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2.

「うわぁ、大きなエントランスね。私の家が丸ごとすっぽり入ってしまいそう」


 風の神殿に入るなり、アイリスと虹の天使たちが感嘆の声をもらす。エレノアはアイリス達を迎えに行って、たった今、風の神殿に戻ってきたところだ。


「他の最上級神様の神殿も同じくらいだと思いますけど」


「私、太陽の神殿にも水の神殿にも裏口からこっそり出入りしていたから、エントランスを見るのは初めてなの」


「……そうでしたか」


 色々な事情があるとは言え、不憫なことこの上ない。この滞在期間中には、少しでものびのびと過ごして欲しいとエレノアは改めて思う。


「アイリス様、ようこそ風の神殿においで下さいました」


 アイリスと虹の天使達がキョロキョロとエントランスを見ていると、向こうから到着の知らせを聞いたネリダがやって来た。


「ネリダ、こんにちは。1週間お世話になるわね」


「お世話になるだなんて。アイリス様はここの女主人ですよ。なんなりとお申し付けください」


「セフィロス様は今、風の病院の方へ行ってらっしゃるので、先にお部屋にご案内しますね。虹の天使達はネリダが案内します」


 アイリスの部屋はセフィロスと守護天使達の居住区に空き部屋があったので用意できたが、虹の天使達の部屋は足りなかったので客室の方に用意した。


「こちらがアイリス様のお部屋です」


 扉を開けると、アイリスがまたも感嘆の声を漏らす。


「素敵なお部屋ね」


 アイリスがいつ来ても良いように、アイリス専用の部屋に改装した。プロデュースはもちろん、エレノアだ。ノクトになんて任せたら、シンプルという名の色気も素っ気もない簡素な部屋になる事は間違いない。エレノアがセフィロスに猛アピールして勝ち取った権利だった。


「ところでエレノア、持ち物は一切、何も要らないと言われたから本当に手ぶらで来てしまったのだけれど、大丈夫なのかしら」


「ええ、ご心配なく。全てご用意してありますのて」


「全てって、着替えとかはどうするの?その……下着すら持ってきていないわよ」


「はい。ちゃーんとこちらにありますよ!」


 エレノアは部屋にあるもう1つの扉を開け、衣装部屋へと案内する。


「えっ……こんなにドレスがいっぱい……」


「6着ご用意しました」


「6着も?!私、体ひとつしか無いわよ」


「はは、アイリス様ってば、毎日違うドレスをお召しになれば問題ありません」


 アイリスはものすごーく物を大事にする方だ。だからと言って限度と言うものがある。


 立神を終え程なくして、セフィロスの予定に空きが出来たので、アイリスの家に突然行ったことがあった。

 呼び鈴を押しても誰も出てこないので何かあったのかとセフィロスと一緒に中に入ると、アイリスは着替えの真っ最中だった。しかもドレスの後ろを、アリアナが頑張って閉めようとしている。


 慌てて別の部屋へ移動するとジュノがやって来たので、何で昼間から着替えなんてしているのがたずねると


「最後の成長期を終えても身長はそこまで変わらなかったので、以前から持っていたドレスも着れるんじゃないかって試していたんです」


と言うではないか。


 アイリスが着ようとしていたドレスは昔、セフィロスがプレゼントしたものだった。もちろんその時の体型に合わせて作ったもので、身長が数センチしか伸びなかったからと言って無理がある。


 アイリスはそれまでストンとして丸みのない体型だったのが、最後の成長期が終わると、雷の守護天使長と張り合えるような体つきに変わっていた。

 それなのに当の本人もその守護天使達も、『ただサイズが変わっただけ』くらいにしか思っていないから恐ろしい。セトなんて立神の儀の時、舌なめずりをして見ていたというのに。

 だいたい、あそこの天使達は呑気すぎる。もっと厳しく鍛えねば。


 そんな訳で今回、ドレスを一新してもらおうと何着も用意したのだ。


 ちなみにリアナやフレイからもらったドレスはどうしたのかと聞いたら、2人は成長期が終わったあと、直ぐに新しいドレスをプレゼントしたのだそうだ。

 そう言うところはさすがあの2人だなと言うべきか。アイリスの性格をよく分かっている。セフィロスは仕事は人一倍できるのに、こう言うところはあんまり気が付かないようで、もっとエレノアがフォローしなけばと考えを新たにしていると

、アイリスが下着を手にして震えている。


「その下着、どうですか?」


 もちろん下着も日数分以上用意してある。


「どうってこれ……スケスケ……」


「スケスケじゃなくて、総レースって言うんですよ」


「これなんて、ほぼ紐じゃない?」


「いいじゃないですか。どうせ上からドレスを着てしまいますし、夜はどうせ、脱がされちゃうんですから」


「…………」


 アイリスはがっくりと項垂れているが、エレノアには分かっている。アイリスは貰ったものを大事に使ってくれるのを。だからこの下着だって何だかんだ言いつつ活用してくれるに違いない。


 下着を用意する際に困ったのが、アイリスの好みはもとより、セフィロスの好みが分からないということだ。15億年と仕えているが、主がどんな女性の下着が好みかと言う事までは把握していない。

 本人に直接聞いたら間違いなく殺されるので、仕方なく神殿にいる男性使用人達に意見を貰い、リサーチして選び抜いたのだ。調査中ノクトに見つかって締めあげられたが、なんてことは無い。それもこれもアイリスの為、ひいてはセフィロスの為にもなるのだから。


「男性は脱がせた時のギャップに弱いらしいですよ」


 エレノアがアイリスに耳打ちすると、一瞬で真っ赤になった。かわいい。


「あー、えっと、もしかして、虹の天使たちの分もこうやって色々と用意してくれているの?」


「はい、もちろんです。アイリス様の分よりは少ないですけどね」


 アイリスがこう言う性格なので、虹の天使たちも同様に衣類や装飾品で贅沢をするなんてことはしない。上等な生地で綺麗なものを着ているとは言え、もう少しくらいオシャレを楽しんでもいいんじゃないかと同じ守護天使としては思うし、セフィロスも快諾してくれたので色々と取り揃えておいた。


「そんな……どうしましょう。後でお支払いした方がいいかしら」


「アイリス様、セフィロス様に恥をかかせるおつもりですか?!」


「うっ……」


 もっと遠慮せず、ズケズケとねだってしまえば良いものを。まぁそれがアイリスと言う神なのだから仕方がない。


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