええ、わかりしました。人数は?」


「2人です。1人ハ負傷シテいます。受け入れヲお願いします、ザザザーー」


「了解、ええと失礼ですがコレはサポートセンターからの正式な依頼っていうことでいいんですね?」



「ザっザザザ、ガガガ、ピー。ハい。その通りデす。コちらはサポートセンター、タンサク者の手助けをする機関ーー」



「……失礼ですが所属とお名前を伺ってもーー」



 ツーツー。


 通信が切れる。


 何か様子がおかしい。セーフハウスの相部屋はそんな珍しいものではないが先ほどの連絡はどこか要領を得ない。



 味山は首をひねり、一応自分からもサポートセンターへ確認を取ろうと端末を起動した。





 ピン、ぽん。



「あ?」



[ごめんなさい! 急に! 私は探索者のタテハナと言います。組合のサポートセンターにこのセーフハウスへ避難しろって!]



「あ、ああ。ついさっき話は聞いています。人数は?」



[2人です! 1人、パートナーが怪我をしていて!! 足を怪我してるの! 化け物からなんとか逃げてきたの!」



 2人、1人は負傷。さきほどの話と齟齬はない。


 しかし味山はなんとも言えない違和感を覚える。ソロ探索だから気を張っているのだろうか。


 ここには判断を仰ぐアレタも、観察するソフィも、実行するグレンもいない。



 全ては自分で決めなければならない。



[お願いします! 入れてください! 彼、血を流してて顔色もどんどん悪くなってるんです!! あ、ああ、ダメ! 諦めないで!]



「っ、すみません、今扉を開けます!」



 ドアのインターホンから届く悲鳴に味山は反射的に開閉ボタンへ手を伸ばす。



 そうだ、俺だってあの耳に追いかけ回された時にセーフハウスに駆け込んだじゃないか。


 化け物に殺されかけ追い詰められる恐怖は俺も知っている。それにサポートセンターからの事前通信もある。

 う

 何もおかしいことなんて、ない。



 味山の指先がドアのスイッチに触れた。そのまま押し込もうとーー





 じわ。





「熱っ!!」



 ポケットから熱湯でもかけられたような熱さ。


 ドアの開閉ボタンから指が離れ、ポケットを弄った。


 知らせ石、それが



「は? 真っ赤……」



 知らせ石、心臓の形をした石が、さっきまで灰色だったその石が真っ赤に染め上がっていて。



「危険を知らせる時に赤く……染まる」



 どくん、どくん。


 脈動する、まるで本物の心臓のように。





 なんでこれが赤くなってんだ? 味山は目を丸くして動きを止めーー

















 TIPS€ 三階層に潜む人知竜は人間の死骸を27体手に入れた。そのうち25人はすでに人知竜の手により遠隔操作が可能な肉人形と化している。



 TIPS€ 人知竜は人間の扱う電波への干渉方法を得ている。



 TIPS€それはお前がセーフハウスの出入り口を開けるのを待っている。



 TIPS€人知竜は人間の肉人形をまだ増やすつもりだ。



 TIPS€ お前の周辺に人知竜の肉人形が最低二体存在している



 TIPS€ 人知竜は人を知るために人間の死骸を集めている。人知竜はお前を自分の死骸のコレクションに集めようとしている










「あ……」




 ささやきが連続で耳に届いた。


 人知、竜。


 聞いたことのない名前、しかしその内容はあまりにも具体的でいて。



 動きの止まった味山、インターホンから泣きそうな女の声が響く。



[どうしたんですか?! 早く入れてください!! 彼の血の匂いに寄せられて化け物がまた来ちゃう! お願い、助けて……]



「……1つ聞かせてくれ、あんたのパートナー足を怪我してるんだよな」



[そうです!! 怪物種に襲われて! は、話は後で、今は安全な場所に彼を入れてあげたいの!]



「……アンタたちどうやって化け物から逃げたんだ? 怪物種の種類は? 負傷した奴を抱えてここまで逃げ切れることのできる怪物種ってどんなやつだ?」



[そうです!! 怪物種に襲われて! は、話は後で、今は安全な場所に彼を入れてあげたいの!]




「……お前たち、何者だ」



[2人です! 1人、パートナーが怪我をしていて!! 足を怪我してるの! 化け物からなんとか逃げてきたの!」



「……名前と国籍、探索者番号を教えてくれ」



[2人です! 1人、パートナーが怪我をしていて!! 足を怪我してるの! 化け物からなんとか逃げてきたの!]




