5. 練習
アイリスが生まれてから翌日、本番前の練習に、とフレイが生きたヘルハウンドを連れてやってきた。
本番と言うのは、神が生まれてから1週間内に行う「披露目の儀」の事だ。
アレクシアに教えて貰ったことによると、披露目の儀は招待者を呼び新たな神の誕生を知らせ、みんなでお祝いをするらしい。それまでは自分が生まれた事は、神殿の使用人にすらも秘密。部屋から出てはいけないと言われた。
それともう1つ、神としての力を見せる場でもある。
どうするのかと言うと簡単だ。魔物を招待者の目の前で殺せばいい。
力の強い上位の神はそれだけ強い魔物を、下位の神なら倒せる程度の魔物を用意して行われる。
フレイが連れてきたヘルハウンドと言われる魔物は全身が真っ黒で、血のように赤い目をした犬のような見た目をしている。敏捷そうな体つきと巨大な牙と爪はいかにも狙った獲物は逃がさない、と言っているようだ。口からは硫黄のような嫌な匂いがしていた。
「ヘルハウンドと言っても、まだ幼体だからね。君くらいの神気の持ち主なら大したことないよ」
「確かあなたより一つ下の階級の砂の神や冬の神も、披露目の儀でヘルハウンドを使ったんじゃなかったかしら」
恐怖で顔が引き攣つるアイリスに、フレイとリアナは気楽な様子で話しかけた。
ヘルハウンドは高位の神達を前にして怯えるどころか、早く喰らいたいと檻に体をガンガンとぶつけて、ヨダレを撒き散らしている。
天界とは逆に位置する地界は、時に地獄と呼ばれる場所。そこには悪魔や魔物が住んでおり、天界に住む神や天使を喰らおうと時々天界に入り込んで来るのだ。
このヘルハウンドの子供もそうして紛れ込んでやってきたところを、太陽の守護天使が片田舎の農村で捕まえてきたらしい。
「魔物はより強いエネルギーを持つ者を狙ってくるんだ。だから僕とリアナが神気を抑えれば、君のことを狙ってくるだろう。そこを君の神気で倒すんだよ」
「……はい」
フレイの説明に、アイリスは弱々しく答える。
「さあ、やってみましょう!」
リアナの合図と共に檻が開けられ、ヘルハウンドが待ってましたとばかりに飛び出してきた。神気を己の内に押さえ込んでいるリアナとフレイには目もくれずに、一直線にアイリスの方へ向かってくる。そして……
ほんの、一瞬の出来事だった。
どんな神気で倒すのかワクワクする!と言った感じの2人とは対象的に、アイリスは完全に動けなくなっていた。
何かしなければあっという間に噛みつかれる、という事は分かっているのに全く身体が動かない。
――神気で攻撃するってどうすればいいの?
そう思った次の瞬間には、首元に強い衝撃が走っていた。
――痛い、熱い、苦しい……っ!!!
ヘルハウンドの吐息の臭いが鼻を突く。
アイリスは視界の端にリアナとフレイを見た。
2人は自分達の予想とはあまりにも違う事が起きているせいなのか、驚きの表情を浮かべているようだった。
ヘルハウンドがアイリスの喉を喰いちぎろうとグッとアゴに力を入れると、更に激しい痛みに襲われる。目の前に自分の血飛沫が舞うのが見えた。
「「アイリス!!!」」
2人が同時に自分の名前を呼んだ瞬間、目の前がピカっと眩しい光でいっぱいになり何も見えなくなった。
そして――
アイリスは意識を失った。