3 一大ジャンル? ほんとに???
語り終えて、ちょっと一息。
「予想以上に悲恋だった……ごめんね、無理に聞き出して。あと、バッサニオからそんなこと言われてたのね。
ごめんねハリー。お姉ちゃん、気づいてなかったわ……」
しょんぼりと肩を落としつつ、ラン姉が、ハリーの黒髪はキレイ、つやっつやの天使の輪、煤頭なんかじゃないと、ナチュラルに褒めてくる。
――月下の君ってアマリエラ様のことよね、今は公爵令息の奥様だけど、とってもお綺麗よね、グラシアノ公爵家のバカ息子のアクセサリーにされててお可哀そうで、でも優しいのね、可哀そ可愛いを地で行ってて、ハリーの初恋の人だったなんて――。
褒めるついでに、考えてることが垂れ流しになってるよ、ラン姉。そろそろ口、閉じよっか?
初恋の人が、どうにも幸せじゃなさそうなのは知ってる。雲の上の高位貴族で、もう結婚してしまってて、俺にできることが何もないのが悔しい。
「王家の血を引くグラシアノ公爵家の、嫡男の放蕩に歯止めをかけようと、当代一の美貌と名高い侯爵令嬢のアマリエラ様を迎え入れましたが、子は無く、いまだ放蕩も止まず、とは聞いております。
……ところでその……バッサニオ様はそのような……?」
義姉上がラン姉の情報を補足しつつも、バッサニオ兄上様の暴言にびっくりしている。
まぁ、結婚して一年ちょいで、あんまり交流ないままに、バッサニオ兄上様、亡くなられたからなぁ。
俺も、義姉上にはわざと、人柄的な事は言わないようにしてたし。……まぁ、あの両親のせいで、なんとなーくお察しだったろうけど。
ラン姉が22歳で、俺が13歳の時。
後継ぎのバッサニオ兄上様が、20歳で天へ召された。陰謀もへったくれもなく、不幸な事故、ただの落馬であっけなく。
なんでわざわざ去勢されてない暴れ馬に、何の根拠もなく自分は大丈夫って言って、自信満々で乗りにいったんだよ。そりゃ落ちるよ、落とされるよ。
衆人環視の中、自業自得以外のなんでもなく、逝ってしまった。
急遽、繰り上がって後継ぎに指名された俺。
しかし問題は、バッサニオ兄上様が結婚してて、すでにお嫁さんが身ごもっていて、訃報に驚いた義姉上が、その場で産気づいたこと……だいじょぶ、無事に甥っ子が産まれたよ! 今、元気に育ってる!
いやぁ、あの時の阿鼻叫喚は、思い出す度に背筋が凍るね。赤ん坊の泣き声が元気に響いた時は、ラン姉と一緒にへたり込んだよ。
生まれたばっかりの長男の忘れ形見ゼロ歳児と、当時13歳の俺。
俺が後継ぎに指名されたとは言え、正当な後継者はゼロ歳児の甥っ子で、俺は中継ぎ……でないと、お嫁さん側の親戚との契約違反になるから。
っていう、打算と妥協と調整を重ねた結果が、貴族の結婚なんだってば! バッサニオ兄上様、ほんと何してくれてんの!?
あのまま何事も無ければ、ラン姉の嫁入り先に、しれっと俺も一緒についていくはずだったのに!
まぁ、過去のことはどうにもならないし。とりあえず現状どうするか、話を元に戻そう。しょんぼりしてるラン姉のファイアレッドの三つ編みを、つんつん引っ張ってみる。
……え、三つ編みじゃない? 緩く編んだフィッシュボーン? 魚の骨なんか見て、俺、かわいいなんて思ったこと一回も無……。
あ、はい、かわいいデスネ。
「ラン姉からは?
あの婚約者の、意味不明な態度の理由予想!
