17. アイリスの謎
フローラは今、風の神殿の執務室でセフィロスと対面している。華美過ぎず実用的ではあるが、品の良さを感じる部屋だ。
「わたくしが一緒に付いておきながら、申し訳ございませんでした」
フローラは深く頭を下げ、開口一番に謝罪の言葉を述べる。
アイリスはあの後、駆け付けてきたセフィロスによってすぐさま治された。腕も足首も深く噛まれ、ほとんどちぎれ落ちてしまっているような状態だったが、傷跡ひとつなく元通りに癒された。
今は念の為、リアナの聖水を飲みこの城の中で休んでいるようだ。
フローラもアイリスが流した血でドレスが血塗れになってしまったので、謁見する前に着替えさせてもらった。
「事の経緯は分かった。何か他に言いたいことは?」
「……」
聞きたいことは山ほどある。が、聞いてはいけないのだろうという事は何となくわかる。
魔物が現れた時、なぜアイリスは何もしなかったのか。
なぜ自身の体を使うことでしか、天使の子を守れなかったのか。
その答えはきっと、アイリスが持つ多くの謎と秘密に答えが隠されているのだろう。
「私の失策だったな」
セフィロスが後悔するような、悩むような、何とも言えない表情で、ぽつりとつぶやく。
「アイリスが何故、何もする事が出来なかったのか聞きたいのでは?」
「……はい」
「単刀直入に言おう。アイリスは負の方向に神気を働かせることが出来ない」
フローラは言っていることの意味がわからず、セフィロスの顔を見つめ続ける。
「他者を傷付けることを異常なほどに嫌う。武器を手に取ることも、肉を食すことすら厭う身だ」
「それが……アイリスの秘密……」
「天使どころか、己の身一つ守ることが出来ない。その意味が分かるか?」
その意味……。
アイリスが膨大・強大でかつ魅力的な神気を持つことは分かっている。どんなに力を身体の内に隠そうとしていても、漏れ出る力でそれを感じていた。
本来なら庇護対象になどなり得ない存在なのに、セフィロスと結婚の契りを交わしている。
守られる側になるという事はつまり……
「まさか、アイリスが神や天使に手出しされる事を危惧してらっしゃる、という事でしょうか」
「そういう事だ。其方の神気とよく似て、アイリスの神気は酔いやすい。にも関わらず抵抗する力を持たない。存在を隠されていた理由は他にもあるが、立神し結婚の契りを交わせるようになってからお披露目と言う形になった」
アイリスに対する疑問が、一気に紐解けていく。通りでアイリスが一人でいるところを見なかったわけだ。必ず誰かがピッタリとそばに付いていた。
「契りを交わしたとはいえ、アイリスの体質については秘密のままにしておこうと言うことになった。ただ、今回はそれが裏目に出てしまったようだ」
ふーっとセフィロスが息をつく。
「予め其方がアイリスの体質について知っていれば、こんな事にはならなかっただろう」
「言えなかったと言う事情はよく分かります」
「こうなると、今後アイリスに外出させることは難しくなるな」
「…………! それは、アイリスを家に閉じ込めておくと言うことですか?」
「そうだ。他にどう守れと言うのだ?私も常に傍に居てやりたいのは山々だが、風の神殿に置くことも出来ない」
「それではあんまりです。80そこそこで命の尽きる天使ではないのですよ。これから先、何万年、何億年と生きるというのに閉じ込めておくなんて……」
「それなら其方がアイリスと常に一緒にいて守ってやると言うのか?」
「それは……」
「無理だろう。他に手は無い。それに、その決定権は夫である私にある」
「そんなっ……」
「これ以上、口出しする事は許さない」
フローラはギリリと歯噛みする。
空気が重く、ピリピリとする。まるでこの部屋の空気と言う空気全てから睨みつけられているようだ。とてつもなく強いプレッシャーがかけられ、思わず体が震えそうになる。
たとえセフィロスとは1階級しか違わないとは言え、そこには大きな壁がある。
神同士から生まれた自分とは全く違う。自然のエネルギーから生まれた最上級神は完全なオリジナル体。
それでも……とフローラは震える手を握りしめる。
「アイリスはわたくしの友です。アイリスがあなたに逆らえないと言うのなら、わたくしが意見を申します」
「其方より上位で、かつ最上級神である私に意見することがどういう事か分かっているな」
さらにフローラを取り巻く空気が重くなり、息苦しくなる。少しでも気を抜けば怖くて膝から崩れ落ちそうだ。
「分かっております。どんな処罰も甘んじてお受けしましょう。それでも言わせていただきます。アイリスを閉じ込めるという事はおやめ下さい。他の最上級神様に掛け合ってでもお止めします」
「…………。処罰の申し渡しは後日、するとしよう。話は以上だ」
フローラは一礼をし部屋を出ると、風の神殿を後にした。