1.
ペールグリーンを基調とした壁紙に猫足の家具、部屋から続く衣装部屋にはドレスと装飾品が並ぶ。全てこれからやって来る女神のために揃えたものだ。
エレノアはその部屋の中で一人、ニヤニヤと笑っていた。その手には先程、料理長から受け取ってきたメニュー表がにぎられている。
「準備万端ね」
独り言をつぶやくと、後ろからコツンと頭を叩かれた。
「エレノア、気持ち悪いわよ」
「だってアイリス様達が泊まりにいらっしゃるまであと3日だと思うと、ついニヤついちゃうんだもの。そう言うネリダだって楽しみでしょ?」
「もちろんよ。いつもノクトとエレノアばっかりアイリス様の所へ行って。私だってもっとお会いしたいと思っているのに」
ネリダは子どものように口を尖らせて愚痴をこぼす。普段は絶対にこんな風に不満を言ったりしないのだが、余程溜まっているらしい。
スッキリとした顔立ちにキリリとした鋭い眼光を持つこの女天使は、風の副守護天使長だ。
ノクトが「優秀」ともてはやされているのであまり目立たないが、ネリダもかなり優れた天使であることは間違いない。
セフィロスの指示をいちいち待たずとも意を汲み動くノクトの補佐をするのだ。先の先を見て的確に動くネリダには、同じ守護天使として舌を巻く。
風の守護天使が他の最上級神付きの守護天使に比べて数が少なくてもつつがなく回していけるのは、ノクトとネリダと言うツートップがいるからに他ならない。
そんなネリダがこうやって愚痴をこぼしてしまうのも無理はない。セフィロスはノクトとエレノアだけでなく、最近では他の風の天使もアイリスの家へ連れて行ってくれるのだが、ネリダはまだ1度しかアイリスに会えていない。
セフィロスとアイリスが結婚の契りを結ぶ時にも、さすがに神殿に一人も守護天使が居ないというのはまずいので、ネリダが留守番をしたのだ。副守護天使と言う立場から仕方がないとはいえ、可哀想だとも思う。
「手に持っているのはメニュー表?やっと出来上がったのね」
「料理長が散々頭を悩ませていたけど、これならアイリス様だけでなく、セフィロス様も満足なさるはずよ」
アイリスも虹の天使も生臭物は一切受け付けない体をしている。セフィロスが食べるものとは別のメニューにすれば簡単だけれど、同じ物を出すようにと言われた。
アイリスと虹の天使だけでなく、普段から肉や魚を食べているセフィロスにも満足して貰えるベジタリアン用の料理。これは大いに料理長の料理人魂に火をつけたらしく、夜なべをして試作を繰り返し、目の下にクマを作りながらも楽しそうにしていた。
「みんな平静を装っているけど、守護天使だけじゃなくて使用人たちもソワソワしているのが分かるわ」
「天界中のウワサの渦中にいる女神がいらっしゃるんだもの。例え近くでその顔を拝めなくたって、足元を見れると思うだけでもワクワクしちゃうんでしょ」
使用人たちは主の顔をまじまじと見る事なんてそうそう無い。目の前を通り過ぎる時には当然、頭を下げる。
「さて、私はこのメニュー表をセフィロス様に渡してこなくちゃ!」
エレノアは部屋に鍵をかけ、執務室へと向かった。