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5. 花の都(1)

 ――負けた。



 先月のお茶会でアイリスが帰った時に、真っ先にこの言葉が頭に浮かんできた。

 別に勝負をしようと思ってアイリスと会った訳じゃないし負けたも何も無いのだけれど、なぜだか無性に悔しくなる。完全にアイリスのペースに呑まれてしまった。


 アイリスはセリオンの言っていた通り、思わず見た瞬間にフローラが「美しい」なんて言ってしまうほどの美女神だった。

 なのに、なのにだ。中身がそれに伴っていない。というか、抜けている。


 これまでリアナにしか見抜くことの出来なかった、フローラが出すはちみつの美味しさの秘密を、アイリスはあっさりと解いた。かと思えば、おかしな神鳥を出してきたり、迷子になっただのと、ほんとうによく分からない。


 よく分からないと言えば、風の神殿にも住んでいないと言うし、住んでいる場所も秘密。そもそも何で結婚しているのかも、存在自体が秘密にされていたのも謎だ。

 謎が多すぎるし、アイリスの存在そのものも謎の生物に対峙しているような気分になるしで、完全にやられっぱなしになっている。


 今日こそは!! と言う気分でフローラは今、待ち合わせをしているアイリスの到着を待っている次第だ。


 アイリスがきちんと約束の場所までたどり着けるのか、フローラが不安になってきたところで声をかけられた。


「フローラ様、お待たせいたしました」


 見るとそこには、フードを目深に被ったペールグリーンのローブを着た女性がいた。その隣にいるのは確か、風の守護天使のエレノアだ。


「アイリス様、それでは私はこれで一旦、失礼しますね。時間になったらお迎えに参ります」


 エレノアはフローラの方を向き、丁寧に礼をする。


「フローラ様、ご挨拶が遅れました。風の守護天使エレノアです。アイリス様をよろしくお願いします。と、セフィロス様から言付かっております」


「久しぶりね、エレノア。今日はわたくしがアイリスに花の都の魅力を存分に教えますわ」


「そのようにセフィロス様にお伝えしておきます。それでは失礼致します」


 再び礼をすると、エレノアは去っていった。自分の守護天使ならともかく、わざわざ夫の守護天使に送り迎えしてもらうとは、余程不安がられているのだろう。


「さあアイリス、行きましょう」


 何でこの夏の余韻が残る暑い日にフードを目深に被ってローブを着ているのか理解し難いけど、とりあえず気にせず行くことにした。

 

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