7.
今日で6日目。明日にはアイリス達が帰ってしまう。薬草畑で手伝いをするアイリスを見ながらエレノアは、ほぅっと息を着く。
「アイリス様がこの神殿に住んでくださればいいのに」
思わず独りごちてしまう。
アイリスが来てから、使用人達の仕事に対する姿勢ややる気が格段に上がっているのを感じる。アイリスは体から出す神気を抑えるようにはしているみたいだけれど、漏れ出る神気の影響は確実に現れている。いや、漏れ出るどころか気の緩んでいるアイリスからは盛大に出てしまっているようで、セフィロスが時折アイリスに注意していた。
ただ、時折ぼーっとして呆けてしまっている者も出始めた。
薬と同じで適量なら効果覿面だが、多過ぎると害をなす。アイリスの神気も同様で、大気中に淡く拡がっている分には問題ないが近くにいすぎると効きすぎてしまうのだ。
そう考えるとここに住んでもらうことはやはり、叶いそうもない。
エレノアがあれこれと思考を巡らせていると、虹の天使たちがブンブンと手を振りながらやってきた。今は頭に本を乗せていない。
「アイリスさまー!」
「あら、みんな。どうしたの?」
「明日で帰るので、自由に過ごしていいとの事です!」
「ふふ、良かったわね」
「お兄さんたちもすごくキレイな髪と目をしていますね」
アイリスと一緒に作業していた子供の一人が虹の天使に話しかける。
「いいでしょ? でも君の持つ色も素敵だよ。だって、ご両親からもらったんでしょ?」
ジュノが話しかけてきた女の子の頭をクシャクシャと撫でると、女の子は嬉しそうにきゃっきゃっと声を上げて逃げだした。
「あっ、まてー!」
子供たちと天使たち、そしてアイリスとの追いかけっこが始まった。この1週間足らずの間に、気さくでかしこまらない、優しいアイリスと虹の天使に子供たちはすっかり懐いてしまった。
きゃあきゃあ声を上げてはしゃぎ回っているその遠くの木の影に、エレノアは主の姿を見つけた。
「セフィロス様、こんな所で眺めていないでもっと近くへ行ったらどうですか?」
「私が行ったら、子供たちは固まってしまうだろ」
「…………」
子供たちだって本当は、セフィロスが優しい神だということは分かっている。それでもなお、醸し出す近寄り難い雰囲気が両者の間に壁を作ってしまうのだ。本当に損な方だ。
だからこそアイリスのように、セフィロスの良さを理解し、愛してくれる神が現れてくれて良かったとも思う。
******
翌朝、アイリス達は自宅へと帰って行った。初めは神殿の者たちもしょんぼりしていたが、次第に日常へと戻っていく。
使用人達が住んでいる棟の前を通る時、セフィロスが何かに気がついて足を止めた。
「この箱はなんだ?」
セフィロスが視線を向ける先には、台座の上に鎖で繋がれた箱が置いてある。
「募金箱ですよ。アイリス様に以前あげた髪飾りがボロボロになっているので、新しい髪飾りをプレゼントしたいんだそうです。今度はもっと良いやつを贈るんだって、みんな息巻いていましたよ」
「そうか。それなら……」
セフィロスは自分の懐からコインを1枚取り出した。
それを見てエレノアも自分の懐から1枚、コインを出す。
それをセフィロスと2人で募金箱に落とした。もう中には随分とコインが溜まっているようで、カシャンと鈍い音がした。
入れたのは極わずかな額のコイン。
でも、それでいい。
大層な品を贈ったら、アイリスのことだ。喜ぶどころかきっと恐縮してしまうに違いない。
虹の女神は、そういう神だ。