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8 凡才なりに

 春の仕事始めも一段落した時期の、春夏の祝祭。

 王家から子爵家所領の大湖のヌシ討伐の発表がされた時には、驚きの声でお城が揺れたかと思った。

我が国(ベニスィー国)を商人の国に!』

 少なくとも、シャンデリアは間違いなく揺れた。


 祝祭後に声をかけたら、河川流域の貴族はすぐに集まって。そして大湖の子爵家当主、つまりは義兄さんをゲストに迎えての会議は、それはもう、白熱した。


 倒しても倒しても、湖から川を遡ってやって来て、限り無かった水棲魔獣。それが限り有るようになったと伝えて、それぞれの河川での魔獣討伐を呼びかけて。

 半信半疑で顔を見合わせる方々に。


「疑いあらば、大湖へ来られよ」


 鶴の一声。

 いやぁー、義兄さん、かっこ良かったよね!




 三領会議も、河川流域の貴族会議も、えっちらおっちら乗り越えて。父ががっちり掴んで離さない領地経営には、近寄らず。

 河川の、水棲魔獣掃討大作戦の大枠を取り決めた。

 ……軽く言ったけど、河川流域の貴族たちとの連携って、本当に大変だった。


 これから始まる夏の間に、装備とか兵士とか軍出動の準備をしておいていただけますか、と丁寧に頼み。

 秋は収穫に徴収の時期です、税収そっちのけで、なんていう領主はありえませんからね、としっかり言い聞かせて。

 徴収と納税が一段落した冬初めに、まずは軽く一当て――様子見の、あくまでも軽い一当てですよ、と繰り返し念押しして。

 冬至からの厳寒期は、さすがに家に篭れと言い放ち。

 寒さも緩んだ冬終わりには強襲調査して、各家と連携と情報交換――あくまでも調査、単家先駆けは絶対にするなときつく釘をさして。

 春は畑始め、これさぼったら秋の収穫に響くぞ、と脅し。


 そしてやっと、来年の春夏の祝祭を機に、遠慮はいりませんから大掃討を開始しましょうと、なんとか計画を軌道に乗せた夏の真っ盛り。


 貴族の当主様方が雁首揃えて今すぐにでもと、そこらへんにある武器を手に取って、水棲魔獣にカチコミをかけようとするのを必死になって引き止めた。

 お前ら生粋の貴族だろう、なんでそんなに血の気が多いんだよ。


 最初は貴族の令息っぽく(かしこ)まって話してたのに。途中から、馬に乗って走り出しそうなやんちゃ(じじい)どもにキレそうになって、口調が崩れた。

 単家先駆けした所で、魔獣が他所に流れて逃げるだけだろうが、一斉駆除が効率的だろ、ちっとは考えろや、などと口走った事実はないったらない。

 最後の方は誰に話してるのかをちゃんと思い出して、丁寧口調に戻したから問題なし(ノープロブレム)

 だけど。


 あの夏を、もう二度と繰り返したくない俺、十八歳です。空の青さが目に沁みました。

 そして、王都の子爵領邸で、ラン姉と義姉上に経過報告をしてたところ。

 とんでもないことが発覚した。


 いやね、ちょっとおかしいな、とは思ってたんだよ。王家の紋入りのお手紙、なんでラン姉が持ってるの? って。


 ラン姉、王太子殿下からもらったんだって。

 直接。ラン姉が、直接!

 義兄さんがもらったんじゃないの!?


「殿下と手紙やり取りする仲なの……え、ちょっ、待っ、醜聞??? 

 ラン姉、子供のいる人妻!

 王太子殿下って、たしか結婚してたよね、まだちっちゃいけど子供いたよねっ、義兄さん、何してるの!?」


「ハリー、落ち着きなさい。

 手紙もらった時って、ヌシ討伐直後で、そのまま小型、中型の水棲魔獣の掃討戦やってたから、殿下は経験値稼ぎ……じゃない、実践経験を積んでたのよ。

 殿下からは、王領の大湖で水棲魔獣討伐する時にはぜひ参加を、って勧誘されただけ。今頃は王領に戻って、王領大湖の大掃除をなさってるんじゃないかしら」


 あー、そりゃ、ラン姉のあの魔法見たら、そうなるよね――って、ならねぇよ!? 