 背筋に冷や汗が浮く。



 泣きそうな叫び声は偽物には聞こえない。しかし、どれだけ味山が問いかけても、もうその声は同じ内容しか返してこない。



 まるで、設定された言葉しか喋れない人形を相手にしているような。




「……頼む俺を信用させてくれ。その足を怪我したやつと話せないか?」



[そうです!! 怪物種に襲われて! は、話は後で、今は安全な場所に彼を入れてあげたいの!]



 返答は変わらない。



[そうです!! 怪物種に襲われて! は、話は後で、今は安全な場所に彼を入れてあげたいの!]



「一言だけでもいい、頼む」


[そうです!! 怪物種に襲われて! は、話は後で、今は安全な場所に彼を入れてあげたいの!]



「……人助けをさせてくれよ」


[そうです!! 怪物種に襲われて! は、話は後で、今は安全な場所に彼を入れてあげたいの!]



「……本当に人形なのか?」


[そうです!! 怪物種に襲われて! は、話は後で、今は安全な場所に彼を入れてあげたいの!]



「人知竜って知らないか?」



[そうです!! 怪物種に襲われて! は、話は後で、今は安全な場所に彼を入れてあげたいの!]






[そうです!! 怪物種に襲われて! は、話は後で、今は安全な場所に彼を入れてあげたいの!]




 壊れた人形だ。


 同じ台詞を繰り返し続ける。


 コレはダメだ。もう、ダメだ。



 味山はインターホンから離れる。ゆっくりと後ずさりし、ベッドの傍らに置いてある手斧を拾う。


 味山もう一度知らせ石を見つめ、深くため息をつく。




「真っ赤じゃん……」



 くすんだ灰色だった石が鮮血を浴びたように真っ赤に染まっている。



 どう見ても異常、危険を知らせている。




 インターホンからの声が止んだ。


 味山は出口から充分に距離を置き、耳を澄ませながら斧を構える。



 どきん、どきん。心臓が早鐘を鳴らす。ベッドの脇に知らせ石を置き、息を整えた。




「来るなら……来い」



 肉人形、言葉尻から捉えるにおそらく今セーフハウスの前にいる連中はまともな人間ではない。



 敵、俺を脅かす敵だ。


 入ってきた瞬間に、殺すしかない。


 ホラーゲームの被害者になるつもりはない。恐怖は殺す。




 しかしいつまでたっても、何も動きはない。てっきり扉を叩いたり、壊されるかと思いきや何も起こらない。




「いや、俺は騙されねえ。俺は詳しいんだ。こーゆーのは油断したところに来るに決まってる」



 ちか、ちか。


 セーフハウスの照明が点いたり、消えたりを繰り返す。


 味山は瞬きせず、構えを継続した。








 そのまま10分ほどの時間が過ぎた。


 照明の点滅は止み、正常な空間に戻る。


 視界の隅で確認した知らせ石はいつのまにか灰色に戻っている。



「……クソ耳、何か聞こえるか?」



 味山が自分の中に在る力へと語りかける。しかしささやきは何もない。


 味山からの問いかけに耳は必ずしも反応するわけではないのだ。



「……おい! まだいるのか!」



 インターホンに向けて大声を出す。


 それでも、反応はない。



 扉の外から感じていた嫌な感覚も消えている。



 味山は扉に目を向けたまま端末を取り出し、耳に当てた。


 サポートセンターに本当に救援依頼が入っていたのかを確認するためだ。




 プルルルル、プルルルル。



 良かった、混線はなさそうだ。




 がちゃ。電波がつながる音、味山は端末に向けて声をーー



























[どうして気づいた]









 がちゃん。








 通話が途切れる。味山が反射的に通話を切ったのだ。



「はあっ、はあっ、はあ」



 息が乱れる。耳にまとわりつくような声、サポートセンターに電話したはずなのに今のはまるで違うところにつながっていた。



「勘弁しろよ……」


 端末をベッドに放り投げ、床に仰向けに寝そべる。


「そーゆーのは本当やめろ。なんも面白くねーから。あー、もー、しんどい」



 ピピピピピピピピピ、ピピピピピピピピピ。


 再度の着信、次もし怖いのが来たらこの端末をぶち壊そう。



 味山は再び端末を持ち上げた。



 


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