4.解毒(2)
「あー、えっと、そうね。うん、私が選べるような立場ではないけど、もっと前向きに考えてみるわ」
「そうそう、そうよ! 全くアイリスは、すぐクヨクヨと悩んじゃうんだからっ!!」
「はは、ほんと、そうよね……自分でも嫌になるわ、この性格」
生まれてからもう1000万年とたっているのに、本当に、生まれ持った性格というのはなかなか変えるのが難しい。
しばらくフローラと話をしてスッキリとした所で店を出ようと通りに出ると、大声で叫ぶような話し声が聞こえてきた。
「薬が無いだとっ?!」
「もっ、申し訳ありません!うちにはバジリスクの毒に効くような薬などなく……」
「もっと薬を多く取りそろえているような薬屋か医者はないのか!探してこい!!」
「は、はい!」
「風の病院まで運びますか?!」
「いや、1番近い花の門まで2時間近くかかる。それまでもつかどうかすら怪しい。クソっ! この際なんでもいい! 解毒剤をありったけ持ってこい!」
「これ以上触れてはなりません!ダイン様にも毒が移ってしまいます!」
「んな事言っている場合かっ!」
先程から怒声をあげている男は苦しそうに呻いている男の服を脱がすと、医者と思しき者から布を受け取り、腕の付け根を締め付けるようにして巻いていく。どうやら毒がこれ以上回らないように応急処置を施しているようだ。
呻く男の手は、青黒くなっている。毒がその手の方からどんどんと回ってきているのか、手から腕へと皮膚の色を青黒く染めていく。
バジリスク。
全身毒だらけのその蛇が通った跡は、あらゆる生き物が死に絶えて砂地になるのだと言う。非常に強力な毒のせいか、医者の方も患者に触れるのが怖いらしくビクビクしている。
「バジリスクの毒なんてまずいわね。あの蛇に効く薬草があれば生やしてあげるんだけど、あいにく、バジリスクの毒に効く解毒剤を作るにはイタチの臭腺から取れる体液が必要なのよね」
フローラがあごに手をやりながら考え込んでいる間にも、応急処置を施している男の手も、触れている所から毒が写っているのか、ほんのりと青黒く変色してきている。
状況はかなり、と言うか最悪だ。このままいくと、2人が毒に侵され死んでいくのを見ているだけになってしまう。
そう思うと、アイリスの身体は勝手に動きだしていた。
「あのっ! 少しよろしいでしょうか」
「あ?! 何だっ? 薬でも持ってきたのか?!」
「いえ、薬は持っていないんですけど、少しだけ動かないで待っていてください」
「待っていてってお前、何を言って……?」
解毒は昔、ジュノが蜂に刺された時にしたくらいで、正直バジリスクのような強力な毒を治癒出来るかどうか分からない。でも少し回復できればその間に、きちんとした解毒剤を飲ませることが出来るかもしれない。
「あ、アイリス! ダメよっ!!!」
フローラが止めに入ろうとしているようだが、それを無視する。アイリスは両手を横たわる男にかざし、すぅっ、と息を吸いこんで自分の中に流れる神気を手のひらへと集め放っていく。
毒に侵され呻いていた男の呼吸が徐々に整い、青黒く変色していた手と腕の色が、もとの血色を取り戻してきた。その様子を、ダインと呼ばれていた男が目を丸くして眺めていた。
「お、お前……これは癒しの力か?」
命に別状はないと思われる所まで解毒し終えると、今度はダインの手の方にアイリスは手をかざす。
「貴方様の毒も治しますので、動かないで下さい」
再び癒しの力を使い治した所で、アイリスはほぅっと息をつく。
「これで大丈夫だと思うんですけど……。こちらの方は症状が酷かったので、後できちんと解毒剤を飲んだ方がいいかも知れません。どうでしょうか、お医者様?」
「え、あっ、私ですか? ええと……もう症状は治まっておりますし解毒剤は要らないでしょう。毒で体が疲弊しておりますので休息は必要ですが」
「そう、良かったわ」
「良かった、じゃないでしょ!!」
周りにいる人達が今起こったことに呆然としている中、フローラだけが怒っているとも困っているとも言えないような様子で、アイリスに迫ってきた。
「何てことしちゃったの! こっちのダインはともかく、一般の天使に癒しの力を使うなんて!」
「フローラはこちらの方とお知り合いなの?」
「ダインは力の神よ。ってそんな事どうでもいいわ!あぁ、もう。悪いけど今回のこと、セフィロス様に報告しない訳にはいかないからね」
「分かっているわ。フローラには迷惑をかけないようにするから」
「私が迷惑するかどうかじゃないのよ。セフィロス様に報告した後のことを考えると……。いえ、考えるのはやめておきましょう。ほら、もう行くわよ! ダイン、後のことはあなたが処理してよね。ほらあなたたち、邪魔よ!道を開けてちょうだい!」
ダインが何か言おうとしているようだったが、フローラに腕を引っ張られてその場を後にした。