11話 ソロ探索
にしても昨日のスープとステーキは美味かった。
1人でいける店なのか? 今度またアシュフィールドに連れてってもらうか。
ごうん、ごうん、ごうん。
味山は昨日食べた怪物種の料理の味を思い出しながら、降下するダンジョンリフトで待機していた。
味山たち複数の探索者がいるフロアがゆっくりと下降を始める。
バベルの大穴の入り口、移動区。
フロアそのものがなんの支えもないのに、一定の時間で上昇したり下降したりするのだ。
バベル島の中心部に位置するこの区画からのみでしか大穴へは移動出来ない。
ごうん、ごうん。
やがて音が止み、視界に光が広がる。
味山はこの光景が好きだった。
エレベーターのように下降するフロアからはバベルの大穴1階層が一望できる。
原理は不明だがなんの支えもないのに、ゆっくりとフロアは下降していく。
それは側から見れば、太古の伝説、空を飛ぶ大地かのごとく光景だろう。
「……綺麗だ」
浮島と化したフロアから眼下に広がるのは第1階層。
広がる大森林や、灰色の荒地、遠くに見える大湖畔や、2日前に向かった尖塔の荒地など特徴的な地域が全て見下ろせる。
青々とした大森林、ある区画から灰色に染まる大地が始まる灰色の荒地、ぽっかりと空いた湖。
地下に広がる現代最後の神秘の地を、味山はただ眺めていた。
「うっわー、すげえ!」
「ちょっと恥ずかしいから騒がないでよ」
初めてこの光景を見たのであろう新人の探索者たちが騒いでいる。
気持ちはわかる。この光景は何度見ても、圧倒される。
味山は黙って、下降していくフロアから美しくも恐ろしい世界をただ味わっていた。
フロアはステーションドームと言われるダンジョン内に建てられた建造物へと下降していく。
天井の開いたドームとフロアの大きさはぴったりと合っていた。
………
……
…
ずん。
体にわずかに感じる衝撃。静かにフロアが下降を完了する。
「大変長らくお待たせ致しました。侵入フロアが無事第1階層に下降完了致しました。次回の上昇は、5時間後になります。続きまして、各エリアへの乗り合いバスの案内をーー」
「ついたか」
味山はベンチから立ち上がり、肩を鳴らした。
ステーションドームの天蓋を見上げる。ぽかりと空いた天井、あんな高いところからここまで降りてきたのか、慣れているはずなのに何度繰り返しても同じ感想を抱く。
バベルの大穴へ侵入したのちはまずここへ到達し、それから各々の目的地へと向かっていく。
味山はアナウンスに従い、ドーム内にある乗り合いバスの案内所へと向かっていく。
目的地は、尖塔の岩地。先日、大鷲と死闘を繰り広げた地区だった。
………
……
…
「こちら味山。15時になった。申請していた単独探索を始めます」
端末を耳に当て味山が通信を開始する。コール音の後、オペレーターからの返答が届いた。
「はい。こちらはサポートセンター、単独探索の申請を照合致します。……確認出来ました。味山様。尖塔の岩地での自由探索の許可が出ています。良い探索を」
「どうも。良い探索を」
乗り合いの自動運転バスはすでにステーションドームへと戻っている。
味山は足元のかさついた砂を撫でる。辺りにそびえ立つ塔のような岩を眺めた後、歩き始めた。
自由探索において、探索者が得た取得物は基本的には持ち帰りが可能となっている。
つい先日この地区で完遂した戦いを思い出す。
味山は息を吐いた。
俺は凡人だ。
ソフィ・M・クラークのような酔いの中でも銃火器を扱える精神力、そして豊富な知識や遺物を扱う才能はない。
グレン・ウォーカーのような怪物種と真正面からぶつかり合える白兵能力、飛び抜けた身体能力もない。
アレタ・アシュフィールドのような時代に選ばれた英雄でもない。
彼らが持っている特別を自分は何一つも持っていない。
そんな自分が彼女達と肩を並べ続けるために必要なものは何か、それだけは味山にも分かっていた。
「努力と準備だ」
装備ベルトの締め具合を確認し、歩き出す。
味山は次のチームでの探索のためにある物資を収集しようと単独探索へと挑んでいた。
現代ダンジョンの中で取得できる物品の中には現代の科学では説明出来ない不思議な力を持つモノが多い。
一部のその不思議な力を持つモノの中でも特別に強力なモノは"遺物"と認定され多大なる価値がつけられる。
自分が彼らのような特別な存在たちと対等に渡り合うためには手段を選んではいられない。
味山は己にない力をダンジョンから生み出されるアイテムにより得ようとしていた。
「さて、端末によると怪物種の活動は今のところないか」
味山が荒地を進む、視界を上げる。尖塔の岩地の代表的な怪物種である大鷲の気配は感じられない。
ベルトのホルダーには小型のツルハシが備えられている。
