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3.

「ネプチューン様はなぜ私が変身していると怪しんだのでしょうか」


「恐らく其方の姿が歪んで見えたのだろう。ネプチューンはあれで其方と同じくらいの神気の持ち主だ。自分と同じくらいか、より強いものだと見破られてしまう」


「そうなのですか」


「だから落ち込む必要は無い。其方よりも強い神気を持つ者はそうそういないし、天使ならまず分からない」


「お待たせ致しました。それでは存分に本の世界に浸って下さいませ」


「ありがとうございます」


 手続きを終えた館長が本を渡しに来てくれた。本を受け取り馬車に一度置きに行くと、セフィロスにどこか行きたい所はないかと聞かれた。


「えぇと、行きたいところ……」


 あんなに楽しみにしていたのに、いざ来てみるとどこに行ったらいいのか分からない。


「では、いちばん人で賑わっているところへ行ってみたいです」


「賑わっているところか……」


 ずーっと山奥でひっそりと暮らし人目に触れずに過ごしてきたので、ワイワイしている所に行きたいと思って言ってみた。


 セフィロスは少しだけ思考を巡らすと、それではとアイリス達を連れて歩き出す。


 10分ほど歩いて付いた場所は本当に人で賑わっていた。人だけでは無い。店が道沿いに延々と広げられ、野菜、肉、花、雑貨に装飾品と、ありとあらゆるものが売っていそうな気さえする。


「わぁ、もしかしてここが市場という所ですか?」


「そうだ」


「すごいですね! こんなにお店や人が沢山!」


「アイリス様見てください! 見たこともないような野菜が売っていますよ」


「ほんとね。この毛が生えた細長い野菜は何かしら。」


「それはオクラだよ」


 店主の男性が説明してくれる。


「切ると星型をしていて、加熱するとネバネバするのさ。こっちはオクラの花。これも茹でてドレッシングをかけて食べると美味いよ」


「へぇ、お花まで食べられるのね」


「ここはフローラ様の管轄地だからね。エディブルフラワー専門の店もそこいら中にあるよ」


 店主が指さす方を見ると、花屋が沢山並んでいる。どうやら観賞用だけでなく、食用の花も沢山並んでいるようだ。


「花の都は初めてかい?」


「はい。街中お花でいっぱいで素敵ですね」


「そうだろう。あとは、はちみつもオススメだよ。うちの店には置いてないけどね」


「それでは後で探しに行ってきます。こちらのオクラをひと籠下さい」

 

「あいよ、200フリスだ。それからはじめての花の都記念にオクラの花も付けてやろう」


「ありがとうございます」


 アイリスはお礼を言ってお財布を見るが、固まる。


「200フリスってどの硬貨を出したら良いのかしら?」


 隣にいるジュノに聞いてみる。


「さあ……。僕、お金使ったことありませんし」


 2人ともお金なんて使ったことが無いことに今気がついた。今まで必要なものは全て水や太陽の天使、そして結婚してからは風の天使が毎月持ってきてくれた。録を貰っているので支払うと言っているのに誰も受け取ってくれないので、お金は溜まりっぱなしだった。


「おじさま、どの硬貨を出せば足りますか?」


 分からないので店主にお財布を大きく開けて見せると、「ひえっ」とすっとんきょんな声を上げる。


「お、お嬢ちゃん。あんたこんな大金を持って歩いているのかい? 付き人がいるとはいえ、あんまり見せびらかすとあっと言う間に盗られちまうよ。気をつけな」


「あ、はい」


 店主は200フリスと思われる硬貨をお財布から出すと、品物を渡してくれる。


「ありがとうございます」


と言おうとした所で、黙ってやり取りを見ていたセフィロスが突然、店主の手を掴んだ。


「な、何すんだ?!」


「手に持っている金額は随分と多くないか?」


「うっ……」


 店主の顔がさぁっと青ざめたかと思うと、直ぐに真っ赤に変わった。


「いっ、いま釣りを渡そうとしたとこだっ!」


 掴まれていた手をばっと引き剥がすと、お金を入れてあるカゴから硬貨を取り出し、乱雑にアイリスの手に押付けてきた。


「ほらっ、釣りだ。これで文句ねーだろ! さあ行った行った!!」


 手でしっしっと追い払われてしまった。



 1人でろくに買い物も出ないなんて……。市場にはアイリスよりもずっと幼い子供が1人で買い物に来ていると言うのに。とぼとぼと歩いていると、気を取り直すようにジュノが話しかけてきた。


「アイリス様、知らなかったことはこれから覚えれば良いだけですよ! 僕帰ったら風の天使にちゃんと教えて貰って、買い物出来るようになりますから安心してください」


 ジュノのこう言う前向きな性格には救われる。「そうね」と返事をすると、今度はフルーツを売る店に目が止まる。


「これ、ラズベリーかしら?でもなんだかツルッとした実よね」


「リンゴンベリーだよ。寒い所で採れるフルーツで、これは氷の神の管轄地で採れたやつさ。ジャムにしてパンに塗る他にも肉料理にもよく合うよ」


 お店のおばさん天使が丁寧に説明してくれた。先程の事もあってちょっとドキドキしてしまう。


「それじゃあこっちのトゲトゲした大きいのは何ですか?」


 今度はジュノが近くに置いてある、見たこともないような形をしたフルーツを指さしながら質問をした。


「それはドリアンって言うのさ。暑いところで採れるから、これは海の神の管轄地から取り寄せているのさ。いい香りがするから嗅いでみな」


 おばさんに言われた通り鼻を近づけて2人でクンクンと嗅いでみると、あまりの匂いに仰け反ってしまった。


「うぇー、何ですか?! この臭い」


「腐ってしまったタマネギみたいだけど甘い香りも混じっているような気もするし。初めて嗅ぐわ、こんな香り」


「ははっ、この香りが病みつきになっちゃう人も多いんだよ。食べるとトローっとした甘みが広がってクリーミーなんだよ。美容にもいいから女性にオススメだよ」


「そ、そうですか……」


 とてもじゃないけど食べる気にはなれない。代わりにリンゴンベリーの方を貰うことにした。今度はセフィロスにどの硬貨を出せばいいか聞き支払うと、再び市場を散策する。

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