8話 デートアライブ・ライブ
「うわ」
思わず声に出る。
目の前に広がる光景は味山の顔を一瞬で曇らせた。
人、人、人。
目的地のアメリカ街、現代的な建築の中に、西部劇に出てくるウエスタンな建物が混ざり合う不思議な地区。
待ち合わせによく使われる噴水広場についた途端に一気に人が溢れた。
「おい、どけよ! 見えねえだろうが!」
「あっ! こっち向いた! 俺を見たぞ!」
「アンタなんか見るわけないじゃない! こっちを見たのよ!」
「こ、声かけて見るか?」
やけに盛り上がった人々、興奮している。
ピコン。
端末にメッセージが届く。
[ハロー、タダヒト。噴水広場についてるわ。あとどれくらいでつきそう?]
ああ、なるほど。この人だかりの理由が分かった。
「もうついてるっと……」
味山がメッセージを返す。
嫌な予感が当たっていればこの人だかりの原因はーー
「あ!! タダヒト! こっちよ、こっち」
人だかりの向こう、高い声が響く。聞き慣れたその声はアレタ・アシュフィールドのものだ。
「あ、すみません。通ります、すみません、すみません」
ぺこぺこと頭を下げながら味山は人だかりを割いていく。怪訝な顔を向ける様々な人種の間をすり抜けると、そこに彼女がいた。
「ハァイ、タダヒト。いい天気ね、絶好の外出日和だわ」
「そうだな、もうすっかり秋の空だ」
ウエーブした金色の髪が太陽に生える。変装のつもりか、ファッションなのか分からないがカーキ色のスポーツキャップに、縁の無い眼鏡をかけた美人がそこにいた。
シンプルなシャツにミリタリーなジャケット、ホットパンツで剥き出しの長い脚、ラフな格好ではあるが、アレタによく似合っている。
「タダヒト、いつも同じ服よね。きちんと洗濯してるの?」
「お気に入りなんだ。同じのを数着持ってる。アシュフィールドはいつも通りオシャレだな」
覗き込むようにこちらに歩み寄るアレタに味山が軽口を返す。
ギリィ、沢山の人間が何かを噛みしめる音が聞こえた。
人だかりの中心、アレタは何も気にしていないように笑う。
「アハっ、そう? タダヒトもなかなかあたしの扱い方がわかってきたわね」
「クラークからコツを聞いたからな」
味山の軽口にアレタがクスクスと笑う。
「にしてもアシュフィールド、これ凄い人だけど…… 何があった?」
「ああ、これ? んー、あたしの完璧な変装がバレたみたいなの。ウィンスタに拡散されちゃってからすぐにみんなが集まっちゃった」
おどけたアレタがパチリとウインクをする。嫌味なほどに似合っている。
ざわざわ。
アレタと会話を続けていると周りの聴衆がわかりやすくざわめき始めた。
「おい、アイツ…… アレタ・アシュフィールドと話してるぞ」
「まさか、あんな奴と待ち合わせしてたのか?」
「待って、あの人見たことあるかも。アレタ・アシュフィールドのヒモって噂の」
「星屑、星屑野郎だ」
ざわり、ざわり。
聴衆の言葉が耳障りだ。アレタが味山と親しげに話していることに気づいたらしい。
面倒くさいことになるなこれ。味山は鼻から息を吐き
「アシュフィールド、とりあえず場所変えようぜ。人が多過ぎる」
「あら、そう? まあ、写真も黙って撮らせてあげたしファンサービスは充分かしら? みんな! ごめんなさい、あたし達これから動くから道を開けてくれないかしら?」
アレタが手をひらりと振る。それだけであれほどたかっていた人々が一斉に道を開けた。
周りの目線が痛い。なんであいつが、あんな奴が。嫉妬と恨みのこもった視線が味山を射抜く。
「……すごいな」
「何が? ああ、この人たちのこと? ふふ」
アレタが微笑む、その度に周囲からの目線がさらにきつくなる。
「いや、そうじゃなくてアシュフィールドが凄い。人気ありすぎでしょ」
「あら? でもハリウッドスターやセレブたちも同じようなものよ? この人たちが見ているのはあたしじゃなくて、52番目の星だもの」
アレタと味山が並んで歩き出す。人だかりを抜けて、アメリカ街の広い道を進む。
「あたしは周りから色々なものを貰ってるもの。だから周りの人達があたしを見たり、写真を撮ったりして喜んでくれるのならそれに応える義務があるわ」
「……その辺がすげえよ。ほんと」
味山がため息をつく。凡人の自分にはないスターのサービス精神を間近にして。
「ふふ、そのうちタダヒトにも分かるといいな。あ、ついたわ、ここよ。ここ」
アレタが立ち止まる。
「何屋さんだ、ここ」
「それは入ってみてのお楽しみよ」
味山は店を見上げる。現代建築風の建物は特別目立った様子はしていない。
店内に入るアレタの長い脚に目を奪われつつ味山は後ろをついていった。
………
……
「くく…… アレタ・アシュフィールド。本日はご来店、誠にありがとうございます。52番目の星を当店にお迎え出来て光栄の至りです」
「あら、タテガミ。貴方がわざわざ出勤してくれたの? ごめんなさい、探索者稼業が忙しいんじゃないの?」
空いた店内に入り着席した途端、どこからともなく大柄のシェフ姿の男が現れる。
「くく…… ご心配なく。相応しい者には相応しい者が対応するのが筋っ……! 貴女が態々特別なルートではなく真っ当な方法で当店のご予約を入れてくれたとはあっては…… この私が出るのがこちらの筋!」
「ふふ、そのプロ意識に敬意を。タテガミ料理長、紹介するわ。あたしの補佐探索者のアジヤマ タダヒトよ、もう知ってるかしら?」
「ええ…… じつは先日私も探索の帰りに酒場で食事をしていたところ、お見かけしておりました。貴女たち、チーム・アレフを。その時にいらっしゃった御仁ですね」
大柄な日本人が味山に向けて深く頭を下げる。コック帽を脱ぎ、胸に手を当てるその姿はサマになっている。
「あ、これはご丁寧に。どうも、はじめまして。味山 只人です。えっと……」
「タテガミ、立神 悠太郎です。当店、会員制リストランテ、美食倶楽部の料理長を務めております」
立神と名乗るその男が手を差し伸べる。味山も素直に握手に応じて、内心舌を巻いた。
え、力強。
ぎりと握り締められたその手から伝わる力は間違いなく普段から鍛えている人間のそれだ。
「これは…… 味山様……鍛えておりますね。くく、素晴らしいバランスだ」
「……いえ、立神さんほどでは。失礼ですが、普段から運動を?」
男2人が奇妙な笑みを浮かべながら握手したまま向かい合う。ふふふ、ふふふと笑い続ける男たちの握手を止めたのは、アレタのブーイングだった。
「ちょっと、筋トレマニア同士惹かれるもののはわかったけど、あまり見ていて楽しいものじゃあないわ」
「おお、悪い、アシュフィールド、つい」
「くく、大変失礼致しました、アレタ・アシュフィールド、味山様。それでは早速、調理に取り掛からせて頂きます。味山様、恐らく貴方にもきっと気に入って頂けるかと」
「へえ、楽しみ。……あれ、結局ここって何料理の店なんだ?」
味山の呟きに立神は分厚い唇を歪ませてにこりと笑う。そのまま優雅に一礼すると奥の厨房へと消えていった。
「アシュフィールド?」
「ふふ、それは食べてみてのお楽しみよ。座れば? タダヒト」
味山は素直に座り直す。
対面に座るアレタは満足げににこりと笑った。
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