この際、昔よく話してもらった、ラン姉の、荒唐無稽な悪役令嬢モノの設定とか、摩訶不思議ドアマットヒロインモノからでもいいからさ」
「荒唐無稽、言うな。けっこうな一大ジャンルだったのよ……まぁ、現実になると、なかなかぶっとんだ設定だったな、って思うけど」
つんつんしてる手を、子供かと、ぺしっと落とされた。
侍女さんに、お茶のお代わりを持ってきてもらって、相談の再開。
「ド定番だけど、誰か他に好きな人がいるってオチじゃないの。ただハリーと違って、隠すのが下手すぎて隠せてないだけで」
ラン姉って、たまに常識人的なこと言うよな。
「ほかにはー。実は虐待されてて、それを隠しつつ交流してるとか。あ、その場合、相手の家は何か不正に手を染めてるとかいう設定ね。
ドアマット系だと、ヒロインが唯一正当な後継者で、嫁がせずに利用し続けるために、両親から婚約者には嫌われるように振る舞えー、とか強制されてるとかいうのもあったかしらね。
そうそう、愛されたことないから、婚約者に対して、どう行動していいかわからないとか。この場合、大抵、愛されてる姉か妹がいる設定なんだけど。
ヒロインツンデレ設定だと、婚約者が好きすぎて、なんでか逆に嫌われるような言動しちゃって、ちがうのーっとじたばたするハートフルな場合と、テンプレざまあな場合に分かれてたわね」
ラン姉って、基本的に、非常識で、ありえないこと言うよな。
「……うん、ありがと、ラン姉。
とりあえず、婚約者には妹いません。姉はもう嫁いでます。
唯一の後継者ってどーゆー設定――向こうの両親、死別も後妻もないよ。彼女の兄、立派な直系継嗣だよ。
虐待?は、たぶん、ないとは思うけど、一応、調べてみる。それと、隠してる好きな人がいないかって。
俺、向こうの使用人さんにも、茶菓子とか付け届けしてるから、それなりに好かれてる自信あるし。
あと、ツンデレされても、俺、わかんねぇからスルーで。っていうか、あの子、ツンもなければ、デレもないよ。
いやほんと、マジで婚約解消したい」
あ、いかん。最後、けっこう素で愚痴ってしまった。久しぶりにラン姉に会って、気を置かず話してるせいだな。
「そうね、まずは調べたいわね。でも、ハリー本人には、さすがに話さないと思うわよ?
アタシの早駆けに何人かついてきてるから、調べるの、頼んでみるわ。顔バレしてないし、ちょうどいいでしょ」
ラン姉がさくさくと調査を請け負う。
領地からかっ飛んでいく子爵夫人の早駆けに必死に追い縋って、やっと着いたと思ったら、ワケアリの調査を命じられる従者さんたち。……この姉に惚れ込んでくれた義兄さんに、俺、一生、足向けて寝ない。従者さんたちにも、後で酒とツマミ、差し入れしとこ。
「お待ちください。ハイネハリ様のご希望通り、婚約を解消した場合。領地の西隣、先方の伯爵領との、兵士配置協定はどうなさいますか?」
ミルクティベージュの髪を揺らし、義姉上が現実的な懸念を上げてきた。
そう、そうなんだよ、政略結婚って契約なんだよ。だから仲良くしないといけないんだけどっ。
たしか、祖父の代で手打ち式やって、小競り合いもここ最近、正確に言えば二十一年、無くて。
領境にそれぞれ一個分隊十人、それ以上は配置しない、という取り決め、の継続が、俺の結婚を担保にしている。
俺の結婚が無くなる、イコール、領境に兵士置くぜー、お前の領地攻めるぜー、みたいな。
「それなんだけど。ここのところ小競り合いさえも無いし、それなりに友好を築けてる。だから、話し合いでなんとか調整できないかと思って。
具体的に言うと、村人同士で結婚してもらって、それぞれの領主がお祝いするっていう、代理の政略結婚。
村長の娘、息子がいたら良いけど、そこまで鉄板でなくても、二つの村から良い感じの男女を見繕って、政略結婚の肩代わりしてもらってもいいんじゃないかなって。
祖父の代ほど、日常的に領地争いしてるわけじゃなし。敵意はありませんよーアピールして、なんとか事を収めたいです」
もう、最後は苦笑するしかないな。
仲良くしないといけない相手が、仲良くしてくれなくて。破局が容易く予想つくから、代わりに仲良くするように代理を用意するとか。
「ハイネハリ様、それです」
義姉上が、緊張したように手を組み替える。
「婚約者の方は礼儀を守って瑕疵はないのに、婚約解消をハイネハリ様が申し出た、となれば」
「あ、なるほど。もしや、こっちに戦、ふっかけたい、とか? 領地争いの時代、リターン?」
ラン姉がはっとして見やると、うなずく義姉上。
「いかに失礼な態度を取らず――瑕疵なく、ハイネハリ様に嫌われるか、という気合と責任感でお茶会に挑んでいたとしたら、不可思議な態度に説明がつきませんか?」
婚約解消なんて言い出して、喧嘩売ってんのかって、言いがかりつけて、戦ふっかけてくる、ってことかー! さすが義姉上、まっとうな貴族子女!
