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2.

 前にテスカに面白いからとオススメされた本を探していると、棚の最上段に見つけた。手を伸ばしてみるけれどあともう少しのところで届かない。


(イオアンナは小さいから、高いところに物があると大変ね)


 イオアンナはアイリスよりも10cm近く背が低い。今度から変身する時は、もう少し高めの身長にしておいた方が良いかもしれない。


 うーーんっ、とめいいっぱいつま先立ちになって手を伸ばしていると、スっと本を手にとって渡してくれる者がいる。


「はい、どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 お礼を言って振り返ると、日焼けした肌にコーラルピンク色の髪と瞳をもつ青年が立っていた。



 ――ネプチューンだ。



 海の神・ネプチューンには一度会っている。披露目の儀の時に一番最初に話しかけてきてくれた神だ。

 今は変身して別人になりすましているけれど、正体を明かしてあいさつをするべきかどうか。悩んでいるとネプチューンが頭にポンと手を置いてきた。


「きみ、ちっちゃいねー。他になにか取って欲しい本ある?」


「いえ、もう大丈夫です。ご親切にありがとうございます」


「それから…」

 

 脳天に乗せていた手がすぅーっと下へと滑り落ち、毛先を掴む。


「髪の色も変わっているねぇ」


「え?」


「ついでに瞳の色も珍しいね」


 ネプチューンがニコニコしながら顔を覗き込んでくる。

 どういう事だろう? 黒色にしているはずなのに。訳が分からず自分の髪の毛を見ると、やっぱり黒色だ。


「きみ、ウソつくの苦手でしょ」


 ウソ? え? バレてる??

 頭の中が大混乱だ。オロオロしていると、段々と視点が高くなって見える髪の毛の色が抜けていく。


「ネプチューン、何をしている」


 声のした方を見ると用を済ませたセフィロスが来ていた。


「アイリス、術が解けている」


「ほーらね、やっぱりアイリスだ。怪しいと思ってカマかけてみたらこの通り」


 手をアイリスの方へ向けてヒラヒラ〜とさせてみせる。


「他に誰も見ていないから、もう一度変身してごらん」


「はい……」


 言われた通りもう一度、黒色バージョンのイオアンナに変身する。


「セフィロス様、アイリスは多分、と言うか絶対向いてないですよ、変身。だってちょっとゆすっただけで術が解けちゃうんだもん。騙したり、ごまかしたりするの苦手そう」


「今は練習中だ。それよりアイリス、ジュノはどうした」


「ジュノなら……」


「ここにいます!」


 話し声が聞こえていたのか、ジュノがセフィロスの後ろからひょこっと出てきた。


「なぜアイリスと一緒にいなかった?」


「それはー、その……」


「私は『アイリスから離れないように』と言ったはずだ」


「私が好きな本を探しに行って良いと言ったんです」


アイリスは慌てて付け加える。


「例えアイリスがそう言ったとしても、私の命令の方が上だ。それを忘れるな」


「……はい。申し訳ございません」


「うわー、キミも大変だねぇ。2人の主に仕えなきゃならないなんて。しかも1人は鬼怖だし」


 しょんぼりと項垂れるジュノの肩にネプチューンが腕を回し、ヘラヘラと笑いながらその肩を叩いた。


 エレノアもヒヤヒヤする事を言うけれど、彼女の場合はセフィロスに対する愛を感じる。一方ネプチューンは思っとことをそのまんま言っているだけと言う感じなので、余計にタチが悪い。


「そんなジュノ君にセフィロス様の弱点を教えてあげよう! それはねー、おさ……」

 

「ああーーーー!!」


 突然、図書館という場所に似つかわしくない大きな声が聞こえてきた。


「ネプチューン様! その手に持っている本はまさかっ……!」


 歳は70歳前後だろうか。白い髭を生やした男性がフルフルと手を震わせながら近づいてくる。胸に付けているネームプレートをよく見ると『館長』と書いてある。先程までセフィロスと話していたであろう天使だ。


「50年前、私がまだこの図書館で働き始めた頃にお貸しした本ではございませんか?」


「50年前?」


 セフィロスがネプチューンを険しい目つきで見る。図書の貸出期間は確か、ひと月だったはずだ。


「あ、そうそう。忘れちゃってたから返しに来たんだよねー。天使に任せれば良いかと思ったんだけど、ちょうど花の神殿に用があってさ。ついでに来てみた」


「この本は世界に1冊しかない、たいっへん貴重な本で何度も督促状をお送りしておりましたが……。あぁ、やっと返ってきた……」


 館長は本を抱きしめながら涙ぐみ始めた。

 ネプチューンは上・上級神。その立場からこの天使も強くは言えず、ずっとヤキモキしていたのだろう。その苦労が滲みでて見えた。


「良かったじゃん、きみが生きているうちに返ってきて」


 まるで他人事のようにネプチューンが言うと、セフィロスからものすごく重くピリピリとするような空気が流れてくる。


 セフィロスとネプチューンが直接話しているのは今回が初めてだけど、短絡的に見てもこの2人の相性は絶対、最悪だ。


「じゃ、ちゃんと本は返したから! アイリスまたねー!!」


「あぁっ、ネプチューン様! 延滞料……!」


 セフィロスの出す嫌な空気を感じとったネプチューンが、あっという間に去っていった。逃げ足が早いと言うやつを初めてみた。


「館長、延滞料は海の神殿に送り付けておくといい。もし払ってこなければ私に言うように。それから風の神の名において今後1000年間、この図書館へのネプチューンの立ち入りを禁じよう。後で証書を送る」


「セフィロス様、ありがとうございます、ありがとうございます」


館長が涙ぐみながらセフィロスの手を握りしめてブンブン降っている。


「それではアイリス、選んだ本を借りに行こう」


「は、はい」


「お礼に今日の貸し出しの本は無料に致します」


「いや、それとこれとは話が別だ。きちんと代金は払っていく」


「そうですか……。それでは有難く頂戴致します」


 館長は本と代金を受け取ると手続きを済ませに行った。

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