 いくら殿下でも、男が女の人に直接手紙って、ナイよ、絶対に、ナイ。

 旦那(当主)を通せよ、推定間男がっ。

 ……いや、もしや、当主を通してしまうと、逆に、公認不倫になってしまう!? 旦那が妻を差し出すのって、昇進への賄賂???

 あ、だめだ、俺、そこらへん疎いから、わかんねぇわ。


 ……後で、義兄さんに手紙送ろ。

 殿下の勧誘、ラン姉の代わりに、俺が行こ。


 密かに俺が心に決めてると、義姉上が顔を動かさず、視線だけをこっちに向けてきた。


 目と目で通じ合う。

 あ、やっぱり?

 俺は、わかってる、って頷き返した。


 とりあえず、秘密会議はこれで解散、となって。

 夏の終わり、ふとした時に思い出すのは、()る気に満ち溢れすぎた会議と、……王城。


 遠目で見た、お月さま(月下の君)。社交とはほとんど縁のない俺にさえ、聞こえてくる。

 ロクデナシが身分を嵩に、文句を言えない家柄のご令嬢を食い散らかしてること。その後始末、各所にせめてもの詫びとして、公爵家で便宜を図ってもらえるよう手配して回ってること。公爵家の、ロクデナシに関わる家政を一手に引き受けて、取り回してること。

 先だっての公爵家主催の園遊会の成功の影に、あの方の差配があったこと。


 あのロクデナシの行状のマイナス補正があってさえ、グラシアノ公爵家の名声が地に墜ちていないのは、あの方のおかげ。そのことを、グラシアノ公爵家の者は知っているのだろうか。

 

 あまり、お幸せでない噂しか聞こえてこないけれど。それでも遠目で見たあの方は、昔ご自身が言った通り、顔を上げて、胸を張って、堂々としていた。


 だから俺も。

 顔を上げて、胸を張って、頑張るよ。



    ◇    ◇    ◇



 こちら、王領の大湖です。

 顔を上げて、胸を張って、水棲魔獣にガン飛ばしているところです。


 頭は蛙、体は牛っぽい四つ足の大型と思われる……え、これギリ中型なの?

 そんな水棲魔獣が目の前、とは言いませんが、口の中の凶悪な牙とか、剣みたいな鋭い爪が目視できるぐらいの所にいます。

 そして隣には、王太子殿下がいます。


 繰り返します、隣に王太子殿下がいます。


 ……いや、なんで?


 領地の領軍軍団長に冬の一当て、そして来年の夏に向けての準備と、俺の補佐してくれてる従者にはその手伝いとか細々を任せて、ラン姉の代わりに王領の大湖に。


 手紙のことを相談したら、義兄さん自身が行くなんて言い出したから、慌てて止めた。

 明日から船で子爵領の大湖を横断する試験運航(テスト)! 今、子爵家に押し寄せてきてる大勢の貴族! それぜんぶ、ラン姉に任せる気か正気に返れと、押し止めた。


 そして、代理でやって来た王領大湖。

 手紙を見せて目通りを願ったら、あれよあれよと、最前線に。大湖の岸辺、ラン姉直伝、おびき寄せタライ水抜き戦法実行中の真っただ中の、激戦区に。


 そして目と目が合って見つめ合う、水棲魔獣。こんにちは、ご機嫌いかが?

 隣には、王太子殿下。

 最前線に居らっしゃるんですね!?


 なんて動揺してるヒマなんて無い(ねぇ)わ。


 ねじくれた人の背丈ほどの杖を、眼前に構える。ラン姉の言う所の、消費魔力量削減がコンセプトという『魔法の杖』。代理で行くといったら、義兄さんが無言で手渡してくれた。

 魔法八王の原型では、人の背丈を優に超えていたらしいから、これでもコンパクト化されてるとのこと。


 一般的な貴族でしかない俺。

 ラン姉みたいな発想も、具現力も無い俺。


 それでも、ラン姉の絵本と紙芝居で育てられた自負はある。(つたな)い手書きの絵で、いくつもの火や雷、武器さえも浮かべて、一斉に解き放つ英雄を「見た」。


 星の燃える炎(プロミネンスフレア)には及ばずとも、鉄を溶かす白焔なら、俺にも手が届く。一つ、二つ、三つ、四つ、無限は無理でも数えて十なら、白焔を維持できる。


 一撃の威力とか貫通力は、ラン姉に劣るけど。広範囲に渡って与える被害なら、負けはしない。

 それに、十の着弾地を一点に絞れば、限りなくラン姉の一撃に迫れる。


 だから。

 ねじくれた、人の背丈ほどの『魔法の杖』。

 俺に力を貸してくれ!