尊敬の眼差しを向ける俺とラン姉に、だがしかし、義姉上は眉尻を下げて、否定の言葉を続けた。
「けれども、大変申しわけないのですが。
お隣の西領にそんな雰囲気があるとは、実家からはそんな連絡、一つもありません。社交界でも、お隣の伯爵様は、『末の娘が嫁にいった後は隠居を考えている』と、お話してらっしゃったそうです」
「少なくとも、戦争になったら南領はハリーの味方だし、アタシだって旦那様に頼んで、軍を出してもらうわ。
で、逆に、向こうだって味方を呼ぶだろうから――けっこう目立つことになると思うけど、そんな噂、まったくないわね」
そうだよな、俺だって、月一で会う向こうの使用人さんたちから、すっごい歓迎されてるし。たまーに会う向こうの親御さんも朗らかで、愛想がないの、婚約者だけだもんな。
戦争ふっかけるぞー、なんて雰囲気、微塵もない。
やっぱこれ、ド定番の理由で、ファイナルアンサー?
姉二人が目を見合わせ、頷き合う。
頷き合って、そろって俺に顔を向けた。
「ハリー、我慢しろ、なんて、お姉ちゃん、言いません。
婚約解消、しましょう。力を貸すわ」
「ハイネハリ様の誠意に応えない婚約者など、隣に置く必要はありません。わたくしも、穏便に婚約解消できるよう、実家に働きかけます」
良かった。
味方してくれるっていう自信はあったけど。
少しぐらいは、相手は十五歳でまだ子供だから大人な対応、とか、もうちょっと待ってみたらって、言われるかなって思ってた。
「ハリーがもっと年上……もしも十も年上なら、相手はまだ子供、大人になれば立場を理解して立派な淑女になるから待ってみたら、って言うわよ。
でもね。
ハリーだって、今、十七歳なんだもの。次の春にはもう十八歳よ? これから五年、十年、相手が大人になるのを待って、付き合ってじっと我慢しろっていうのは、ちがうでしょ。
しかも、もうすでに二年、好きでもない、好きになってくれない相手に時間を費やしているのよ、無駄に。
ハリーの努力した二年間、十五歳から十七歳の貴重な時間を返して、って言いたいぐらいだわ」
ラン姉の吊り上がり気味の目が、不快そうにしかめられた。腕組みをして、むっと口を引き結んで、わかりやすく怒ってる――俺のことなのに、自分のことのように、怒ってる。
「調査に根回し――そうね、春の中頃に、王都のタウンハウスで会いましょう。
万が一だけど、アッチが戦をふっかける気があるのかどうかも、確認しないとね」
ラン姉がニヤリと嗤う。
小さい頃、さんざん見た、なにか勝算のある顔だ。
「その頃でしたら、あの子を連れて、わたくしも王都へ移動できますわ。
次代の領母、南領の勢力、そしてわたくし自身の人脈でもって、必ずやハイネハリ様のお力になりましょう」
胸に手をあててわずかに目を伏せ、義姉上が略礼でもって力添えを約束してくれた。
女性二人が、全面的に俺に味方してくれることになった。
なんて心強い。
さあ、婚約解消に向けて、がんばるぞ!
俺は顔を上げて、遮るものの無い、澄み渡る空を見上げた。
遠くを見やれば白く霞がかって薄い青、視線を移して頭の上、近くになればなるほど深まる青。
――今日も、空が青くて綺麗だ。
気高い青を、俺は顔を上げて胸を張って見上げ続けた。
悲恋要素出てきましたが、ラストはハッピーエンドですので、ご安心(?)下さい。
あと、姉×2でややこしいですが。
ラントリア=実の姉。
義姉=亡バッサニオ兄の妻。(作中、記述はずっと義姉です)。