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13(余話) あなたを愛することはない

いわゆる「ざまあ」回です。苦手な方はお戻りください。

 大湖の水棲魔獣の駆逐。

 その知らせは、国の貴族すべてを巻き込んだ。

 今まで見向きもされなかった河川流域の貴族に縁談が申し込まれ、既存の婚約は見直された。

 それは、わたしの婚約も。




 東の伯爵領との領土争いなんて、もう昔の話だったけれども。婚姻によって平和を確実なものにしようとするのは、妥当でもあり惰性でもある話で。

 だから、婚約にイヤとは言わなかった。

 わたしの故郷、わたしの一族――貴族の責務。

 伯爵家の娘として、身を捧げる覚悟はあった。


 お相手は、継嗣とは言え中継ぎのハイネハリ様。


 覚悟はあったけれども、それとは別に、わたしには密かに慕う方がいた。

 姉の嫁いだ先の旦那様、お義兄様(にいさま)は立派な王城の騎士様で、気品のある立ち姿、優しい気遣いに溢れたお声、まだ幼かったわたしを一人前の淑女として扱ってくれた高潔で気高い、真の騎士。

 そんな誰もが惹かれずにはいられない、太陽のように輝かしいあの方を、忘れることなんてできない。

 小さな姫君と笑いかけて下さるあの方への、誰にも言えない恋心は秘めたままに、婚約を粛々と進めた。


 お父様から東領との婚約を伝えられて、実際に婚約者(ハイネハリ様)に会うまでは、お義兄様みたいな方かしら、とぼんやりと想像していた。だけど、実際に会ってみたら。


 輝く金の髪とは似ても似つかない、真っ黒な髪。

 木漏れ日に透ける若葉のような緑の瞳と比べようもない、枯れた草の色の瞳。


 あの方とのあまりの落差に、心の中でため息を吐いた。 

 それでもわたしは、責任を肝に銘じて、義務を疎かにすることなくきちんと務めた。月一の手紙や茶会に毎回ちゃんとお付き合いして、年に二回のお誘いも断らず、淑女らしく従った。


 文句一つ口から漏らすことの無い、立派な淑女らしい態度だったと自負している。将来の旦那様のご希望に添うよう、用意されたあらゆるものに、貴族の娘の義務として従順に諾を返した。


 突きつけられる(ハイネハリ様との)憂鬱な将来に、落ち込むわたしを気にかけて下さって、折にふれて会って励まして下さるお義兄様だけが、心の支えだった。



 そしてある時、大湖の水棲魔獣駆逐が発表されて。

 ハイネハリ様との婚約があっけなく解消されて。

 決まっていた結婚式の日取りも、取り消されて。


 ――これでもう少し、あの方を想っていられる。


 そう、わたしは嬉しく思った。



 我が家を含める三領が、河川三伯と呼ばれるようになって。降るように縁談が舞い込むようになって。

 お義兄様は騎士のお仕事がお忙しいのか、我が家へ顔を出すことが無くなって――しばらくしてお姉さまからのお手紙で、魔獣との戦いで傷を負い、騎士を辞めることになったと知った。


 お見舞いにと思うのに、次から次へと舞い込む縁談のせいで、出かけることもできず。お母様からも、今はそのような時ではないと(たしな)められてしまい、それっきり。

 挙句の果てにお父様からは、ハイネハリ様との婚約解消は早計に過ぎたと、悔いる言葉まで出てきて。


 河川三伯といえど、元々は子爵家大湖の魔獣討伐から始まったこの運河計画。

 つまりはハイネハリ様のお義兄様から始まって、ハイネハリ様のお義姉様だったから南領が相談を受けて――我が家も、わたしが婚約者だったから声をかけられた、ただそれだけ。


 ハイネハリ様が中心なのだと、後になってようよう知れた。


 河川三伯と言われてはいるけれど、今ではもう、内実は河川二伯。隣領からぴたりと止まった交流と、それに伴ってぱたりと途絶えた恩恵に、継嗣のお兄様から、わたしにまで批難じみた言葉が出てくる始末。


 わたしはただ言いつけ通り、大人しく従っていただけなのに。

 寂しく思う私を置いて、お父様とお母様だけが釣り書きに一喜一憂する日々が流れた。


 思いのほかお相手の吟味に長く時間がかかったけれども、ついに婚約が結ばれて、王城に文官として出仕している公爵家の三男がわたしの新しい婚約者となった。

 二度目の婚約なので、また同じようにと思っていたら。


 ――手紙が、来ない。


 月に一度、婚約者から送られてくるはずの手紙が、来ない。

 それだけじゃない。

 お茶会への参加も招待もなく、交流も何も、お会いしたことさえ婚約の顔合わせの一回だけ。


 これでいいの? ハイネハリ様はお手紙にお茶会と、積極的に交流を図ってたのに?


 まごつくわたしを、月日が素知らぬ顔で置いていく。

 花咲き乱れる季節になっても、涼しく清かな季節になっても、ただの一度も遠出に誘われることなく、季節は廻り。

 婚約者の誕生日には、いつものように侍女に流行のものを贈ってもらったら、わたしの誕生日にはご本人が訪ねて来られることなく、流行の香り物が贈られてきた。


 二度目の顔合わせは結婚式。

 ベール越しに、夫となる方を密かに見やる。

 ラベンダーブラウン(紫がかった明茶)の髪を一括りにして、毛一筋の乱れもなく、結婚式に集まった人々に向けられる冷淡な目。

 それは、公爵家との同席に喜色を浮かべているお父様、お母様にも向けられていて、何故か、わたしにも向けられているような気がした。



 恙無(つつがな)く式が終わって、とうとう二人っきりとなり。密かに想っていた方に、心の中で最後の別れを告げ。

 これから始まる事の次第に、旦那様、と声をかけようとした時だった。


「あえて、初めまして、と言わせてもらおう。

 手紙は一通も無く、婚約の顔合わせから以降、一度として会うことも無く、名前以外、お互い何一つ知らない、そうだろう?」


 その通りなので、はい、と頷く以外に、わたしにできることがあっただろうか。


「元々、僕は無爵の三男で、自由にして良いと言われていた。だから、小さい頃から想い合っていた、公爵家庶子の幼馴染と、結婚しようと約束していた」


 熱もなく、淡々と冷めた口調で語る旦那様の言葉を、黙って聞く以外に、わたしにできることがあっただろうか。


「それが突然、家の命令で、あなたと結婚しろと」


 その場から足を踏み出すことなく、後ろ手に腕を組む旦那様。


「手紙は一通も無く、婚約以降、一度として会うことも無かった。あなたにとっても、意に反しての結婚なのだと、理解した」


 わたしに手を伸ばすことなく、一歩下がる旦那様。

 ちがう、とも、そんなつもりは無かった、とも、何か言わねばと思って口は開けど、言葉にならず。


「あなたを愛することはない、お互い様だろう?」


 下がって、部屋の外に出るまで旦那様は下がって。扉が閉まり、旦那様の姿が部屋から完全に消え去った。


 わたしは、旦那様、と震える声を扉にかけたけれども。

 当然のことながら、応えは無かった。



タイトル回収。

お待たせしました。黄色い子の真意、塩対応の事情でした。……いやほんと、お待たせしました。

本編途中では入れられず、婚約解消らへんが、あっさり終わった!? と拍子抜けしてた方へ、13話を贈らせていただきます。


次回最終話、本日20時投稿です。

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