採掘ポイントまで見つからずに向かうのが最初の目的だ。
味山は辺りを注意深く観察しながら、でこぼこの土地を歩き続けた。1人での探索は複数での探索と勝手がまるで違う。
どこから現れるか分からない怪物種の影に怯え、それでいて歩みは止めない。相反する感情を、ぶつけ合いながら味山は荒地を進む。
キイイイン。
耳鳴り。
まただ、アレが始まる。コントロールが出来ない。
€TIPS 死骸 人間
ささやき。
そしてその直後
€いっ、、ギャアアア?!! お、俺の足、食べられてっーー
断末魔の叫びが聞こえる。幻聴だ、今響いた声ではない。
味山はゆっくりとその場にしゃがみこみ首を振る。頭の中で鳴り続ける叫びが強くなる方向を探す。
右だ。
右から強い叫びを感じる。
味山が叫びが強くなる方へと歩いていく。大岩が転がるそのたもと、地面がわずかに盛り上がっていた。
しゃがみこみ、地面を触る。
わずかな湿気、土をつまみ嗅いでみると酸っぱい匂いが。
「臭え…… この臭いは、怪物種のマーキングだ。この辺が狩場になったのか?」
匂いを嗅いた途端、再び耳鳴りとともにダンジョンのヒントが聞こえる。
TIPS€ 怪物種41号、アレチ猿の尿 人間の骨 人間の髪
土に埋もれたものの詳細を耳が伝える。
アレチ猿か…… 面倒だ。味山は頭に入れていた尖塔の荒地の生息怪物種のデータを思い出す。
怪物種41号 アレチ猿。人とほぼ同じサイズの大型の猿によく似た怪物種。性格は獰猛、4匹程度の小規模な家族で狩りをする化け物だ。
叫びがいつのまにか聞こえなくなっている。恐らく最近、この辺りで探索者がアレチ猿に殺されたのだろう。
味山は盛り上がった土を腰にぶら下げたピッケルで掘り返す。
すぐに硬い何かを掘り当てた。
茶色に染まり、しかし白っぽいかけら。人骨だ。身体のどこかの部位。土を掘り返し続けるとそのかけらがいくつも出てくる。
「……ここで食われたか。バラバラにされながら啄ばまれたみたいだ。大きい骨がないことを見ると大部分は巣に連れ去られたな、こりゃ」
端末や資料館で知った怪物種の知識と現状を符号していく。
ここはすでに、怪物の狩場だ。まだ恐らく組合も把握出来ていない。
「……妙だ。狩場になるにしては自衛軍の巡回ルートに近すぎる。それに乗り合いバスだってそんなに遠くはない」
味山はその場から立ち上がり考えを巡らせる。今のところ周囲に怪物はいない。仮に味山が気付かなくても、
「まあ、何はともあれお疲れ様。南無阿弥陀仏。アンタの死は無駄にはしねえよ」
味山が合掌し念仏を唱える。これがどれだけ意味のある行動かは分からないがそれでも何もしないよりはマシだろう。
遺骨のカケラを一箇所に集め、怪物のマーキングポイントから離れた場所に埋める。
あまりにも不憫だ。死してなお怪物の縄張りを示すための目印にされるなんて。
「予定が狂うな。のんびり探索とはいかんなこりゃ。場所変えるか?」
味山が首をひねったその時だ。
€TIPS 死の気配が濃い所にのみ現れる宝がある。宝が近い。その名は知らせ石。石は持ち主の危険を色で知らせる
「……悪意満々のタイミングでヒントをどうもありがとう」
最悪のタイミングで舞い込んだ良い知らせ。
味山にだけ聞こえるダンジョン攻略のヒントは決して味山を助ける為のものではない。
それはまるで味山を現代ダンジョンの危険へと誘うような。
しかし決して嘘はない。この耳が拾うヒントが味山を裏切った事はなかった。少なくともこの1ヶ月は。
「……虎穴に入らずんば、なんとやら。嫌な言葉を考えたもんだ」
味山は端末を起動し、近くのセーフルームを確認する。ここから1キロほど歩いたところに空いているセーフルームがある。
「セーフルームもあるし、行くか」
味山が耳のささやきに従い荒地を進む。ベルトからスペアの手斧を取り出した。
人は欲望のためなら危険を顧みない。
味山 只人はよくも悪くもどこまでも人だった。
時折、尖塔岩を見上げ、大岩の隙間を目の端に入れながら移動する。
探索者にとって最も危険なのは怪物種による奇襲、アンブッシュだ。
ソロ探索ということもあり普段の何倍も味山は気を張りながら歩き続けた。
€TIPS 知らせ石が近い。知らせ石は尖塔岩の根元に寄生する。手に入れるためには岩の表面を削り、慎重に取り出す必要がある
「わかりやすいガイドラインどうも…… くそっ!」
咄嗟に味山が岩の物陰に身を隠す。
背筋がざわつく。
いた。
目の前にはまた高い塔のような自然物、尖塔岩がそびえ立つ。その周りに茶色の毛皮を持つ人影が複数。
怪物種がそこにいた。
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