5.セフィロスの説教
バジリスクの毒に侵された天使と、ダインと呼ばれていた力の神を癒してから5日がたった。
あの場から去ってから別れるまでも、フローラはずっと
「あーもー、これだからアイリスは」
「アイリスだものねぇ、仕方ないわよね……」
「いえ、仕方なく無いわ」
と、独りごちていた。
やってしまった。と言う自覚はあるものの、どうしてもあの天使を見捨てたくなかった。助けることに迷いはなかったし、怒られる事は百も承知。
アイリスがいつものようにソファに座りレースの刺繍を施していると、ジュノがヒクヒクと頬を引き攣らせてやってきた。
「ア……アイリス様。セフィロス様がいっ、いらっしゃいました」
その顔をみてアイリスもまた、ゴクリ、と唾を飲み込む。
手紙で叱られるだけで済むかな、などと言う甘い考えはやはり持つべきではなかったようだ。
刺繍を施していた布を置き席を立つと、セフィロスを出迎えにいく。よりも先に、すでにセフィロスはリビングの入り口までやって来ていた。
「セフィロス様、お久しぶりでございます」
「ようこそ」「ごきげんよう」と言うのは、流石にはばかられた。――怖い。
「今日、私がここに来た理由は分かっているな」
「……はい」
もう一度ソファに座るように促されて、セフィロスの正面に座る。
「フローラと、それからルナに話を聞いた」
ダインやバジリスクの毒に侵された天使、そして周りにいた数名の軍服を着た天使はルナの管轄下にいる者のようだ。そう言えば、制服の襟がルナの管轄下にいる事を示す黄色だった事を思い出す。
「バジリスクの毒に侵された天使と力の神に癒しの力を使ったそうだな」
セフィロスの新緑色の瞳が、アイリスをひたと見据えてくる。怒気を孕んだその視線を受け止めきれずに、アイリスは目を泳がせてしまう。
「一般の天使に癒しの力を使ってはいけない。と、其方には初めに話した筈だが」
「……はい」
「忘れてしまったのか」
「いえ、忘れていません」
癒しの力を使える事が分かったその日のうちに、セフィロスには一般の天使に力を使ってはいけない事とその理由も言われた。
「でも、どうしても放っておけなくて……」
セフィロスが怒りを抑えているのがひしひしと伝わってくる。圧迫感と周りの空気全てから睨みつけられているような、そんな恐ろしさを感じる。
「癒しの力を一般の天使に振るえば、自分も治して欲しいと思う天使たちが其方の所に殺到する。その時アイリス、其方は一体どうするつもりなのだ?」
「…………」
「力が枯れるまで、一人一人治すのか」
「…………」
「日々何千、何万と怪我や病を負う天使たち全てに力を使って治し続けるのは不可能だ。それなら選別すればいいと思うか? どうやって線引きする。 医者や薬屋にかかる時と同じように金で解決させるか?」
「…………」
「其方にそれが出来るか? 目の前に、やせ細り傷だらけで今にも死にそうな子を抱えた金のない母親に『お金が無いなら無理だ』と、そう突き放すことが出来るか? それでは可哀想だからと癒してあげて、次に来た金のない者も癒すのか?もしくは、金だけはふんだんに持っているが酒に溺れ不摂生な生活を送ったがゆえの病の者は治しても、懸命に働きたまたま事故にあった金のない者は救わない事はできるのか?」
「…………」
「自分が可哀想だと思うかどうかで癒す者とそうでない者を決めれば、必ず差別だ、贔屓だと騒ぎたてられる。神は博愛の精神を持つんじゃなかったのか、と罵られる。あるいは其方に媚を売る者や賄賂を渡すような者も現れるだろう。天使たちの心にある、どす黒い感情や欲を見ることになる。それら全てに耐えられるか?」
「…………」
「アイリス、こちらを見なさい」
「はい……」
何も意地悪をして、癒しの力を一般の天使に振るわない訳では無い。そうしないのにはきちんと訳がある事は知っていたのに、それでも使ってしまった自分は愚かだ。
例え愚かなのがアイリスだけだったとしても、癒しの力を使える他の4人にも迷惑をかけてしまうのは明白だと言うのに。
これまで固く守られ続けてきた法が、アイリス一人の勝手な行動によって意味を無さなくなってしまう。
結局小一時間程ほど話をして、と言うよりかただ話を聞いて、最終的に罰として3年間の謹慎と禄の減額と言う旨が書かれた紙を渡された。紙の下には最高裁判官である雷の神・セトとアイリスの主であるセフィロスのサインがされている。
正直、この罰に意味があるのかどうかよく分からない。アイリスはもともとひっそりと山奥で暮らしていてあまり外に出掛けないし、お金もほとんど使わない。とは言え何もお咎め無しという訳にはいかなかったのだろう。セフィロスから叱られる方が余程堪える。
5年ぶりに会えたと言うのに、最悪な再会の仕方だった。
セフィロスは恐らくこの為だけに、地上からわざわざ天界に戻ってきてアイリスの所へやって来たのだろう。ただでさえ忙しいのに面倒事を起こしてしまった。
セフィロスが来てから帰るまで、アイリスは「はい」と「分かりました」の2つしか言えなかった。深々と頭を下げセフィロスを見送る。
(良かった。何も言われなかった。)
アイリスは実際のところ、叱られたダメージよりも、誰かと番うように命令されなかったことの安堵の方が勝っていた。