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7. 花の都(3)

 話しながら歩いていたら、目的地に着いていた。ガヤガヤと話し声や楽器の音で騒がしい。


「本当にこんな場所で食事をするのでいいの?」


「はい! 1度来てみたいとずっと思っていて、すっごく楽しみにしていました」


 着いたのは花の都一大きなビアガーデンだ。日が暮れてもまだまだ暑いため大盛況で、給仕係が忙しなく動き回っている。

 フローラとしてはもっと品のあるレストランに連れていきたかったのだが、本人が行きたいというので仕方なく連れてきた。


 こういう場所に自分のような高位神がいると場を白けさせてしまうし、色々と面倒なので、フローラは栗毛色の髪にソバカス顔の女に変身をして中に入っていく。


 予約していた席に行くとすでにそこには、待ち合わせをしていた神が2人、おしゃべりしながら待っていた。


「待たせたかしら?」


「いや、私もヴィーナスもさっき来たところだよ。そっちのローブを被っているのはアイリスだよね? 立神の儀ぶりだ」


 セリオンが立ち上がって挨拶をすると、もう1人の神も後に続いてにっこりと笑いながら挨拶をする。


「はじめまして。愛の神のヴィーナスです。今日はアイリス様に会えるのをすーーっごく楽しみにしていました」


「こちらこそ、フローラ様からお2人に会えると聞いて楽しみにしていました」


「さあ、座って食べましょう! アイリスはベジタリアンなのよね?」


「はい。でも皆さんは気にせず食べてください」


「1日くらい肉や魚を食べなくたって死にはしないわ」


 メニューを見て適当にどんどん注文している間に、別の給仕係が先に頼んでおいたドリンクを持ってきてくれた。

 花の都名物、すみれビールだ。香り付けにすみれの花を使用したホワイトビールで、口に含むと甘い香りがして、女性に特に人気がある。


 乾杯をした後でヴィーナスがどこのお店が気に入ったのかをアイリスに聞いてきた。


「最初に入ったエンブロイダリーレースのお店が凄く素敵でした。特に花模様の刺繍が立体感があって、刺繍糸の変化が美しくて……」


「スピローズのお店ですよね?あそこのレース生地は本当に見ていてうっとりしますよね。私は以前、ドレスを作って貰った事がありますよ。また注文しちゃおうかなぁ」


「私、あそこのお店でお針子として雇って貰えないかしら」


「「「ぶっ!!!!」」」


 3人が3人とも、飲んでいたビールを思わず吹き出してしまった。


「あ、アイリス、あなた何言っているのよ?!」


「私、刺繍は多少出来るので働けないかと思って。お針子ならあんまり人と合わなくて済みそうですし」


「どこに天使の下で働く神がいるって言うのよ!」


 天使は神の(しもべ)だ。自分の店を持っている神はいるが、天使が営む店で働くなんて根本的に間違っている。


「そう言えばアイリスのお役目ってなんだい?すぐに結婚したとはいえ、立神した時にフレイ様からお役目をもらったんだろ?」


 セリオンが吹き出したビールを拭きながら聞く。

 天界に住む神は大人になると、太陽の神・フレイから仕事を与えられる。例えばフローラなら天界の2層目南を、セリオンなら3層目の北を管轄地として与えられているし、ヴィーナスなら天使達の婚姻に関わることを仕事にしている。


「はい、頂きました。『天界をその神気で満たし、天界に生きる全ての者に恩恵を与える事』だそうです」


「なによそれ。つまりは何もするなってこと?」


「あんまりプラプラと外へ出歩けない事情があるので、苦肉の策と言ったところでしょうか。でも何もしていないのに録を頂くのは何だか気が引けて。それで引きこもりながらでも出来そうなお針子ならいいかと思ったんですけど……」


「どんな事情があるにせよ、お針子はどうかと思うわよ。セフィロス様はぜーーーーったいに許可出さないわ」


「そうでしょうか」


「「「絶対っ!!!」」」


 3人でハモった。


 セフィロスと言えば、と、ふと思ったことを聞いてみる。


「アイリスはセフィロス様と結婚したじゃない?なぜ結婚なんかしたのかは言えないとして、それって他の最上級神様じゃダメだったの?」


 アイリスと契りを交わせる神は他にもロキ、セト、テスカがいたはずだ。何もあの、お堅いセフィロスじゃなくたっていい。

 もし仮に自分がその中から契りを交わさなければならないとしたら、多分テスカだ。ロキはまぁ置いとくとして、セトは女ったらしで他の女神からのやっかみが面倒くさそう。テスカの住む最下層は死者の魂が集う場所なので自由に出入り出来ないのが問題ではあるが、温厚で酷い扱いなんて絶対にしなさそうなので、テスカ一択。


「うわー、それすごく興味あります!」


 ヴィーナスがものすごい食い付いてくると、アイリスが恥ずかしそうに口を開いた。


「他の方も契りを交わしてもいいって仰って下さったんですけど、私がセフィロス様がいいってお願いしたんです」


「ぅええ?! 何で? 何でなんです??!」


「その......えーっと、セフィロス様のおそばにいたいと思ったので......」


 なんだその、恋する天使の乙女みたいな発言は。アイリスはもう、茹でダコ並みに耳まで真っ赤だ。


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