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4.

「地域によって違うフルーツが採れるのですね」


「そうだな。北か南か、と言うのもあるが、その地を治める神によっても大分気候や環境が異なる。例えば砂の神が治める地のように、砂漠と呼ばれる一面砂だらけの場所もある」


「もしかしてリアナ様の所は雨が多いですか?」


 水の神殿からアイリスの家に引っ越した時に、雨が少なくなったように感じた。


「そうだ。其方が住んでいるフローラが治めるこの地は比較的温暖で、かつ四季の移り変わりがはっきりしている」


 そんな話を聞くとますますいろんな所へ出かけてみたくなる。


 それにしても……道行く人がみんなセフィロスの事をチラチラ見ている。セフィロスは自分は在り来りな色なので目立たないと言っていたけれど、存在感が先ず違う。

今日はごく一般的な天使が着るような服を着ているけれど、背が高く綺麗な顔をしているし、背筋をピンと伸ばし歩く姿は只者じゃないことが明らかだ。どう見ても目立っている。

 ただ近づきがたいオーラを放っているらしく、誰も声はかけてこないけれど。


 しばらくあちこち見ながら歩いていると、アイリスが欲しいと思っていたものが目に入ってきた。――鍬だ!


「セフィロス様、あちらのお店に寄ってもいいでしょうか?」


 アイリスは露店ではなく路面店を指さす。


「農機具の店?」


「はい。ちょうど鍬を欲しいなって思っていたんです」


「アイリス様それいいですね!刃の部分がボロボロで使いづらいんですよね」


「でしょ? お土産に買って帰ったらみんな喜ぶと思うのよね」


 ジュノとはしゃぎながらお店へ入っていくと、セフィロスが後ろで


「お土産に鍬……」


と呟いていた。


 お店に入ると色々な種類の農機具が置いてある。鍬のあるコーナーをジュノと2人で物色していると店主のおじさんが話しかけてきた。


「鍬を探しているのかい?」


「はい。それにしても色んな種類の鍬があるんですね。家にあるのはこれかしら」


 アイリスは刃が平たい鍬を指さす。


「そうですね。でもこっちの鍬は形が似ているけど刃が薄くないですか?こんなのじゃ刃がすぐボロボロになっちゃいそう」


「それは平鍬だよ。畝立てに使用するのさ。畝を作りやすいようふちが曲がっていて、土を乗せて土を盛り上げやすくなっているだろ」


「へえー! ずっとこっちの鍬を使って畝を作っていたけど、そんな便利な鍬もあるんだ!それに軽くて疲れにくそう」


 ジュノが平鍬と呼ばれていた方の鍬を手に取って感心している。


「なんだい、唐鍬を使って畝立てしてたんじゃ疲れるだろ」


「それではおじ様、こちらの刃が真っ直ぐに付いている鍬は何ですか?」


 アイリスは隣のコーナーに置いてある、鍬に似た道具を指さす。長い柄に平たい刃が着いているのは同じだけど、鍬は柄に対して垂直に付いているのに対して、指さした方のは刃が下向きに付いている。


「これは鍬じゃなくて(すき)さ。鍬は土を手前に引いて使うけど、鋤はこうやって差し込むようにして使うのさ。だから鍬ほど力を入れずに土を耕すことが出来る」


「これなら女性でも掘り起こす作業がしやすそうね」


 基本的に力仕事は男性にしてもらっているが、時には女性も耕す作業をする事もある。アイリスは畑仕事をすると言っても、種を撒いたり収穫などをするだけで力仕事はしないので、いつも申し訳なく思っていた。


「じゃあこっちの刃が三角になっているのや窓みたいに穴が空いているのは?」


 ジュノが今度は別の、鍬に似た道具を指さす。


「そっちは雑草をとるのに便利な道具さ。なんだいお前たち、全部唐鍬1つでやってたのかい?」


 農機具はアイリスが引っ越した時にリアナとフレイに用意してもらった物をずっと使っている。2人ともと言うよりか、2人に指示された守護天使たちも農業に必要な道具なんてよく分からないから、適当に唐鍬だけを用意したのだろう。


「念の為聞いておくが、これはお前たちが使うのかい?」


「そうですけど?」


「いや、手はきれいな上にあんまり農民っぽくない身なりをしているし、それに……」


 店主がチラリと入口付近で黙って立っているセフィロスの方を見やる。


「護衛まで付けているようだから」


 そうか。セフィロスは今日は帯剣はしていないものの、その立ち振る舞いや風貌が傍からすると護衛に見えるのようだ。

 アイリスはアイリスで平民服だけど汚れひとつ無い綺麗な服だし手も荒れたりしていない。変身しているからと言うよりは、もとのイオアンナも他の虹の天使たちも傷がつけばアイリスが治してやるのでみんな指の先まできれいだ。

 ジュノはローブのフードをすっぽりと被っているけれどこちらも清潔感がある。3人ともどう見ても農民っぽくは無い。


「えーと、あちらは私の夫です」


「あんたの旦那かい?!」


 ますます店主のおじさんが怪訝な顔をする。


「どうみても畑を耕していそうには見えないがなぁ。あんなキレイな顔した奴が畑にいたら、トマトも恥ずかしくなってすぐ真っ赤になりそうだな」


「ははは、おじさん上手いこと言いますね。でもセフィロス様は畑仕事なんてなさいませんよ。あの方は……」


「あーー!あちらの園芸用品の方も見てみようかしら!!」


 ジュノが言わなくてもいい事を言いそうな予感がしたので、急いで花の手入れに良さそうな園芸コーナーへと連れていく。


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