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1.

 アイリスが20年間、待ちに待った日がやってきた。それは…そう、


『お出かけ』


 家の外へ出て自由に街を見てまわる。そんなごく普通の事が出来ずにいたアイリスにとって、今日は一大イベントだ。しかもセフィロスと出かけられるとあって、もう何日も前からウキウキ気分でいた。


 アイリスの住む花の神の管轄地で、1番大きくて栄えている花の都へ行く準備をしている真っ最中だ。わざわざセフィロスが家まで迎えに来てくれた。花の門をくぐってここまで来て、また花の都に戻るなんて申し訳ない。


「其方の色は目立つから変身術を使おう」


「変身、ですか…。私はあまり得意では無いのですが…」


 変身術は昔使ってみた事がある。最上級神会議に出席するため太陽の神殿へ行った時に、姿かたちを変えた方がいいと言うことで練習したのだけれどこれがまた、全然上手くいかなかった。


 変身自体は難なくできる。ただそれを神気を抑えながらとなると難しくて、神気を抑えようとすると変身が解けてしまい、変身術を解けないようにしようとすると神気が余計に漏れ出てしまうのだ。

 何度か挑戦してみて上手くいかなかったので、結局ローブのフードを目深に被って、裏口からコソコソと太陽の神殿を出入りした。


「今回は完全に神気を抑えなければならない、という訳ではないのだから大丈夫だ」


「それでは髪の色と瞳の色を変えるだけでも良いでしょうか」


 アイリスは天界でいちばん無難な金髪に青の瞳に変えてみる。その姿をセフィロスがじっと見つめると、頭を横に振った。


「いや、全部変えた方が良さそうだな」


「そうですか…」


 似合わなかったのだろうか?ちょっとショックだ。アイリスは今度は、頭の中になりたい姿を思い描く。


「わあ! アイリス様、私にそっくりですね!」


 全てオリジナルの人物を思い描くのは難しいので、イオアンナの容姿を借りて変身してみた。やや下がり気味の眉と、笑った時のエクボがキュートな小柄な女性だ。


「その髪と瞳の色では変身した意味が無い」


「あ、そうでした」


色が目立つからと変身したのに、イオアンナそのままでは意味がなかった。


「へぇー、私って黒髪に黒い瞳だとこんな感じになるんですね。すごく新鮮です」


 色を黒に変えてみたアイリスを見てイオアンナが感心している。


「ジュノはローブを着ていくように。それでは出発しよう」


 本当は天使みんなを連れて行きたいのだけど、フードを被った天使がぞろぞろと歩いていると怪しげな集団に見えてしまうので、今回はジュノだけを連れて出掛けることにした。


「それでは、行ってきます」


 アイリスはセフィロスと一緒にニキアスに、ジュノはエルピスの背に乗り馬車を待たせている場所まで移動する。


 花の都へ向かう途中、馬車の中でアイリスはそう言えば、と疑問に思ったことを聞いてみる。


「名前はそのままお呼びしても良いのでしょうか?」


 セフィロスは特に変身していない。理由は金髪に緑の瞳はごく在り来りな色なので目立たないからということだ。でも名前を読んでしまったら誰なのかバレてしまう気がする。


「そのままで構わない。神の名にあやかって、天使の子に神の名を付けたり文字ったりすることはよくある。そのうち『アイリス』と言う名の天使も増えるだろう」


「それは何だかくすぐったいですね」


「自分の名前を天使に付けられると言うのは、言わば人気のバロメーターとも言えるな」


「へぇ…」


 天使に神の名を付けるのは無礼とは捉えず、どちらかと言うとポジティブな捉え方をするらしい。確かに自分の名前で呼ばれている天使を見かけたら、嬉しくて多分ニヤけてしまう。

 

 色々と話をしていたらいつの間にか着いていたようで、馬車が止まった。御者をしてくれていたノクトが「着きました」と声をかけてきた。


「プロネーシス図書館だ。ここはそんなに大きくは無いが貴重な本が多い」


 中に入ると古びた本が所狭しと書棚に収められている。冊子ではなく巻物の図書も多い。アイリスは本を読むことが多いし好きなので、まず最初に図書館に連れてきてくれた。


「悪いが私はここの館長に用がある。しばらく2人でこの中を回ってみるといい」


「分かりました」


「ジュノ、アイリスから離れないように」


「はい」


 ノクトは花の都を回っている間、別の用事があるらしくいない。みんな忙しい限りだ。

 暇つぶしに本を読んでいる自分とは大違いなのでちょっとヘコむ。


 本というのは一般的には貴重で高価だ。なので図書館は誰でも利用できるという訳ではなく、きちんとした身分を証明できないと入れないし、貸してもらう時には利用料を支払う。それでも買うよりはずっと安く済ませられるので、図書館を利用する者は多い。


 ジュノと2人一通り館内を回り終え、自分の読みたいと思っていた本を探すことにした。


「私はこの辺りで本を探しているから、ジュノも好きな本を探しに行っていいわよ」


「え、良いんですか? それではちょっとあっちを見てきますね」


 ジュノは魚の本が置いてある方を指さすと、嬉しそうに見に行った。アイリスも虹の天使も海を見た事がない。なので川魚しか知らないジュノは海にどんな生き物がいるのか興味深々なのだ。


 今日借りて後日、風の天使が返してくれるとの事なのでアイリスも本を物色する。

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