 王太子殿下が俺の肩をバンバンと叩いて、躍り上がって喜ぶ一歩手前みたいな感じで大笑い。


 上半身は蛙っぽく下半身は牛っぽい、馬二頭分ぐらいの大きさの、それでもまだ中型に括られる魔獣が、口から後ろまで黒焦げの穴をぽっかりと貫通させて横たわってる。

 そして周りに漂う、燻った感じの臭い。大きく開いた蛙の口に、鉄をも溶かす白焔を突撃させた結果です。


 近くにいる魔術士さんが、「デュマ魔法八王が一、火炎魔人ラゴラの再来!?」とか驚いてるけど、そんな大層な者ではありません。

 槍構えた騎士さんが、「あの三人呑みが」とぽかんと口開けて俺を見てるけど、アレは連発できるものではないから、ただの一発芸でしかありません。

 焦ってぶっ放してしまいましたと、軽く挨拶しておく。


 この魔獣――三人呑みは、水底を走るタイプらしくて、陸上げしても地上を駆け回ってどうにも強く、前の時はかなり手こずったらしい。なのに、俺が来て一撃――正確に言うと十撃で、あっけなく倒してしまったから。

 いまだに大笑いしている殿下、拍子抜けしたと、ツボってしまわれたらしい。

 笑って放って置かれてる間に、珍獣よりも珍しい王族を、遠慮なく観察させてもらう。


 暗めの金髪って、威厳ましましに思えるのは俺だけだろうか。

 しかもこうやって最前線に出てくるぐらいには、筋肉は引き締まってるし、背も高くて恵まれた体格してるし、威風堂々と男振りも良いし……くっ、俺だって、あと十年もすれば……っ。


 なんて俺が羨ましく思って見てると、殿下は一しきり笑った後、前に落ちてくるダークブロンドの髪を払い、深く沈み込むような群青色の瞳を俺に向けた。


「見事、見事、その腕前、子爵夫人の縁者か」


 その深みのある大人の余裕と色気に満ち溢れてる声、どこからどうやって出してるの、俺に教えて!

 心の中で羨ましがりつつも表には出さず、懐から手紙を出して、最敬礼して自己紹介。

 鷹揚に構える王太子殿下、年齢も三十歳ぐらいで、ラン姉とも釣り合うけれども。

 

 だからって、不倫は絶対ダメ!!!

 らぶらぶな一般家庭から、国家権力、退散!


「姉をお側に上げるのは、ご容赦下さい。

 夫のある身では、お目に留まることを名誉としない(なら)わしもあることを、ご理解くださいますよう」


 遠回しに言って誤解されたらマズいので、ここはもう、ストレートに言った。

 てめーは子持ちの既婚者に、夫無視してコナかけた間男だ! を、貴族的な言い回しで。

 ちなみに、セリフは義姉上の監修済みです。一本気で真面目っぽい顔をして、必死な感じで申し上げるように、と演技指導までされました。


 姉思いの純真(バカ)な弟を装って言上すれば、不敬を問われず、真意を受け取ってもらえて、かつ、笑い飛ばす方向に持っていってくださるでしょう、とのこと。


 それって、シスコンの弟がお姉ちゃん取っちゃヤダーって、駄々こねてる風を装えということですね?


 言う通りにしますが。

 義姉上、俺のなけなしの矜持を何だと思ってるんでしょうか。義弟として、ちょっとおうかがいしたい所存です。


 とりあえず殿下からは、そんなつもりはなかった、純粋に軍事力として声をかけた、とのこと。


 それなら、と俺は提案した。

 もう二度と王族なんかに会わないだろうから、思いついたことを、これ幸いと伝えた。




 戦力なら、『魔法の杖』が。

 いえ、王族の権力で国内の貴族から無理やり接収、なんて無茶は申しません。

 デュマに力を借りるのはいかがでしょうか。

 姉はダメです。


 デュマの『魔法の杖』販売は数が限られてますが、それはあくまでも、国同士の戦争に使われないように、です。

 ですので派遣とかレンタル――すでに『魔法の杖』を持ってるデュマの人に、魔獣討伐に助っ人に来てもらうとか、期間限定で『魔法の杖』を借りるとか。

 戦争じゃなく、あくまでも魔獣討伐のためだと言えば、デュマの禁則事項に抵触しないと思います。

 デュマの冬は厳しいと聞いておりますので、勧誘には「雪のない冬をご存知ですか」の売り言葉(キャッチフレーズ)をオススメします。


 当然、費用はかかりますが。こいつら水棲魔獣って、耐水性に優れてますよね。倒した時は素材を売り払って、僻地の(貧乏な)貴族は臨時収入にしています。

 なので、皮剥ぎ取って売りましょう。馬車の幌とか、マントとか、野営のテントにも、使い道はいくらでも!

