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4.

 翌朝、朝食をとり終えたアイリスは、早速厨房へと足を運んだ。


「昨晩のあれは、豆で作った物だったのですね!豆であんな料理が出来るなんて知らなかったわ」


「茹でたひよこ豆を潰して、刻んだ野菜や調味料と混ぜて丸めて焼いたんですよ」


 今話している料理は、昨日の夕食で出てきたミートボール風の料理の事だ。お肉の代わりに豆で代用したらしい。


「それじゃあお茶の時に頂いたケーキはどうやってあんなにフワフワに焼けるの? 卵を使っていないとは思えないような食感だったわ」


「いつもはどの様な材料を使って作ってらっしゃいますか」


「小麦粉と砂糖、バターと豆乳かエバミルクね」


「それでしたらバターを植物性のオイルに、豆乳やエバミルクは水に変えるとよろしいかと。それから出来れば粉砂糖を使うといいですね。バターは冷えると固くなるので、植物性のオイルを使うと冷めても柔らかく仕上がるんですよ。水を使うのは脂肪分が多い乳製品や豆乳を使うよりもふんわりと焼けます。ケーキ自体のコクは少なくなりますので、クリームやソースを濃厚にするといいですよ」


「なるほど、そんな工夫があったのね。私では全然思いつかなかったわ」


 初めはアイリスを前にしてホワンとした顔でしどろもどろになっていた料理長だったが、メモを取りながら熱心に説明を聞くアイリスの様子を見て、力説し始めた。


 色々と話しているうちに、アイリスが今日の昼食作りを手伝うと言い出し、他の料理担当の天使たちとじゃがいもの皮を剥く。


「オクラは板ずりするとうぶ毛が気にならなくなりますよ」


「板ずり?」


「はい、塩をまぶしてまな板の上でコロコロ転がすんです。そうすると余分なうぶ毛も取れる上、茹でた時に緑色が鮮やかになるんです」


「そうなのね! ネバネバとして美味しいんだけど、口当たりが気になっていたのよ。今度オクラを手に入れた時にやってみるわ。それじゃあリンゴンベリーの食べ方って何か知らないかしら? ジャムにしてパンにつけて食べているんだけど、活用法が他に思いつかなくて」


「お肉は召し上がれないのですよね?それでしたら、昨日の夕食に出ていたミートボール風の豆だんごに添えて食べると美味しいと思います。それからドレッシングにしてお野菜にかけても甘酸っぱくて美味しいですよ」


「へえぇ!みんな本当に物知りね。勉強になるわ」


 どうやら、先日セフィロスと一緒に花の都へ行った時に買った食べ物について話しているようだ。

 買ったものがオクラとリンゴンベリー、農機具と園芸用品とは。装飾品のひとつでも買えばいいのにと思ったら、入ったお店が偽物を売る店だったとの事で、その後直ぐに店は潰れたと聞いた。

 偽物を扱っていたにも関わらずずっと都で店を構えられていたのは、品の見極めが出来なそうな庶民の客には偽物を、上客には本物をと売り分けていたようだ。

 アイリスは何度も変身術が解けてしまって、3人が出掛けたあとの花の都はそれはもう、うわさ話で盛大に盛りあがったとか。


 天使たちと芋の皮をむくアイリスは、見た目を除けば完全に天使たちと同化していた。食っちゃべりながら仕事などしていたらフライ返しをぶん投げてくる料理長も、アイリスが相手ではどうにもならない。

 とは言え厨房で働く者の士気は格段に上がっているようで、みんな楽しそうだ。


 仕込みが終わりしばし料理が作られていくところを見学したあと、昼食をとるために食事部屋へと移動する。その途中の廊下で、頭に本を載せた奇妙な集団がこちらに向かってやって来きた。


「えっ、エレノア。みんな何しているのかしら」


 虹の天使5人がそれぞれの頭に本を乗せ1列に歩く横で、ムチを手にしたネリダが目を光らせている。

 バサっと本を落としてしまった虹の天使の一人、カリトンの足に容赦なくネリダのムチが入れられる。うぅっと呻きながらもカリトンは、直ぐに落とした本を再び頭に乗せて歩き始めた。


「あれは綺麗な姿勢で歩く練習ですよ。私も昔やりました」


 エレノアも風の天使にしてもらった後、すぐにあの訓練をさせられた。一日中、移動する時は頭に本を乗せて落とさないようにするのだ。


「だ、だから風の天使たちはいつも背筋が伸びてきれいなのね」


 アイリスも背筋をいつもよりピンと伸ばしはじめた。


「アイリス様にはムチは飛んできませんよ。多分みんなの足はパンパンに腫れ上がっていると思うので、食事の前に治してあげてください」


「ええ……そうするわ」




 アイリスが虹の天使たちの足を治してセフィロスがやって来ると、食事が運ばれてきた。


「このミネストローネ、先ほど厨房の皆さんに混ぜてもらって作るのをお手伝いしてきたんです」


「それは楽しみだな」


「みんな凄いんですよ! 私がひとつじゃがいもの皮を剥いている間に、2個3個と次々と剥いていくんです。サイコロ状にカットするのも測ったように同じ大きさに揃えられていて、それから……」


 アイリスが興奮気味に話すのを、セフィロスは微笑みながらひたすら聞いていた。


 食事が終わってセフィロスが執務に戻り、虹の天使たちも訓練へと連れていかれると、天気がいいので神殿の周りを散策することにした。

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