11.愛の説教(2)
「でも」と言うアイリスの言葉を遮り、ヴィーナスは笑みを深くする。
「アイリス様は他の方のこともお好きですよね?愛が無いなんてことはないはずです」
「でも、博愛と言うのはみんなを平等に愛することでしょう?」
「アイリス様、愛には深さの他にも色々あるんですよ。異性への愛の他にも、子供への愛、友への愛、弟子への愛……形も色も、様々です。
どれが1番尊いか、なんてそんな単純には比べられるものでもないし選べるものでもありません。そうですね、花に例えると分かりやすいでしょうか。
花と言っても薔薇や牡丹のように絢爛豪華に咲く花もあれば、たんぽぽや蓮華のように道端で健気に咲く花もあります。
でもどの花が1番好きかは選べても、美しいか尊いかなんて選べませんよね?きっとそんな事をしたらフローラ様が怒りますね」
ふふっ、ヴィーナスが悪戯げに笑う。
「ちょっと話が逸れましたが、アイリス様のセフィロス様への愛の深さは、他の方への愛の深さとは変わり無いものだと思います。
ただ、その形や色が、他の方へ抱く愛とは全く違うもの。それだけの事ですよ。アイリス様に博愛の精神が無いだなんて、私は少しも思いません」
ヴィーナスはお茶を口に含むと、遠い昔を思い出すかのように窓の外を見た。
「そう言えば、アイリス様にこの話したことがありませんでしたね。私は昔、愛によって自分の守護天使を失いました」
「失った……?」
「愛の守護天使に『天使長』がいないのはご存知かと思います」
ヴィーナスの守護天使長には会ったことがない。傍にいるのはだいたい副・守護天使長だ。まさか、死んだということなのだろうか。
「ずっとずっと昔の話です。私の守護天使長だった彼は、ある日一般の天使の女性と恋に落ちました。
ご存知の通り、守護天使は不老長寿、一般の天使は80年そこそこで生を終えます。番ったところで子供も出来ません。そして先天守護天使は生み出された時から神にその愛を捧げると誓う身。
例え一時の快楽にその身を興じても、一般の天使と一緒になる事など許されません。
でも、彼はその女性に本気だったのです。私を捨てるか、彼女を忘れるか。悩みに悩み抜いて、そして、私との契約を切ることを選びました。その女性に愛を注ぐとに決めたのです」
ヴィーナスの目に、ほんの少しだけ涙が浮かぶ。その涙が悲しみとも喜びとも取れない表情を浮かべて、ヴィーナスは言葉を続ける。
「契約を切った時、私は半身が抉られるような痛みを感じると同時に、喉の渇きが癒えて満たされるような、不思議な感覚がしました。
彼が私にこれまで注いでくれた愛は、無くなった訳ではなかったのです。私が生き続ける限り、私の心の中で彼の私への愛は消えることがない。その時、永遠になったんです」
アイリスの手をギュッと握り直し、真っ直ぐに見つめてきた。
「愛というのは儚く、そして永遠にもなり得る物です。時には形を変え、色を変え、変化するものです。ですからアイリス様、今あるその愛は、ちっともおかしくなんてありませんよ。自信を持ってセフィロス様の事を愛してください。
私はアイリス様とセフィロス様のお二人を見ていると、いつでも幸せな気分になって満たされるのです。だって私、誰よりも愛を愛する神ですから!」
「……はいっ! 愛の女神がそう言うならまず間違いないわね。なんだか自信が持てそうだわ」
「ええ、その意気です!」
しばらく2人で泣き笑いした後、アイリスは気になった事を聞いてみる。
「ヴィーナスは、守護天使長をもう一度設けないの?」
「愛の守護天使長に最も相応しいのは彼ただ一人。代わりになるものはいません。永久欠番です。まぁ、実質的には副・守護天使長が天使長という事になるだけですけど、ただの自己満足と言うやつですね。でもそれで良いんです。副・守護天使長も納得してくれていますから」
「その彼は、ヴィーナスの自慢なのね」
ヴィーナスは驚いたのか目を少しだけ目を見開くと、すぐにまたおっとりとした表情に戻った。
「……はい。私の自慢の天使です。昔も、そして今でも」