6.
ジュノとふたりで眺めていると、店主が店の奥で若い女性に小さな透明に輝く石が1粒付いたネックレスを勧めている。歳の頃は16、7歳くらいだろうか。隣には女性より少し歳上位の男性もいるのでデート中なのかもしれない。
「これは小さいけどダイヤモンドはやっぱり輝きが違うだろ。人気の品でね。どうだい? お似合いのカップルだからお揃いなんていいんじゃないかい? 」
「どうしようかなぁ、でも、ねぇ……」
「ちょっとあててみなよ」
店主が女性の首にネックレスを当て鏡で見せると「すてきねぇ」とうっとりしていた。
男性の方はどうやら値段が気になるようで、値札をチラチラ見て悩んでいた。
「よしっ、俺が買ってあげるよ! このくらいなら買えないこともないし」
「え? いいの?!ありがとう」
女性がぎゅうっと男性に抱きついてさらに頬にキスまでして喜んでいた。自分には絶対に出来そうもない仕草なのでちょっと羨ましい。
「そんなラブラブの2人に特別に、5,000フリスまけちゃおう」
「まあ、気前がいいわね」
そんなカップルと店主のやり取りを見ていると、アイリスはさっきから気になっていることがますます気になりだした。
どうしようかちょっと迷って、それでもやっぱり声をかけてみることにした。
「横からすいません。そちらのネックレス少し見せて頂いてもよろしいでしょうか」
「ん? なんだよ。これは今俺たちが買おうとしてるんだぞ」
「はい、買いたいわけではないんですが、少しだけ見せて頂くことは出来ないでしょうか。どうしても気になってしまって」
渋々ながら男性が頷くと、店主がネックレスを渡してくれた。
「嬢ちゃん、気に入ったんならこっちに似たようなデザインのもあるよ」
「ええ、ありがとうございます。でも……」
じーーっとダイヤモンドを観察する。うーん、やっぱり違う気がする。
「こちらはダイヤモンドではなくクリスタルガラスではないですか」
「え」
「ダイヤモンドとは輝きが違う気がするのですが」
自分がいつも見ているダイヤモンドはもっと光り方がシャープだ。クリスタルガラスで出来たグラスをいくつか持っているが、そちらの輝き方に近い気がする。
「あん? お前みたいなガキに宝石の何がわかる?」
確かにアイリスは神ではあるけれど、まだ生まれて20年そこそこだ。この店主の方がずっと歳上なので異論は無い。
しかもアイリスは宝石の値段なんて全く分からない。いつもみんながくれるので、ダイヤモンドとクリスタルガラスの相場がどのくらいかなんて知らない。もしかしたらこのネックレスの値段はクリスタルガラスだったとしても妥当な値段なのかもしれない。
ただ、この男性はちょっと背伸びをして彼女にアクセサリーを買ってあげるというのに、それがダイヤモンドではなくガラスだと知った時にショックを受けてしまうんじゃないかと心配しただけだ。
「ねえちょっと、これがガラスって本当?鑑定書とかないの?」
「こんなちっこいダイヤモンドに鑑定書なんて付いてくるわけ無いだろう。文句があるならよそへ行きな」
「ここに並べられている宝石もニセモノなんじゃないの?」
「なんてこと言うんだ!」
「ねえ、あなた。こっちのイエローダイヤモンドは?」
女性が黄色の宝石がついた指輪を指さすので見てみる。
「イエローダイヤモンドではなくシトリンだと思いますけど」
「じゃあこっち」
「ブラウンダイヤモンドではなくスモーキークォーツですね」
店内にいた客たちがざわつきだす。困った。そんなつもりじゃなかったのに。
「でもダイヤモンドとは違う輝きがあって、これはこれで綺麗だと思いますよ」
「お前、適当なこと抜かしやがって!店から出ていけ!!」
フォローを入れたつもりだったが、全然ダメだったらしい。店主の手が伸びアイリスの肩に掴んできそうになったところで、パシリッとその手を払いのける手がある。
「アイリス様に触れないでいただきたい」
珍しくジュノが険のある言い方をしたのでビックリして顔を見ると、かなり無理をしていそうだった。柄にもないことをして変な汗をかいている。
「お前ら……っ!」
ずっと静観を決め込み後ろで見ていたセフィロスが、ネックレスを手に取る。
「お前はこの石がダイヤモンドであるとペトラに誓えるか? あの神の見立てならお前も納得するだろう」
ペトラは岩の神の名だ。高位神なので披露目の儀の時に会ったことがある。背はあまり高くないものの岩のようにずっしりとガタイのいい神で、金や宝玉を女神以上にたっぷりと身につけているのに、嫌味に見えないのがすごいと思った記憶がある。
「なんだお前は? 次から次へと人の店を荒らしやがって! だいたいお前みたいな若造の頼みを高位神が聞くわけないだろ」
「それなら宝石の神ならどうだ? もしくは……」
セフィロスが店主の顔をひたと見据える。
「目の前にいる神に誓うか」
一瞬にして店内が凍りついた。氷の神より冷たいと言われる所以は、こう言う所じゃないだろうか。
「目の……前……?」
「そうだ。風の神に誓えるかと聞いたんだ」
店主の顔がカメレオンさながら、真っ青にサッと変わるのが面白いくらいによく分かった。
それから、とセフィロスが隣で別の接客をしていた店員が持っている鑑定書をスっと手に取り眺める。
「この鑑定書にしてあるサインは、私が知っている宝石の神の筆跡では無さそうだ」
ガタンっと店主は床に崩れ落ちると、額を床につけて謝りだした。
ほかの店員や客も、みんなが跪くのでアイリスは落ち着かない。
「申し訳ありません! でもおれ……私はそれが偽物なんてことは露ほども思わずですね」
「偽物と本物を見分けられないなら、お前に宝石店は向いていないようだ」
「…………っ!」
「アイリス、術が解けている」
「え、あっ……」
通りで息が苦しいと思った。今度から身長を高くするだけではなく、体型も元の自分のままで変身した方がいいかもしれない。
セフィロスが自分の着ていた上着を、アイリスを隠すように頭から被せてきた。
「花の神殿に連絡しておこう。沙汰があるまで店は開けぬように」
「…………」
店主はもう何も言えず涙目になっている。
「分かったか」
「はい……」