 売って、売って、倒すそばから売りまくれば、その稼ぎで『魔法の杖』の借り賃が賄えると思います。

 あ、値崩れには注意してください。


 最終的には、弱い小型の水棲魔獣だけ、殲滅前にどっかの大きな池に隔離して養殖するのもアリですよね。

 貴重な特産品!


 え、俺ですか。

 俺は二年後に伯爵家を継いで、二十年後には甥っ子に譲り渡す、しがない中継ぎの継嗣です。

 王城に出仕する予定はありません。

 あ、先ほどの魔獣は献上致しますので、御(おさ)めください。

 

 ところで、この王領の大湖に流れ込む川、隣国のアルナシオン(三流田舎国家)との国境に流れてますよね。たまに隣国が川越えして攻めてくると、ウチの(ベニスィー)国からしたら、水棲魔獣の生餌、掃除のパートタイマー、助っ人扱いですけど。

 魔獣が一匹残らず掃討されると、その天然の防壁が無くなるじゃないですか。

 魔獣がいなくなった後、河川流域の名ばかりの国境伯では、隣国が本気で攻めてきたら抗しきれないのでは。

 王家はどうお考えでしょうか。


 あと、もう一つ隣のロワゾブルゥ国(愛の国(笑))も。あっちはあまり攻め込んできませんけど。

 国境付近で武器・兵力集めてたら、警戒されませんか。先に連絡して事情説明しておかないと、マズいですよね。


 (水棲魔獣)を見て()を見ず、にならないように。


 え、俺ですか?

 先ほども申し上げた通り、俺はしがない、ただの中継ぎですよ。体が空くのは、二十年後ですね。

 正当な後継が亡兄の子(甥っ子)なので、ヘタに父の兄弟や従弟を当主の座に据えると、万が一の心配が。

 お家騒動の種をわざわざ蒔くこともないでしょう。

 俺が二十年後、責任もって甥っ子に爵位を譲るのが、一番平和で無難なんです。


 ええと……自分は今、話題沸騰中の河川三伯の一角で。これからは自領に流れる河川の水棲魔獣を、根絶やしにしなければならないので。


 ……んんっ、こほん。

 姉の代わりに今秋限りと馳せ参じました。自分はこの冬初めに、まずは様子見の一当て(テスト)――河川流域の貴族が時を揃えて一斉に行う水棲魔獣の討伐に、参加する予定です。

 王城に出仕してる暇も、王太子殿下に仕えてる暇も、大変申し訳ないのですが無……いやその、身に余る光栄、過分にすぎる栄誉は辞退したく存じます。



    ◇    ◇    ◇



 あっぶね、途中で口調崩れてた……大丈夫、最後はちゃんと貴人に対する話し方だったはず。おもしれー女なラン姉と同じく、おもしれー男と思われたのか、やけに出仕するよう言われたけど、がんばって断った。

 しがらみで雁字搦めになるのが目に見えてる王城勤め、俺には無理。


 だけど別れ際、殿下から直にお手紙と、王家の紋入りの短剣を下賜された。

 出仕の件、気が変わったら訪ねてきて欲しいと。


 ワーイ、ヤッタネ、王家へのフリーパス(紋入りの短剣)、ゲットだぜ!

 ……いや、使わないし、使えねぇよ、これ、どうするよ。持ってるだけで(こえ)ぇよ!


 俺は途方に暮れて、俯きそうになる顔を無理やり上げて、青い空を見上げた。


 今日の空も、気高く澄み切って綺麗だ。


年取ってる方が、恨み骨髄、なんです。

爺「ひゃっはー! 積年の恨み、思い知れ!」

サブタイの「凡才」は、自称です。


ロワゾブルゥ国は、「真実の愛の国(笑)」

アルナシオン国は、「彼方にて幻を想う」

関連作品です、よかったらぜひ。


次回9話 「やるなら今でしょ」

恋愛パートが始まります、お楽しみに!


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